第42話 使命
狂ってしまった端末を勇香が数分かけて初期状態に戻し、陽咲乃が麻里亜に操作のいろはをこっぴどく教えると、やっとのことで数分遅れのカラオケ女子会が幕を開けた。
「銀先輩って普段どんな曲歌うんですか?」
「ボクも普通の女子高生と同じようなじぇいぽっぷですよ」
「本当ですか?」
いまいち素性の分からない麻里亜に、陽咲乃は眉をひそめる。
と、陽咲乃の質問を見越した聖奈は自ら口を開き、
「私は、普段聴く曲はヒーリングミュージックばっかりだからなぁ……」
「歌じゃないじゃん」
最後に、隣の席で細々とオレンジジュースを啜っている勇香に断言した。
「勇香はアニソンね」
「なんで決めつけるの!!」
オレンジジュースを吹き出しそうになったのを慌てて堪え、勇香はムキになって言い返す。
「あっはは!ごめんごめん、本当は?」
「アニソンとかボカロももちろん聞くけど……流行りのJPOPも一通り網羅してるよ!」
まるで今日覚えたと暗示しているような勇香の言葉に、陽咲乃はぷぷっとニヤけ面を作りながら。
「そう言って今日のために覚えてきたんでしょ」
「そ、そんなわけないし!」
「図星~」
「違うもん……こう見えて私、オールマイティーに音楽聴いてますから!」
嘘つけとジト目で視線を送ってくる陽咲乃に、勇香は肩身が狭くなりながらも弁解する。
「れ、恋愛ソングとかも……いくつかレパートリーあるし……」
「ふーん、例えば?」
「そ……それは……ね」
「それは~?」
恋愛ソングなどたまに動画配信サイトの広告で流れてくる一曲を流し聞きするだけの勇香。そのため勇香の魅せたがり発言は早々に身から出た錆となってまう。
口ごもってしまった勇香をいいことに、陽咲乃は悪戯な顔で更香に迫る。
応えあぐねて目を泳がせていると、どこからか恋愛ソングのイントロが流れてきた。その曲にピンときたような勇香はしたり顔で陽咲乃と視線を合わせ、
「これ!これとか……!」
「まぁ、ゴリゴリ流行りまっしぐらの恋愛ソングだからね。逆に勇香が知らなかったら目を疑うレベルに」
「知らない人だっているよぉ……」
そう言ってさり気なく端末を触る麻里亜に顔を向ける勇香だが、陽咲乃は他の回答を求めているのか、満面の笑みで更に顔を近づけてくる。
「あっ、えっと……」
「うん、何?」
その時、麻里亜がマイクを片手に演台に立った。
「あ、ほら、麻里亜さんが歌うよ!聞かなきゃ!」
「そんな……」
大先輩である麻里亜の歌唱を聞き逃すことはできず、悔しさに陽咲乃は勇香を睨むが、麻里亜がマイクを大げさに振り上げるなりキーンと音が回り、一同は己の耳を塞ぐ。
「というわけで初手はボクっすね!みんなノってるぅー!?」
「いきなりどうしたんですか」
やがてメロディーが流れ始めリズムに乗る麻里亜だが、その曲は……
「おぉ、さっき流れてたゴリゴリ流行りまっしぐらの恋愛ソング。麻里亜先輩が選んでたんだ」
「うっ……」
悪寒を催し胸を押さえつけた勇香の背中を、陽咲乃が優しく摩る。
「普通にうまいね……麻里亜先輩」
「ところどころ棒読みだけどね……それに謎のタイミングに謎のボイパ(?)挟んでるせいで間の歌詞すっ飛ばしちゃってるし」
「あぁ、あのブーブー言ってる奴ボイパだったんだ。何さっきから唾噴きまくってるんだろうと思ってた」
約四分間の熱唱を終え、麻里亜はファイティングポーズを決めた。そのせいか、天井に建てつけられたスピーカーと反応し、マイクからまた悲鳴が上がる。
「みんなありがとぅーーー!!!」
「ハウリングさせんな!!」
気を取り直し、陽咲乃は中央のテレビ画面を凝視する。
「さて、何点何点……って採点機能つけ忘れてるし!勇香!!」
「ごめん……採点機能、って……何?」
「あぁもう無知ばっかり!!アタシがやる!!!」
自然と問いかけてきた勇香に陽咲乃は唖然とし、次の瞬間、勇香の手にあったタブレット端末をぶんどり軽快な操作で曲の間に採点機能を挟み込んだ。
「さっきの別に私が操作しなくてもよかったんじゃ……」
「さあ次、聖奈GO!」
「う、うん!頑張るね!」
そう言って麻里亜からマイクを受け取った聖奈はぐっと力を入れて立ち上がり、演台のど真ん中へ。選曲は誰でも知っている定番のバラードだ。
「うーん、なんというか、音痴とかじゃないんだけど……微妙に音程はずれてるんだよね」
「ねぇ、冷静に分析してないで、パァっと楽しもうよ」
さっきまでの自分を棚に上げるように苦言を垂らす勇香。
「くくっ、あの勇香がパリピっぽいこと言ってる。ウケるんだけど」
「私だってそれくらい言うよ!」
陽咲乃は苦笑すると、ジンジャエールをぐびっと飲み干す。
五分後、歌の終了と共に採点機能が表示されると、
「六九点。妥当な点数」
「うぅ~不甲斐ない……」
「大丈夫だよ。誰だって得意不得意あるからさ。逆に聖奈は普段が完璧すぎるんだよ」
「そうかな……えっと、次は……」
「勇香だね」
「えっ、私!?」
唐突に陽咲乃に指名され、ぎょっと冷や汗を垂らす勇香。
「ひ、陽咲乃が先じゃないの?」
「別に嫌ならアタシでもいいけど。どっちにしろ勇香も歌うんだよ?」
「そ、そうだよね」
「何?カラオケ行きたいって言い出したの勇香だし、さっきまで意気揚々と持ち歌のレパートリー語ってたのに、まさか傍観するつもりだったの?」
「ち、違うけど……」
「じゃあなんなのよ?」
聖奈からマイクを受け取った勇香だが、緊張感に苛まれソファから立ち上がれなくなってしまう。
「いや、その……あの……」
「まぁ、分かるよその気持ち。誰かの前で歌うって辛いよね」
手を震わす勇香に、陽咲乃はやんわりとした声音で話しかける。
「うん……」
「でもさ、慣れちゃえば絶対歌うことが楽しくなるよ?さ、曲決めて」
そう言って渡された端末を、勇香はぎこちない手で操作する。操作しながら、横の陽咲乃に尋ねた。
「陽咲乃は……なんでそこまで私の気持ちを理解してくれるの?」
「分かるよ。友達の考えてる事なんて」
「それだけ……かな」
「うん。それだけ」
端末を触る勇香の手が止まる。そこは、曲を検索するときのジャンル別検索ページだ。勇香の肩に自らの顔を乗せながら、じぃっと画面を眺めていた陽咲乃は、耳元で優しく語りかける。
「焦らないで、自分に合った曲でいいよ」
「どんな曲歌っても呆れたりしない?」
恐る恐る、勇香は尋ねる。
「しないって」
「おおお音痴でも、私の事、嫌いになったりしない?」
「それで嫌いになるようなら、アタシとあんたは一緒に此処にはいないよ」
この場所にいるのは、よく知らないクラスメイトではない。ひと時を分かち合うよき友人たち。
それに、“今日を楽しむ”と決めたのだ。
「……やってみる」
意を決して選んだ楽曲が中央のテレビ画面に映り、勇香はぐっと立ち上がった
「勇香、ファイト!」
「頑張って、勇香ちゃん!!」
どこからか持ってきたイカゲソを無表情で齧っている麻里亜を他所に、陽咲乃と聖奈から激励の声が上がる。勇香はその声に勇気づけられながら、マイクを顔に近づけ、
「……っ」
前奏が流れ始めた。
顔から血の気が引くような感じがする。息が荒げる。あの時と同じ感覚だ。
人前に立つことが怖い。元来人見知りであがり症の勇香なら尚更に。
誰かが見てる。自分の歌を聴いている。そのプレッシャーが、勇香の緊張を更に引き立てる。
テレビ画面上に歌詞が現れた。勇香も沿うように声を出す。
でもなぜだろう。口を動かしているのに、声が出ない。曲に声が乗らない。
それよか、心臓の激しい鼓動が盛んに聞こえてくる。
変わりたいのに。変えたいのに。
こんなところで、たかだか娯楽の場で歌えずにどうする。
「聖奈、マイクもう一本!!!」
「えっ?うん!」
陽咲乃の声と共に、マイクスタンドの傍に座っていた聖奈が二本目のマイクを渡す。それを貰うと、陽咲乃は特大の声量で呼びかけ、
「勇香!」
「陽咲乃……」
「一緒に歌おう!!」
「……っ、うん!」
陽咲乃も立ち上がり、二人はデュエットで歌唱する。
歌は流行りのアニメのオープニングテーマ。二人の声音がシンクロし、新たなる歌声がパーティールームを包みこむ。
勇香は無我夢中に歌った。考えることなく、ただ目の前のテレビ画面に流れる歌詞だけに視線を添えて。
サビに移った。それとともに、勇香の声量は増していく。爽快な旋律と共に、聖奈が手拍子でリズムを刻む。
二番に入っても勇香の勢いは止まらない。
原曲の歌声をそのままトレースしたような勇香の歌唱は、パーティールームの歓声を最高潮にまで盛り上げる。
ラストのサビで、勇香は残滓のような声音を全開放する。どこからか持ってきたタンバリンを麻里亜がリズムよく叩き、最後の盛り上がりに装飾を付ける。
曲の終わり、勇香は息が切らしながらもテレビの判定画面を一瞥して、
「どう?この点数、私には分からないんだけど」
「八十九!?初めてにしては凄いじゃん!!」
「でも、これは陽咲乃も歌ったから……」
「何言ってんの。アタシは最初の数秒で黙ったよ」
「え?」
「つまり、これは勇香の実力」
その言葉を聞いて、勇香の頬は一気に赤くなった。
「じゃあ私」
「うん、一人で歌えたね」
やり遂げた。一人で歌い上げた。
心の奥底から淡い想いが溢れて出てくる。
途端に勇香はニヤっと破顔し、
「えへへ……ありがとう」
「今度はアタシのアシストがなくても一人で歌いなよ?」
「うん。もう大丈夫」
「じゃ、次はボクですね。みんなノってるぅー?」
「何回言うんですかそれ……いやアタシですよ!!」
さりげなく勇香からマイク受け取っていた麻里亜。そんな麻里亜からマイクを取り上げ、陽咲乃は演台に立つ。
「さぁ、勇香も頑張ったことだし、アタシがここで盛り上げないとねー!」
「頑張れー!」
「陽咲乃ちゃんファイトー!」
*
陽咲乃の歌唱が終え、九五点と言う高得点に部屋にいた全員が目を剥いた後。再び麻里亜へと順番が戻り、流行りのKPOPを直立不動で歌い上げる。
「麻里亜先輩、歌うまいのにボイパ的な何かのせいで全部台無しになってる」
「陽咲乃が代わりにやってあげたら?」
「無理よ。アタシボイパなんて“神の遊戯”出来ないもん」
「神の遊戯って……まあ私もあんな神業できないけど……」
ふと勇香は押し黙った。俯きながら隣の陽咲乃にそっと呟く。
「ねぇ」
「何?」
「今日のカラオケで、私変われたかな?」
「まだまだでしょ、やっと少人数の前で歌えるようになったぐらいで、根本的な人見知りを解決してないんだから」
「ははっ、だよね」
「でも、勇香にしては大きな一歩だと思うな」
その言葉にはにかむと、勇香は何気なく尋ねた。
「あのさ、一つ聞きたいことあるんだけど」
「ん?何?」
「陽咲乃はさ、なんで生徒会目指してんの?」
その質問に、陽咲乃は目を丸くする。
「何よいきなり」
「やっぱり、みんなと同じ理由?」
重ねて尋ねても、陽咲乃は黙ったままだった。数舜の沈黙が流れ、勇香は申し訳なさげに前を向く。その時、ぼそりと陽咲乃の口が開いた。
「生徒会は、運命を捻じ曲げられたアタシたちの唯一の“誉”。それはアタシもみんなも一緒。でもアタシには、もう一つ理由があるんだ」
「何?」
「凄い、単純だけどね」
陽咲乃は熱唱する麻里亜に顔を上げながら、小さな声で語り始めた。
「アタシ、三人兄妹の末っ子でね、上に兄と姉がいるんだけど」
「え?意外、末っ子なんだね」
「あはっ、よく言われる」
ふふっと微笑し、陽咲乃はおもむろに言葉を紡ぐ。
「二人とも正義感が強い人でさ、
「陽咲乃もみんなから慕われてるよ」
勇香の純粋な返しに、陽咲乃は笑いかけながら、
「アタシなんかより、ずっと」
陽咲乃の脳裏に映るのは、幼き日の自分と、太陽のような輝きを放つ兄と姉の情景。
「それでね……実はお姉ちゃん、裏日本に来てるんだよね」
「え?お姉さんも?」
「そっ、才能を買われて、この世界に連れてこられたの」
「へぇー」
「アタシはその四年後にこの世界に来たんだけど、そこで初めて知ったんだ。お姉ちゃんは、この世界でも生徒会の一員だったらしいの」
「そうなんだ!」
「それも、学園の生徒からたくさんの票をかき集めて副会長までなりあがったらしいよ」
「お姉さんは、今どこに?」
勇香が何気なく尋ねると、陽咲乃はすっと顔を近づけて問い返す。
「勇香、この学園は三年で卒業」
「陽咲乃が来たのはお姉さんの四年後だから……あっ、もう卒業しちゃったんだ」
「アタシが入学する前にね。今はお姉ちゃんとは疎遠になっちゃったけど、きっと、どこかで大勢の勇者率いて戦ってるのかなって、適当な妄想してみたり」
「でも、あながち間違ってなさそう」
そう言って瞳を輝かせる勇香に、陽咲乃は数舜口を閉ざして。
「だからアタシもせっかくこの世界に来たのなら、お兄ちゃんとお姉ちゃんみたいに、みんなから慕われる生徒会役員になりたい。そんな単純な理由」
背景に流れる音楽が、陽咲乃の瞳を揺蕩わす。足を組みながら、陽咲乃は話に終止を打った。
「私も、二歳下の妹がいるんだ」
「勇香って長女だったの!?」
「う、うん」
「意外、超意外、くっっっそ意外」
「よく言われる」
「え?どんな妹さんだったの?」
「えっとね、性格は私とは正反対で陽咲乃みたいに明るい子なんだけど」
「なるほど。まさか、勇香の憧れてる人って妹さんの事?」
「へへっ、そうなの。でね、私の妹は……」
勇香は妹とのやり取りを思い出しながら、追想に耽る。陽咲乃は目を瞬かせながら、勇香の語りに耳を傾けた。
制服のスカートのポケットに、ノートの切れ端を隠すように押し込んだまま。
『消えろ』
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