第43話 尾行

 カラオケ女子会の翌朝。いつもの通り、陽咲乃と共に登校した勇香はロッカーの前で朝の会話に心を躍らせる。


「昨日は楽しかったね~!」


 昨日の興奮の余韻がまだ残っているのか、清々しい笑みで勇香は口にする。

 勇香らしからぬ活気の良さに、陽咲乃はほんの少しだけ声を失ってしまうが、すぐに揶揄い気に勇香の頭頂部に手を置き、


「そりゃそうでしょうよ。あれから歌うたびに九十点台叩き出してみんなからちやほやされてたもんね」

「そそそそれもあるけど、一番はみんなと行けたのが嬉しかったの!!」


 恥ずかしながらも言い切ると、勇香の頬がぽっと赤みを帯びた。

 それを見るなり、陽咲乃は悪戯そうにニタァとした顔を勇香に近づける。


「だよねー。万年ぼっちちゃんが誰かとカラオケ行くなんて普通に考えてあり得ないもんねー」

「か、揶揄わないでよぉ〜てか、私のことばっかりだけど、陽咲乃だってコスメショップ行ったとき終止目がキラキラしてたじゃない!」

「だってー、あそこ新作のコスメとかいっぱいあったし、なにより勇香と麻里亜先輩にお試しでメイクした時の快感といったら……」

「快感?」

「やっぱいまのなし!勇香も安めのチークとかいろいろ貰った買ったんだから、たまには使ってあげるんだよ?」

「あれは陽咲乃に言われて仕方なく……だいたい私にはメイクの仕方なんて分からないし」

「だから今度アタシが教えてあげるから!」

「え、えぇー」


 陽咲乃の勢いに面喰らいつつ、昨日のような強制メイクをまた施されてしまうのかと溜息を吐きながら勇香はロッカーから荷物を取り出す。

 しかしふとその手を止め、勇香は陽咲乃に目を向ける。

 陽咲乃は突然に勇香に視線を向けられたことで、ん?っと声を漏らし不思議そうに勇香を見つめる。


「あの、陽咲乃?」

「ん?どした?」

「そういえば陽咲乃って最近私と一緒にいること多いけど、他のお友達とお話したりしないの?」

「何よ?突然」


 ジト目の陽咲乃からの返答に辟易する勇香だが、小声で弁解代わりの言葉を漏らす。

 この一週間、授業から解放された勇香の傍には必ずと言っていい程陽咲乃がいた。

 ずっと孤独だった勇香には嬉しいほかはないのだが、友人の多い陽咲乃が毎時のように勇香とつるんでいるのはいささか違和感があるのだ。


「ちょっと、気になって」

「そんなの理由はただ一つ。勇香がぼっちになったら何が起こるか分からないじゃん。だから警護も兼ねて一緒にいれるときは極力傍にいるようにしてんの?」

「嘘でしょ?」


 一切の迷いなく言い放った陽咲乃に、勇香は背筋が凍り付く感覚に身を震わす。


「なんか……陽咲乃が私の親みたいでいやだ」

「平気だよ。これも勇香がそういうやつらを一人で太刀打ちできるようになるまでだから!諦めてアタシのボランティアSPを受け入れなさい!」

「うぅ~嬉しいけど、そうじゃないっていうか……」

「そうじゃないって?」


 あせあせと目を泳がせる勇香を、陽咲乃は目を点にして見つめる。


「一緒にいてくれるのは凄く嬉しいよ!でも、陽咲乃は私と違ってお友達多いんだし、私よりずっと仲良い人もいる、じゃない?だから、私ばっかりに構ってたらそういう人たちとは疎遠になっちゃうって言うか……」

「そう言って、内心ではもっと構ってくれないと死ぬ、離れちゃいや!とか思ってるんでしょ?」

「そ、そんなに私病んでないと思うよ!」

「どうだか。またハイライト消えかかってるし」

「それどういう状況かいい加減教えて欲しいんだけど」


 すると何の前触れもなく、陽咲乃はスクールバックをゴソゴソと漁り始めた。


「どしたの?」

「ま、しょうがないなーどうしても自己防衛したいって言うなら、アタシの代わりにこれを……」


 と、予鈴がなり勇香はバタンとロッカーの扉を閉めた。


「あっ、私授業遅れちゃう」

「……勇香も大変だね」


 慌てて片っ端から荷物をリュックサックに放り込む勇香を、陽咲乃はにやけながら見つめる。

 怪訝そうな表情をしている勇香に、陽咲乃は嘆息を吐いて、


「アタシのことは心配すんなって。勇香と違って学園では自由なんだから、ちゃんと勇香のいないところで他の友達とも話してるよ」

「それならよかった」

「勇香は自分のことだけ考えなね。生徒会選挙をどうするかとか、やることいっぱいあるでしょ?」

「う、うん。そうする」


 わだかまりが解けたように破顔し、勇香はリュックサックを背負う。


「じゃあまた昼休みね!」

「またねー」


 授業に向かう勇香を見届けた後、ふうと一息つくと、陽咲乃は自身のロッカーに鍵を差し込む。


「ふぅ、さて……」


 そして、取っ手を引いて扉を開く。

 同時に中からパラパラと数枚の紙切れが落ちてきた。


「これ、どうしよ」


 その紙を一枚一枚拾い上げる。周囲からひそひそと話し声が聞こえてくるが、それも耳に入れることなく、陽咲乃はその紙切れを一つに丸めた。


「渡しそびれちゃったな……ま、いいか。まだ時間あるけど、アタシも次の講義に……」


 ゴッ


 荷物を手に抱え、今まさに廊下を歩き出そうとする陽咲乃の肩に何かが衝突する。後方を見ると、近距離に反対の廊下を行く少女の姿があった。その少女は、レモンイエローの長髪が特徴で、


「アイツ……!」


 陽咲乃はその少女と距離が取れたところで、抜き足で尾行を始めた。


 *


 東京ドーム何個分というスケールが桁違いな学園であるが、屋外競技場外れの用具倉庫は通常の体育館倉庫とさほど変わらない。景観も殺風景で学園の中世調の雰囲気は微塵も感じられず、この場所に足を運べば別空間に紛れ込んだのかと錯覚してしまう。しかして、その中には魔法試合用に使用される各種魔法具や各部活等の重要な用品等が貯蔵されており、中には希少価値の高い代物も存在する。

 そのため、入口には交代で警備委員と呼ばれる生徒たちが守衛しており、入館証の提示と目的の開示をすることで足を踏み入れることができる。


 それは尾行を開始して数分後、寂れた用具倉庫に差し掛かった時だった。

 尾行途中で梨花の目的を察し、先回りして遠目の木の影から用具倉庫の様子を伺っていた陽咲乃。

 出入り口には頑強な鉄扉を守衛する二人の生徒がいる。しかし、梨花は一向に現れない。


「見当違いだった……?そしたら、魔力を探知してアイツの動向を……」


 そう思い移動し始めた瞬間、視界が白く染まった。

 

「何!?」


 一瞬のうちに混濁とした白い霧に視界が遮られた。少女どころか、二人の守衛すら確認できない。


「これって……」


 恐らく、霧中に対象に何らかの不利効果、ゲームでいうところのデバフを付与させる魔道具を使ったのだろう。

 その隙に警備を搔い潜り、用具倉庫に侵入するのが相手の算段だ。

 今の状況になっては、相手の思考回路など容易く導ける。

 

 問題はそれがであること。

 通常の魔法具ならば、展開された時点で対象に影響が及ぶがほとんど。だが、現時点で陽咲乃に身体的異常は確認できない。

 逆に効果が身体に現れるまでに時間がかかるものも存在するが、そういうものは大抵、サブ効果としてが伴う。

 こうやってのうのうと思索することはできずに徐々に思考が鈍っていく。


 であれば、よほどデバフを相手に知られたくなくて魔法具に細工した。もしくは、デバフを装ったただのめくらましか。

 前者は魔法具に精通しているものでなければ扱うことは難しい。入学して半年の梨花がそこまで魔法具を熟知しているとは言い難い。となると、必然的に後者となる。

 魔法具の展開方法は多岐に渡るが、その中でも一般的に使われているのが霧状での散布だ。

 魔力を消費することなく広範囲に効果を及ぼせることや、純粋な目くらましを騙る、もしくは併用できることから、この方法を仕組んだ魔法具を調達する者は多い。ただ、普通の魔法具に比べ効果が薄いことや、持続時間が短いことがネックだ。


 遅効性の魔法具も考慮に入れて、陽咲乃は咄嗟に制服の内ポケットから浅葱色の球体を取り出し、顔面に投げつけた。

 それは極小結界と呼ばれる魔法具の一つ。顔部にのみ展開可能で、有毒成分や不利効果与する霧状の気体を完全に遮断できる。


 仮にこの白煙が純粋な目くらましだとしよう。

 用具倉庫を守護するのは手練れの上級生。魔法を使えばこの程度の白煙なら瞬時に振り払えるだろう。


「この白煙の量だと持続時間は多分十秒も満たない。恐らく学園都市街の魔道具店で売ってるような安物……こんな場所に用具倉庫以外の目的でやってくる人なんて滅多にいないけど、人の目を気にして事前準備しといたって感じね」


 相手は用心深い。白煙が充満する間に鍵か何かで倉庫に侵入するつもりだろう。中から鍵を掛けられてしまえば外から少女を追って侵入する手段はゼロになる。かと言って正面突破も相手の第二第三の術中に嵌るだけだ。


「とにかく、アタシもなんかアクションを……っ!?」


 刹那──陽咲乃の傍を、何かが通り抜けた。

 だが、霧に紛れてそれが何かは判別できない。いや霧がなくとも、そこには誰もいないだろう。

 放心している合間に、その気配はすっかりと消え去っていた。

 こうしてはいられない。


命じるコマンドセット──異空武具廠ウェポン・アーセナル開錠リリース》」


 陽咲乃は魔法により亜空間に収納されていた二対の短剣ダガーを、出現したゲートに手を差し込み、取り出す。 


「《閉錠クローズ》」


 そしてもう一度唱えると、扉は跡形もなく消えた。


「あーあ、こんな時にっぽいことができたら侵入に困らないのにな」


 盗賊シーフと言っても、学園で得る知識は大立ち回りで敵の妨害をする方法が基本だ。それも姑息な手段で。

 倫理上の問題もあるが、この職業に就いたからには本物の気分も味わってみたいものだ。


「しゃーない、不本意だけどここはあれで……」

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