第45話 作戦
「天才!アリスちゃんといっしょに
「いろんな子供向け番組混ざりすぎです」
授業の開始早々に脈絡もなく切り出したアリスに、すっかりアリスの勢いに慣れ、無表情且つ沈着冷静にツッコみを入れる勇香。
毎日の一時限目に行われる魔法実習の授業は、元は女性教師が担当していたが、勇香を救うために学園統括委員会に乗り込んだことで教師は追放され、それ以降はアリスが引き継いだ。
授業内容はただただ魔法を暗記するだけ……という簡単な作業であるが、勇香の修学具合に応じて魔法の量を調整するという教師のスタンスに対し、アリスは計画性の欠片もなく、魔術師にとって必須事項と言える、膨大な数の魔法名の暗記を完全無視するような裏技を教えたり、それ以外の魔法は一回の授業に詰めこめるだけ詰め込ませるといった、まさに“委員会の手先”らしい授業だと勇香は節々に感じている。
しかし他の委員会の教師陣とは異なり、アリスは勇香を勇者養成学園の一生徒として扱っており、その点ではアリスの授業は比較的受けやすいのだろう。
いつもは授業が開始して一秒足らずで暗記作業を開始するアリスだが、今日はどういう風の吹きまわしか、意味の分からない前置きを踏んだ後、どこからか取り出した文書を通販番組ばりに読み始める。
「えーと、なになに?
「え……」
アリスの口からその言葉が吐かれたことに、勇香の目が丸くなる。
「えっーと、もし今の状態が続けば生徒たちからの不満が増大し、いずれ聖ヶ……勇香ちゃんの生徒会活動に支障が出てしまううんぬんかんぬんうわ読むのめんどくせぇー……てことで、そんな事態が起こる前に、勇香ちゃんは生徒会に相応しい逸材なんだとみんなに納得していただっこぅー!」
どうやら
「そ、それでどうするんですか?」
「ずばり、勇香ちゃんの生徒会入りを学園のみんなに認めてもらうために!アリスちゃんがとある企画をご用意しましたー!」
「企画ってのは……?」
その疑問には、待っていましたと言わんばかりに魔法で現出したプラカードをアリスは掲げる。そこに書いてあったのは……
「その名も、勇香ちゃんは外面小坊のくせになんか内に秘めてる力激ヤバじゃね?これほどまでに生徒会に相応しい逸材いる!?いねぇよなぁ!!ってのをみんなに知って欲しいけどよくよく考えたらみんな勇香ちゃんの才能のこと何も知らないじゃぁ~ん!なので、この際勇香ちゃんが生徒会に超適任ってことをみんなに知ってもらおうじゃねぇのだいさくせーん!」
「長い長い長い」
ついでに久々の外見弄りにツッコミを入れたところで、アリスはその概要をテンション高めに話始める。
「それで、その作戦とやらで私は何をすればいいんですか?」
「簡単カンタン!勇香ちゃんの才能をみんなに知ってもらえばいいんだよ!」
「才能を……みんなに……?」
「うんうん。ちょー簡単な話でしょ?」
勇香の才能を何らかの方法で生徒たちに示す。アリスが考案したにしては至極真っ当な作戦だ。しかし──
『ふざけんなよ……!!アタシらは理不尽にこの世界に連れてこられて……才能があるからって今日まで鬱憤を堪えてきたのに、アタシらの才能ってのは全部嘘だったのかよ!!』
勇香の内心には、憤慨した梨花に投げられた言葉が今も克明に残っていた。
才能。それは運命を捻じ曲げられた学園の生徒たちが、勇者を目指そうと本気になることのできる唯一の理由。
しかし作戦が成功した場合、すなわち自分が信じていた才能を遥かに凌駕する勇香が現れた時、それは同じ学年の生徒たちにとって、自身の才能を否定せし得る十分な材料になるであろう。それは梨花で経験済みだ。
「え、えっとそれって……」
「ん?どしたの?」
だが、そんなことをアリスに言ったところで何か解決するのだろうか。
もし勇香の才能を知り、絶望した生徒たちが各々に科せられた教育を放置してしまう事態になれば、委員会が勇者を目指すという使命を彼女らに強いてしまう可能性だってあるはずだ。今、アリスに打ち明けてしまえば、それが早まってしまうだけのこと。
「この学園の生徒会は、学園、いや裏日本でもトップクラスの実力を持つ勇者たちの集まり。すなわち!学園トップクラスとも言える魔力を持つ勇香ちゃんにふさわしい最強の組織なのだ!」
勇香の胸中も知れずに、アリスは快調に勇香の才能を語りつくす。
何か自分の才能──無限に近い魔力を誇示せずに、自分を生徒会に相応しいと証明する方法はないものか。
無闇に魔法を多用せずに、培ってきた技巧を駆使するか。だが、まだ転校して二週間ほどの勇香が、二年生レベルの技術を見せつけてしまった日には、学園による“優遇”が明らかになってしまう。そうなれば芋づる式に無限の魔力もバレてしまうだろう。
最早八方塞がり。作戦を行うこと事体が生徒たちの不満を買ってしまう。
「あ、あれ……?」
「どうしたの?アリスちゃんずっっっと勇香ちゃんがスライムみたく蕩けちゃうくらいにはべた褒めしてたのにぼーっとしてるからびっくりしちゃったよ」
「……っ」
そういえば、生徒会所属の黒野妃樺や白百合聖奈は一年生。勇香の同じ学年だ。
(それを知ることができれば、何か解決の糸口が見つけるかもしれない!)
「そうだ!」
「どしたん?急に大声出して?」
「えっ、いやあの……」
とにかく、二人になら何か解決法を見出せるかもしれない。
放課後にでも放課後にでも生徒会に出向き、妃樺……には話しかけること自体が手厳しいので、聖奈にでも話を聞こうではないか。
今はアリスとの魔法の授業。“強くなる”が優先だ。
「私……やります。私が生徒会に在籍できるくらい凄い人なんだってこと、証明してやります!」
才能を認めさせるには、後ろ向きな自分とは決別しなければならない。やや傲慢気に、勇香は胸を張ってそう言い放った。
「むむっ、強気で来たねぇ、いいことだよ」
「それで、具体的に何をするんですか?」
「ズバリ!みんなの前で進級試験をやってもらうよ!」
「進級……試験……?」
この学園では聞き慣れない
「うんうん!この学園には一年から二年、二年から三年に上がる時に試験があってね、それに合格すれば進級、できなかったら留年になるんだ!」
「つまり、期末試験のようなものですね」
「そゆこと」
要は表日本のところの学力試験や実技試験のようなものだろう。やはりどの世界にも学校には試験はあるようだ。この殺伐とした世界なら尚更。
「ルールは職種ごとに違うんだけど……魔術師はちょー簡単!五分以内に試験場に放たれたウィスプたちを全て討伐せよ!」
「う、ウィスプ?」
「ウィスプってのはこれ!!」
アリスは指をパチンと鳴らす。次の瞬間、アリスの眼前に青白い靄がかかり、それらが小さな球体状に集合。数舜の内に手のひらサイズ程の光体が完成した。
「人魂……オーブですか?」
「だけどこれだけだと面白くないからぁ」
次に光体は徐々に姿を変化させ、ニョキニョキと獣耳や四肢、尾が生えてくる。しまいには前面に流線形のまるで狐のような顔が形成され、
それは丸みを帯び、狐を彷彿させる顔立ちの愛らしい発光体。その愛玩さに、思わず勇香は見惚れてしまい……
「この
「えっ?まあ、そうですね」
「やっぱり勇香ちゃんはドラゴンとか剣の方が興味あるんだね」
「そ、そんなことないですよ!?いつもやるゲームにも可愛らしいキャラやモンスターとかもいるし……剣を咥えた伝説の狼とか私のお気に入りで……」
「うんやっぱそっち系ね」
その間にも光体はふわふわと移動し、アリスの肩にちょこんと乗る。その愛くるしい姿に無反応だった勇香も次第に目をキラキラさせた。
「これはウィスプ!正式名称はウィル・オ・ウィスプ。勇香ちゃんも聞き覚えあるでしょ?」
「はい。ゲームやアニメで一度は……」
「そそっ、でもこのウィスプは言い伝えや伝承のものとは違って、自分の魔力を実体化し、大気中に自由自在な形態で顕現させているだけの魔法の一種。勇香ちゃんも魔法を極めればそのうちできるようになるよ」
「それで、このウィスプをどうするんですか?」
「ん?だから、討伐するの」
アリスは肩で無防備に転寝しているようなウィスプを魔法の結界を纏わせた指で弾く。と、それは跡形もなく周囲に飛散してしまった。
「えぇ……」
「今みたいに、ウィスプは魔法を当てれば一瞬で消滅するよ」
「さすがに酷くないですか?」
「そんなこと言われても、そもそも実体ないし。仮にもアリスちゃんの魔力だよ?」
「あ、じゃあ別にいいです」
「一気に冷めたね」
思えばアリスの肩に乗っているようだったウィスプもよく見れば下部が透けていてアリスの肩と重なっていた。愛玩動物のような仕草をしていたウィスプも、所詮はアリスの号令通りに動いていただけのようだ。
「話がちょっとそれちゃったけど、勇香ちゃんには二年次に受ける進級試験を模した試験内容をみんなの前で挑んでもらうよ!ウィスプは合計で十体!一年次は制限時間内にフィールドにばら撒かれたウィスプを探して倒すだけなんだけど、勇香ちゃんが相手するウィスプは攻撃してくるから気を付けてね!」
「意外と獰猛……」
「制限時間は五分。合格者のクリアタイムは平均して三分半くらい、最速で二分四十秒かな~。それを勇香ちゃんは二分以内にクリアしてもらうよ!」
「に、二分!?!?!?」
あまりのクリアタイムの早さに、勇香は卒倒して声を大に叫んでしまう。簡単そうに言うアリスだが、勇香には当然ながら勝機を見出すことができなかった。
その前提には、決闘で梨花に敗北したことが挙げられる。これ以上自分を卑下するわけにはいかないが、同級生にさえも敵わない自分に、通常では二年生が受ける試験で二分という最速記録更新もいい所のクリアタイムを叩き出すことなどできるのだろうか。いやそれ以前に、この作戦自体が生徒たちを心変わりさせるなんて無理があるのかもしれない。
「平気平気!それは勇香ちゃんの膨大な魔力のアドバンテージを考慮したタイムだよ。それに作戦当日までにアリスちゃんがこっぴどく魔法を教え込むから、勇香ちゃんはただ自分の才能を磨くだけでいいよ」
「私の魔力とそれに見合う実力があれば、二分台も余裕で獲れるんですか?」
「もちろん!そのためにはアリスちゃんも全力でサポートしちゃうから、勇香ちゃんがみんなに認められるのも時間の問題!この作戦が終わったら、勇香ちゃんはみんなに信頼された誇り高き生徒会役員になること間違いなし!」
「盛大なフラグ立てないでくださいよ!」
無茶苦茶なアリスに突っ込むも、アリスののほほんとした雰囲気にあたかも作戦が成功できると錯覚してしまう。それも、アリスの性格の良さなのか。
「一応、当日には初級魔法のみで試験を受けてもらうから気を付けてね?」
「は、はい」
「さーて、前置きがクソほど長くなっちゃったけど、いよいよ授業に入るよ!」
「よ、よろしくお願いします!」
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