第46話 詠唱
「明日からの上級魔法実習の前に、今日は中級魔法の締めとして詠唱が必要な中級魔法を勉強していくよ!」
「え、詠唱ですか」
「そっ!一週間前、魔法には詠唱が必要な魔法とそうではない魔法の二種類があるって説明したよね?」
「しましたね」
「今回はその詠唱が必要な魔法群について学んでいっこー!」
「はあ……」
テンション高めなアリスに対し、いつもながらに素っ気ない返事をする勇香。
が、その内心はというと……
(ええええ詠唱!?それってあれだよね!?!?漫画とかでよく出てくる!!!!!!)
興奮による感情の大渋滞でとんでもないことになっていた。
そう、詠唱である。王道の魔法ファンタジー作品はもちろん、死神を原作とした大人気漫画にも登場する、最早創作物では欠かせない要素となっている詠唱。
言葉一つ一つには難解すぎる漢字が列を成し、一読するだけで年頃の少年少女の厨二心を抉ってくる詠唱。それがこの世界にも存在するという事だ。
(やったぁぁ!ついに詠唱ができるんだぁ!どんなのかなぁ、やっぱかっこいいのかなぁ)
「どうしたの?詠唱とか勇香ちゃん大好物そうなのに、あんまり乗り気じゃないね」
「いやこの世界のことだし、あまり期待しても無駄かなと思いまして」
「流石現実主義者!!」
外面では澄ました顔をしながら、抑えきれない胸のドクドクを必死に止めよう胸元に手を添える勇香。
(やっぱり詠唱ならかっこよくないとね!紅蓮……?いや深淵より……違うな、爬行……)
「ん?なんか口元がニマニマしてない?やっぱり興奮してる?」
「まさか。それより、これから習う上級魔法ってほとんど詠唱がいる感じですか?」
「違うよ?無詠唱と詠唱で半々くらい」
「え?詠唱が必要だから上級に区分されてるんじゃないですか?」
「ちゃうちゃう。基本的に魔力の消費量で三つの階級に区分分けしてるよ。少し裏話をするとね、もともと三つの階級に収められている魔法を大成した魔術師はみんなバラバラで、後世になってなんかややこしくなってきたから、初級、中級、上級って感じで分けただけなんだよね~」
アリスから語られた魔法の三大階級の真実が思いの他真っ当だったので、勇香は拍子抜けしてしまう。
「さっ!前置きが長くなってもあれだから、早速やってみよう!」
「は、はい!」
気を取り直すと、勇香は手本を披露してくれるであろうアリスを直立不動で凝視する。
「やり方は無詠唱と同じで、魔法を放つ前に詠唱する。
「はい」
「基本詠唱魔法は覚える作業だから、今日は簡単な詠唱を少しばかし教えるよ。残りは授業終わりに職業図録みたいな詠唱魔法がででんと載った冊子を渡すから
「なんで最後英語で言ったんですか?」
言い終えると、アリスは手先を伸長させ、魔法を放つ態勢を取る。
(つ、ついに詠唱が……!!)
「今から放つのはフレイム・ピラーという炎属性の魔法。その名の通り、地面から炎の柱が噴出するよ」
「炎の柱……!」
「ここで少し豆知識を教えるよ。魔法の詠唱文に使われる呪語は純粋な日本語。日本語のような~じゃなくて
「そうなんですね」
となると漫画にあるような常用外の漢字が多用された厨二チックな詠唱なのだろう。見たい、早く見たい……勇香は呼吸をも止める高揚感のまま目を凝らす。
「ちなみに、基本的な詠唱文は見たまんまだからシンプルだし凄く覚えやすいよ。さあ行くよ!」
「はい、見たまんまですね……見たまんま?」
「
瞬間、アリスの伸ばした腕に、深紅の光輪が纏った。
「
と同時に、眼前の人工芝が地響きを立てながら割れ、そこから大噴火を思わせる炎の咆哮が噴出した。
その威力は詠唱魔法ながら絶大で、あれだけ魔法を放てど傷ひとつ付かなかった人工芝の先端を仄かに焼け焦がした。同時に周囲に熱波が伝わり、ムンムンと熱気が帯びる。一発の魔法を放っただけで、辺りがさながらマグマが胎動する噴火口のような環境と化してしまった。
勇香でさえも、見たことのない詠唱魔法の苛烈さに肝を冷やした……とアリスには見えたようで、アリスはニコニコと口を緩ます。だがしかし当の勇香は、
「え?」
棒立ちのまま、唖然と呟く。
「えっ?てなによ」
「そそそ、そんな単純でいいんですか!?なんかもったいないですよ!」
「何がもったいないの?」
意味不明な反応にアリスはジト目で返した。
「いや、その……せっかくの詠唱なんだから、もっとかっこよかったりとか……難しい漢字使ったり、卍◯したりしないんですか?今の、顕れよがギリかっこいいぐらいですよ」
「卍◯……?やっぱ興奮してたんじゃん」
「してないです」
アリスの尋問に、勇香は真顔で言葉を返す。
「うーんこれよく聞かれるんだけどね。魔法の基礎を作った古代人はかっこいいかみたいな華やかさはあんまり気にしなかったみたいだよ。それよりは読みやすさとか、覚えやすさを重視して感じだねー」
「詠唱は漫画の醍醐味なのに……一気に現実っぽくなった」
「まぁ、この世界は腐っても現実だから♪」
「それを言わないでください……」
結局のところ、詠唱すらも効率を意識したらしい。カッコよさを追求すること事体が間違いだった。
「さぁ、実践だよ!とその前に、詠唱の法則を覚えておこう」
「はあ」
「詠唱魔法は魔法を撃つ三つの目的ごとに号令が異なるんだ」
「号令?」
「例えば、さっきのフレイム・ピラー。あれは炎の柱を出現させるっていう趣旨の魔法でしょ?そういう何かを出現させるような魔法の時には“顕れよ”と言う号令を詠唱の接頭辞として置く」
アリスによると、他には対象の能力を低下させる、または状態異常を付与させる魔法の時は“
「まっ、この知識は覚えなくても構わないよ。どうせ詠唱文を一から頭に刷り込む時に纏めて覚えちゃうから」
「……はい」
「何々?まだ詠唱が思ったより現実だったこと根に持ってるの?」
「持ってません」
「ぷぷっー。嘘ついちゃって~頬の膨らみ具合で一目瞭然だよぉ。やっぱおこちゃまだねぇ」
そう一握りの煽りを込めた生暖かい視線を送りながら、ドングリを詰めたリスのように膨らんだ勇香の頬を指で突くアリス。やがて風船が割れたように頬が萎むと勇香は現実を認め、額を仰いで興奮を冷ます。
「偉大な先人様たちは魔力消費が膨大過ぎる魔法をいかに抑えるかをひたすらに研究してね。それで思いついたのが魔法に特定の単語の羅列を埋め込むことで発動した際に魔力消費を肩代わりできるっていう詠唱なんだよ」
「ま、魔法に埋め込む?」
「先人は相当頭良かったみたいだからねぇ、アリスちゃんでもその仕組みは理解できない」
「アリスさんでも、ですか……」
アリスですら解析不可となると、大昔の魔術師は途方もない才能の持ち主だったのだろう。それこそ、勇香とは桁違いに。
「まぁ大丈夫だよ!ちょっとカッコ良さげで厨二心を擽られる詠唱もあるにもあるから」
「なんですかあるにはあるって」
「さっ、何事も練習が一番!やってみよう!」
「分かりました」
アリスに促され、勇香は先のアリスの魔法でチリチリに焦げた人工芝へ向け手を伸ばす。が、余計な閑話を挟んだことで詠唱文は頭の中からすっぽりと消え去っていた。
「えっと、詠唱、何でしたっけ」
「顕れよ~、地より噴する炎の柱」
「顕れよ!《地より噴する炎の柱!》
勇香が手を向けた先と数センチ離れた位置から、噴火の如く火炎が噴出した。予想通り、火炎は天井近くまで吹上がり、辺りに熱気が帯びる。が、アリスの時とは違い、人工芝に焦げ跡は見当たらない。
「うんうん!今の魔法で肩の疲れすら感じない勇香ちゃんは才能の塊だね」
「あ、ありがとうございます……」
(こういうのって、漫画でも初撃はだいたい失敗するよね……やっぱり構築済みの魔法って便利だな)
「じゃあ、別の魔法も教えてください」
「おっけー」
気の抜けた返事をするアリスに、勇香はジト目で追及する。
「なんですかその棒読み」
「……ぶっちゃけるとアリスちゃんは詠唱とか普通しないんだよねー。コスパ悪いし、デメリット多すぎるし。使うならやっぱ無詠唱っしょ!」
「臨機応変に使えって言ったのはアリスさんですよね」
「まあいいや!この調子で他の魔法も行ってみよう!」
「はあ……あんまり急かさないで……」
「授業は捗っておりますか。アリス」
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