第40話 提案

 放課後、勇者養成学園のエントランス。神殿を彷彿とさせる白柱にもたれかかり、無心でスマホを弄る灰髪の少女に、パタパタと小振りな足音が近づいてくる。その音に惹かれるかのようにスマホから目線を上げると、遠くから淡い金髪の少女が手を振りながら駆け足で此方に向かってくる様子が伺えた。

 

「陽咲乃ー」

「おぅ!ゆっか、お疲れぃ」


 陽咲乃も呼応するように手を振り返す。やがて少女はぴゅっと停止し、軽い吐息を吐きながら頬を赤く染め、


「もう、そのあだ名辞めてよ」

「えー友達だったらやっぱあだ名呼びっしょ」

「いや、そ、そうだけど」

「何がダメ?」


 言わせてみればたった二週間の付き合いなのに、勇香という呼び名はいつの間にかゆっかに昇華してしまったらしい。まぁ、初対面で呼び捨てを強要した陽咲乃ならば必然であろう。


「だって、なんかカッコ悪いし……」

「いいじゃん、アタシ的に超気に入ってるんだからさ。ゆっかもなんかアタシにあだ名付けてよ」

「えー……じゃあひっさ、とか?」

「やっぱ陽咲乃で」

「なんで!?」


 せっかくつけたあだ名を一蹴され、消沈と羞恥に苛まれてまたもや頬を赤くする勇香。そんな勇香を宥めるように、陽咲乃はわしわしと頭を摩る。


「で、会長とは何の話してきたの?」

「えっと、会長さんがね、頼み事何でも聞いてくれるって言ってくれたの。特に、生徒会のこととか、学長権限で会長さんと生徒会の皆さんがなんでもしてくれるって」

「へぇー凄いね。で、ゆっかはなんて返したの?」

「生徒会を続けたいって、頼んできた」

「そっか」


 陽咲乃は素気なく返事する。


「やっぱり、ダメだった?」

「ダメって何よ。ゆっかが決めたことでしょ?アタシも今からがぜん熱くなってきたよー!」


 そう言ってふぅっと手を伸ばす陽咲乃に、勇香は目を丸めて。


「陽咲乃は凄いね」

「ふふっ、壁は高い程燃えるってもんでしょ?」


 空返事をしてしまった詫びか、陽咲乃は意気揚々と口にした。


「ま、ゆっかのは壁というかまだ豆腐だし?超すなんて余裕だけどね」

「こ、超させないし!」

「ふふっ、駿河湾くらいには自分のこと認められるようになったみたいね」

「そ、そうかな。自分では、よく分からないけど」


 少なくとも、常に自分を卑下し続けるようなことはこの一週間で少なくなったような気がする。生徒会で愛華に自分の望みをはっきりと伝えられたのも、その証左かもしれない。


「あのさ」

「何よ」

「あだ名全然慣れないから、やっぱり呼び捨ての方がいいな」

「最初はみんな慣れないもんですー。まっ、いいけどさ勇香でも。可愛いし?」

「可愛くない!」


 あだ名を訂正され仕返しとばかりに陽咲乃が煽ったところで、勇香は話を戻す。


「……でもさ、私が生徒会を続けることは単なる我儘だし、他のみんなは当然いい気はしてないと思う。それによって生徒会に対する不満も高まるはず」

「そこをなんとかするのが勇香の役割でしょ」


 考えもせずに、陽咲乃はきっぱりと返す、


「そうだけど……」

「正直、今のままの勇香が生徒会選挙に臨んでも、アタシに勝つのは百パーセント無理。アタシどころか他の候補者にも」

「うん、知ってる」

「だから、今のうちに勇香は凄いんだぞってみんなに知らせないとね。少しずつ、草の根から生徒たちの信頼を勝ち取っていくってわけ」

「最終的には陽咲乃レベル、か……マイナスからスタートした私には、遥か彼方のような気がする」

「でも、アタシと本気で戦いたいって思ってるんでしょ?」

「うん」

「なら大丈夫、勇香は成し遂げられる」

「そうかな」

「何かを成し遂げようと必死こいて頑張る人を、神様は黙って見ているはずがない。アタシはそう信じてるから」


 話の終止、陽咲乃はニッと微笑む。勇香も釣られて破顔してしまい、


「ありがとう」

「それにさ、無理に信頼を獲得する以外にも方法はあるしね。この学園の生徒会らしい野蛮な方法が」

「何それ?」

「ヤバっ、敵に塩を送っちゃった」

「ちょっとどういうことー?」


 陽咲乃は焦り気味に口元を押さえつける。勇香は口ごもってしまった陽咲乃をゆさゆさと揺さぶる。


「なしなし!今の話やっぱなし!」

「陽咲乃のケチ」

「不貞腐れるなっての。子供か!」

「子供じゃ……あのね、もう一つ、不安があるの」

「不安?」

「また嫌がらせされたらどうしようって」

「大丈夫大丈夫。その時はまたアタシが何とかしてあげるから」

「あ、ありがとう」


 ニヤリと笑いながら勇香の肩を叩く陽咲乃。その視線はわずかに下を向いていた。


「どしたの?ちょっと元気ない?」

「そう?アタシは普通だけど」


「元気してるっすかー」

「お待たせ」


「せんぱーい。お疲ですー!」

「聖奈さんもお疲れ様です」


 やってきた二人の影に、陽咲乃は意気揚々と手を振る。そして、四人が一堂に会したところで、


「さっ、じゃあ帰りますか」


 陽咲乃が口づさみ、三人はそれぞれの呼応で頷く。これがこの一週間で定着した勇香の、いや四人の日課。

 そうはいっても、生徒会で多忙な聖奈と麻里亜に代表委員の仕事がある陽咲乃もいるため、開催できるのはメンバーの予定は合致した週に一度きり。それでも、堅苦しい学園統括委員会の授業を日々受け続けている勇香にとって、これほどの贅沢はなかった。


「あっ、あの……」

「どした?」


 そんな一瞬を、ただ帰宅だけで費やしてしまうのはどうなのだろうと、勇香はずっとはにかみながらも問い続けていた。そして、


「あの」

「なんすか?」


 勇香を眺めながら、三人は目をパチクリとさせる。と、勇香はエントランスに響くほどの大声で、


「帰り道に、何処か寄りませんか!?」

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