第4話 嫌いって言ってたよね?


 学校をサボって天満さんと一緒に遊んだ金曜日の夜。


 何をしても楽しそうにする彼女との外出は、新鮮で楽しかった。


 ただ、家に帰ってくると、どうしても隣家の幼馴染を思い出してしまうので、ヘッドホンで音楽をかけて、撮影した写真を見て過ごした。


 僕のスマホに入っている一番古い写真は、天満さんから受け取ったプリントの写真だ。


 それ以前の写真はもうない。


 叔母の結婚式の写真とか、修学旅行の写真とか、もう全部いらないので処分した。


「優太っ! 聞いてるの!?」


 突然、母親の声がしてビックリする。


 ヘッドホンを外して、


「な、なに?」


「隣の真理ちゃんが来てるのよ。ほら、急いで!」


「え? なんで?」


「別におかしな事じゃないでしょ! ほら! 早く!」


 そうだ。


 おかしな事なんて無い。


 昼間に送ったお別れメールの事で来たんだろう。


 僕と真理は10年来の付き合いだ。


 あんなメール一通でお別れ出来るとは思っていなかった。


 僕は深呼吸をして、一階に降りると、玄関口に真理が立っていた。


「あ、優太君。昼間のメールの事なんだけどさ……」


「ごめん風邪に罹患し悪寒発熱倦怠感がすごくて熱も40度ある。じゃ」


「え。それ大丈……」


 僕は、真理の返事も聞かずに二階に逃げ戻った。


 翌日の夜。


 増えた天満さんの写真を一枚目から丁寧に見直していた。


 彼女はことあるごとに「ここで撮って撮って」と写真に撮られたがる。


 そして、どの写真を見ても笑顔であふれている。


 綺麗だな。


 そういえば、ショッピングモールで天満さんはちょくちょく声をかけられていた。


 よく道を聞かれるんだよね。と言っていたけれど、なぜ一緒に写真を撮っていたのかまでは説明がなかった。


 あれは、なんだったんだろうか。


「ゆうたーっ!! 今日も真理ちゃん来てくれたわよーっ! 早く降りてきなさーい!!」


「……」


 ゆっくりと階段を降りる。


「優太君。風邪の調子どう? これ……」


「悪い」


 僕はそれだけ言うと、再び階段を昇って逃げた。


 日曜日の夜。


「ゆうたーっ! 降りてきなさーい!」


 僕が一階のキッチンでご飯を食べているとき、母親が二階に向かって叫んでいた。


 うちに地下室はないので、さらに降りるのは無理だ。


「ゆうたっ!? 聞いてるの!? あらっ!? いないわね!? どこに行ったのかしら!?」


 すぐに一階に降りて僕を見つけた母親は、


「あら、優太。まだご飯食べてたの? 真理ちゃん来てるわよ。毎日毎日、お熱いわねっ」


 母親は「真理ちゃんが優太の奥さんになってくれたらいいのにね」といって真理を困らせていた。


 そういう所も、真理が僕を嫌いになった要因の一つかもしれない。


 僕はご飯をおいて、玄関に向かった。


「今日は何?」


 できる限り冷たい声をだした。


「風邪は大丈夫?」


「まだ本調子じゃない」


 たぶん永遠に本調子に戻ることはない。


「そうなんだ。無理しないでね。あと、金曜日のメールのことなんだけど……」


「話すことは無いよ」


「え? なんで? だって急すぎるよ。なんで急にあんな事いうの?」


「母親が聞き耳立ててる」


「……」


 本当はわかんないけど。


「とにかくもう寝るから。熱が上がってきた」


 僕は自分の部屋に戻った。


 残ったご飯を食べる気にはなれなかった。


 次の日も、


「優太君。ちょっといいかな?」


「具合まだわるいから」


 逃げた。


「優太君。このケーキ食べたがってたよね?」


「風邪を引いてる人間にそんなもの食べさせるの?」


 逃げた。


「風邪長引いてるね。一緒に病院行こう」


「ほっといてくれ」


 僕は逃げ続けた。


 もうほっといてくれ。嫌いなんじゃなかったのかよ。


「優太君、おはよう。風邪の調子はどう?」


「お帰り優太君。おばさんに言って部屋にあげてもらっちゃった」


「おはよう」「おかえり」「おはよう」「こんばんは」「おはよう」


 もう、気が狂いそうだった。


 お前が浮気してたからだよ。その一言が言えなかった。


「別れよう」


「嫌だ」


「どうして?」


「わからないのは私だよ。なんで? 告白してきたのは優太君だよね?」


「もう二年も前のことだよ」


「まだ一年半」


 もうどうでもいい。


「私は絶対認めないから」


 その後も彼女は毎日家に来た。


 僕はもう限界だった。


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