第9-1話 私立勇者養成学園・生徒会(1)


 扉の先にいたのは、ソファに寝っ転がりながらゲームをする少女、そしてその少女に通信対戦で敗れたことで頭を抱えるセミロングの少女。

 さらにさらに、一人で黙々と資料整理を行っている勇香よりも小柄な水色の髪の少女の姿。

 そんな威厳の欠片もないやんわりとした雰囲気に、勇香は思わず膝から崩れ落ちてしまう。


「勇香ちゃん大丈夫!?」

「すいません、ちょっとめまいが……」


 慌てたアリスが勇香を支え、うんしょと身を起こして立ち上がる。

 そんな勇香にやっぱりねと苦笑した愛華は、振り向いて三人の少女に話しかけた。


「三人ともお疲れ様」

「会長!会長のSwitch借りてます」

「私のじゃないわ。それは、けいの物よ」

「そうですか。まあ相変わらず顔出さないし、別にいいですよね」


「データごと借りちゃってるけど怒られないかな」

「ま、(勝手に)殿堂入りまで進めたのボクですから、逆に感謝してほしいですよ」


 薄灰色の髪の少女が、ふんすと鼻息を垂らして豪語する。

 と、水色の髪の少女がその鋭い目つきを仁王のように寄せ、悠々とゲームをし続ける二人に近づく。

 少女は一切無言のまま。しかし二人は少女の溢れ出る威圧感に委縮してしまい、ソファに縮こまる。

 やがて、セミロングの少女がソファ前の木目調の応接テーブルにゲーム機を置き、


「じゃあ、また後でやろうか」

「そうですね」


 その少女に続き、焦げ茶色の少女も軽快に声を掲げゲーム機を手放した。

 その光景を見ず知れず、水色の髪の少女はやってきた愛華にデスク上にずらりと並べてある資料を見せつける。


「あら、今日の会議で使う資料、纏めてくれたのね」

「はい、ご拝読を……」

「ありがとう、でもその前に、転入生にあなたたちを紹介しなくちゃ」

「転入生、ですか……?」


 少女がぽかんと首をかしげると、同じく愛華の声が耳に届いていた焦げ茶髪の少女が扉の前で棒立ちしている勇香に指を差す。


「あの子のことですか?」


 その人声で、注目が一気に勇香へとむけられる。そのせいであたふたしてしまった勇香は、慌てて目線を隣にいるアリスへと向け、助けを求めた。

 だがアリスは勇香のヘルプサインをあえて無視し、そのまま声を張り上げ、


「紹介しよー!こちらにおわすのが、勇者養成学園期待の新人!聖ヶ崎勇香ちゃんだよ!!!」

「ひぇ!?ひ、聖ヶ崎、勇香です……」


 アリスの無慈悲な宣告に勇香は卒倒してしまうが、おずおずと極めて小さな震え声で自分の名を告げた。

 すると、意外にも声が行き届いていたようで、奥にいた水色の髪の少女が口を開く。


「副会長、黒野妃樺くろの きか、だ」


「ボクは交流担当の銀麻里亜しろがね まりあっす!」


「書記の白百合聖奈しらゆり せいなだよ。よろしくね」


 最後にそう名乗ったセミロングの少女は、にこりと聖母のような笑みを勇香に向けた。勇香は彼女の神々しい笑みに頬を赤らめ、小さく口を漏らす。


「よ、よろしくお願い、します……」

「勇香ちゃんの感情表現ってレパートリー少ないよね」

「な、何ですかいきなり……」


「そんなところで立ち尽くしてないで中に入りなさいな」


「さ、入ろ入ろー!」

「お、押さないでくださいよー!!」


 愛華に促され、勇香の背中を両手で押しながら生徒会室へと入るアリス。勇香もそれに動揺しながらも足を進め、

 やがて、麻里亜と聖奈が退いた山吹色のソファに勇香はちょこんと腰を下ろす。

 そこへティーカップを載せたお盆を持った妃樺がやってきて、勇香の目の前のテーブルに湯気の立ったティーカップを置いた。


「紅茶」

「あ、ありがとうございます……」


 紅茶を運んできた妃華に勇香は薄い礼で言葉を返すが、その後にギロリと向けられた視線にひぃっと息を漏らしソファに身を縮めてしまう。

 見たところ、妃樺は自分よりも年下のようだがなぜこんなに威厳があるのだろうか。ただ単に自分がひ弱すぎるだけか。そう自虐しつつ、勇香はティーカップの脇に添えられていた粉砂糖二袋とミルクをドバっと紅茶に入れ、マドラーでかき混ぜてから一口啜った。


 と、近くの無造作に物が詰められた棚の前に立った麻里亜が、振り返りざまに勇香に話しかける。


「勇香ちゃんはきのことたけのこどっち派?」

「えっ!?いや……特に決まってはないです……」

「お、平凡な応え。ボクはもちろんたけのこで……あれ、ない……」


 ゴソゴソと大量のお菓子が入った黒箱を漁る麻里亜だが、目当ての物は入っていなかったようだ。

 その後、麻里亜の横についた聖奈は無茶苦茶に荒れた箱の中を覗くと、クレーンゲームのアームの如くずぼっと手を突っ込む。そうして掴んだお菓子のパッケージを麻里亜に見せた聖奈。


「どっちも切らしてるね、申し訳ないけどこのお煎餅で我慢してもらおうか」


 聖奈は数枚の煎餅が入ったパッケージをべりっと破り、棚の空き部分に置いていた厚底の皿に散りばめる。

 それを見ていた麻里亜が再び黒箱をのぞき込むと、


「というか接待用のお菓子ほとんど切れちゃってますね」

「そろそろ新しいの補給しないとだね」


 煎餅の抜けた黒箱の中には、中身の抜けたパッケージの殻が無残にも残っているだけだった。


「表日本からの供給は三か月に一回だから、そろそろ次の便が来るはずよ」


 黒箱を覗く麻里亜と聖奈の傍に、愛華がそう口を漏らしながら歩み寄る。

 それを聞いた聖奈はコクリと頷き、煎餅の入った皿を持って勇香の待つソファに足を運んだ。 


「てか誰ですかこん中に残りカス入れた頭のおかしい人は!!ゴミはゴミ箱にぶち込むのが社会の常識なんですよ!!!」

「いやあなたでしょ」

 

 愛華の鋭い指摘にしゅんと俯いてしまった麻里亜。

 一方、一連の光景を眺め、何を言っていいのか事知れぬまま固まっていた勇香に、聖奈は頬に指を添えながら話しかける。


「ごめんね、いつもだったらたくさんのお菓子で歓迎してあげるんだけど、今日はこれしかなくて……」

「いいいいえ!!なんでも結構です!!!接待とか全然いいですから!!!!」


 申し訳なさそうに苦笑を浮かべる聖奈に、勇香は焦り気味にブンブンと手を横移動させ、そう言葉を吐いた。

 その後ろから、空気の読めないアリスが口を開き、 


「えーゴディバはー?ダッツはー?シャネルはー?」

「アリスは少し自重なさい」


 近づいてきた愛華が、騒ぎ立てるアリスに誅を加えた。

 一方、アリスを戒める愛華の傍に立って黙然としている妃樺。

 その少女の全身をよく観察すると、腰のあたりに何か長細いものが装着されているのが分かる。なんだろう、紅茶を啜りながらよく注視してみると──


(け、剣──!?)


 思わず紅茶を吹き出してしまった勇香、

 こちらを向いている細長く黒い柄の先には、先がとがった白く胴長の太いフォルム。この漫画のような世界で、戦闘漫画に少しでも触れている者ならそれを容易に言い当てられるだろう。

 何気に勇香はここへ来て初めて、ファンタジー世界の小道具をその目で見た。

 と、妃樺は自らの華奢な身体に突き刺さる勇香の視線に気づいたようで、


「……ひぃ!!!」


 妃樺に再び鋭い視線を向けられ、勇香はびゅんと振り返る。その後、テーブル上のティッシュ箱から数枚取り出すと、それらを服の濡れた部分に押し当てた。

 そこに、紙束を抱え込んだ愛華がテーブルをはさんだ勇香の真向かいのソファに腰かけ、口を開く。


「剣の事ね。妃樺は剣士セイバーだから、常に剣を装備しているのよ」

「そ、そうなんですか……」


「ていっても、校内で帯剣している人は珍しいけどね」


 後ろからアリスがそう漏らすと、今度は妃樺の射るような眼刺しがアリスに向けられた。

 それでももろともしないアリスに、勇香は凄いなぁと関心しながら眺めていると、


「さて、じゃあかなり質素だけど、歓迎会を始めましょうか。改めて生徒会のメンバーを紹介するわね」


 そう言って愛華が立ち上がると、ソファ越しに並び立った三人を順に紹介し始めた。


「まずは、副会長の黒野妃樺よ。職業は剣士。あなたと同じ一年生だから、何かあったら相談しやすいと思うわ」


(く、黒野さんに相談するなんて無理いいいいい……!!)


 愛華の言葉に妃樺が一礼すると、今度は中央にいる焦げ茶色の髪の少女に手を向けた。


「彼女は二年生の銀麻里亜。生徒会の役職は交流よ。主に生徒と裏日本の人々との交流を斡旋することが彼女の役目ね。職業は盗賊シーフで、学園一のスパイとまで称されるほど諜報活動が得意。麻里亜は裏日本中にいろいろなコネクションがあるから、これはあなたにはまだ先の話だけど、遠征に行く時とかに相談するといいわ。あと、彼女ので魔王軍への潜入調査もしているわね」

「そっす!」


 さりげなくとんでもないことを言い放った愛華に、勇香は目を丸くして麻里亜を凝視する。


「最後に、書記の白百合聖奈。職業は賢者セージ。彼女もあなたと同じ一年よ。後、端的に言うと神ね」

「それは言わなくてもいいんじゃないでしょうか……」


「は、はぁ……」


 どういうことだろう。聖奈の性格が神のように慈愛に満ちているということか。

 まあ、さっきまでの心遣いや眩しい笑みを浴びれば勇香もそう表現してしまうだろう。

 だが、あの愛華がそんな台詞を言うか?と疑問視していると直ぐにそれが晴れた。


「文字通りの神様よ」

「えっ?」

「え、えっと!ちがくて!いや違わないけど!は、半神って知ってるかな?昔色々あって、身体の半分が神化しちゃって……って想像できないかぁ……もっと砕けた感じに言えば……神になった人間、いや、人間だけど神……?」


「ようするに神人間ってことっす」


(?????)


 きっぱりと言い切った麻里亜だが、その発言で脳に入ってきた情報は雀の涙も乏しく、勇香には苦笑いで対処することしかできなかった。


「わ、私のことはいいので話を続けてください!」


 恥ずかし気にそう言い吐く聖奈に、愛華はふふっと笑いながら話を元に戻した。


「分かったわ。あと今は……というか生徒会室には滅多に顔を出さないけど、会計の朝桐 荊蛇あさぎり けいた。職業は弓使いアーチャーよ。もし見かけたら挨拶してあげてね、っていっても顔が分からないか」

「は、はぁ……」

 

 そして、改まって勇香の眼前で立ち上がった愛華。妃樺や麻里亜が場を退くと、視界が愛華一点に寄せられた。そのまま愛華は胸元に手を当てて声を掲げる。


「そして、私は生徒会長の椿川愛華。職業は盾使いクルセイダーよ。よろしく」

「よよよ、よろしくお願いいたします!!!」


 愛華の自己紹介に、ブンと頭を下げて応じた勇香。

 再び頭を上げると、愛華は元通りソファに腰を掛けており、温和な表情で勇香に問いかけた。


「なにか、質問はあるかしら?」

「あ、あの……」

「何?」

「あの、さっきから言ってる盗賊とか剣士ってなんなんですか?」

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