第41話 憩い日
「帰り道に、どこか寄りませんか?」
声を上げたことで、周囲の視線が一斉に勇香へと注がれる。その視線にやられ、勇香はぷしゅぅと顔面が沸騰してしまう。
と、満を持した勇香の提案に目を合わせた三人は、ほぼ同時にぶっと吹き出し、
「何?いつもは疲れたって一目散に帰りたがるのに、今日の勇香マジウケるんだけど」
「わ、笑わないでよぉ~」
一人ケラケラと笑いこける陽咲乃に、勇香は顔を真っ赤にして指摘する。
「でっ……どうですか……?」
もじもじと脚を絡め合いながら、勇香は上目遣いで三人に尋ねる。
「まっ、いいっすよ。どうせ家帰っても暇してるだけだし」
「私も三人でどこか遊び行きたいな」
両手を後頭部に組んで飄々と返す麻里亜と、手を重ね合わせながら笑顔で言う聖奈。そんな二人に勇香の顔はたちまち明るくなり、
「超ウケるんだけど。普段のハイライト少な目が今だけめっちゃ輝いてるし」
「や、やめてよ……ていうか、私の目っていつもそんな活力ないの?」
「うん、朝とかは特に。初見で見た時なんとなく闇抱えてそうって思ったもん」
「それは、朝が億劫なだけ……」
呟いた勇香は、唐突に朝の憂鬱を思い出し目の光が消える。そんな勇香の感情の下落具合に陽咲乃は涙が出るほど大笑いし、
「ま、でもハイライト、先週よりは出てきたかなー」
「そうかな……自分では、全然分かんないけど」
そもそもハイライトが出たとはどう言う状態を指すのかを問う気も失せ、目の光を取り戻した勇香はにやける陽咲乃に苦笑いする。そんな二人のやり取りを無表情で眺めていた聖奈と麻里亜は、
「本当仲いいですよね」
「私たちも二人みたいに仲良くなれればいいね」
「聖奈さんは優しいっすね」
「というわけで、どこ寄る?」
「陽咲乃もいいの?」
「なによ。アタシは元から賛成じゃん」
「あ、ありがとう」
くるくると髪を巻きながら、陽咲乃はじゃあと提案する。
「アタシ、ファンデ買いに行きたいんだけど」
「ファンデって何?」
「勇香、それマジで言ってる!?」
驚きのあまり、陽咲乃は素っ頓狂な声を上げる。その甲高い声で再び周囲の生徒たちの視線を浴びてしまうが、寄せられた目も気にせず陽咲乃は呆然と勇香を見つめた。
そんな陽咲乃の背後で、
「ふぁんで?なんすかふぁんでって?なんかの炭酸飲料っすか?」
「麻里亜先輩まで!?」
「すいません。言葉知らなくて」
まさかの二人目の登場に、陽咲乃は愕然と無知二人を見やる。
「麻里亜ちゃんはね、ちょっと特殊だから」
聖奈がそう補足した。陽咲乃は?マークを浮かべながらも、強引に納得して話を続ける。
「ま、麻里亜先輩はよくわかんないけど、そっか、勇香は普段メイクとかしないんだもんね」
「恥ずかしながら、普段というか一度も」
「しゃーない!ここはアタシがメイクの極意についてたっぷりと教えてやりますか!」
気怠げなテンションだった陽咲乃も、ぐっと力を入れるように両拳を掲げ、いつもの積極的さを取り戻した。
「も、もぅ授業は勘弁してよ~」
「ダメ!二人がメイクしたら絶対もっと可愛くなるから!行くよ!麻里亜先輩も!」
「えー」
瞳に星を宿して肩を叩く陽咲乃に、麻里亜は乾いた声で返す。
「行くってどこに?」
「どこって、コスメショップだけど」
「そ、それもいいけど、私、行きたいところが……」
「行きたいところって……?」
勇香は下を向きながら、ぶっきらぼうに呟く。
「……ゲーセン」
「この前二人で行ったじゃん」
「で、でも……せっかく四人揃ったんだし」
そわそわと聖奈と麻里亜を一瞥する勇香。
その時、陽咲乃はおもむろにある光景を思い出した。
「……っ」
先日の放課後、陽咲乃は勇香とゲームセンターを訪れた。
その際、勇香はふと立ち止まり、ゲームセンターに併設されたボーリング場で遊ぶ四人の少女たちをまじまじと見つめていて、
どうしたのと聞くと、なんでもないと素っ気なく返していたが、結局のところ、勇香にも友達と遊びたいという想いは心の片隅にあるようだった。
──ま、それはアタシも一緒か
「時間もいっぱいあるし、どっちも行けばいいんじゃないかな」
聖奈の提案に頷き、陽咲乃は三人に問いかける。
「ナイスアイデア聖奈!じゃあどっち先いく?」
「ゲーセン!!」
即答した勇香の語気の荒さに一同は面食らってしまうも、陽咲乃はそんな勇香の頭をさすさすと撫でる。が、二回目は子供じゃないんだからと早々に振りほどかれてしまう。
「お、おぅ、そんな行きたいか勇香。よしっ、じゃあ行こうか!麻里亜先輩もいいですよね?」
「いいですよ。ボク今話題のかぼっちゃってやつやってみたいです」
「スポッチャですよ。さっきから飲食物で間違えるのやめてください」
ボケか純粋なだけなのか。一先ず麻里亜の言葉にツッコミを入れ、一同は学園を後にした。
*
学園を出た四人は、世間話をしながらゲームセンターのある大きな通りにやってきた。
まだ放課後も始まったばかりか、通りを歩く学園の生徒は一人もおらず、ヨーロッパを思わせる通りは無人の街と化している。
そこを三分ほど歩くと、お目当てのゲームセンターが右手にどかんとお目見えした。赤や白のド派手な配色をしたゲームセンターは、この通りでは一際目立つ。
と、ゲームセンターが目と鼻の先の距離で、陽咲乃の足が突然止まった。
「あっ、ちょっと待って」
「どうしたの?」
「お店寄っていい?」
そう言って陽咲乃が指さしたのは、丸太の看板が目印のこじんまりとした商店。陽咲乃はすぐ終わるからと告げ、流れ込むようにお店の中に入っていった。
「あそこは武器屋ですね」
「武器屋!?」
表日本でもよく見かける店が並ぶ中、いきなり現れたファンタジーらしい代物を扱う店に、勇香は目を丸くした。
「ダガーでも新調するのかな」
「え?でもまだ半年ですよね?」
「中古の安いやつだった……とか?」
「この町に安いも高いもないですよ!」
「そ、そうだね……」
暫く店先で待ち続けると、大柄な紙袋を携えた陽咲乃が店から出てきた。
「ごめん、遅くなったー」
「何買ったの?」
「秘密!さっ、行くよ!」
勇香の問いかけをニカッと微笑みながら流し、陽咲乃はゲームセンターへ歩き始める。勇香も詮索するのはやぶさかだと頭の隅にしまい込み、ウキウキな感情と共に軽快な足取りで陽咲乃を追った。
「ほんと誰もいないね」
「まぁ、学園都市街だし。これが通常運転でしょ」
朱色の看立て看板が特徴のゲームセンターに入った四人。中には流行りのJPOPを効果音にUFOキャッチャーやホッケー台、有名太鼓叩きゲーム台等々が通路を成すように設置されている。奥には二階へ続く階段があり、看板にはカラオケやボーリングの文字がある。さも表日本のゲームセンターと変わりはなかった。
ただ、当然かのように客は一人もおらず、閑古鳥が鳴きまくっている。人の群れを苦手とする勇香には好都合だ。
陽咲乃は入り口の真横にある店内マップを凝視し、お目当てのゲームを探すが、
「残念ながら、この店スポッチャないみたいですね」
「えー」
「仕方ないですよ。所詮ラウンドワンもどきなんですから」
陽咲乃は心機一転し、下を向いている勇香に話しかける。
「じゃあ何しよっか。前菜にUFOキャッチャーでもする?」
「カラオケがいい……」
ぼそっと呟いた勇香に、陽咲乃は耳を近づけて、
「何?」
「カラオケがいい!!」
突然声を大にして吐き捨てた勇香に、陽咲乃はキーンと反響した耳を押さえる。
「うぉ、声でか!?」
「ご、ごめん」
「てかなんだ、クレーンゲームとかじゃないのね」
「そりゃ、クレーンゲームもチュウニズムもやりたいけど、せっかく四人できたんだし」
そう俯きながらしげしげと口にする勇香に、陽咲乃は何かを察する。
「さては勇香、誰かとカラオケきたことがないんだね?」
「そ、それくらいあるもん」
煽りげに微笑する陽咲乃に、勇香の頬が赤くなる。
陽咲乃は追い打ちをかけるようにちょんちょんと勇香の額を指で突きながら。
「ファミリーは例外ですー」
「ちちち違うし!!たしかに家族と行くことがほとんどだったけど!一回だけ、送別会みたいな感じで!高校のクラスメイト全員と!」
「え?マジ?勇香が?」
「ま、マジ!」
断言した勇香の瞳に嘘はないと感じ取った陽咲乃。しかし、人見知りで今まで友人もいなかった勇香がいきなりクラスメイト全員とカラオケに行けるのだろうか。
しばらく思索した陽咲乃は、ピンと指を立てて一つの結論に辿り着く。
「それってあれだよね、記憶改竄とかで」
「あ、あぁー」
陽咲乃に続けて、聖奈からもそんな声が上がる。
「陽咲乃も知ってるの?」
「当たり前でしょ、あの時の気持ち悪さは誰だって学園長に追求したくなるよ」
「私も聖人君主な学園長からあの言葉が出た時、ショックすぎて泣いちゃった」
この世界に来て間もない頃。勇香はオフィーリアの口から、自分が転校する羽目になった真実、そして妹の失踪の真実をくまなく聞かされ、その衝撃に泣き崩れてしまった。今でもそれを思い出す度、胸が痛くなってくる。
「でもアタシ思うんだ。学園長以外からあの話されたら、アタシは間違いなく立ち直れなかったと思う。あの話を聞いて、こうやって今この場で娯楽を楽しめているのも、学園長が聖人君主だったからだと思うよ」
「学園長には、感謝しないとね」
勇香がそう言うと、図らずしも三人の間にしんみりとした空気に包まれる。
「なんすか、この空気」
一人ぽかんとしていた麻里亜が呟くと、三人ははっと我に帰った。
「やめよやめよこの話!せっかく楽しむために来てるんだからさ!」
「そうだね!」
「じゃ、さっそくだけどプリ撮ろうぜ!」
「え?カラオケは?」
「すぐ終わるから!ほら、二人も!!」
*
陽咲乃によって強制的に差し込まれたプリクラを取り終えた四人は、その足で二階のアミューズメントスペースに上がった。
案の定そこにも人一人おらず、実質の貸し切り状態だ。
陽咲乃は店員に懇願して、見事この店で一番広いパーティールームを獲得した。
短い廊下を歩いて、四人はパーティールームに入る。そこでふと、勇香は立ち止まった。
「どしたの勇香?」
「ご、ごめん……なんでもないよ」
「……まさか、この場所が例の送別会をした場所に似てるからってもどかしくなっちゃった?」
「ち、違うけど……なんでそんなピンポイントに言い当てられるの?」
心情をすんなりと陽咲乃に看破され、勇香は眉間にしわを寄せる。
「だって勇香ってトラウマ味わった場所に来ると、ちょっと引け目になっちゃうじゃん」
「うっ……」
陽咲乃の鋭い観察眼に瞠目しながらも、勇香は顔を俯く。
「あんまりこの話広げたくないけどさ。その送別会での居心地はアタシにも分かるよ。大人数が苦手な勇香ならアタシよりも辛い思いをしてたかもしれないし」
「ち、違うの……」
そう呟くと、勇香は決したように一歩を踏み出す。
「確かに、あの時はちょっと気分悪くもなったけど、自分を変えるきっかけになった出来事だから。私はトラウマとか、そんな風には感じてない。だから平気だよ!それに……」
「ん?」
その瞬間、勇香はパァっと顔を破顔させて、
「今日をいっぱい楽しむって……決めたから!」
その笑みを見て、陽咲乃と聖奈は互いに微笑む。
そうだ。今日はあの時とは違う。あの時の気まずさや億劫さは一つもない。あるのは楽しさだけ。そう、友達と過ごす、ちゃんとしたカラオケをしたいのだ。だから、こうやって緊張する必要もない。
「ねー早く始めましょうよー」
またしても一人除け者にされていた麻里亜から憂鬱そうに言葉が垂れる。
「そうですね。って、銀先輩勝手に機器をいじらないでください!!」
「えー」
「あーあー、うわエコーかかってるし、なんか声低くなってる……これどうやって治すの?」
「さぁ、私あんまりカラオケ来たことないから……」
「勇香、やって!!」
「なんで私!?」
「こ、この中でこういうのに詳しいの多分勇香だから!」
「き、決めつけないでよ~私もわかんないのに」
そう言いながらも、渡されたタブレット状の機器を勇香は黙々と操作し始めた。
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