第10-1話 学園都市街(1)

 生徒会長、椿川つばきがわ愛華あいかに切り出された提案。

 それは、生徒会に入らないか?という至極単純なもの。

 しかして何気ないその提案は、勇香はおろかその場にいる全員を凍り付かせた。


 しばらくして、脳の思考回路が戻ってきた勇香だが、


「わわわ私が!?!?!?せせせ生徒会!?!?!?」

「実はつい先日に一人生徒会を抜けちゃって、庶務の席が空いてるのよ」


 本気だ。この会長本気である。

 その澄んだアクアマリンの瞳に一切の噓偽りは感じられない。

 どうやら本気で自分を生徒会に勧誘しているらしい。


「会長、それはいくら何でも……」


 隣にいる聖奈からもそんな言葉が漏れてくる。当たり前だ。

 だが、愛華は表情一つ変えずにこう言ってのける。


「そう?私は学園をよりよくしたいって、思っている人ならだれでもいいと思うけど」

「わわわ、私なんてまだ入学さえしてないし……」


 学園をよりよくするどころか、学園に在籍してすらいない自分をどうして生徒会に誘えるのだろうか。勇香には愛華に対する完璧というイメージがだんだんとブレてきてしまう。完璧というかただの天然なのか。

 と、続けざまに聖奈がおずおずと口ごもる勇香に変わり、言葉を加える。


「それに生徒会を目指していた他の生徒からの批判が出るし、本人にとっても重いプレッシャーになると思います」

「全く、生徒会に所属しただけでだなんて風習誰が決めたんですかねぇ」

「ま、まあ歴代のメンバーがみんな強者揃いだったわけだし、仕方ないんじゃないかな?」


「ぷぷぅー!!まりあん、今さりげなく自分の事最強って自称したね」

「じ、事実なんだから別にいいじゃないですか!!」


 アリスが口にニマニマと口に手を当ててと麻里亜を揶揄うと、くわっと立ち上がって反論した麻里亜。その時、悍ましい程の威圧感が背後から放たれ、振り返るとこの上なく鬼の形相をした妃樺が蔑んだ目で麻里亜を見ていた。


「会長よりも脆弱なお前が、最強……?烏滸がましい、傲慢、恥を知れ」

「……っ!!」


「ぷぷぅー!!怒られてやんの」

「会長……そろそろ、会議の時間です」

        

 その後、妃樺は表情をさっと切り替えて愛華にそう伝えると、颯爽とその場を去って、そうねと頷いた愛華の背後に回る。

 それを見計らい、別にいいじゃないですかと小声で拗ねる麻里亜。


 今ので何となく生徒会というものがどのような集団なのかは把握できただろう。

 結論から言うと、ぱっと出の勇香が生徒会に入るなど妃樺の言葉を借りれば烏滸がましいという事だ。     

 そういえば、妃樺はあまり愛華の提案に反論することはなかったがどうしてだろう。勇香も罵詈雑言の嵐を喰らうだろうと少しは身構えていたのだが、結局暴言を吐いたのは麻里亜に対してだけで自分の時にはずっと黙然としていたような。

 そう無意識のうちに思考を巡らせていると、前方の愛華から声が上がった。


「さて、じゃあそろそろ歓迎会も終演としましょうか。生徒会の件は決めてくれた?」


 どうやらまだ本気らしい。


「せ、生徒会なんて……!!」

「ふふっ、あんまりプレッシャーをかけなくても、ゆっくり決めていいのよ」  


 だが、そう慈愛に溢れた笑みを零す愛華に、勇香はノーと断言できるはずもなく、

     

「か、考えておきます……」

  

 それだけ、言葉を告げた。


 *


「生徒会の皆さん、親しみやすそうで良かったです」

「そうそう、だからあんなに身構える必要なかったんだって」

「そ、そうですね」


 生徒会室を出て、白塗りの廊下を歩く三人。


「それにしても、疲れた……」

「本当に体力ないんだね勇香ちゃん」


「まあ、体力なんて人それぞれだし」


 会議があるというのに見送りに来てくれた愛華の言葉に、勇香は苦笑いで返す。

 だが、この後に待っているのは学園都市街。

 この疲れも根こそぎ消し飛ぶと期待し、勇香の肩は徐々に軽くなる。


「勇香ちゃん帰宅部だったの?それとも引きこもり?ニート?」

「帰宅部なだけです、ちゃんと学校には行ってましたよ!アリスさんも私の制服姿見たじゃないですか」

「あーそういえば着てたねぇ。体格のわりに服がぶかぶか過ぎて一見そういうファッションなのかと誤解したやつ!」

「いや、そんな言われるほどぶかぶかでは……」

「ぷぷぅ!そうだよねぇ勇香ちゃん中身のわりに見た目まだ小坊だもんねぇ。なのに高校って無慈悲すぎる!勇香ちゃんみたいなお子ちゃまでも制服絶対着用だし!小学校なら制服がないのにね、それでこの学園の制服を紹介した時私服登校がいいって戯言を吐いたのかな?」

「……っ」


 その長ったらしい発言で、何かのスイッチが起動した事を察した勇香。


「無理もないよアリスちゃんが学長に直談判してあげようか?勇香ちゃんのミニマムサイズに合う制服はないよぉって!あっそうだった……ごめんね?ここ小学校じゃないから制服絶対着用なんだよぅぷぷぷぅ!」


「あ、アリスの煽りはいつも的確に抉り取って来るわね……」

「アリスさんは常に誰かを煽ってないと死ぬんですか?」

 

 歩きながらわははと盛大に笑いこけるアリス。

 再びエレベーターのに辿り着くと、愛華は下階へのボタンを押すと振り向きざまにアリスに忠告する。


「アリス、お構いなしに人を煽るのもほどほどにしなさいよ」

「いやいや、アリスちゃんは息をするように人を煽り散らかすやべーやつなんかじゃなくてちゃんと公序良俗に準ずる正統派あおラーだよ。ちゃんと時と場はわきまえて、ちょっと気に入った娘がいれば話しかけるだけだって。そうすると大抵はぷんぷん怒ってその場を立ち去ったりとか、その子が泣き崩れちゃって、駆け付けたせんこーに職員室まで連行されるんだけどね」


 その時、勇香は学院棟の廊下でアリスを見て焦燥していた生徒たちの光景を思い出す。


「だからあんなに周囲から怖がられてたんですね」

「あ、あなた自分の特権で何もかもが許されているとはいえ、それはやりすぎよ?」


 思えばさっきのアリスの煽りもなかなかの殺傷能力の高さだったがよく耐えたものだ、と珍しく自分を賞賛する。いや、単に慣れただけかもしれない。

 なんせ、初対面の自分にさえ猛火の如く煽り散らかしてきたのだ。それは慣れるだろう。


「勇香ちゃんにも今度、言葉は時に武器になるって体に刷り込ませてあげるよ」

「結構です」

「ふふん!アリスちゃんが勇香ちゃんを学園最強の煽ラー、いや凶言語戦士ワードバーサーカーにしてみせる!!」


 そんな職業その他にもなかったとアリスを一蹴していると、


「とりあえずアリスの宣言は無視するとして、勇香はこの後学園都市街へ行くんでしょう?」

「あ、はい。そうですけど……」

「そう、なら存分に疲れを落として明日を迎えなさいな」


 そう告げて、到着したエレベーターに乗り込む二人を見届ける愛華。

 勇香はそれにありがとうございましたと、応える。

 いい人だったな、と心の中で呟いた勇香は、振り向きざまに排泄物を見るような目でアリスを見つめる。


「えぇ、何その目かいちょーの時とは大違い」

「会長さんは優しい人です。アリスさんは……醜い人です」

「ちょっとちょっと、分かったから!謝るからそんな目しないで―!」

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