第24話 やっぱり

 勇香が転校してから一週間が過ぎたある日。

 いつものように登校した勇香は、エントランスで誰かに話しかけられた。


「キミが、転入生の聖ヶ崎勇香さん?」

「……っ!?」


 純白の柱に寄りかかり、通り過ぎようとする此方に声をかけて来たのは、灰色の短い髪の少女。

 その少女は、優しい笑みで勇香に尋ねる。


「は、はい」

 

「アタシは成川なるかわ陽咲乃ひさの。一学年の代表委員だよ」

「成川……さん」


 聞いたことのない名前だった。転校して一週間経った、今でも。

 勇香は少女を前にして、咄嗟に一歩後退り。

 警戒心を露わにして、言葉を返す勇香。


「よければ一緒に教室まで行かない?同じ方向だよね?」


 唐突に、彼女がそんな提案をしてきた。

 何をする気なのだろう。

 彼女の思惑が分からない。

 

「……分かりました」


 だが、断ることができなかった。


 彼女はいつまでたっても柔和な笑顔を浮かべているままだ。

 しかし、いずれはこの笑顔も消え失せてしまうのだろうか。

 またどこかに連れていかれ、暴言を吐露されるのだろうか。

 執拗な嫌がらせを受けるのだろうか。

 嫌だ、そんなの嫌だ……

 

 演じよう。もうそれしかない。

 そういう運命なのだ。

 運命を否定することさえ、とっくにやめた。

 

「心配しなくて大丈夫」

 

 小声で少女はそう言い漏らす。

 けれど、その意図は分からなかった。


「じゃあ行こうか」

「は、はい」


 勇香は少女の後方をとろとろと歩いて、エントランスを後にした。


 *


 意外にも、道中は何事もなく事が運んだ。

 少女は世間話を口ずさみ、勇香がそれに苦笑で頷く。

 頷きつつ、途切れ途切れに思索する。

 少女は話に生徒会の事柄を持ち出さない辺り、を知らないのだろうか。

 いや、既に一週間経過したのにそれはありえない。

 それか気を使っているだけか。

 いいや、今まで自分に優しく接してくれた者など、生徒会や教師以外誰もいない。

 今更誰も信じられない。

  

 やがて、いつもの廊下にやってきた。

 当然、そこには壁に寄りかかって談笑する生徒たちの姿が伺える。

 そして勇香を見るなり、彼女たちは勇香を睥睨へいげいし、変わらぬ陰口を口ずさみ始めた。


「やっぱり」

「……?」


 小声で灰色の髪の少女が呟く。勇香は茫然自失と彼女を見つめた。

 そして灰色の髪の少女は、近くで陰口を放つ二人の少女の元に軽快な歩調で駆け込んでいった。

 その付近には、藤色の髪の少女とエメラルドグリーンの髪の少女の姿も──


「やっほー」

「お、おはよう。久しぶり」

「最近見てなかったから心配したよー。陽咲乃おはー」


 灰色の髪の少女が女子生徒たちに声をかけると、少女たちは元気に反応する。

 周りにいる複数の生徒も挨拶を返しているのを見るに、学園での彼女の立ち位置が概ね想像できた。


「ごめんごめん、野暮用があってさー」

「代表委員の仕事?あんたも忙しいね。たまには休みなよ?」

「あはは、心配しないで適度に休みは取ってるから」


「もう、いつもそんなこと言う」


 クラスの人気者。所謂スクールカーストで例えれば、上位に位置する存在。

 今の勇香とは縁も程遠い人物だ。


「ところでさ、何の話してるの?」


 灰色の髪の少女は、黄金色の瞳を上目遣いに煌めかせ少女に尋ねる。

 少女たちは一瞬戸惑ってしまうが、遠目で立ちすくむ勇香を一瞥して、


「え、いや、その……ていうか陽咲乃、アイツと登校してたの?」

「転入生さんと仲良くなりたいと思って。何か問題でもある?」


 どうやら本当に知らなかったようだ。

 となれば、まずい。彼女に知られてしまう。

 勇香は冷や汗を垂らし身震いした。


「いや、陽咲乃も知ってるでしょ?アイツが生徒会に入ったこと」

「え、何それ初耳」


 知られてしまう。無知だった少女に。

 そのことを知らずに、優しく接してくれた彼女に。

 止めたい。けれど、足が竦んで動けない。


(いやだ……やだ!!!)


 勇香は演技をも忘れ、必死に手を伸ばす。


「そっか陽咲乃って会報とかいちいち見ないんだよね」

「だって型っ苦しくて読む気なくなるじゃん」


「本当に生徒会目指す気あんの?陽咲乃」


 少女の指摘も尻目に、灰髪の少女は疑問を問う。


「それでそれで?転入したての彼女がなんで生徒会に入れたわけ?」


(やめて……知らないで!!!)


 ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタ


 激しく体が乱れ、呼吸が荒くなってくる。

 いやだ、いやだ、彼女まで向う側に行ってしまうのは!!!



「不正でしょ不正!今話題になってるよ」


 勇香のぶれるような視線を汲み取ったかのように、少女はそのことを吐く。


「え、マジ?」

「マジマジ大マジ」

「マジかー」


 そして、灰髪の少女は幻滅したように乾いた言葉を返した。


 無理だった。やっぱり運命は、いつだって自分の敵だった。

 もういいやと、勇香は未だに震えた足で演者に返り、ギコギコとした歩調で歩き出した。


「そう。不正なんかして生徒会に入ったなんてほんっと最低」

「生徒会に入るために努力してきた私たちを蹴り飛ばして楽しい?っての」


 少女たちの鬱憤晴らしに、灰髪の少女はコクコクと頷く。


「へぇ、だからみんな陰で聖ヶ崎さんのこと悪く言ってたんだね」

「うんうん、陽咲乃も止めた方がいいよ。アイツと関わると碌なことがないから」

「聞くところによると、アイツって魔王軍のスパイらしいよ?」

「うっわ、早くするべきでしょ。生徒会も何やってんのよ」


「よくわかったよ。あの子のこと嫌ってる訳が」


 もう聞く耳を持っていなかったはずなのに、灰髪の少女の言葉が勇香の心をズキッと突いた。


「陽咲乃もあんな奴と関わってないで私たちと教室行こ」

「そうだね。一限目同じ講義だっけ?」

「そっ、てかうわ。アイツも一緒の講義じゃん」


「久咲乃の席確かアイツの隣だよね。うわ可哀そ」

「私が先生に相談して席変えて貰おうか」

「いいじゃん。変えてもらいなよ」

「不正野郎の隣なんて純潔な久咲乃に害悪だよ!」

「それな。久咲乃には正義のリーダーでいて欲しいもん!」


「ふふっ。ところでさ」

「なに?」



「彼女が不正を働いたって証拠、どこにあるの?」


「「え?」」


 灰髪の少女の純粋無垢な問いかけに、少女たちは揃って目を丸くした。

 勇香でさえ立ち止まり、彼女に視線を送ってしまった。



「いやだって、みんな噂で……」

「だから、その噂のリソースは何ってこと」

「え……?」

「よく分からない?出所のことだけど」

「そ、そんなの……」


 少女は口ごもってしまった。

 それをいいことに、灰髪の少女はさらに声量を高める。


「まさか、嘘かもしれないのにみんなして彼女を罵ってたわけ?」

「で、でもアイツが生徒会に入れるなんてそれぐらいしか考えられないでしょ」

「考えられないだけでしょ?証拠がなくちゃ信じられないんだけど」


 押し黙ってしまった少女。

 灰髪の少女は、冷たく──重く──突き放すように言葉を続ける。

 

「もし嘘だったら、あんたたちが一方的な陰口とで彼女を悲しませただけになるけど?」

「しょ、証拠ならある!」


 不意に黙然としてしまった少女の隣でずっとスマホを操作していた少女が、食い気味に灰髪の少女にその画面を見せびらかした。


「陽咲乃もグループチャットここに入っているなら知ってるはずじゃない?」


 そして少女は、そこに投稿されていた録音音声を再生する。

 そうだ、この音声のせいで、こんな惨めな扱いを受けたのだった。

 勇香はそれを思い出し、顔を俯かせてしまう。


『お父さんも、お母さんも、そんなことしてない……』


「これって裏を返せば、アイツ一人でやったってことでしょ!?」


 灰髪の少女は固まっている。証拠を提示され、確信を得てしまったようだ。


 だが──



「くくくくく、ふふふふふっ」


 突如、灰髪の少女は腹を抱えて笑い出した。

 まるで、証拠を提示した少女たちを嘲笑うかのように──


「何よ!?」

「いやごめんね。キミたち、そんなに騙されて可哀そうって思っちゃって」

「大嘘……ってなに?これがはっきりした証拠でしょ」

「だってそんな曖昧な言い方じゃ、誰かが結論を擦り付けたようにしか見えないけど?」

「で、でもこれが紛れもない証拠で……!!」

「ふーん。じゃあこれを聞いてからでも、それがれっきとした証拠だと言い張れる?」


 すると、灰髪の少女はブレザーの内ポケットから自身のスマホを取り出す。

 そして一言漏らし、少女たちにその画面を見せつけた。


「ごめんね聖ヶ崎さん。醜態を晒すようだけど」

「成川さん……?」


 画面には、ボイスレコーダーのアプリが表示されていた。

 少女はワンタップでアプリに録音されていた音声を再生する。


 その音声は、少女たちが証拠と銘打つ音声が拡散された後、限界を迎えた勇香が誰もいないの廊下で涙ながらに吐き散らしていた、言葉の数々だった。


『私が何をしたって言うの!!!!』


「この時、周りには誰もいないはずで、聖ヶ崎さんもアタシの存在に気付いていなかった、と思う」


 灰髪の少女がおもむろに勇香に振り向くと、勇香はコクリと小さく頷く。


「この聖ヶ崎さんの悲痛な叫びを知ってもなお、キミたちはさっきの音声がれっきとした証拠と言い張るつもり?」


 下を向いてしまった少女に灰髪の少女は冷淡な口調で告げる。しかし、少女は言葉を返さない。

 嘆息を吐くと、灰髪の少女は周りの少女を見渡し大きく口を開いた。


「キミたちさ、そんなに彼女の陰口を言って楽しいの?」


「「「「「「っ!!!!!!」」」」」


「はっきり言って人としてダサすぎ。本当に真っ当な教育受けてきた?」


 灰髪の少女は嘲笑も交えた声音で、口元を緩ませる。


「悪口ってのは正々堂々と言うのよ。今みたいにね」


 ふと、灰髪の少女は顎に手を当てて思考を巡らせる“ふり”をし、考えを纏めたかのように顔を上げ盛大に話始める。


「そういえば、キミたちが目指してる生徒会って生徒たちアタシたちの悩みを相談する場でもあるよね?キミ達誰かに相談受けたことある?」


 そう射るような眼刺しで生徒たちを眺める。そして、


「ないでしょう、陰口ばっかりで聖ヶ崎さんの悩みも相談してあげられないんだから。寧ろ悩み増やしちゃってるしねーそんなようじゃ彼女より生徒会向いてないんじゃない?」


 灰髪の少女の挑発的な発言に、生徒たちに雷に撃たれたような衝撃が奔った。


「もういちど、いじめ防止教室~を受けに小学校からやり直す?」

「ちょっと!いくら何でも!!!」


 憤慨し、傍で黙っていた少女が陽咲乃に牙を剥く。

 しかし灰髪の少女はぐっと少女に顔を近づけ、少女はたじろいでしまった。


「言い過ぎ?もしやアタシの暴言で心身に傷を負って堪忍袋の緒が切れちゃったのかな~?でも残念!それがあなたたちが日常的にあの子にしていることだよ?何か文句でもある?」

「……っ」

「言い返せて偉いね~。あの子はずっとあなた達の陰口を何も言い返せなくて溜め込んでいたんだよ?それをいいことにずっと陰口や過度なを繰り返してたんだから──ただの卑怯者でしかないよね」


 制服の袖を掴み、息を呑む少女。

 灰髪の少女はそんな少女を上から蔑むように、一言添えた。


「よかったね、この子の心の痛みを知れて。いい機会じゃない」


 話に終止を打ち、灰髪の少女はおどおどとする勇香の肩に手を預け、次に向かう。

 その先には、藤色の髪の少女とエメラルドグリーンの髪の少女が、

 陽咲乃が無言で近づくと少女たちは一歩後退してしまう。


「結芽、柊和」

「な、なに?」

「正直失望した。親友だと思ってたのに」


 獲物を狩る鷹の如く鋭利な眼刺しを手向け、失望を言葉の矢じりに込める灰髪の少女。


「そんな陰で他人の悪口を言う人だとは思ってなかった」

「「……っ」」

「アタシ、二人が良い子そうだったから今まで親友やってきたのに」

「ご、ごめん」


 二人の少女は、揃って少女に頭を下げる。

 だが、灰髪の少女は二人の謝罪を唾棄に捨て去り、振り向きざまに一言。


「聖ヶ崎さんに謝罪するまで、もうアンタたちには関わらないから」

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