第35-2話 決着(2)

 それは授業も終わりに近づき、アリスが“お手本”なる数十個ほどの戦闘術基テクニックを披露した後、


『よーしこれで、今日からできるアリスちゃん直伝戦闘術!今日の項目はすべてだよ!何か質問はあるかな?』

『あ、あの……』


 両手の人差し指をちょんちょんとつつき、はにかみながら勇香は口を切った。


『Oh!YUKA!クエスチョンプリーズ!!』


空気の読めないアリスはそんな控えめな勇香にもハイテンションボイスで応じる。その声音にぎょっと目を剝く勇香だが、


『へっ!?いや……その……大したことじゃ……ないんですけど』


『必殺技を、教えて欲しいなって……』

『ほへ?』


 至極単純。だがいきなりすぎる要求に、アリスは目を丸くした。勇香は依然と頬を赤らめて、アリスからの視線を反らすように人工芝の一点に目線を注いでいる。


『な、なければいいんです!私、まだ初心者……だし。でも、あった方がいいかなって、勝つための最終手段、というか、ピンチの時の一発逆転の隠し技……みたいなものが』

『うんうんわかるよ!憧れるよねー必殺技!なにしろ勇香ちゃんはいずれ魔王を倒す最強の勇者になる女だし?魔王の心臓を穿つ持ち技、いや必殺の一撃があってもいいよね!』

『で、では……!!』

『残念無念また来年!今の勇香ちゃんの実力じゃ魔王の心臓の皮一切れ抉るのが限界だよ!』

『そ、そうですか……』


 しょげてしまった勇香に、アリスはむむむっと考え込む。

 

『うーん、でも。一つだけ、勇香ちゃんにでもできそうな技があるかなー』

『ほ、本当ですか!?』

『お、おぅ!?』

 

 途端にパァッと目を輝かせる勇香に、アリスは珍しく一歩足を退いてしまう。


『本当ですか?』

『ズバリ!初心者でもできる超カンタン一撃必殺!をマスターしよう!!』

『言ってること矛盾してませんか?』



 ──属性の玉座エレメント・ルーラー


 それは、身体全てをで満たす……簡単に言うと、その属性の魔法を撃ちに撃ちまくって初めて発動できる。一つの属性魔法を自己の脳髄と直結させ、意識のみでのを可能とする。簡易的とはいえ、魔術師にとって奥の手中の奥の手。


命じるコマンドセット──サンダーボール」


 支配要素は初級魔法。だが、最後の一撃には十分だ。

 

 感覚を研ぎ澄ませ。己の身体を、魔法と溶け込ませるように。魔法を展開した途端、身体掌握により拘束魔法が解かれる。同時に、勇香の周囲に無数の雷球が出現した。

 

「なんだよ……それ……!!」

「私色に染めたこの魔法なら、吸収されることもない、はず」


 自己という仕切りを獲得した魔法は、魔法による他者からの干渉を一切拒絶する。


「くっ、くそがああああああああ!!!!」

 

 やけくそ。梨花は怒号のような叫びを運動場に響かせると、滾る感情を制御することなく勇香に突っ走る。勇香は無数の雷球を一手に操作し、接近する梨花を迎撃する。


「うおおおおおお!!!!!」


 だが梨花は感情のままに襲撃者たる雷球を、低姿勢で、身体を反らせ、一回転で避け、勇香の間合いにまで到達するとシュパっと跳躍する。空中で一回転し、逆さのまま梨花は勇香の背後へ魔杖を向けた。


「くっ……!!!」


 勇香は振り返り、全ての雷球を融合させ巨大化。そして、咆哮と共に巨躯たる雷球を梨花へぶつける。


命じるコマンドセット──ディスチャージ・ライトニングボルト!!!!」


 梨花も魔法を詠唱し、装填させたエネルギー全てを勇香に放出する。

 

「おらあああああああああ!!!!!!!」


「梨花あああああぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


 燦爛たる雷光と共に、激しい轟音が運動場を包む。

 

「うああああああああ!!!!!」

「おおおおおおおおおおおお!!!!!」


 互いの思惑は臨界点へと達し、魔力へと変換され、それらが激しく空気中で衝突した。





 *


──何のために、私は戦ってるのかな?


 決闘だって、行かないという選択肢も取れたはずだ。生徒会や教師に告げ口をしてしまえば猶更。むしろ、藤堂さんたちの手から逃れることだってできたかもしれない。


 じゃあ、なんでしなかったの?


──私が弱いから断れもせず、誰にも言えなかったから?


 いつもそうだ。それが私。惨めで、何もできない、弱い私。


 けど、今回は、それだけじゃ、ないと思う。


──藤堂さんに、才能を証明するため?


 藤堂さんには、そう宣言した。けど、一番はそれじゃないような気がする。


 先生が私の前からいなくなって、絶望して、あわやあちら側に下ろうとして、それでも立ち直れて。こうやって一人で、少しの自信を持って決闘の場に舞い降りられた。それも全部……陽咲乃が私に、希望をくれたから。そうだ。


──自分を変えるため。


 “惨め”というレッテルを剥がすため。陽咲乃と戦えるように、強くなるため。


 今回の戦いは、前哨戦に過ぎなかった。


 だから、少しは、強くなれたかな……





 *


──何のために、アタシは戦っているんだろう。



 アタシはずっと、そのことを考え続けていた。

 アイツのことを番記者に調べさせて、わざわざ用具倉庫から小道具をくすねて、絵梨奈に運動場の機能を覚えさせて、初心者だというのに、力任せに戦って、それも、全部は……



──アイツを生徒会から降ろすため?


 突然アタシたちの前に現れ、人生を狂わされたアタシたちが唯一誇ることのできる称号の座を、アイツは何の苦労もなしにかっ攫っていった。そんなの許せるわけがない。だからアタシたちは、アイツを貶めるような適当な噂を流行らせたり、時にはアイツを脅したり、とにかくいろんなことをして、アイツをとことん追い詰めた。今回の決闘も、それの一環……?


──アイツを学園から追放させるため?


 いつしかアイツを生徒会から脱退させるという従来の目的は、アイツをこの学園から追放するという目的に移行シフトチェンジした。けど、特に深い意味はない。アタシにとっては、アイツが生徒会を抜けてくれさえすればどうでもよかった。だけど、アタシの心、多分怒りだろう。その怒りはアイツを追い詰めるうちにエスカレートして、そんな目的に変わった。なんでかは、アタシにも分からない。


──アイツの才能を否定するため?


 アタシがこの世界に連れ去られることになった原因。アタシには魔法の“才能”がある。そんな甘言に騙され、アタシは今まで何の疑いもせずに勇者を目指すため日々鍛錬してきた。けど、それは真っ赤な嘘だった。アタシには才能なんかない。騙されたのはこれで二回目だ。何も疑えない自分に心底腹が立つ。


 そんな嘘を騙った元凶。学園統括委員会はアイツの才能こそが本物なのだという。でも、アタシはそんなの納得できはずがない。だから、アイツの才能を否定するために、今回の決闘を企てた……?


 なんでだろう、どれもしっくりこない。


 今回の戦いを経て、アイツは少なからず、魔術師という職のポテンシャルを秘めている。それだけは分かった。

 認めたくない、認めたくなんてない。けどそれは、という言葉の定義に当てはまるのだろうか。


『あぁ、そうか……アタシ、アイツに……』





 *


 耳をつんざくほどの轟音が鳴った。それにより、戦いは終わった。


「はぁ……はぁ……」


 勇香は、そして着地した梨花は、互いに背中を向け、息を切らした。


「はぁ……はぁ……」


 勝負は決した。その時点で、二人は魔法の詠唱を止めた。それは、片方の防御壁が完全に瓦解し、緑のフィルターから鮮明な色を取り戻したからでもある。


「はぁ……」


「な、なん……だよ……」


 そして勝者は、敗者の背に振り向き、息を交えて宣言した。


「……っ」


「なんだよ……」


 その顔は、此度の勝負の結果に、辟易しているかのように、


「なんだよ、才能って……アタシの方が、才能あるじゃねぇか」


 その瞬間、敗者勇香は、力なく人工芝に倒れ伏した。


 防御壁は粉々に粉砕され、余った余力は身体を刺激し、勇香は力なく人工芝に倒れ伏す。ただ起こった出来事に、勇香は絶句することしかできない。それよか、思考の整理が追い付かない。皮膚の痛苦も、口に吐くことさえ叶わない。

 

(な、なに……藤堂さんの魔法が、一瞬だけ、めちゃくちゃ強く……なって……)


 数舜の思考停止に陥った梨花だが、震える頬を緩める。けれど、勇香には梨花の声を聞き取ることさえままならなかった。

 だんだんと、視界が揺らいでいく。意識が遠のいていく。


「梨花、勝ったの?おめでとう!」

「え、絵梨奈か!?」


「え、絵梨奈、だよ……?」

「ほら早く逃げようぜ!」

「う、うん」


 最後に視界に残ったのは、梨花と絵梨奈が仲良く運動場を後にする様子だった。 

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