歌の発表会は成功か?

 「皆さんそろそろ発表会が始まります。子供達の元に向かってください」


 園長先生の一言で先生達は職員室を出て、それぞれ担当の学年の教室に向かった。


 「そろそろ始まるね。美雪先生いつも通りにピアノを弾けばいいからね」


 美雪先生の手に触れると、また指先が冷たくなって少し震えていた。


 「ありがとう。できるだけ頑張るね」


 やはり緊張は直ぐに解けないようだ。何かきっかけでもあればいいのだが。


 「先生僕の目を真っ直ぐ見て」


 美雪先生は恥ずかしそうにしながらも真っ直ぐ僕の目を見る。

 やっぱり美雪先生は可愛いな。


 「今美雪先生を見ているのは僕だけだよ。いつだって僕の目の届く所なら助けてあげる。今僕の目に写ってるのは誰?」

 「私が写ってる」

 「じゃあ僕は美雪先生を絶対助けるよ。何があっても。だから安心して。絶対失敗なんてさせないから」

 「ありがとう。少し楽になった気がする。今のは何?おまじないか何か?」

 「正解だよ」


 おまじないなんて物は何も無い。

 ただ本人におまじないで楽になったと思わせればいい。そうすれば自分の力で解決した事になる。のちのち思い出して緊張しいも治るだろう。


 人は安心してすれば緊張も解ける。だから大丈夫だ。僕が絶対に助けるという事が分かってくれれば。

 もし今回失敗しても良い。僕が助ければ良いのだから。

 後はこれだけやるんだから、少しくらい良い思いしてもバチは当たらないだろう。


 「美雪先生は絶対助けるから安心してピアノに集中して。それに失敗しても大丈夫だから」


 こくりと頷き美雪先生は、前を見て歩き始めた。


 「絶対成功させてやるんだから見ててね」


 美雪先生の背中はとても心強かった。多分成功させるだろうと思わせてくれた。



 本番が近付きトップバッターの僕達は、舞台袖で待機していた。

 子供達は舞台袖から見える家族に手を振ったりと、意外と緊張していなかった。

 ただ一人を覗いてだ。


 「どうしよう。お腹痛くなってきちゃった」


 少し前までの心強かった背中は、どこに行ったのだろうか。

 丸まって小さくなった背中が、小動物みたいに見えて可愛かったが今はそんな時間じゃない。


 「絶対何があっても助けるから。安心して」

 「うん。がんばりゅ」


 あっ。噛んだ。可愛い。

 はたから見るとどちらが先生が分からない状況だ。

 美雪先生の頭を撫でてみたがあまり効果ないようだが、できるだけ落ち着くようにしてあげた。

 本当に人前が苦手なんだろう。よく幼稚園の先生が務まっている。

 面接などはどうしていたのだろうか。


 「今から歌の発表会を始めます」


 アナウンスが始まり、歌の発表会がスタートした。

 トップバッターの僕達は直ぐに呼ばれた。

 緊張したまま呼ばれた美雪先生は、少し硬い動きで舞台袖から出てお辞儀をする。

 そしてその後に続いて、僕達の学年全員が整列したまま定位置に着いた。


 「それではお願いします」


 美雪先生とリアムは目線を合わせ合図を送り合う。

 リアムは大きく息を吸い、僕達にも一人ずつ顔を見て確認した。

 もう一度美雪先生に合わせて指揮が始まり、ピアノの伴奏が始まった。


 入りは完璧に成功しミスなく進んだ。

 緊張していた顔はいつも通りに戻り、何とかなったようだ。

 心配して損した気分になったが、緊張を乗り切れてよかった。


 順調に進み二番まで来た所で、小さなトラブルが起こった。

 誰かが一番と二番の歌詞を間違ったのだ。

 そこから美雪先生のピアノは崩れた。

 一度ずれ二度目もずれ段々とミスが増えてきたのだ。ミスが続き緊張がぶり返したのか顔を見てみると舞台袖の時と同じ顔だった。

 恐らく立て直すのは無理だろう。

 僕は仕方なく、かけていた保険を選択する事になった。

 

 歌ってる途中、僕は同学年の列から一歩前に出てお辞儀をする。

 客席はざわつき、同学年の子供達も歌い続けているが動揺しているのが分かった。


 そんな状況を無視して歩き出し、美雪先生の元に向かいピアノに指を置いた。

 そこからはピアノの主導権を奪い、僕が演奏を始めた。


 「次の三番に入る時また交代するから」


 こっそりと美雪先生に耳打ちをして、ピアノ伴奏に集中する。


 交代し三番に入った時には緊張が完全に解けており、やっといつも通りの笑顔に戻っていた。

 その笑顔を見て、大丈夫だと確信しピアノから離れお辞儀をして同学年の列に戻って歌い直した。

 結果的に見たら、僕達の学年の発表は大成功となった。


 「お騒がせしてすみません。伴奏担当の線崎春斗です。今回は誰にも伝えず、もう一人の伴奏美雪先生とだけで話し合いドッキリをする事になったのですが、本当は二番の頭で交代する予定でした。すっかり気持ちよくなり交代するタイミングを忘れてしまい驚かせてすみませんでした。初めての大人数の前での伴奏で緊張したという事で許してください。今ので緊張は全員解けたでしょう。次からも素晴らしい歌の発表を期待しております。では次の学年お願いします」


 アナウンス係も奪い、無事僕の役目が終了した。

 あー疲れた。早く甘いもの食べたいな。

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