第9-2話 私立勇者養成学園・生徒会(2)

勇香から放たれた純粋な疑問。

 愛華は生徒会メンバーの紹介時、流れのまま職業は、などと話していたが、勇香にはそれが何を意味するのか全く分からず、ずっと放心したまま耳を傾けていた。

 途中で説明を挟んでくれるとしばらくは聞き流していたものの、一向にその気配はなく、

 もしかして学園入学時に必要な予備知識なのだと自己解釈してしまい、聖奈の神か否か議論が終わったあたりから勇香の心境は荒れ狂ったように焦燥していた。

 そして今、分からないのなら聞け!っと、昔度々口ずさんでいた歴史の担当教師の言葉を初めて実践し、もれなくその場にいる勇香以外全員の目が点になった。

 それは目はまさしく、何で知らないの?と暗喩しており、その瞬間勇香の焦燥した感情は一気に震撼へと昇華し、

 勇香はなんで教えてくれなかったの!?という目で背後のアリスを振り返る。だが、その前に水色の髪の少女が口を開き──


「職業も分からない……お前は、阿呆者か?」

「すすすすす、すみませんんんんん!!!!!」


 勇香は勢い余ってソファを立ち上がり、土下座を決め込もうと開けた床に移動を開始する。しかし、寸でのところでその身体をアリスが取り押さえ、深呼吸!深呼吸!とのアリスの指示の元、深く息を吸ってソファにでれんと腰をおろした。


「妃樺、知ってたのはあなただけでほとんどは知らないまま入学するのよ」

「失礼しました」


「ごめんなさい。新入生は入学時に職業ガイダンスっていう時間を取って担当教員の方から説明があるんだけど。転入生は数か月ぶりだったから、そうね、それは知らないわよね」

「い、いえいえ」


「じゃあここで課外授業として、無知蒙昧でなーんの知識もない本当に義務教育受けたの?レベルな勇香ちゃんにアリスちゃんが職業について伝授しちゃおー!」


と、くるりと半周し愛華の座るソファの背後に立ったアリスが過剰摂取もいいところの煽りを交えつつ、勇香に「職業」という言葉の意味を軽快に語り始めた。


「な、なんでそこまで言うんですか!?」

「まあでもサブカルに詳しい勇香ちゃんならすぐに分かっちゃうよ!職業って言うのは戦闘において剣、弓、槍とかの武器や特定の戦術、専門の魔法みたいなのを使うそれぞれの役職の総称の事。例えば、ふくちょー君は剣を扱う剣士。まりあんは戦闘よりかは諜報とか妨害専門の盗賊。書記ちゃんの賢者はちょっと特殊なんだけど、主に後方での魔法支援や治癒魔法を放つ役職、みたいなね」

「ドルクエみたいですね」

「職業はいっぱいある中から自分がなりたいものを一つ選べて、その都度転職も可能だから、軽い気持ちで選べばいいよ。この学校には三年間の間だけだけど、剣術とか槍術みたいな、主要な職業に必須な能力を集中的に学べる講義があるから。それを受けてから考え直してもよし!」


「ちょうど生徒会室に職業図録があるから事前に決めてみてはどうかしら?」


 そう言いながら愛華が腕の中に抱え込んできたのは、教科書ほどの厚さのある茶色い本。


「職業図録って言うの。この中に現在登録されている全ての職業が載っているわ」


 愛華に職業図録を渡され、ありがとうございますと受け取る勇香。ざっとぱらぱらめくってみると、その職業の図や説明がずらりとページいっぱいに並んでいた。


「い、いっぱいありますね……」

「あ、入学したてではなれない職業もあるから気を付けてね」


 勇香の隣に座り込んだ聖奈が、職業図録を覗きながらそう語りかけてきた。

 勇香はそれにはいと応じつつ、一ページ一ページ漏らすことなく閲覧する。

 最初はMMORPGのジョブ選択みたいと興奮していた勇香だが、


「どの職業も、体力のない私には無理そうです……」


 この世界はファンタジーのようであっても所詮現実世界だ。

 武器や魔法を扱える力量や相応の運動能力がなければ職業なんて到底務まらないだろう。


 とは言っても、別段勇香は運動が苦手というわけではない。

 幼い頃、超人的運動神経の妹としょっちゅう家の庭や近くの川辺の土手でボール遊びを行ってきたためか、人並みくらいには運動神経はある方だ。

 ただ、体力のなさだけは一向に克服できず。

 疲れやすいというか、長時間運動することが苦手なのだ。

 もちろん運動部にも入っておらず。

 そんな情けない自分に、今更だが本当に勇者になれるのだろうかと二度目の自虐をしてしまう。


「た、体育系の実習を取れば体力を上達させることはできると思うけど、もし嫌なら魔法職とか遠距離攻撃職、後方支援職を選ぶといいわ」


 そう髪を耳に掛けながら、勇香の膝に載せられた職業図録のページをめくる愛華。

 めくられたページには、魔法職と書かれた見出しから、魔術師メイジ回復術師ヒーラーのような職業が名を連ねていた。


「こ、これなら私でもできそうです」

「うんうん。アリスちゃんから言わせてもらうと、勇香ちゃんは武器を振り回すより魔法をめいっぱい使う方が向いてるとおもうよ。運動神経は別としてね」

「え?そうなんですか」


「確かにそうね」


 アリスに続けて愛華も頷いて応えるが、勇香にはその意味が分からずぽかんとページを眺めていた。

 魔法職に続けて、遠距離攻撃職や後方支援職の項目を読み込んだ勇香。

 そのままページをめくると、テイム職や特殊職という項目が続き、最後はその他という項目だ。

 その項目は他までとは異なり、図や詳しい説明は一切なくただ簡素な説明だけが記されていた。それを疑問に思っていると、


「この歌い手アイドルとか姫君シンデレラってなんですか?」

「あー何年か前に妄想癖のある生徒が追加したって聞いたことがあるよ。職業ってその気になれば生徒でも追加できるからねぇ」

「え?いいんですかそれ」

「生徒の自主性を尊重するって言う学長の指示で新職業の公募が始まってね、当然そのための学長による審査もあるんだけど」


「よく審査通りましたよねその職業」

 

 真顔でそう話し、勇香と共に説明を注視する聖奈。

 そこには、勇者たちの英気を養うための職と記載されている。

 本当に必要なのだろうか?わざわざ職業なんかにしなくても勝手にそこらへんで歌ったり踊ったりすればいい話では……と、なかなかに辛辣な思考をする勇香は、よく学校で昼休憩になるとクラスメイトたちがしきりに動画サイトのショート動画用に謎の踊りを踊っていたことを思い出し、自分のと共に胸がむずむずしてきた。


「そもそもアイドルって……マイクだけでどうやって魔獣と戦うのかしら。あんな小さい武器?で叩いても大してダメージにはなれなさそうだし、何よりあのフォルムだと魔獣に接近しすぎて逆に危険じゃ……」


 そう呆れ気味に考察に耽る愛華は、おそらく説明を深く読んでいないのだろう。


「極端に歌唱力のよろしくない人だったら、自分の歌声を魔法とうまく掛け合わせて魔獣の鼓膜をぶち破る攻撃法とかができそうだけどね~」

「某リサイタルより酷いです」


 同じく説明を見ていないであろうアリスに、勇香は細い目で言葉を付け足す。

 同時に、カラオケの際にクラスメイト中をざわめかせていたあの男子生徒ならいけるかも、という発想にも至ってしまった。


「一応説明では、みんなを癒すためってなってますね」


 と、ソファの背後で勇香と聖奈の間にズボっと首を突っ込んだ麻里亜が勇香の顔を伺って尋ねる。  


「なりたいんですか?」

「え、いやそういうわけでは」


 顔を俯いて、再び職業図録を熟視せんとする勇香。

 だが、そんな努力もどぶに捨てられたように、残っている職は本当に審査を通ったのかと疑問視してしまうほど、ふざけ半分遊び半分のようなものばかりだった。

 その時、突如として瞳をキラキラさせた勇香は、思わず声を張り上げ、


魔法少女マジカルガール!!これなら妹を……!」

「勇香ちゃん、その職業を選択しても願いは叶えてくれないよ」


「それ申請した人、完全に影響受けてますよね」


 あははと苦笑する聖奈に、ですよねとため息をはく勇香。

 間でぽかんと押し黙っていた麻里亜は、ぼんやりと視線を愛華に移した。


「それで、なってみたい職業は決まった?」

「えっと、多すぎて、まだ……」

「そうね、また学園都市街へ行った後にゆっくり考えればいいわ。それより一つ、あなたに提案があるんだけど」


 愛華にそう切り出され困惑してしまった勇香は、おじおじと聞き返す。


「な、何でしょう……」


 だがその提案が、勇香の思考回路をさらに混沌とさせた。


「あなた、生徒会に入らないかしら?」

「へ?」


 一瞬嘘だろうともさえ思ってしまったその提案。

 しかし、愛華の目は、嘘など微塵も感じさせないほどきりっと輝いていた。

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すみません。ファンタジー職業について1から説明をするのがムズすぎました……分かりづらいようでしたらコメントください!

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