第38-2話 蟷螂之斧
連絡棟。エレベーターを上がったとある階。
純白の廊下の一角。堅牢な薄灰色の鉄の扉の前に、少女二人はいた。
「な、なあ、ほんとにやるのか?」
「なんだよ日寄ってんのか?勝ったのアタシらじゃねぇかよ」
扉の上には、長方形の木板の中に黄金色の文字でこう書かれている。
『学園統括委員会・事務室』
「でも、それってまぐれなんだろ?」
「いいから叩くぞ」
おどおどとする黒髪の少女絵梨奈に変わり、汗を垂らしながらも強気なレモンイエローの髪の少女梨花は、鉄の扉の横にある小さなインターフォンを押し込む。
しばらくして、ガーっと鈍い音を立て鉄の扉が開く。中から出てきたのは豪華な桃色のスーツにタイトスカートを着たふくよかな老婆だった。
「こ、こんちゃーっす」
「学年と氏名を」
軽めのノリであいさつした梨花を一蹴するように、老婆はギッとした目つきでしきたりのような言葉を放つ。 その厳格な雰囲気に多少気圧されてしまう梨花だが、
「えっと、一年の藤堂梨花っす!」
「あ、あたしは金丸絵梨奈、です……」
梨花に続いて、絵梨奈もぎこちなく名を述べる。すると何があったのか、老婆の表情がにんまりとした笑みに様変わりする。
「珍しいですね、学生が訪ねてくるなんて」
(このババア、
「何用ですか?」
心の中で愚痴る梨花も他所に、老婆はにんまりとした顔を崩さずに告げた。
「梨花っ……」
「文句言いに来たっす」
あっけらかんと梨花は応える。老婆は依然とした顔を崩すことなく、
「文句……?我ら学園統括委員会が敷いた
「違います」
「では、何か?」
「新しく入った生徒会役員についてです」
(目の色変わったな)
表情は一切変わらず。しかし、梨花は女の双眸を伺いそう感じ取れた。そして飄々と文句を張れ流すように、
「ぶっちゃけアタシら目障りなんすよ?今まで必死になって生徒会目指してたのに、訳も分からない新参者に先を越されて」
老婆は笑みを浮かべながらも、梨花の放った言葉に声を返さない。それをいいことに、梨花はさらに老婆に詰め寄る。
「聞くところによれば、あんたらがアイツを指名したんですよね?」
直後、老婆は密かに眉をひそめた。
「普通に良くないと思いまーす。アイツには正々堂々と生徒会選挙で戦って欲しいでーす」
「……」
「つーかあんたら、能力の差異でアイツとアタシたちを差別してるんですよね?もしそれが学園の生徒に知られたらどうなると思いますか?」
老婆が声を漏らさない。そのことに梨花はギッと目を尖らせるが、
「結局、あんたらが言ったアタシらの才能ってのは売り文句でしかなかったんですよね。マジショック。心外っす」
瞼を閉じ、失望したように両手を裏返す梨花。
「おなしゃーします。もしこれ知られたくなかったら、アイツを生徒会から……」
「おやおや、あなた方は彼女について何も知らないようですね」
「あ?」
平然と言い放った女に、梨花はギロリと鋭い眼差しを向ける。
「おい、梨花……!!」
梨花の感情の変化を察して止めに入る絵梨奈。しかし、梨花の勢いは止むことなく、
「知るかよ。才能云々とか、結局アンタらの言ってんのはアイツん中の機能の問題で、才能とは一切関係ないだろ。そんなんで差別すんじゃねぇよ」
「そんなんで済まされるほど、彼女の才能は“現実味”のある話ではありませんよ」
「は?」
言葉の意味が分からず、梨花は短い言葉だけを返した。と、老婆はか細い目を全開に見開き盛大に告げた。
「ちょうどいい機会です。生徒たちの反乱を事前に抑えるためにも、あなたたちには特別にお教えしましょう」
「だったらこっちからも教えてやるよ。アイツはお前らが言うほど強くない。アタシと戦って負けたのがその証拠だ。その話ならいくらでも……」
「戦った?」
戦った。その言葉を聞いた老婆はピエロのように顔を歪め、奇怪に首を傾げる。
「な、なんだよ」
その姿に慄き、一歩退く梨花。だが何かを察した老婆はさらに声音を高め、
「では猶更教授せねばなりませんね!彼女の才を。あなたたちの極小な戦いの範疇で抑えきれるほど、彼女の才は甘くないと!!」
「い、行かねぇぞ。アタシたちは……」
梨花は絵梨奈をかばうように右手を広げる。だが、老婆はそんな動作にも動じずじわじわと近づいてくる。
「いいえ、来るのです。あなたたちは知るべきなのです」
「なんか、怖いよ。梨花」
ぶるぶると絵梨奈は震えた声で梨花を見つめる。
「だ、大丈夫だよ。アタシらは生徒だぞ、何もできねぇって」
梨花は恐怖を隠すように強気で言葉を返す。
「お、教えるって言うなら、力ずくでもアタシらを引きずり入れるんだな!」
しかし、それが仇となった。
「哀しいです。手を取ってはくれないのですね」
「あっ、あぁ、アタシらは……」
必死に抵抗するように後退する梨花。だが、老婆はずんずんと這い寄ってくる。そして、
「では、仕方ありません」
「は?」
「ようこそ、こちら側へ」
その言葉とともに、梨花の意識がプツンと途切れた。
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