第10-2話 学園都市街(2)
学園都市街とは、勇者養成学園がある岩山の周囲に広がる一帯の総称だ。
もちろんそこには表日本側の入り口は含まれておらず、それ以外の区域を言うのだが。
学園都市街は学園に通う生徒たちが住まう、居住区。買い物や娯楽を楽しむことができる商業区と区画分けされており、どちらにも、ヨーロッパのような美しい景観の建造物群が立ち並んでいる。
勇者養成学園と学園都市街を一つに例えるなら、中世ヨーロッパの世界を模したテーマパークだ。
これは、いざ生徒が勇者養成学園を卒業し裏日本で正式に勇者としての活動を始めた時のために、裏日本の世界観に順応してもらうためでもある。
勇者養成学園の長い廊下を抜け、中央階段を最下階まで降りると、そこには東京駅の丸の内口を彷彿とさせる広大なエントランスが広がっていた。
エントランスには規則的に白い柱が何本も建っており、所々で柱に寄りかかり待ち合わせをする生徒の姿が伺える。
そこを抜け正門に出ると、目の前には大きな堀とともにそこにかかる石橋が、
橋の先には悠々とそびえたつメルヘンチックな建物が並んでおり、気分はさながらヨーロッパを旅行をしているようだった。
そこから改めて勇者養成学園を見渡すが、巨大すぎて全景を拝むことはほぼ不可能で、もはやこの施設が「学校」だと信じられなくなってしまった。
「さて、じゃあお待ちかね、学校見学最後の締めとして学園都市街を案内しちゃうよ!」
「は、はい!」
「先に説明しとくと、学園都市街は勇香ちゃんが勇者養成学園で生活するために基盤となる衣食住を行う場所のこと。勇者養成学園は所謂全寮制だからね、卒業するまでの三年間を学園都市街の居住区で暮らすことになるよ」
「まあ、此処に来た時点で分かってました」
正確には表日本の勇香の実家を出発するときに、だが。
あの時、自分の衣服や生活必需品云々を根こそぎ段ボールに詰め、それらを迎えのリムジンカーに所狭しに詰め込んだ時点で、三年間、いや下手したらそれ以上は表日本に帰還することは叶わないと覚悟していた。
今となっては自分が失踪者扱いされているとのことで、戻るという行為自体が夢のまた夢になってしまったが、
もし還れるとするならば、それこそ魔王を倒すか、この世界が終わるぐらいしか……
「おーいどうしたの?そんな愁然としちゃって。今から楽しい楽しい学園都市街を散策するんだからもっと気持ちエキ↓サイ↑ティング↓にしなきゃ」
「そうですね。そういえば、居住区でしたっけ……私が住む寮はどこにあるんですか?」
「それはまた後のお楽しみ!勇香ちゃんもお楽しみは最後に取っておくでしょ?その前に、まずは商業区を案内するよ」
「商業区?分かりました」
そうして歩き出したアリスの後をついて、勇香も足を進める。
石橋を渡り、対岸の大通りへやって来た二人は、そのまま大通りを散策する。
歩きながら周囲に並ぶ建物群を見回してみると、呉服店やベーカリー、コスメショップというような日用品を扱う店から、クレープやアイスクリーム、果ては一時期流行っていたタピオカやマリトッツォ、台湾カステラの露店も構えているではないか。そのほかにも様々な店が軒を連ねているが、一通り加味して言えることは、若者嗜好の店が多いという事だ。そこはまるで……
「ここは商業区のヤングストリート。通称裏日本の原宿!!」
「確かにそんな感じしました。一回も行ったことないですけど」
「うんうん。商業区にはね、今どきの女の子の需要を考えたお店がたくさん並んでるんだよ!勇香ちゃんはどこか行きたいお店はあるかな?」
「私は……電気屋さんのスマホ売り場……」
「え、そこで何したいの?」
生粋のスマホ世代の勇香だが、残念ながら新作の機種が出ても、両親はただでは買ってくれることはなかった。そこで、新機種が発売されると同時にそこへ足を踏み入れ、見本をありのままにいじくりまわす、という趣味?を持っていたのだ。
しかし、もうこの世界ではそれもできない。そう感慨深くなっていると──
「あ、そうだ、スマホで思い出した!勇香ちゃん、今スマホ開ける?」
「え?は、はい」
アリスに言われるがまま、勇香はパーカーのポケットにしまっていたスマホを取り出す。もはやこの世界では一度も使う機会はないと思い、表日本を出たと同時に電源を切ってしまっていた。
とりあえず電源を入れ、いつものロック画面が表示されたスマホを勇香は一見すると、
「立ってるよね!立っちゃってるよね!!」
「あれ?ネット繋がる!?」
「勇者養成学園の敷地内では大手携帯キャリア四つの回線が全てつながるんだよ」
「え?いいんですか?」
「うん。だってだって、どうせ卒業すればどのみちインターネットとはおさらばなんだから、せめてもの学長からの配慮ってやつ?だよ」
「でもこれって、親と繋がれるってことですよね。それなら私は無事って伝えれば」
「残念ながら、電話やメールはできないんだ。SNSで裏日本の情報を発信することもできない。見ることはできるけどね」
「そうなんですか」
そういえば、カラオケの一件の際にアリスが魔法という存在を表日本の人たちに伝えれば、表日本が大変なことになってしまうと言っていた。
大変なことは何かは知らないが、おそらくそれがこちらから発信手段を取れないことに関係しているのだろう。
「というか、表日本からどうやってインターネットを繋いでいるんですか?」
「それは魔法でちょちょいのちょいってね」
「大丈夫なんですかそれ?」
魔法って便利だな、と感じた勇香だった。
「さてさて、話はそれちゃったけど続けて商業区散策へ行くよー!」
少し勾配のある通りを進むと、脇に小さな小路地が見えた。
アリス、そして後の勇香はそこを曲がり、橙色の壁に囲まれた薄暗い小路地の石階段をゆっくりと登る。
途中にはいくつか店があった。穴場スポットというやつなのか。
この通りに構える店は少々だが、さっきの大通りとはうって変わって、ガレットを売る店や古本屋などこじんまりとした、それでいてこの景色に調和するような店が多かった。バーもあったような。
「学園都市街にはこういう小路地がちょいちょいあるけど、結構隠れ名店ってやつがあるんだよね。勇香ちゃんも暇なとき探してみるといいよ」
(ラーメン屋さんとかあるのかな)
そこを登り終えると、再び開けた石畳の通りが見えてくる。
夕刻だからか、お洒落な外観をした街灯が所々でぽつんと光を灯した。
だが、相変わらず学園の生徒は誰もいない。
「さて、ここの通りはさっきよりも数倍広いけど、どんな施設が並んでるか分かるかな?」
「えっと……」
勇香は首と体を器用動かし、周囲を眺めてみる。
「カラオケとか、ゲーセンとかありますね」
「そそ、この通りは物を買うって言うよりサービスに特化した店が多いんだ。通称裏日本のTDL!!」
(ラウンドワンじゃないんだ)
そこで勇香ははっと気づく。確か、この学園の全校生徒は三十七人だ。
そして、学園都市街は学園生徒のための憩いの場。
さらに、見るからに学園都市街はアリスが口にしたTDLくらい、またはそれ以上の規模はある。ということは、ゲーセンや、あるかは定かではないが映画館は実質貸し切り状態だという事なのか。
「映画館ってあるんですか?」
「まあ一応あるけど、最新の映画とかはもちろん流せないから、やってるのは表日本でDVDとして発売されたのを輸入してきたものぐらいかな。後は、恋愛物とかが多いね。需要的に」
「うっ……」
生まれてこの方恋愛関係の物語など一切触れてこなかった勇香は、アリスの話に息が詰まった。
「さあさあ次行こー!」
「はい」
アリスの先導の下、人一人いない大通りを進む勇香。
しばらくすると、活気あふれる露店が並ぶ路地が視界に入ってきた。
雰囲気的に市場なのだろう。しかも海外の旅行番組でよく目にする、店先に色とりどりの野菜や果物が並んだあの市場だ。
「ここはマルシェだよ。日本風に言うと市場かな。通称裏日本の豊洲市場ッ!!!」
「つ、通称好きですね……店番の人は誰なんですか?」
「裏日本の人だね。学園都市街の店は大体裏日本の人が営んでるよ」
「へぇー」
と、マルシェの奥の空がオレンジ色に染まってきた。どうやらもう夕暮れの様だ。
「おっと、陽が沈んできたようだね。他にも商業区にはたくさんの通りがあるけど、時間の都合で今日はこれまで。それじゃあ、勇香ちゃんが下宿に使う家に行こうか」
「い、家……?」
「さあいこう!今はこの通りにアリスちゃん達しかいないからね!そそくさと退散しないと店番のおじさんから格好の的になるよ!!」
アリスの言葉に引っかかった勇香だが、その前にアリスが全力疾走で道を戻るので、慌てて勇香も駆け足で付いていく。
やがてアリスの足が遅くなったので、勇香はふと疑問に思ったことを尋ねた。
「あの、そういえば。お金とかどうするんですか?私この世界のお金なんてびた一文も」
「全部無料!あと学園都市街の店でバイトすればこの世界のお金とかを稼ぐことができるよ」
「え!?」
「これも、学費が無料なのと同じ理由だよ。裏日本で勇者になったらそれで生計を立てないといけないから、ここではお金は取らない」
その一言で、もし連れ去られたという事実を除けば、この学園は表日本と比べてもトップクラスの待遇の学校なのでは?っと勘づいた勇香だった。
*
「さあここが居住区だよ」
「うわぁ」
ゲーセンがあった大通りを学園都市街をぐるりと半周するように歩き、辿り着いたのは、煉瓦が積まれた住宅が立ち並ぶ通りだった。
ここでは帰宅する生徒たちも伺える。
「居住区は主に学園の生徒が寝食に使う家があるところだね。学園のほとんどの生徒は居住区に住んでるんだ。別の場所に住んでる人も一人だけいるけどね」
「わ、私も離れたところがいいです……」
「だーめ、その子は特別だから、勇香ちゃんの家はもう決まってるよ」
そう言って歩き出すアリスに、勇香は悄然としながらも後を追う。
歩き続けてしばらくすると、十字の分かれ道の脇に小さなスロープがあった。
そこを降りて少し下のあぜ道に入ると、人気のない空き地の先にその家が見えて来た。
「さあ、ここが勇香ちゃんが三年間使う家だよ」
「はぁ……私は何階ですか?」
白い外壁に焦げ茶色の木材が壁にむき出しになったその家は、見たところ三階建てくらいはある。玄関の扉はアーチ状になっており、外観もやや趣のある家だ。
できれば三階がいいと願っていた勇香だが……
「え?全部だよ?」
「ぜ、全部……?」
「そう、貸し切り一棟使えちゃうよ!!」
「えっ、ええぇぇぇぇ!!!!!」
そう、居住区に並んだ家々は、一棟まるごと生徒たちの居住空間なのである。
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