第51-1話 道標(1)
落下する勇香と共に、崩壊した氷壁の欠片がキラキラと宙を舞い散る。
(どうしよどうしよどうしよ!?!?!?)
巨人の怪力によって氷柱が崩壊し、勇香は真っ逆さまに落ちていく。
それだけならまだしも、他方からは四本腕の巨人が勇香を握り潰そうとその剛腕の一つを此方に向けている。
(いやっ……嫌っ!!!)
落下したとて死、巨人に握られもすれば死。このままでは、待つのは“死”のみ。
『何たる無様……恥を知りなさい』
(……ひぃっ!!)
万が一死から逃れたとて、草資による罵倒の嵐が待ち受けている。何もせずにいるだけでは、運命は地獄を繰り返す。そんなの、嫌だ。
(約束……したんだ……私は……ここで無様に、死んじゃうもんか!!!)
勇香は決死の覚悟で、空中で小柄な身体を回転させた。そして巨人の拳に向け、自らもその細腕を手向ける。
(今は、これしか!!!!!)
勇香が取った策。巨人の拳が迫ったと同時、命じもせず我武者羅に、氷属性魔法を放った。
ただ無構築、無鉄砲に。氷の大瀑布が、巨人をその巨体ごと海に沈める。それだけではなく、氷波は巨人を中心に一帯を急激な速度で侵食し、気づいた時には結界内の大部分を埋め尽くした氷山が完成していた。
一度終わり時を見失えば、この無構築魔法は魔力が尽きるまで氷を排出し続ける。魔力が全回復する勇香であれば、結界に囲まれた運動場全体を氷の檻に閉じ込めてしまうことも造作もないだろう。無論、その時は勇香も巻き添えを喰らうことになる。
タイミングを見計らい、勇香は脳内で魔法の出力を止める。そして再びくるりと回転し、高度が増した足場に両手から着地した。
(あ、危なかったぁ~)
勇香は氷山の一角に立ち、精神を落ち着かせるために深呼吸。その後、内部を覗き見ると──
(すっ、凄っ……これ全部、私が……やったの?すごっ……やっぱり、私……)
無構築魔法の結果。巨人はおろか、火炎弾で身動きを封じた黒豹もまとめて氷山に飲み込まれ、凍り付いていた。討伐はできずじまいのままだが、巨人の動きを封じることには成功しただろう。巨人以外の一部の魔獣も凍結したのは、偶然の産物だったか。
(ででも、みんな氷漬けにしちゃったし……ここから、どうやって……)
魔獣にトドメの一撃を与える方法。氷漬けにするだけで草資の評価を得ることはできまい。
このまま魔獣が凍死するのを上から眺めているべきか。いや、それははなから不可能と言える。
そもそも魔獣には“死”という概念は存在しないはずなのだ。
魔獣は生物ではなく、魔王軍による生物を模した兵器。そう授業では教わった。
それなら感覚は元より存在するはずもないのだろうし、生命体でない以上、体外からの冷却で動力源が機能低下するとは限らない。そして巨人のような怪力を誇る魔獣ならば、いずれ内部から軽々と破壊することもあり得るだろう。
氷山を生成したことで勇香は珍しく自分を称賛したが、数秒も経たず取り返しのつかない事態を作ってしまった自分を卑下してしまう。
(だ、だめ……自分を責めるのもいいけど、今は作戦を……)
安全の確保された氷山の中腹で、勇香は静かに思索に耽る。
貫通系の魔法で、表面から魔獣に直接ダメージを与えるか。いや、安全策としては申し分ないが、いかんせん作業が地道すぎる。
(作業ゲーする暇なんてない。魔獣を倒すには、氷を解かないと)
ならば、氷山を崩壊させたタイミングで、動きが鈍っている魔獣を直接叩くか。いや、魔獣に対し鈍足すぎる勇香では、数体の魔獣を葬ることが精一杯だ。何か別の方法で、氷漬けの魔獣を一度で仕留める方法はないものか……
(……っ!あれなら!)
それは、黒豹の足止めに使用した魔法の
連鎖技とは、属性魔法と無属性魔法をうまく組み合わせることで生み出される魔法の合体技だ。ちなみに“連鎖技”は正式名称ではなく、勇香が勝手に命名したものである。あのように上空から無数の弾丸のようなものを降らせることができれば、並大抵の魔獣は一掃できる気がするが……
(でも……どうやって……あれはちょうどいい属性魔法にちょうどいい無属性魔法を掛け合わせた結果だし……)
それにだ、氷結された範囲は結界の大部分に至る。“小規模根こそぎ襲来型”の焔驟雨をこの範囲まで拡張させるには、魔力により何十……何百個にも弾頭を増やさなければならない。
(魔力には、自信がある……でも、もっと何か、もっといい方法が、ある気がする……)
何か……何か弾頭を生成せずとも、まとめて魔獣を蹴散らせ、尚且つ草資にも評価を頂戴できるだろう、特異的で大袈裟な方法が……それを思考する余裕は、勇香にはなかった。
『ゴルゥオォォォォォォ!!!!』
(なっ!?)
魔獣の咆哮は、上空から。
(あ、あれは……)
獣型・
氷結攻撃では捕縛できななかった飛行系の魔獣。草資の動力点火時に唯一、勇香を狙わずにのらりくらりとフィールドを徘徊していたこの魔獣は、勇香が魔法を放ったことで飛翔し、狂暴化。
(ま、間に合わない!!)
元凶である勇香を捉え、鋭利な鉤爪を携えた両足をこちらに構える魔獣に、勇香は避けることさえままならない。この至近距離では、詠唱する暇もないだろう。
(い、今は……これ以外に答えなんてない!)
二度目にして命名・
(や、やった……)
タイミングを見極めて魔法を止めると、氷山よりは極小規模ではあるが、獅子鳥を標本かのように閉じ込めた巨大氷塊が完成した。
(とりあえず、ここは危険、降りよう)
上空を見上げれば、もう一体の獅子鳥が旋回しながらこちらの様子を伺っている。
ここにいては危険だ。勇香は氷山の勾配を滑り落ち、その麓へと着地する。
「あ、危な……っ!?」
『グルッ!!!』
しかしそこには、凍結を逃げ遂せた黒豹が降りてきた勇香を目にし、唸っている。間髪入れずに黒豹は、勇香に猛突進を始めた。
「く、来る……ひっ!?」
勇香は驚嘆しながらも咄嗟に手を伸ばし、黒豹に照準を定め、
「
勇香は魔法の弾を放ち、迫りくる黒豹の一匹を捕縛しようと試みる。
『ギャアアアア!!!』
弾は軌道を外したものの、大柄な黒豹には見事着弾。だが、黒豹は一瞬だけその動きが鈍くなっただけで、再び走り出てしまう。
(効かない……!?)
捕縛は、魔法の弾が着弾した対象に視認不可能な魔力の縄を巻き付ける付与魔法。しかしながら、魔法攻撃を一切受け付けない毛皮は、無属性魔法も容赦なく無効化させる。魔力の縄は巻き付くことさえ許されないのだ。
(また、間合いに入られる……何か、何かないの!?)
脳裏に焼き付かれた草資の怒号。それを紛らわすように、勇香は焦り気味に周囲を見渡す。そこで見たのは、崩れた氷壁の巨大破片の下敷きになった黒豹。
「……っ!」
勇香は魔獣をおびき出しつつ、その破片へと走り出す。
「こ、こっち来て……!魔獣!!!」
黒豹のスピードはやはり尋常ではなかったために、勇香は魔法で障害物を生成し、黒豹の動きを封じながら走り続ける。
「はぁ……はぁ……」
勇香は荒い息を吐きながらも、破片に辿り着いた。そこで、下敷きになっている黒豹を仰ぎ見ると、
『グル……グルルッ……!!』
「……あなたはまだ」
向かってくる黒豹を一瞥。その後風の魔法を利用し、勢いに身を任せ破片の頂上へ飛び乗る。
(ふぅ、乗れた。……疲れた、でも気休めはまだ早い)
勇香は思考の全てを眼前の黒豹へと預け、タイミングを見極める。そして、黒豹が眼下にやって来ると同時に……
「
風薙ぎの魔法が破片の一部を斬り刻み、鋭利な刃物として黒豹の首筋を貫いた。
「やったっ!」
風の魔法でゆるりと降下し、下敷きになった黒豹の前に立つ。ここへきて一体目。初の討伐だ。そしてそれが、気付きへの引き金となった。
「……っは!」
……例えば、崩落させた氷山を、そのまま鋭利な氷刃に変形させれば。それらは刃の雨となり、氷山に飲み込まれた魔獣をまとめて狩ることも可能だろう。
問題は、そのような高度な魔法の
(とにかく、やってみよう……自分にはできないじゃ、私はもう嫌だ)
地面に降りると、勇香は押し潰されている黒豹を見下ろす。
「ありがとう。あなたのおかげだよ」
これで討伐二体目。トドメを刺そうと、勇香は黒豹の首筋に掌を向ける。
『グルッ』
がっ──
バリン
「っ!?」
突如、耳をつんざくほどの破裂音が轟き、勇香はそこを見やる。
そこにあったのは、氷漬けにされていたはずの巨人が、氷山を破壊し尽くす光景。
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