第44話 尋問
白煙が舞う用具倉庫の入口。梨花が放った魔法具により催眠状態で倒れ伏した二人の守衛を尻目に、梨花は十数個の鍵が吊り下げられたホルダーから目当てのものを探していた。
(ちぃ、どれだよ鍵……前みたいに誰かが中に入るのを待てばよかった……くそっ)
一つ一つを鍵穴に差し込み、合致しなければ抜くを繰り返す。
だんだんとムキになり、鍵を差しこむ手が荒くなってきた五つ目。中でカチッという音がした。開錠のサインだ。
(学園も馬鹿だな、結界でも張って厳重管理しとけばいいものを、セキュリティー甘めぇんだよ)
嘲笑を禁じえずドアノブを掴もうとした時、
シュタッ
「っ!?!?!?」
梨花がドアノブを触れるのを阻害するように、銀色に光る
短剣は梨花の伸ばした指先すれすれをすり抜けると、バシュっと地面に突き刺さる。梨花は反射的に手を引っ込め、顔面蒼白に背後を振り返ろうとした。だがその前に、梨花の首元に色白の上腕が滑り込んで、
「ぐっ……!」
がっしりと首元を上腕に締め付けられ、梨花は身動きを取れずに立ち尽くす。その手には短剣が握られていて、一歩でも動けば斬ると暗示されているようだ。
「はい現行犯」
背後から見知った声が聞こえ、梨花は考える間もなく最悪な声の主を確信した。
「な、成川……かよ……なんで……」
「視覚遮断の魔法具は、その効果がゆえに即効性であっても対象が効果を付与されたと自覚できない。どうりで無効結界張ってるのに霧の中でアンタの姿が見えないと思った。でもそれが仇となったね。アンタの負け」
陽咲乃は頷きもせず、表情も変えず、腕にかける力を徐々に増し梨花を締め続ける。
梨花は首元の息苦しさに悶えながら、自然と視線を背後に寄せる。
そこにあった短剣と同等の鋭利さを誇る眼圧にやられ、梨花はすっと力を抜いた。
「とりあえず、何を盗み出そうとしてたのか、答えてくんない?」
「なんで盗賊のお前にそんなこと聞かれなきゃいけねぇんだよ」
「いいから答えなさい」
陽咲乃は上腕を固定したまま、手首を動かして梨花の首筋に短剣の剣先をちらつけせる。
磨き抜かれた短剣は太陽光に照らされて銀色の光沢を輝かせ、梨花にとめどない冷や汗を滴らせた。
「うわ、殺気高けぇ……」
梨花は思わず呟くと、動かせる片手で陽咲乃の上腕をポンポンと叩く。
「降参だ降参。全部話すから解放してくれ」
「抵抗したら殺す」
「わっーてるよ。どこでそんな殺傷能力高い目力習得したんだよ。本当に殺されそうでマジ怖ぇ」
陽咲乃は梨花の首元から腕を乖離すると、梨花は両手を上げたまま数歩後退して陽咲乃と対峙する。
「視覚阻害用のなんちゃらっつー結界魔具。それだけだよ」
「へぇー、よくそんなものがこの倉庫内にあるって知ってるね」
「一度盗んだことあるから知ってんだよ……」
飄々とした梨花の返事に、陽咲乃の眉がぴくりと動く。
「考えなくとも、決闘を誰かに見られたくないから、めくらまし用に使ったのね」
「やっぱお前知ってんのか」
「アンタが思う程あの子は情弱じゃないの。アンタが嗾けた戦いの事、包み隠さずアタシに教えてくれたわ」
「……案外肝が据わってんのかよ」
小声で呟く梨花。呆れ果てた陽咲乃は侮蔑の視線を送りつつ、梨花に尋ねた。
「で、わざわざこんな巧妙な手段を使って、視覚阻害用の魔法具を盗んで何をするつもりだったの?」
「言えねぇ」
「この状況でシラを切るつもり?勇香に悪さしようってことは見え見えなんだけど」
恐喝気味に短剣を突きつけ、梨花から証言を聞き出そうとする陽咲乃。
それでも梨花の口が開くことはなかったので、やや大きめのため息を吐いて話を移した。
「……アンタたち、例の決闘の後から一切あの子の前に姿見せなくなったけど、決闘の事バレて接触禁止令でも喰らった?」
「……いろいろあったんだよ」
と、陽咲乃は制服のポケットをまさぐりだし、丸めた紙束を取り出す。
そうすると、無造作に梨花へと投げつけた。
「なんだよ」
「これ、アンタの仕業でしょ」
受け止めきれず腹に軽く当たり、地面に落ちた紙束を拾うと、梨花は中身を一つ一つ開けていく。どれも小さなノート片だ。
それらには誹謗中傷もいい所の暴言が殴り書きで記載されている。
「あぁ、これか」
淡々と返事する梨花に、陽咲乃はやっぱりねと目を瞑る。
「勇香に手出しできないからって標的をアタシに変えたんだと思うけど、こんな紙切れでアタシを貶められると思ってるなんて心外。小学生だと思われてんの?」
「思ってねぇよ」
「こんな遠回しにちょっかい出してないで、何か言いたいことがあったら直接言ったらどう?アンタたち毎回やり方が陰湿なのよ」
「……」
梨花は無言で紙束を凝視している。
すると何を思ったのか、梨花はその紙束を空へと放り投げた。
「──っ!?」
その途端、なんと紙束は空中で着火し、燃え始めた。しかし周りに火の手はどこにもない。
それはまるでブラックホール。空間に突如発生した炎塊に、紙切れが呑み込まれるように形を消失させる。
燃え残った煤が梨花の周囲をちらちらと舞い落ちる。
陽咲乃はその歪な光景に顔をしかめた。
「これをアイツがやったことにしてアイツを糞野郎に仕立てれば、お前がアイツとの縁を切ってくれるっつぅ一握りの可能性に賭けたわけさ。まっ実際のところほぼ八つ当たりだよ」
「アンタたち、どこまで性根が腐ってんの……!!!!!」
「結構筆跡寄せたつもりだったんだけどな。よくアタシって気付いたな」
沸騰する感情を押さえつけるように、陽咲乃は歯を噛み締めた。激昂する陽咲乃を澄んだ目で見つめながら、梨花は陽咲乃に歩み寄る。そして肩を寄せると、
「お前さ、ぶっちゃけアイツの傍で何する気だよ?」
「はぁ?」
燃え滾った感情は梨花の質問の意味を汲み取る余裕はなく、陽咲乃はぎっと強めた瞳で梨花を見つめる。
「怒り狂った
堂々とそう言いながら髪を掻きむしる梨花。
「お前、何のためにアイツに近づいたんだ?やっぱ生徒会目的?」
「はっ……?」
「いいから教えろよ。アイツに口外したりしないからさ。どうせ出世欲に駆られてアイツに近づいたんだろ?」
「ふざけるなよ外道」
次の瞬間──陽咲乃は怒りに身を任せ、梨花を平手打ちした。
膝立ちで赤く腫れた頬を押さえながら、梨花は陽咲乃を見上げる。
「痛って……」
「アタシが自分の利益のためだけに勇香に近づいたなんて思うな!!勇香はアタシを信じてくれてるんだよ。アタシは絶対に生徒会選挙で勇香と真正面から戦う!!!勇香を使って汚い真似をしようだなんて断じてあり得ない!!!!!」
「なるほど。そんくらい硬い友情が結ばれてるってことね。そりゃ簡単にバレるわけか」
「バレるも何もアタシは……!!」
陽咲乃の激昂に一切動じることなく、梨花はふむふむと分析する。そして開き直った様に陽咲乃の肩に腕をかけた。
「で、今のどこまでが演技だ?」
陽咲乃は乗せられた腕を強引に剥がし、梨花に短剣を構える。
「さっさと消えてよ……アタシが怒り狂ってお前を殺す前に、アタシの前から消えて」
「だから怖ぇって、アタシは冷静にアンタと話し合いたいんだ」
「話すことなんてない。アタシが勇香と交わした約束は、お前みたいな腐れ外道が到底理解できるものじゃない」
「生徒会選挙で、アイツと戦うねぇ」
梨花は不敵な笑みで言う。
「確かにお前が今までアタシたちに見せてきた正義面からすれば、お前がアイツを騙して生徒会入りしようだなんてアタシがホラ吹いても、信用する馬鹿は誰一人いないだろうな」
「……っ」
陽咲乃はいつまでも飄々としている梨花に吹っ切れ、警戒はしながらも短剣を降ろす。
「でもな、この学園でわざわざアイツと仲良くしてる奴なんて、なんか訳ありとしか思えねぇんだよ」
「アンタ、性善説って言葉知らないワケ?」
「アタシははなから人間なんて、これっぽっちも信じてないんでね」
そう言って明後日の方向に目をやる梨花。
「あっそ。疑いたいなら疑えばいい。アタシはアンタたちが何をしてこようが動じないし、勇香も決闘を通して強くなった。もうアンタの思い通りになるとは思わないことね」
「へぇ、まあいいわ」
「アンタにしては随分と早く腰が折れたね」
「まあな、成川の意外な一面が見れてよかったよ。もうちょっと信用できる奴に協力してもらうわ」
「はっ?」
梨花の変化を不審に思った陽咲乃は、梨花を一瞥して、
「……ていうかアンタ、お仲間はどうしたの?」
「あっ?」
「金魚のフンみたいにアンタに突きまくってる黒髪の……」
「立ち直れたのはアタシだけだよ」
「はぁ?」
飄々としていた顔が急に険しくなり、梨花はぐっと拳を握り締める。
「真っ当な人生を生きてきたアイツには耐えられなかった」
「言ってる意味がわから……」
元の顔に戻りくるりと陽咲乃に背を向けると、梨花は背中越しに投げかけた。
「お前も気ぃ付けた方がいいぜ。お前がアイツにどういう感情持ってるかまだ分かんねぇが、
「向うって……?」
「お前も分かるだろ。アイツを最強最強と称えまくるイカレ教師共だよ」
「……っ!!」
「さあて、見つかっちまったし、これからどうしよっかな」
両手を後頭部に組みながらぼうっと漏らす梨花。陽咲乃はふいにここにはいない勇香を見つめた。
(勇香……)
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