第35-1話 決着(1)
激しい雷光と共に、勇香の両手から迅雷の咆哮が放たれた。それは最早照準という概念を喪失させ、まるで陸地へ襲来する高波の如く、梨花を呑み込むように突き進む。
「簡単に喰らってたまるかよ!!!」
梨花は、だだっ広い運動場全域に視線を巡らせ、考える間もなく身を隠せそうな岩陰に潜む。瞬次、極大の電流砲が梨花の潜伏する岩の周囲を轟いた。耳を塞ぎながら雷撃をやり過ごすと、梨花は岩から飛び出で、勇香の対極に立ち目を凝らす。
「意地でも引かねぇつもりか?」
「しない。そもそも私は才能を証明するために、この無意味な戦いをしてるんだから」
「あっ?だからお前には……」
「才能は戦いで勝った人を言うって、さっき藤堂さん言ってたよね」
「それは言葉の綾で……!!」
「私には才能はないことは分かってるけど、それでも、勝ってあなたに証明してみせる」
キリっと澄んだ瞳で、勇香は告げる。
「才能があるんだって」
眉をひそめ、ちっと軽い舌打ちをした梨花。此方から強引に挑んだ決闘だというのに、相手は本気で勝利を掴もうとしているようだ。悟りつつ、とすれば手段は他にないと、魔杖を突き立てる。
「なら……証明してみろよクソが!!!」
言い捨てるとともに魔杖が黄金の光を放ち、
「
雄たけびと同時に、雷閃が空気を貫いた。勇香はすぐさま後退し、岩陰に身を隠す。攻撃が止むと勇香は立ち上がり、梨花を確認する。だが、そこに梨花の姿はなく。
(動いた……)
遠くを見ると、円を描きながら此方に向かってくる梨花が視界に入る。常時魔杖を此方に向け、いつでも攻撃に移せると威嚇しながら。
「アタシだって、今の戦いで学んだんだよ!」
勇香は立ち止まったまま、冷静に視線を定め梨花の行動を見極める。素振りをする。
「はっ……はぁ……」
途切れ途切れに嘆息を吐き、軽い痛みを催した脇腹を片手でぐっと抑える勇香。
(やばい、魔力の前に、体力が底をついてきた)
体力。それは勇香にとって最大の弱点である。そのため、最初は早期決着を望むために沢山動いた。大げさなほどに動き回り、梨花を翻弄しつつとどめを刺すつもりだった。幸い防御壁も脆いようで、何発か魔法を当てれば勝負がつく算段だった。しかし、その作戦は大いに外れた。
あと一歩手前で、梨花に主導権を握られてしまったのだ。誤算だった。梨花が中級魔法を使えるなんて思ってもいなかった。どうやら梨花も、今回の戦いを舐めてかかってはいなかったらしい。
いいや、舐めていたのは自分の方だったようだ。あちら側の教育プランだけに従ってさえいれば、知らぬ間に魔法の知識が梨花よりも上回っていると根拠のない自信を得ていたのだ。そのせいで相手の分析を怠っていたのは言うまでもない。そしてそれに動揺して、周りが疎かになっていたことも……
悔やんでいても仕方ない。今は目の前の状況を打破せねば。
勇香は深呼吸で精神と疲労を落ち着かせる。その間にも、梨花から魔法の猛襲が降りかかった。
「
勇香は残り少ない体力をフル稼働させ、近くの岩陰に移動する。しかし、
(追尾魔法……!!)
梨花の放った球体状の“雷”が、方向転換し岩陰に隠れる勇香へと進路を変えた。
どうするか、追尾されては逃げ延びることは不可能。だが、このまま潜伏していれば攻撃をもろに喰らってしまう。なんとか手は……
(相……殺……)
一瞬だけ頭の中を掠めた記憶。それは絶望から立ち直った勇香が初撃を与えた際、梨花が衝動的に吐いたであろう台詞だ。
一か八かと、勇香は刻々とこちらに迫りくる電流の球に手を伸ばす。そして、時を見極める。間合いに入った、確実に魔法が当たるだろうと精査した、その一瞬で──
「
広げた勇香の右手に光輪が纏うと、ギュワンと音を立てて同威力の雷球が生成される。それは瞬時に発射され、梨花の放った雷球と激突──雷が落ちたような雷光が迸り、勇香は咄嗟に目を覆い隠す。
(あいつ、相殺しやがったか)
その様子を遠目から観察し、梨花は舌を噛んだ。
(なんとか、藤堂さんに私の体力が尽きたと勘づかれないといいけど……いや、さっきまで動きっぱなしだった私がこうも止まっていれば、とっくに向うも気づいてると思う)
正直、今から梨花のように走り出せば途中でバテるか容易く魔法の標的になってしまうだろう。かといってその場に留まっているだけではこちらも照準に当てられるだけ。
(だったら、藤堂さんより先に、私が決めないと……!!)
現状、梨花よりも取れる自分のアドバンテージ。それは圧倒的な魔力量。それを全開に生かし、いち早く決定打を与える。幸いその方法はアリスから履修済みだ。
けどそのためには、先の炎の雨のようなものを降らせて梨花を足止めするのが先決だろう。しかしさっきのような氷の階段を造って、巨大岩に登れる程の体力はとうに尽きているのが現状。何か別の方法を模索せねば。
(一か八か……!!)
動かずとも、遠隔操作のように魔法を操れる
“遠距離”という言葉を軸に、脳内の翻訳機能で単語を並べ、関連単語を芋づる式に唱える。存在するかどうかも分からない、その魔法の構成呪語を。
「
「
「
勇香は右手で照準を合わせ、小声で連続詠唱を口ずさむ。
──瞬間。
「っ!?」
掲げた勇香の指先から光球が飛び散ると、チロチロと光を散らしながら天井に昇る。逃避行に徹する梨花と数メートルズレた地点に到達すると、光球は周囲へと散りばめられ、
「即興──
それは、地上に降り注ぎし雷の雨。轟音鳴りて無数の落雷が、梨花の行く手を阻む。
「くっ、一度当たったら負けの縛りプレイでこれかよ!!!」
梨花は不秩序に落ちる雷の雨を勇猛果敢に避ける。避ける。避け続ける。
(さっきから思ってたけど、やっぱり……
「あぁ、くそ!!!」
上空からの攻撃である故、岩に身を隠しての回避は不可能。ならば、落下地点を見極め避けるしか方法はない。しかしそれでは肝心の攻撃に手を回せず、あわよくば別の魔法を撃たれたら……
「梨花!!!」
突如、梨花の名を呼ぶ甲高い声がした。その声の主は絵梨奈だ。振り向く暇はないと視線を雷に集中させる梨花。だが、その意図を数秒遅れて感じ取り……
「っ!?」
一度背後を振り返ると、今まさに此方に届きそうな雷撃が──
「ちくしょう!!!!!!」
避ける暇はない。そう判断し、しゅぱっと振り返った梨花は相殺を試みるため自らも魔法を放つ。しかし、
「この威力、中級!アタシの魔力を削ぐ気か!!」
自らの魔力の残存量を明確に判断する方法はない。けれど、体感として大まかに感じ取ることはできる。
魔力は消費すればするほど、疲労となって身体に降りかかる。仮に魔力が完全に底を尽きた時、身体は自由が効かなくなり、力なくその場に倒れ伏す。現在、梨花の疲労は身体半分。体感では瞼が重くなってきた位だ。ここから先、不必要に魔力を消費してしまえば魔力は底をつく。中級魔法ならなおさらだ。
(ちぃ、絵梨奈の奴、さっきから何傍観してんだよ……!)
思索に耽る暇もなく雷撃が至近距離に到達する。
(使うしかねぇ!!)
「
刹那──梨花の掲げた魔杖から滾れんばかりの雷砲が放出された。それは勇香の放った雷撃と衝突し、互いに削り合う。発射し続ければ、魔力を追加で消費してしまう。このまま競り合いに持って行かれたら、間違いなく梨花側の魔力が尽き敗北する。
「くっどうすればいい……!!」
その時だった。
「──っ!?」
上空から、梨花目がけ落雷が落ちてきた。無意識下の判断。梨花は横跳びで落雷を回避、それと共に魔杖を左にずらし咆哮を反らす。同時に競り合いから離脱したことで雷撃が一方的に空間を裂く。どうにか魔力消費は抑えられた。
「アイツ、いつまで落雷を放つ気か」
勇香はこの落雷をフィールドの装飾として維持し続けるつもりなのか。勇香の魔力量からすれば、可能性としては有りうる。だが、梨花から見れば非常に厄介。
「逆転の発想、いくっきゃねぇ!」
「──っ!?」
梨花は自身の魔杖を突として天空に突き刺す。それは、避雷針のように落雷を次々に吸収し始め──
「さっきからお前が雷属性の魔法ばっか放ってたことが仇になったな」
「……っ!!」
「ほらほら、さっさと止めないと全吸収されっぞ!!」
八発ほどの落雷を吸収すると、身体中にビリビリと電流が纏ったことを確認し、梨花は勇香に向けて駆けだした。
「
未だに鳴りやまぬ雷鳴を直で聞き、降りしきる稲妻を躱しながら梨花は勇香へとまっしぐらに駆ける。
(こっちに来る!!)
「
牽制の雷撃を撃ちつつ、勇香も距離を離すために移動。
(身体に雷を滞留させている間は、他の魔法は撃てない、はず……!!)
勇香は梨花と対角線上を取りながら、適宜岩に身を隠して攻撃の隙を阻害する。だが、息は荒げ、脇腹もビリビリと悲鳴をあげている。体力はもう限界に近い。
「
「おらおらどうした!雷魔法ばっかり放ってるとまた吸収しちまうぞ!!」
(わかんないけど……多分、もう少し……)
重くなってきた瞼を無理矢理こじ開け、勇香は雷撃を放つ。
梨花も持ち前の運動神経をフルに使い、勇香の放つ雷撃、そして上空からの落雷を回避。
(勇菜程じゃないけど……藤堂さんも運動神経……かなり高い)
「
梨花は魔法を回避しつつ移動し、勇香は魔法を放ち距離を取る。互いに勝負は平行線のまま。
(ちっ、アイツいつまで雷魔法を放ってる気だ。宝の持ち腐れかよ)
梨花は岩に身を隠しながら、ひたすらに雷属性の魔法を放ち続ける勇香にうんざりしてしまう。
(それとも、アイツの性格のことだから罪悪感でも感じてるのか。雷しか使えないアタシに)
憂さ晴らしに舌を噛み、拳を地面に叩きつける。
(冗談じゃねぇ、舐めやがって)
直後、魔杖をちゃっと構える。
(ここで決めてやる)
上空から落ちてきた雷をホイッスルとし、梨花は再び駆けだした。
(これで、最後……!!)
「
「いい加減その詠唱聞き飽きたんだよ!!」
その瞬間、魔杖を一気に勇香へと向けた梨花。
「装填中は他の魔法使えないと思ったか馬鹿が!!」
「──っ!?」
「
「なっ!?」
突如、魔法を放たんとした勇香の身体に、視認できない縄が巻き付いた。身体を必死に伸ばそうとするが、見えない縄は解けない。この状況で動かせるのは、手先のみ。
「無属性は使える!!頭に入れとけ!!!」
梨花は絶対に逃がすまいと全速力で勇香の至近距離にまで走る。
「これで決める!!!」
そして、走りながら魔杖を向け──
「
詠唱を終えようとした、その時。梨花は気付いた。
「お前、何で笑ってんだ……」
勇香の口元が、わずかに緩んでいたのだ。
次の瞬間──
「っ!?」
激しい雷鳴と共に、勇香の周囲に巨大な雷柱が出現した。
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