第3話 ステータスオープン
「まずは彼女と行った場所をめぐりましょう」
天満さんは町の地図を片手にそう言った。
白いワンピースがとても眩しい。
彼女の明るい髪の色にとても似合っていた。
「彼女と行った場所?」
「はい」
「何でそんな事を?」
「彼女と行った場所を、二人で楽しい思い出に塗り替える事で、失恋を乗り越えるんです」
「でも、天満さんは関係ないよね」
「そんな事を言わないでください。ここまで来たら一蓮托生です」
そうなんだろうか。
一蓮托生なんだろうか。
「ちょっと待ってよ。でも僕はまだ失恋したわけじゃないよ」
「まさかあの状況からお付き合いを続けるつもりなんですか?」
「それは無いけど」
「じゃあ同じことですよ。さっそく彼女にお別れIM送りましょう」
「彼女、IMはしてないんだ」
「そうでしたか。じゃあお別れメールを送りましょう」
「待って。もう少し考える時間が欲しい」
「そう言っている間に彼女からお別れメールが届いたらどうするんですか? もう桜田さんのライフは1も残ってないですよ」
「そうなのかな」
「はい。あと一撃ダメージを負ったら桜田さんは死にます。ステータスオープンって言えばステータスが見れるはずです」
「ステータスオープン」
何も出ない。
「ごめんなさい。本当にやるとは思いませんでした」
「ちょっと」
「ふふ……面白い、人です、ね……ふふっ……本当に言うとか……ステータスオープン……」
彼女は口を押さえ、僕とは反対の方を向いた。
「……普通に笑っていいよ」
「あははははっ!」
「……」
「あー、すっきりしました。ありがとうございます」
ペコリとお辞儀する彼女。
「……いえ」
「それでどこでしたっけ? 彼女と行った場所」
「あ。ええと……」
真理とは10年以上の付き合いだ。
特に中学の頃は二人で色んな所に行った。
「公園とかが多かったかな。中学生でお金もなかったから」
「行きましょう。どの公園か教えてください」
彼女が地図を広げて、赤ペンを取り出す。
こことここと、ここと……。
僕が指さすと、天満さんが真面目な顔をして赤ペンで丸を付けていく。
地図を広げる場所が欲しいと、東屋のある公園に入ってテーブルで地図を広げる。
平日の午前10時前。
学校をサボった男女二人が、地図の公園に印をつけて、効率的に回るにはどうしたらいいかを大真面目に話し合っている。
僕は途中で笑いだしてしまった。
「どうして笑うんですか?」
「いや。もうやめよう」
彼女の気持ちが嬉しかった。
それだけでもう十分だった。
「天満さんが行きたいところに行こうよ」
「え。でも」
「もういいんだ。真理とは別れるよ」
僕はスマホを取り出して、お別れメールを真理に送った。
取り返しのつかないことをしたような気持ちになる。
「私の行きたいところは、普通にショッピングモールとかですけどいいんですか? そんな普通の所で」
「うん。天満さんの行きたいところに行きたい」
「わかりました」
彼女はニコッと笑い、
「それじゃあ桜田さんの行きたいところにも行きましょう。どこがいいですか?」
「あ、実は……」
僕はスマホで検索して、行ってみたかった特別展示のチラシを見せる。
「世界の蜘蛛大集合って言う展示が2月までやってて……」
彼女は僕のスマホの液晶画面に右手を乗せると、
「これは無理」
金曜、土曜、日曜日。
ほとんどの時間を天満さんと一緒に過ごした。
ー
月曜日になって教室が近づいて来るまでは、嫌な事を全部忘れていられた。
2階の廊下の突き当り。
2年3組の教室からは、禍々しいオーラが出ている気がした。
僕は学校に入る前に外したイヤホンをもう一度つけて、音楽はかけずに教室に入る。
よそ見はせずにまっすぐに後ろから3番目の窓際の席に座る。
スマホの画面を見つめながら、音楽に夢中になっている振りをして、近づくなオーラを全開にする。
「よう。優太」
イヤホンをしているのにも関わらず話しかけて来た相手がいる。
僕はちょっと気付かないふりをして、ゆっくりと深呼吸して、笑顔を作った。
「あれ? 一橋君? どうしたの?」
イヤホンを外す。
「お前。木下さんと別れたって本当か?」
情報が早い。
お別れメールを送ったのは金曜の昼間だ。
土日を挟んで月曜の朝にすでに知ってるのはおかしいとか思わないのだろうか。
それとも『俺が新しい彼氏だぞ』というアピールだろうか。
「本当だよ」
僕は言った。
「なんでだよ。あんなに仲良かっただろ?」
早く予鈴ならないかなあ。
まだあと7分もあるな。
「色々あってさ」
「色々って何だよ。教えろよ」
「実は好きな人が出来たんだ。二股はまずいと思って、だから先に別れたんだよ」
思い切り皮肉を込めた言い訳だ。
「え。誰々?」
皮肉は通じなかった。
「まだ言えないよ。真理から返事を貰ってないしね」
そう。
実はまだメールの返事は来ていない。
「え? そうなのか?」
「真理から聞いたの? 前は話をしてもらえないって言ってなかったっけ?」
「いや。最近やっと話をしてくれるようになったんだよ。優太の友達だからって」
「そうなんだ。いつ聞いたの? 僕が連絡したの金曜日の昼だよ」
「え? ああ。土日にたまたま町であったんだよ。その時にな」
「そうなんだ」
真理は、土日に会ったあまり仲の良くないクラスメイトに別れ話の相談するんだね。
凄いね。
気持ちが暗くなる。
するとスマホが振動して、IMにメッセージが入った。
【天満梨花:おはようございます☆今ちょっといいですか?】
「ごめん。メッセージ来たから。すぐ返さないと」
僕はそう言ってメッセージの作成に入った。
【桜田優太:おはよう。どうしたの?】
【天満梨花:今何時ですか?】
【桜田優太:今? そっちは何時なの?】
【天満梨花:こっちは8時24分です。もうすぐ予鈴ですね。じゃあまた☆】
滅茶苦茶だな。
予鈴が、なり始めたので、スマホを机にしまう。
一橋はいつの間にかいなくなっていた。
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