第51-2話 道標(2)

(壊されるってわかってたけど!!!)


 巨人は狂声を轟かせ、勇香を目に留めると暴走列車のように強襲する。


(ま、まずい……!!)


 それよか氷漬けにされていた他の魔獣すらも、巨人が氷を粉々に破壊したことで徐々に活動し始めた。

 早く詠唱しなければ、氷山の破片は落下し作戦はおじゃんだ。だが、肝心の魔法の連鎖は考えついていない。


(なっ!?)


 思索する猶予は、勇香には与えられなかった。

 あろうことか、巨人は崩れ落ちた氷塊を剛掌に抱え、此方に投擲した。その四つの掌の全てに氷塊が……。巨人は片っ端から氷塊を投擲し、勇香を狙うつもりのようだ。


(嘘……嘘嘘!?!?)


 勇香が考案したはずの作戦だが、悔しくも敵に先手を打たれてしまった。勇香は早々に作戦を諦め、回避に身を注ぐ。

 華奢な身体を必死に駆使し、氷塊を避ける。その後も氷塊を回避、回避、回避。それでも回避しきれないと判断した氷塊は、風魔法で真っ二つに薙ぐ。だが、体力も限界が近い、次第に風魔法の使用が増えていく。


「はぁ……はぁ……もう……限界……でも、避けなかったら……死ぬ……もう地獄は……嫌だ……」


 対して巨人は暴走状態。氷塊が尽きるまで、または巨人の剛腕が勇香に届くまで、その攻撃は止まないだろう。


『ギャアアアアアアア!!!!!!!』


(っ!?)


 “投擲された氷塊を回避するだけ”では、この魑魅魍魎とした空間では生き残れない。


「あ、あれは……!?」


 突然崩壊した氷山から、二対の頭部を持った魔獣が猛スピードで勇香へと駆け抜けた。


 獣型・合成獣キマイラ系魔獣。通称双顎蛇狼オルトロスオルトロクラスの代表的な魔獣で、二対の獣の頭部、そして尾は毒蛇という奇形の獣魔獣。その生態は、一言で言えば。人間を視認すると、二頭分の知能を暴走させ猛突進で襲う。

 その凶暴さは、勇香に対しても例外なく。さらに氷塊の追撃までというおまけ付きだ。


(や、やめて……!!)


「ひっ……!」


 脳内に回転させ氷塊を避け続けていた勇香だが、荒ぶる蛇狼とその禍々しい容貌に戦慄。恐怖心に呑まれ、尻込みしてしまった。


(ダメ!ダメ!!自分を持って!!恐怖に飲み込まれないで!!!)


「……っ!」


 その寸前、勇香は自らの舌を噛み自らを自制。そして起点を利かせ、魔獣が勇香に牙を向ける寸前で転がる。


「ぐっ……」


 それでも魔獣の猛攻は、勇香よりもだった。


「がぁぁぁ!!!」


 全身の損傷は防ぎきれずに、左上腕部を根こそぎ魔獣に噛み砕かれた。

 一秒も経たずして激痛が左手から全身を蝕み、勇香は濁流の涙とともに絶叫する。


「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 嗚咽しながら視線を上げる勇香。だが、その蛇狼には氷塊が──


「はぁっはぁっはぁっはぁっはぁっはぁっはぁっはぁっはぁっはぁっ……」


 身体中の血液が、すっと抜けていくような感覚がする。呼吸がどんどん荒くなる。 

 蛇狼は猛々しく勇香の左手に牙を突いたまま。このまま死にゆくのを、ただこうやって地にうつ伏せて待つだけなのか。


(嫌だ……負けるもんか……負けるもんかッ!!!)


『グルッ!』


「《命じるコマンドセット》──ギガントファイアボール!!」


 一か八かの大賭け。勇香はうつ伏せのまま右手を逆立て、蛇狼に魔法を唱える。

 初級魔法“ファイアボール”の上位互換、中級魔法。火球を生成させるまでは同一だが、その威力は数千倍以上。ファイアボールを“弾頭”とするならば、この魔法は宇宙を駆ける“流星”だろう。

 

『グガァァァ!!!』


 魔法は超至近距離で被弾したためか、蛇狼を焼き尽くして全身を損傷し、機能を停止。それだけではなく、被弾時に発生した爆風は勇香をも巻き込んで周囲を焦土と化し、勇香は全身に火傷を負ったうえ風圧に投げ飛ばされた。

 ボールのように地を転がり、勇香は数メートル先で大の字に倒れた。そのためか、氷塊は勇香の一寸先の地面に衝突。その破片が勇香の周辺に散乱する。


(私……生きてる……)


 勇香は荒息を立てながらふと左腕を覗く。蛇狼の牙からは解放されたが、牙は貫通していたため抜けた上腕から血がドクドクと流れてくる。心なしか、意識も朦朧としてきた。


 蛇狼、そして氷塊の脅威は逃れた。それでも安堵する気分にはなれなかった。


「痛い……痛いよ……もぅ……嫌だ……」


 流血し、感覚も乏しい左腕を押さえながらおぼつかない足取りで立ち上がる。

 そして、残った右腕で氷塊に立ち向かう。そんな状態でも、魑魅魍魎は始まったばかり。


「嘘……でしょ……」


 勇香の周囲には、血に飢えた数匹の蛇狼が勇香を獲物と捉え、ギロリとした鋭利な視線を送っている。あの仲間でさえ捕食せしめるほどの暴走を見せた蛇狼も、黒豹同様に群れで獲物を捕食するらしい。

 それだけではない。その背後には四本腕全てに氷塊を構える巨人。同じく勇香を狙う黒豹、そして獅子鳥。氷の檻から解放された二十体ほどの魔獣。その他氷山から逃れた魔獣たち合計で三十体以上。


「はぁ……はぁ……」


 戦場では、理不尽など付き物。疲弊していようが、身体に致命傷を負おうが、あらゆる限界も通用しない。それに屈せば、待ち受けるのは“死”のみ。


「私……マジクソ絶望、なんですけど。……ウケる」


 勇香にはもう、これだけの魔獣を対処する体力はゼロに等しい。仮に有り余っていたとて、魔獣を全て対処するのは奇跡でも起こらない限り至難の業だろう。 


「私が、今まで……倒した……魔獣……はぁ……ははっ……私が……はぁ……英雄になるなんて……はぁ……無理ゲーすぎ……じゃない……?」


 勇香は投擲された氷塊を、右手だけの風魔法で薙ぐ。魔法を放ちながら、ボソリと呟いた。


 “弱さ”を受け入れよ。それは、委員長の女の言葉だ。


 この戦いを始めて最初の頃の勇香は、それはもう弱さを体現しているようだった。

 マイナスの感情でとりあえずの作戦を立てた。その作戦も過去の“経験“の模倣だった。新しく何かを生み出すなんて、できっこない。唯一構想できた作戦すらも、具体的な策を練る前に巨人によって潰された。


 そんな無力な自分。一言で換言すれば、“ダサすぎる”。


「でも……はぁ……弱くても、ダサくても……戦い続けるしか……ないの……はぁ……私には」

 

 戦って、戦って、極限まで戦って……弱いなりに死ぬ気で戦い抜いて……意地でも草資に才能を認めさせる。地獄は一度きりで十分だ。


 経験を力に。己を変えろ。強くなれ。弱い自分なんてもう要らない。


「はぁ……どうせ今の私は私は……どうしょうもなく弱いから……はぁ……全部の魔獣を倒しきる前に……死ぬ……。だったら……はぁ……私は、最後の最後まで……全力フルパワーで抗って、全力フルパワーで死ぬの」


 自分は弱い。呆れるほどに。かつてはそれを直視できずに、ずっと現実から目を背けていた。けれど、それは間違いだった。


 弱さをちゃんと見ろ。受け入れろ。そして嘆け、絶望しろ。

 そうすれば自ずと、強さへの凱旋道チャンピオンロードは見えてくる。

 

「せめてもの……評価スコア……私は、あの巨人をぶっ倒して……地獄を抜ける」


 お先真っ暗にも関わらずドヤ顔で、まるで勝ち誇ったように頬を綻ばせ、額に滴る汗を親指で拭き取る。そこへ、新たな氷塊が投擲される。


命じるコマンドセット──ウィンドカッター」

 

 風刃が氷塊を真っ二つに割った。これが反撃の狼煙。


「……っ」


 巨人討伐への、道標プラン


 巨人には明確な弱点が存在しない。つまり、詠唱魔法や物理攻撃を駆使して地道にHPヒットポイントを削り切る必要がある。さらに、取り巻きの蛇狼すら蔓している事態。

 なら、中級魔法でなら、一撃で葬ることは不可能でも、牽制程度なら……


『ギシャアアアアアアアア!!!!』


 突然、空から獅子鳥の一撃が奇襲し、勇香を突き飛ばした。体力が尽き、動きが止まったことを好機に、襲ってきたのだろうか。


「があぁぁぁ!!」


 獅子鳥が突進したことで勇香は結界に叩きつけられた。だが、ボロボロの身体のままなんとか立ち上がる。

 突如、ただならぬ視線を感じ、勇香は背後を振り向く。視線の先、結界の向こうには偶然か草資がいた。


「制限時間、とうに超過しておりますわね」

「それ、は……っ!!」


 その顔は、まさしく鬼の形相。まるで今、地獄行きのチケットを受け取った気分だった。


 背後を向く余裕はない。戦場では、一瞬の油断が命取り。しかし、どれだけ用心深く立ち回ろうとも、どれだけ注意深く魔獣との距離を取ろうとも、油断から逃れることはできない。それは、梨花との決闘で経験済みだ。


『ゴグァァァァァァァ!!!!!!』


 勇香を仕留め損なったと知った獅子鳥は、問答無用で満身創痍の勇香へ突っ込む。さらにその後方からは、氷塊、そして蛇狼の群れが……


「いやっ……ここで、終わり……じゃ……」


 勇香は結局、何できなかった。巨人の討伐も、火焔球の下敷きになった黒豹へのトドメも。目の前の獅子鳥への対処も。


 そんな自分も受け入れる。強くなるための糧にする。


 いつか、陽咲乃と対等に戦うことのできる──勇者となるために。

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