第32-2話 反旗(2)
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激しい光を発散させて魔杖から射出されたのは、先程よりも数段以上に威力の強力な雷の放出魔法。光の火花を散らしながら、低空飛行する戦闘機のように雷撃は空を伝う。
(藤堂さんの魔法……一個一個の射程が正確……何か理由があるの……?)
勇香は到達の速さを鑑み、事前に踵を返した。しかし勇香の影だけが残った地点に差し掛かると、あろうことか雷撃は全ての物理法則を無視するかのように軌道を曲げ、勇香の背中を追いかけ始めた。
「っ!?」
勇香の逃避行も虚しく、雷撃はぐんぐんとスピードを上昇させ、
「ぐわっ!!」
いとも容易く勇香の背中に直撃する。
「しゃあ二発目!」
衝撃と共に身体を押され、勇香は前屈みに倒れた。背中の命中地点には中心から落雷模様のヒビが刻まれている。
(負けるもんか)
勇香は腰を支えにして、なんとか地に足を付ける。その様子を梨花は嘲笑しながら、
「動き回ってないで、少しは魔術師らしい戦い方したらどうだ?」
「初心者の私に、そんなことできると思いますか?」
「なんだと?」
勇香は服にこびり付いた砂利を両手で振り払うと、再び円を描くように走り出した。目的地は、当然梨花だ。
勇香は駆けながらの魔法の発動を試みる。ぶれぶれの腕を無理矢理に標準を合わせるように広げ、魔法を唱える。
「
掌の中心から眩しい光が燦爛し、梨花が放った魔法と同威力の雷撃が放たれる。だが梨花は一歩も動じず、それは悔しくも梨花の足元の人工芝に消失した。
「そんな素手から出る魔法なんて、当たんねぇよ!!」
(もっと魔法の照射位置を考えないと……)
梨花の作戦は恐らく、いかに魔力消費の少ない戦い方にするかだろう。そうであれば、魔法の一発一発が先程の追尾性を持たせたような精巧さのある魔法を放ってくるのは目に見える。
勇香の場合。初級魔法を行使するだけならば、勇香の魔力量が底をつくことは思考の外に置いて構わない。ならば、勇香の作戦には質だけでなく“量”も視野に入れることができる。では、どうするか。勇香は午前中、アリスに教わった戦法を思い返す。
『魔術師っていうのは、通常勇香ちゃんがよーこせんせーに教わったように、他の職業のサポートをする形で後方からの攻撃をするっていう形がほとんど。それは接近戦を行えないという魔術師の特性上仕方のない事なんだけど。なんかそれが伝統チックになってるんだよねぇ』
『伝統チック?』
『でもさ、アリスちゃんは格闘術を駆使しながら魔法を放つ魔術師がいてもいいと思うんだ』
魔法と肉体を合わせろ。それが、アリスの教えの要約だ。けれども、“不良の喧嘩”ばりの出来事すら体験したことない勇香が、格闘技を駆使するなど不可能。ならアリスの言葉は、「動き回れ」と解釈すればよい。
魔法の特性も教えてくれた。無詠唱魔法は使い勝手がよく、詠唱魔法は詠唱という手間がかかる代わりに威力高いそうだ。それなら無詠唱魔法をバシバシ放てばよい……というわけでもなく。
『詠唱か無詠唱かは状況判断が超大事♪必要に応じて無詠唱魔法で相手を牽制し、ここぞとばかりに必殺の一撃として詠唱魔法を放て!』
装飾もしたほうが方がベリーグット、とアリスは付け加えた。要は魔法の発動に身体全体を使い、臨機応変に魔法の発動を心がける。それが今回教わった魔術師の戦い方だ。
(正直。藤堂さんと私には、歴然とした経験の差があると思う。だったら……)
人口芝を駆けながら、勇香は思考する。
(才能と、今あるありったけの知識で、挑むしかない!)
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梨花から継続的に放たれる雷撃を、道筋にある岩に隠れることで身を防ぎながら梨花との距離を徐々に縮める。
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移動中にも、勇香は勇猛果敢に魔法を唱える。攻撃ではなく、あくまで牽制。詠唱と共に掌を翠緑の光輪が浮かび上がり、複数の鋭利な刃と化した風が薙いだ。刃は梨花へと放たれたにも拘らず、不規則な動きで梨花の周囲に飛散してしまう。
「だから当たらねぇって……」
だが、勇香がその魔法を放ったことに梨花が動揺するのは必然であろう。
「なんで、お前……雷属性以外の属性魔法を……?」
「だって私、無属性ですもん」
「無属性だァ!?」
その言葉は梨花でさえも耳を疑い、絶句せざるを得なかった。勇香を“才能ある勇者”と、一瞬ながらも確信してしまいそうになるくらい。
その一瞬を好機とし、勇者は魔法を放つ。自分の魔法が照準通りにいかないのは、今までの経験で明白。ならば、どうするべきか──
(魔法が当たらなければ、無理矢理にでも当てればいい!!)
歯を食いしばり、広げた両手を標的に合わせる。
「まずっ!?」
梨花も魔法を放つ態勢を取った勇香に遅れて気づき、それを防がんと近くの岩に移動する。しかし、勇香の方が一歩先だった。
(詠唱魔法は教わってないから、無詠唱だけど……)
魔法を唱えた。それは先の魔法群を遥かに凌駕する、一段階の階位を上げた魔法。
「
運動場に響き渡る程の轟音を鳴らし、勇香の前方に風が渦のように凝縮していく。 それは瞬く間に勇香の身長を遥かに超える巨躯にまで成長し、猥雑に吹き荒れる風の弾丸が完成した。同時に、風弾は勇香の意志と共に発射され、
空気抵抗を受けながらも、それは疾風の如く直進し、数舜で梨花へ到達する。
「う、うわあああああ!!!」
その威力と巨大さに、梨花は慄き金切声を上げてしまった。咄嗟に動こうとするも、既に梨花の間合いには、視界いっぱいにその巨体が顕現した。
ズドーンっと衝撃いっぱいに轟音が鳴る。
「梨花!!!!!」
思わず客席の絵梨奈からも声が上がった。
風弾は、衝撃に呑まれスッと消失する。後に残った梨花は、身体の正面に大柄なひび割れが目立ったものの、かろうじて棒立ちしている。
「──っ!」
身体が震えあがり、狼狽を顔に染み込ませて。
「なんでお前……中級魔法使えんだよ」
「……っ」
「やっぱお前だけ、優遇されてたってことか?」
悲壮感に瞳を潤ませて、少女は尋ねる。
「……」
しかし、勇香は応えない。
「話せよおい!!」
梨花の叫びに応じることなく、再び駆け出す。駆けながら思考に更ける。当てられないのなら、無理矢理にでも当てればよい。それが勇香の編み出した結論。そして、勇香の魔力量ならば質だけではなく量を視野に入れることが可能。
梨花は、停滞しながら魔法を放つという初歩的な魔導師の戦術に固執している。いや、その方法しか教わっていないのだ。それは今朝の陽咲乃の発言で確信できる。
すなわち、相手の動きが鈍く、的の大きい標的と同義。大袈裟でもいい、派手でもいい、動き周り相手を圧倒できる、最善の方法はないか。口を唸らせる勇香の視界に、ある物体が姿を見せた。
「今度は何を……っ!?」
次の瞬間、勇香はその物体に両手を広げた。
「血迷ったかよ!?」
勇香の視線の先にあったものは、天井に届くくらいの高さはある一際大きな一枚岩。いや、崖と形容した方が遜色ないだろう。天井との幅は、目視した限り勇香一人分が限界。
その理解不能な挙動を疑問視し、思わず目を見開いてしまう梨花。梨花の動揺も他所に、勇香はその魔法を唱え始めた。
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掲げた勇香の指先からの光球が飛び散った。それはチロチロと光を散らしながら岩の頂上まで昇り──瞬間、勇香と岩の合間に、巨大な氷の階段が出現した。
「そんな無茶な……コイツ、まさか!!」
ごくりと息を呑みこむと、すぐさま勇香は駆けだした。勇香の思惑を悟ったのか、梨花は氷の階段をひた走る勇香に魔杖を構えた。
「やらせるかよ!!!」
びゅんびゅんと眼下から飛んでくる雷撃。
「
勇香は魔法で体の全身を覆ってしまう程の長方形の盾を生成させ、雷撃を防ぐ。
「ちっ、あいつ……!!」
梨花は負けじと雷撃を放ちまくるが、数秒も経たずに勇香は巨大岩の頂上に辿り着いた。
「はぁ、はぁ」
息を切らしつつ、勇香は頂上から目を窄めて目下を仰ぎ見る。その真下には、こちらを呆然と眺めている梨花の姿が──
躊躇いはもちろんある。恐怖だって、こんな高さの上に立っているのなら猶更だ。
であれども、決定的な一打を放つためには“恐怖”は必要ない。勇香は深く地下の冷気を吸い。
「なっ!?」
刹那──巨大岩から、その身を投げた。
勇香は空中で身体を大の字に広げたまま魔法を唱える。
梨花がやってのけたものと同じものを、装飾は自らの知識から。
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「
命ぜられるがままに、降下する勇香の真下に無数の火焔球が顕現する。
大きさはバランスボールほど。それらは重力が加わり、勇香よりも速く、
即興必殺──
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梨花は逃げた。雨のように、いや地上へ降り注ぐ爆弾のように降りかかる炎の災害を、何とかして切り抜くために。けど、逃げられなかった。
「っ!!!!!!」
その一つが、無念にも梨花の身体と激突した。
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