第34話 約束

 空気中に電気が散る。

 

 魔法が途切れようとも、勇香はその場を動くことはできなかった。

 勇香を包む防御壁が軋み、破片が崩れ落ちる。


 一瞬で勇香を纏う防御壁は、梨花と同様までの損害を被ってしまった。

 勇香が隙を突き、天を跳び、氷壁で梨花を囲んでまで勝ち取った損傷を、梨花はで形成させた。茫然自失な勇香を憮然と眺め、呆れたように梨花は背筋を掻きむしる。そして、勇香に向け歩き出す。


「分かったよ……お前は見よう見まねが得意なんだろ?」

「……っ!」

「そうじゃなきゃ、転校してたった一週間ぽっきのお前が今日アリス先輩に教わったことを実践して、お前よりも場数踏んだアタシを此処まで追い詰めるなんて不可能ってもんだろ」


 してやられたと、梨花は笑う。


「でもさ、それって才能なんかじゃ無いよな」


 ふらつきながらも進み続け、ゴキゴキと首を捻る。


「危なかった。騙されるところだったよ」


 真っすぐと勇香と視線を合わす。その顔に張られた笑みは、防御壁の損傷具合とは似つかない。


「才能ってのはな、お前無属性なの!?すげー!でも、魔法ぶっ放しまくっても魔力全然切れないなやべー!でもないんだよ。そりゃがすげぇだけだ」

「……っ」

「そもそもさ。機能が、なんだっけ?委員会が欲してるほど?でも、使うやつが下手くそじゃ意味ねぇだろ?」


 梨花はくくっと微笑する。そして晴れやかな顔で一度天を見上げ、こう述べた。


「結局さ、才能ってのは──戦いで勝てる奴を言うんだよ」


 梨花の冷たく透き通った声が、勇香の耳を突く。


「思った。アタシには才能はない。このフィールドを全然生かせてない時点でな。せっかく身を隠す場所がそこかしこにあるのに、互いの魔法に翻弄されてるばかりでうまく使えてない」

「……」

「それにお前もな。今この瞬間、倒したはずの相手の生存を知った時、お前どうした?」

「え……?」

「次の策すら練らずに、ただその予想外ハプニングに動揺しちまってずっと身体が固まってんだから。今のお前は隙だらけだぞ」

「……っ」


 言い終えると、梨花はおもむろにすっと魔杖をこちらに向けた。その動作に、勇香は顕現した一瞬の恐怖で身体が縮こまってしまう。


「ぃゃ……」

「少しは身構えとけっての」


 そんな弱弱しい姿に梨花はふっと嘆息を吐き、両手を広げた。


「それに比べて上級生を見てみ?すげぇぞ、マジで!一瞬の隙もありゃしない」


 頬を赤らめ、興奮しながら口にする。その姿は、正義のヒーローに憧れる子供のように。


「生徒会の奴らなんてもっとやべぇ。まだ教育されてる立場なのに、この世界の奴らには一騎当千って崇められてんだ」

「……」

「それだけ使う魔法も戦闘スキルも、アタシらとはレベチってことだよ」

「……っ」

「その点、アタシはまだ勇者としては未熟もいい所なんだ。そのアタシにお前も、な」


 確定事項のように、梨花は宣言した。


「何が言いたいか分かるか?」


 冷徹な眼光で、梨花は勇香に迫る。


「お前に生徒会は早すぎる」


 無慈悲にも告げられたその言葉で、勇香の全身が震えあがった。


「生徒会は才能達の溜まり場なんだよ。才能のないお前はその輪の中に入る権限はない」

「そんな……こと……」

「お前に才能達と共に並び立つ資格はない」


 とどめを差すかのように突き刺さった視線が、勇香を委縮させる。


「それなのに、不正なんかしてみんなの憧れる生徒会に入ろうとするんだから。そりゃ反感喰らうだろ」

「だから……私は不正なんて……」

「あぁ、もうこの際不正なんかどうでもいいわ。お前が生徒会やめてくれさえすればどうでもいい」

「無理……なの……生徒会を……辞める……なんて」

「はぁ?」


 わなわなと震えた声で口遊む勇香に、梨花はジロリと神妙な視線を向ける。


が……許してくれない……」

「向う側ってのは?」

「学園……統括……委員会」

「へぇ。そいつらがお前を生徒会に仕立て上げてた黒幕なのか。初めて聞いた」


 コクリと、やるせない動作で頷く。


「分かったよ。ならアタシらが直談判してやるよ。お前に才能なんかねぇってな」

「無理なの……霧谷先生も……それでいなくなっちゃった……」

「そっか、それが霧谷がいなくなった理由なのか。くくっ、考えてみろ。アイツは向う側の部下だぜ!そりゃ首撥ねられるわ!」

「それ、は……」

「でもな、アタシらは生徒だぜ?向う側が喉から手が出るほど欲してる才能の芽だよ。もしアタシたちが職務放棄するぞ!って一斉に暴動を起こしたら、流石の向う側も黙っちゃいられねぇだろ。アタシたちの意見を吐き捨てるほど、お前の言う向う側も馬鹿じゃないはずだ」

「できるの……かな……」

「あぁ、アタシを信じろ」


 笑顔のまま、梨花はなよなよする勇香に魔杖を向けた。


「じゃ、最後になんか言う事は?」


 最後の一撃で、勝負を終わらせる気だろう。このような間合いに入られては、勇香にはもう抗う術はない。それに梨花なら何とかしてくれると、一握りの希望が芽生えてしまった。

 この際、戦う必要はない。白旗を挙げても構わない。自由になれるのなら。

 生徒会という呪縛から解き放たれ、一生徒に戻れるならば。いや、例え梨花たちに学園を追放され、裏日本の大地を彷徨うことになろうとも、“惨め”という枷が外れるのなら。約束を、果たせなくても、


 もう、それでいい……


「ありが、とう」


 勇香はにっこりと笑いかけた。


「そうか。アタシもできるかぎり頑張ってみるよ」

「……うん」

「じゃあな。ゆっくり休め」


 バチバチと梨花の魔杖に電流が流れる。

 

命じるコマンドセット──サンダーショット」


 それは眩しい光を放ち、二人を包み込んだ。





  

 光が飛散した。その時には、




「ありがとう」


 放たれた電撃全てが、勇香の身体いっぱいに充填されていた。


「何っ!?」


「ありがとう……勇気をくれて」


 両手を至近距離にいる梨花に掲げながら、勇香は告げる。


「私に、戦う勇気を与えてくれて」

「お前……っまさか!!アタシの雷を!?」

「私にも使えるの。藤堂さんみたいな魔法」

「……っなんでだよ!なんで諦めないんだよ!!もうズタボロのはずだろ!!!」

「うん。今までの私なら……もうとっくに息の根を上げてた。でも私は約束したの……陽咲乃と対等に戦うって」


 光の籠った勇香の瞳に、梨花はたじろぐ。

 

 諦めていた。一時は向う側に渡ってしまおうとさえ考えた。結局それは、アリスから教えを乞うための演技をするために偽った。

 けど、陽咲乃がいたからこそ、勇香は踏みとどまれた、橋を渡らずに済んだのだ。あの絶望下の中で、陽咲乃という希望の光があったからこそ。


「確かに、藤堂さんが学園統括委員会に直談判してくれれば、私は生徒会を脱退し自由の身になるかもしれない……でも、それで負けるなんて嫌だ。霧谷先生を、陽咲乃を裏切ることになる」

「だからお前には才能なんて……」

「うん。私には才能なんてこれっぽっちもないよ。私の能力を生かす実力もない。でも……実力なんて……これからつけていけばいい、でしょ?」


 梨花はびゅんと飛び跳ねて後退し、じっと鷹のような視線を手向ける。


「最後までやるつもりかよ!?」

「そのつもり」

「お前は弱いんだぞ!?生徒会にいる資格なんてねェんだぞ!?なんで大人しく負けねぇんだよ!?」

「戦うって決めたから。いつか、陽咲乃と戦うって決めたから」

「……っ!」

「だからそれまでは……私を輪の中に居させて。我儘だって、分かってるけど」


 バチバチと勇香の全身に、電気が帯びた。それは、梨花の魔法を吸収した電気を合わせ、格段に威力が増している。


「これは、強くなるための第一歩……だから」


 勇香はふっと目を瞑った。


命じるコマンドセット──ディスチャージ・ライトニングボルト」


 果てしない轟音と共に、レールガンのような電撃が空気を貫いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る