第20話 言質


「ということで、今からアリスちゃんが裏技を教えます!」

「は、はい……」

「この世界のほとんどの魔法名は、二つか三つ以上の英単語の文字の羅列で成り立ってるんだよね」

「え、そうなんですか?」

「そそ。この世界はね、魔法を放つための呪語として英語のような言語が用いられてるの。それは何故だかは知んないんだけど」

「えぇ……」


 英語のような、と遠回しな物言いをするアリスだが、裏日本の仕組みを鑑みると正真正銘の英語が使われているのだろう。

 

「でもそれって、英語力がある人が有利じゃないですか?」

「のんのん、初級魔法はその中でもシンプルな英語しか使われない!故に勇香ちゃんでも分かりやすい!」

「私、学校の英語の成績毎回平均点以上ですけど……」

「そんなさりげなくマウントとってきた英語力高めな勇香ちゃんに問題!ファイアブレスの意味は?」

「マウント……」


 アリスからそう問われ、勇香は数舜の思考後直ぐに回答する。


「えっと、炎、息?」

「正解!でも実際に口から炎が出るわけじゃないから、魔法にするとこんな感じ!」


 アリスはすっと片腕を伸ばす──すると同時に紅蓮の光輪が周囲に舞い散り、掌の中心部から火炎砲が放出された。

 炎は破竹の勢いで対象地点へと乱れなく奔り、大地との衝突を以て跡形もなく消え去った。

 だが炎の直撃を受けたにも関わらず、人工芝には一切の焦げも見当たらない。


「す、すごい!」

「じゃあこれは?ウォーターショット!」

「水、発砲」

「またまた正解!」


 今度は広げた手が青白く光り輝き、ノンタイムでテニスボールサイズの水弾が途切れ途切れに発射された。


「水が、弾丸みたいに放たれてる」

「ね?もう分かったでしょ?だいたいはこんな感じで初級魔法を使えば発動できるからいちいち覚える必要がないよ」

「なんか化学の元素記号習ってる気分で、魔法が一気に現実味を帯びてきました」


 と、勇香は一連の演舞で芽生えた疑問をアリスに投げかけた。


「あの、アリスさんは詠唱も何も言わなかったですけどいいんですか?」

「アリスちゃんは特別なのー!でも勇香ちゃんは魔法を放つ前に命じるコマンドセットって言う言葉と魔法名を命じてね。中級以上になると詠唱も必要な魔法も出てくるよ」

「分かりました」

「さあ、じゃ、実際にやってみようか。英語の二文字の羅列を考えて。ルールとしてはひとつ目に属性や行為の言葉、二つ目は状態の言葉だよ。形としてより負担をかけない方が魔力消費は少ないよ」

「はい」


 アリスはやり切った感に汗を拭い、最早空気と一体化していた教師に場を譲る。


「よーこせんせーどうぞー」

「一気に主導権を握られてしまったけど……裏技とやらで覚えた五属性の魔法を使って自分の属性も調べてみましょうか」


「まあアリスちゃんにはもう分かってるけどね」

「えっと、カラオケの時から見るに、私の属性は水ですよね?」

「どうかな、万が一があるかもしれないし、一応他の属性も見てみてよ」

「万が一?」


 とりあえず、アリスに教えられた法則通りに魔法を放とうと勇香は片手を人工芝の一角に向けた。そして、脳内で引っ張り出した英単語二文字で呪文を唱える。


「えっと、命じるコマンドセット──サンダー・カタストロフィ!!」


 が、特に変化は見られない。


「そんな魔法存在しないよ。この世界終わっちゃうよ」


「えっと……命じるコマンドセット──!ブラック・サンクチュアリ・バースト……!!」


 魔法よ出ろ、と何度も手をぶんぶんと振っても何も起こらず、代わりに虚無の静寂が三人を包む。


「最早ルールガン無視してるし!!!もっとシンプルでって言ったじゃん!その意味わかってる!?」

「ねぇ、アリスが変な裏技教えるからじゃない?」


 教師の冷静なツッコミもアリスは聞く耳を持たず、ぷんぷんと顔を赤くして勇香を

叱咤する。


「……かっこいいほうがいいかなって思って」

「シンプルでいいのシンプルでー!」


 アリスにきつく指摘され、勇香は涙目になりながらも細々と魔法を唱えた。


「うぅ~命じるコマンドセット──ファイアボール」


 結論が目に見えているのに発動はしないだろうと手の力を抜いていた、その時、


「あ、あれ?」


 掌が緋色の発光を帯び、そこから一発の炎球が放たれた。

 炎球は軌道を描きながらに着地点へと衝突し、地面との接触点で小規模の爆発が起こる。


「稀に二つの属性を合わせ持つ人がいるけど、勇香ちゃんはそれなのかな?ささ次」


 教師はその光景に唖然とし、アリスは冷然と次へ促す。


「え?命じるコマンドセット──えーう、ウィンドカッター!」


 勢いは衰えず翠色の光球が掌を照らし、複数の鋭利な風刃が薙ぎ払われる。

 刃は人工芝へと命中するが、その攻撃で芝が刈り取られることはなかった。


「はいもういいよ」


 アリスにそう言われ、手を引っ込めた勇香は呆然と呟く。

 教師は驚愕を口に出すことも叶わず、口をあんぐりと開けて勇香を凝視していた。

 

「えっと私」

「単純だよ。勇香ちゃんの属性は無!」


「無?」


 アリスの応えに、勇香は疑問気に首を捻る。


「そう、簡単に言うと自分に決められた属性がない。もう少しわかりやすく言うと属性という縛りがないってこと。だからどんな属性魔法でも唱えられる。魔法界では、無属性を持つ人は百年に一度の逸材!」

「逸材……」

「そう!誇りに思っていいんだよ」

「ちなみに、アリスさんはなんで私が無属性だと分かってたんですか?」

「前、勇香ちゃんの髪の色が変わった原因は魔力に目覚めたからって言ったでしょ?髪色って大体はその人の属性に応じて違うことがあるんだ。で、金髪は土属性を持つ人に多いんだけど、でもそれじゃあ勇香ちゃんが水の魔法を使えたのはおかしいなと思って」

「そういうことなんですね」


 納得した柔らかな笑みで勇香は次の質問へと移る。

 昨日、授業中に教師がキャラ崩壊ばりの音読を見せたあのカンペについてだ。

 

「その、無属性ってことが昨日言っていた魔力の質が違うってことですか?」

「うん!昨日は質って表現したけど正確に言うと色だね。魔力って属性ごとに色分けされてて、それが魔力を覚醒させた時の髪色の変化に影響されるんだけど」

「はい」

「昨日の例えの解説をすると!サツマイモの外見が同じということはみんな一つの属性しか持ってないってこと。でも勇香ちゃんのサツマイモは、外見はみんなと変わらないイコール一つの属性しか持っていないように思えるけど、中身は外見とは全く異なる無属性ってこと!」

「えぇ……」


 と、ずっと沈黙していた教師が目を見開き、キラキラと輝かせて勇香の両肩を掴んだ。


「すごいじゃない!あなた、もしかしたら魔王を倒せる英雄になれるかも!あなたはそんな魔力を秘めてるわ!!!」

「魔王……」


 今まで接したことのない教師のテンションの上がり具合に、勇香は当惑してしまう。

 しかし、無意識にもその事実を感じ取られてしまっていることに、勇香は悄然した。


「そうそう、勇香ちゃんは才能あふれた期待の新星なんだよー」


 アリスからも賞賛を受けた。

 だが、それで嬉しさを感じることは、微塵もなかった。



 *


 授業が終わった。

 アリスや教師と別れ、勇香は一人廊下を歩いていた。

 運動場付近の廊下は光の届かない地下にあるため薄暗く、ただ壁に掛けてある蝋燭の灯だけが辺りを照らしている。

 勇香がそこを通るたび、蝋燭の炎がゆらりと揺れた。


 何かの気配を感じ、一瞬だけ足を止め背後を振り返った勇香。

 しかし、そこには誰もいない。

 誰かが後を付いてきている。

 それは、今朝学校に着いた時から感じていた。

 だがそれは嫌がらせの一種に過ぎないのだろう。


 前方から、談笑する二人の生徒が歩いてくる。

 その生徒たちは此方に気付かず、ひたすら会話に浸っているようだ。

 不意に、生徒の話が耳に留まる。


「ねぇ、聞いた?新しく生徒会に入った一年の子が問題を起こしたって」

「えぇなにそれ?」


 だがその何気ない会話で、勇香は戦慄に肩を竦んでしまう。

 会話の内容から、二人は恐らく上級生だ。

 こちらに気付くことない辺りそうなのだろう。

 問題は、自分の根も葉もない噂が何かを伝って上級生にまで広まってしまっている

こと。

 

「その一年の子がね、教師脅してマンツーマンで講義させてるらしいよ。強くなるためにだって」

「何それ、教師脅すとかどんな神経してんのよ」


 本当に根も葉もない。その内容にもどっと笑いがこみあげてきそうだ。

 

「たまにいるよねーそういう強くなるためには手段を選ばないって子」

「でもそれで教師脅したりする?この学校の教師そんな弱弱しいの?」

「なんでも、背後バックに親からの圧力があったんだって、その親がなんか学園の権力持ってるらしくてさーその教師も逆らえなかったって」

「うっわ、モンスターペアレントってやつじゃん。絵里、次の選挙で引き落としちゃいなよ」

「いやよ。怖いもん」


 生徒たちの声が、姿と共に消えていく。

 勇香は立ち止まり、悔しさに歯を軋ませることしかできなかった。

 

 自分の悪評に、両親まで巻き込んでしまった。

 ここまで育ててくれた、両親に……


 ポタポタと、雫が落ちる。

 勇香は湿った感情のまま、廊下を無心で歩く。

 しばらくすると、曲がり角が見えてくる。

 そこで、誰かの声が聞こえてきた。曲がり角からだ。


「……でさ……らしくて」

「嘘でしょ……」

 

 見慣れた声だった。

 勇香は壁に張り付いて、その光景を見やる。

 そこには、四人の少女がいた。

 ケラケラと嗤いながら何かを口ずさむレモンイエローの髪の少女、そして傍に付き添う黒髪の少女。

 そして壁際に張り付き少女の話を胡乱な目つきで聞いているのは、藤色の髪の少女と、エメラルドグリーンの髪の少女。

 レモンイエローの髪の少女に何かを囁かれ、藤色の髪の少女は動揺に顔を歪ませている。 


「それで、あいつはなんて言ったの?」

「それがアリス先輩に絡まれてさぁ、なんかいつの間に仲良くなってた感じで止めに入られちった」


 どうやら噂を吹き込んでいる最中の様だ。

 勇香は壁に身を屈め、顔を俯く。

 止めたい。けれど、飛び込めば何をされるか分からない。

 入ったところで、向うには敵しかいないのだ。

 

 虚しい。身を隠して、遠くから耳を立てているだけなんて、


 その時だった。


「……ひぁ!!」


 突然、角際に寄せていた腕を掴まれ、勇香は廊下に投げ出される。

 そこには、茫然自失と勇香を見つめていた三人の少女がいた。 


「何盗み聞きしてんだ」


 腕を引いたのは黒髪の少女だ。

 すると、勇香を見るなり憤慨した藤色の髪の少女が声を荒げて此方に近づいてくる。


「あんたどこまで落ちぶれてんの!?」

「私……何も……」

「アリス先輩言いくるめて次期生徒会長の打診を受けたってどういうこと!?」

「生徒会長!?」


 動揺した勇香はレモンイエローの髪の少女を一瞥すると、少女はすっと視線逸らす。


「私たち、いや二年生の努力すら無下にして、あんた一体、何しようとしてんの?」


 少女は段々と、ぶるぶると口を震わせた。


「生徒会ですら取り入ってくれない。もう私、何も信じられないよ」


 瞳から涙をこぼす少女。勇香は泣き崩れる少女の姿を見て酷く顔をひしゃげてしまう。

 膝立ちで顔をうずめる少女の肩を叩いたレモンイエローの髪の少女。

 少女は勇香を睨みつけ、藤髪の少女に語り始める。


「こいつはさァ。そういう人種なんだよ」

「……っ」

「よく政治家にもいるじゃん、陰湿な手を使ってまで自分を成り上がらせようとする奴」

「……」

「自分の地位にしか興味ないんだろうな。コイツも、コイツの親も同等に」

「……!!」


 スッと顔を上げ、藤髪の少女はギロリと勇香を睨む。


「あんたも、あんたの親も、腐ってる」

「違う……」

「何が違うのよ……」

「違う」

「言ってみなさいよ!!!」


「お父さんも、お母さんも、そんなことしてない……」


 衝動的に言い放ってしまった。勇香はとっさに口を噤む。


「つまり、あんたひとりでやったってこと?」


 黒髪の少女が、耳元で勇香に尋問する。


「私は……何も……」


 勇香は焦燥して身を震わせる。

 レモンイエローの髪の少女は唐突に取り出したスマホの画面を、勇香に見せつけた。 

 その画面には、スマホの録音アプリが映されていた。


「言質取った。これで言い逃れはできねぇな」

「違う……違う……」

「よっし、一年のグルチャに送信っと」

「やめて!!!!!」


 勇香は必死に少女を止めようと足を動かす。

 しかし黒髪の少女に押さえつけられ、

 気付いた時には、レモンイエローの髪の少女がグループチャットの画面を見せつけていた。

 その画面には、次々に録音音声を聞いたとされる者たちの返信で溢れ、


『うわ嘘』

『確信犯じゃん』

『梨花、証拠ナイス!』


 勇香はガクリと膝を落とすことしかできなかった。 


「あんたの悪事も、ここまでだから」


 立ち上がった藤髪の少女が、勇香を見下してそう言い漏らす。


「もうこの学園にあんたの居場所があると思わないことね」


 そう言って、エメラルドグリーンの少女とともに立ち去った。


「お疲れさん」


 レモンイエローの髪の少女が、皮肉交じりに勇香の肩を叩く。

 黒髪の少女を勇香に一矢向けて、二人はその場を去った。

 一人残った暗い廊下で、勇香は嗤う。


「はははっ」


 その声は、だんだんと奇怪に大きくなる。


「あは、ははは、ははははっ」


 大粒の涙が、ポタポタと零れ落ちた。


「私、何も変わってない」


 掠れた声音で、自分の愚かさを嘆く。


 ずっと変えられなかった。惨めで何もできない自分。

 高校に進学して、なんとか変えようとした。けど、無理だった。


 運命が、“変わる”ことを許さなかった。


 結局、逆戻りだ。もう二度と戻りたくなかった、に。

 不意に、脳裏にあの時の記憶が思い返されてくる。


『あんた、人の心ないワケ?』

『こいつまだ黙ってんぞ。気持ち悪』

『おい、なんか言えよ。コラ』


「ひぃ!!!」


 記憶の衝撃に脳を焼かれ、勇香は両手で側頭部を抱える。

 

「才能才能才能って……そんなの、自分で望んだ物じゃないわよ」


 鬱屈を声に孕ませる。

 あの時も、今も、自分は運命に見放された。

 人生というレールにすら、自分は見限られた。

 憧れた才能にすら、裏切られた。


「なのに……なのに……」


 ぽたぽたと涙が零れ落ちる。

 悔しさで床をバンバンと叩く。

 しかし、苦痛を貰うのは自分の小さな拳だけ。


「私が何をしたって言うの!!!!!」


 遂に、不満が封を切った様に溢れ出る。

 解き放たれた号哭は、誰もいない廊下に木霊した。


「もういゃ……こんな人生いゃ……」


 最早涙すら枯れてしまった。

 どれだけ泣いても、嘆いても、受け止めてくれる人はいないというのに。

 勇香は自分の人生を呪った。

 こんなに惨めで、汚い人生。


 いっそのこと捨ててしまいたい。


「……っ!!」


 ダメだ。ダメだ。

 勇香は咄嗟に、震える手でポケットに入っていたスマホを取り出す。

 そして悲嘆な感情のまま、スマホのアプリを開く。


「ゲーム……ゲームを……」


 それは、馴染みのゲームアプリだ。


「こんな時こそ、ゲームしなきゃ……」


 わなわなと顔を軋ませながら、廊下の壁に身を寄せゲームに勤しむ。

 その表情は、酷く歪んでいた。


「へへっ、楽しいな……」


 無意識に、笑いがこみあげてくる。

 どんな感情から行き着いたのか、自分でも分からない。


「こんな楽しさが、ずっと続けばいいのに……」

















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