第5話 家を出たい




「家を出たい? なんで?」


 父が、ポカンとした様子で言った。


「自立したいんだ」


 本当は真理から逃げたいからだけど、それは言わなかった。


 うちの両親はお喋りで、真理の両親は厳しい人達だ。


 うちの両親達から真理の両親に話が漏れたら、きっと大事になるだろう。


 そしたら真理の立場は悪くなる。


 希望していた大学への進学も取りやめになるかもしれない。


 真理がやったことは許せないけれど、真理が辛い目に合うのは嫌だった。


「自立なんて高校を卒業してからでいいだろ」


 父が言った。


「そうよ」


 母が同意して頷いた。


「それじゃ遅いんだって」


「なんで?」


「それは言えない」


「もしかして真理ちゃんと二人で住むつもり? そんなの大人になってからでいいでしょ?」


「違うよ。一人で住むんだよ。だからアパートを借りる保証人になって欲しいんだ」


「あのな優太。アパートを借りるって簡単に言うが、家賃、光熱費、保険といろいろ金がかかるんだ。お前、出せるのか?」


「ここに40万ある」


「え……? なんで?」


 またポカンとする父親に、


「お小遣いとかお年玉。毎日のお昼代とか少しずつ貯めてたんだ」


 将来的に、真理の為に使えたらと貯めてたお金だった。


 まさか真理から逃げることに使うことになるとは思わなかったけど。


「いや。でもな。毎月少なくない金がかかるんだ。40万なんてあっというまになくなるぞ。どれ、ちょっとこっちによこしなさい」


 僕はサッと父の手からお金を守ると、


「アルバイトする。アパートも安いところも探す」


「引っ越しにだって金がかかる。電化製品はどうするんだ? 冷蔵庫は? 洗濯機は? 金なんていくらあってもたりないんだぞ」


「必要なら中古で安いのを探すよ。保証人になってくれれば迷惑はかけないから」


「バカを言うな。迷惑がかかるに決まってるだろうが。そもそもお前が出て行ったら、近所の人になんて説明するんだ。俺らは息子に逃げられた夫婦として近所の笑いものになる」


「それはごめん。でも、出来るだけ早く家を出たいんだ」


「なぜだ? なぜ今なんだ」


「それは……」


「ほら。説明できない。どうせやましいことがあるんだろ? そんなのを認めるわけにはいかない」


「そんな」


「ダメと言ったらダメだ。もうこの話は終わりだ」


「まってくれ。父さん。じゃあ、一つだけお願いがある。母さんも聞いて欲しい」


「なんだ?」


 父と母が、僕の方を向く。


「最近、真理が毎日来るだろ? だから真理を勝手に僕の部屋に入れないで欲しいんだ」


「あら? 喧嘩でもした?」と、母親が首をかしげた。


「まあ……そんなとこだよ」


「じゃあ早く仲直りしなさい。真理ちゃんとは今後ともお世話になるんだから」


「お世話には……ならないよ」


「何言ってるの? ほら。お母さんも一緒に行ってあげるから、一緒に謝りに行くわよ」


「原因も聞かずに謝ろうとしないでよ」


「どうせあんたが悪いに決まってるでしょ」


「……」


「なに? 言いたいことがあるならいいなさい」


「とにかく真理を家に入れないで。そしたら……我慢するから」


「喧嘩の原因はなんなの?」


「おい母さん。家を出るのを我慢するって言ってるんだ。それ位言うことを聞いてやれ」


「もう。しょうがないわね」


 その日の話し合いはそれで終わった。


 翌朝、学校に行くと、


「優太君。お母さんが心配してたよ。昨日連絡くれたんだ」


 真理が話しかけてきた。


「ごめん。トイレ」


 いつまでこんな生活を続ければ良いのか。


 悪いのはあちらなのに。


 いっその事、怒りにまかせて思いの丈をぶちまけた方が良いんだろうか。


 二人の時に、真理に見たことを話したら、一体どうなるだろうか。


 真理の泣き顔が脳裏に浮かぶ。


 僕が怒って、彼女が必死に言い訳をして、もうしないから、ごめんなさい、もう一度だけチャンスを欲しいと懇願する姿。


 そんな真理は見たくない。


 いや、そうじゃないな。僕は嘘をついてる。わかってる。


 本当はわかってる。


 そうはならない。


 きっと、開き直って彼女はこう言うだろう。


「なんだ。知ってたんだ。じゃあ別れよ」


 僕は、本当は彼女に捨てられるのが怖いだけだ。


「……」


 受け入れなきゃいけない。


 きっと彼女が僕を嫌いになるまでには色々とあったはずだ。


 一橋と浮気するまでにも、色々とあったはずだ。


 聞こう。


 逃げずに。


 最悪の結果が待っていたとしても。


 放課後。


 僕は真理にショートメールを送った。



【桜田優太:二人きりで話したい事がある】



 けれど、その日に限って真理からは返事がなかった。







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