第18話 才能

 わだかまりが限界に達し、遂に口を開いた勇香。

 教師は勇香の疑問に困却こんきゃくして口ごもってしまう。


「こんなこと、魔法を習ってもいないあなたに教えていいのか分からないけど……」


 だが、勇香の純真無垢な瞳に頷き口火を切った。


「でも、自分のことだし理解していた方がいいわよね。分かったわ。教えてあげる」

「お願いします」

「私たち教師ってね、他人の魔力を透視できる魔法を使えるの。それであなたの魔力を覗き見させてもらったんだけど、あなたって、魔力量が人並外れてるのよね」

「そもそも魔力量って言うのは……?」


 魔力量。漫画やゲームなどで大方想像はできるが、一応質問してみた。


「魔力量って言うのは単純に魔力の容量。スマホにもバッテリー容量ってあるでしょ?」


 そう言って、教師はスーツの内ポケットにしまっていたスマホをゴソゴソと取り出し、それを指さす。


「ありますね」

「魔力は魔法を発動することで消費され、安静にしているとの容量まで回復する。これもスマホと一緒よね。スマホを使い続けてるとバッテリーを消費し、充電すると満タンに戻る」


 スマホに例えてくれたおかげで勇香にもあらかた理解できた。

 教師は教卓を通り抜け勇香の座る座席の真正面まで移動し、人差し指を前に掲げる。


「ここまではスマホのバッテリーと何ら変わりないんだけど、ただ一つ、魔力量にはバッテリーとの決定的な違いが存在するの」

「違い、ですか……?」


「魔力量は、絶対に最大容量までは入りきらない」

「えっ?」

「魔力は人間の肉体の大きさを魔力量の最大とするのだけれど、人間の構造と相反する性質を持つ魔力は水と油のような関係なの」


 水と油、つまり人間の身体と魔力量もとい魔力は対極の存在という事。


「だってそうよね。非科学で科学を生み出すのならまだしも、同一条件下で科学と非科学が共存するなんてありえないでしょう?」


 科学──人間の身体の構造のことだろう。確かに、人体の組織や細胞は理屈の元に構成され、その役割を全うしている。教師の言いたいことは、非科学──魔力のような理屈の通じない事象が、理屈の通じる事象と併存することは不可能だという事だ。

 分かるようで分からない。とりあえず、そういう呈で話を進めておくことにした。


「それを何らかの力──私たちはって呼んでるんだけど、その力で“無理矢理”肉体と魔力を繋ぎとめて共存させているのがなの。でもその“無理矢理”のせいで、人によって上限は違うんだけど、平均的な勇者が一日寝ても大体二分の一かそれ以下、要するに規定の量までしか魔力は回復しなくなってしまうのよ」

「そうなんですね」


 話し終えると教師はばっと勇香の真正面に向き直り、空を差していた人差し指の指先を勇香の胸元に向けた。


「あなたの魔力は、体ピッタリまで貯蓄されているの」

「え……?」


 唐突にそう口にされ、勇香は困惑してしまう。


「つまり魔力が二分の一以上、いいや最大まで回復するってこと」

「は、はぁ……?」

「正直あなたみたいな人を見るの、私が裏日本に来てから初めて」

「で、でもそれって何の役に?」


 漫画でもバトル前に魔力(や同じような力の源)が満杯状態なのは普通なことだ。

 それが今更全回復すると豪語されてもあまり衝撃的な事実ではない。


「他人よりも魔力切れの頻度が限りなく低い。そしていっぱい魔法を使える。消費魔力が格段に高い魔法も平気で撃てちゃう」

「は、はぁ……」


 恐らくスケールの問題なのだ。常人は魔力が半分ぐらいしか回復できない分、魔法の消費魔力とやらも比例して小さくなっているのだろう。

 もしくは単純にこの世界で魔力が全回復できるという現象は特別なことなのかもしれない。


「そして、此処からは私の持論だけど」

「はい」

「さっきも言ったけど、人間の身体と魔力は不釣り合いの関係。だけど、聖ヶ崎さんは自身の魔力量の最大まで魔力を回復できる。ということは聖ヶ崎さんの身体は導線を経由しなくとも魔力と釣り合う、非科学と共存することのできる特別な体質だという事になる」

「特別な……体質……?」

「何か今まで生きてきた中で、自分の身体に特別感を抱いたことはない?」


 そう教師から尋ねられ、勇香は首を捻って唸るが……


「ない、ですね。運動も平均的だし、体力ないし」


 別段少年漫画の主人公のように身体能力が優れているとか、特別な力を持っているわけでもない。要するに普通である。

 と、過去の記憶を思い出そうとするも埋まっていた黒歴史の数々を掘り起こしそうになり慌てて首を左右に振る。

 その所作が教師に不審がられそうになり、苦し紛れに特別な点を掘り出そうとすると、一番身近にして一番のコンプレックスを満を持して思い出した。


「強いて言うなら身長が全然伸びない……って!」

「な、何かあった?」


 突然ばっと座席を立った勇香に、教師はぎょっと後退りしつつ問いかける。


「私の身体が成長しない理由って、その特別な身体が関係してるんじゃ!!!」

「か、身体が成長しない?」

「あ。す、すいません!!コンプレックスで……」


 何も知らない教師に声を張り上げてしまったため、またもや不審がってしまった教師に勇香は詫びる。


「た、確かに聖ヶ崎さんは同年代の他の女の子よりは幼く見えるかもしれないけど……もしかして、全ての栄養が導線に注がれているから魔力が全回できる分成長促進に影響しちゃってるとかもあるかもしれないわね」

「え、ええぇ……」

「い、いや。やっぱり、導線は非科学的な力だし科学を動力源にはできない、か」


 教師の言葉に安堵、とも言えないような溜息をつくと、教師は向き直り結論を口にする。


「じゃあ魔力だけに関係するみたいね。とりあえず聖ヶ崎さんの身体を“魔力順応体”と名付けて私も詳しく調べてみるわ」

「ありがとうございます」


 自分がアメコミのスーパーヒーローのような驚異的な体つきをしていると言われても違いますよと否定するだけなので、その結論に同調する。

 と、教師は何かを思い出したようにはきはきと話始めた。


「そういえばアリスに聞いた話を思い出したわ。アリスったら、この事を言っていたのね」


 まさか、魔王を倒せる素質があると事前にアリスによって口漏らされていたのか……

 勇香はぎくりと教師を見つめる。


「えっと、あなたの魔力ってなんかみんなと違うらしいのよ」

「違う?」

「質って言えばいいのかしら」

「質?」

「ちょっと待っててね。聖ヶ崎さんから質問されたらこう例えろってアリスにカンペ貰ってるから」


 と、教師は唐突にスマホを操作し始めた。

 そのカンペとやらを写真フォルダの中から探しているのだろう。


「えーっと?さぁみんなサツマイモ堀大会だよ!一番大きいサツマイモを彫った人の勝利!いぇーい!!!やったー!!!数時間後、みんな一杯取れたね!!!取れたサツマイモで焼き芋をつくろー!!!うーんおいしぃ!あれ、せんせー!どうしたの?このサツマイモちょっと味が違います!!うーん一口頂戴、確かに違うねぇ!こっちのほうがうまい!でもなんでだろう!形も同じようなのに!!でも分からない!!!みたいな感じ……」

「へっへぇ……」

(全然分からない)


 教師、いやアリスの謎の例えに、勇香はコクリと頷くことしかできなかった。


「でも!それは明日解明しちゃいます!!……だそうよ」

「解明できるんですね」


 その時、終了を告げるチャイムが講義室内に響いた。

 どうやらもう小一時間経っていたらしい。


「じゃ、今日の講義はこれで終了。質問はあるかしら?」

「いえ、特には」

「そう、この後は聖ヶ崎さんが組んだ時間割通りよ」

「分かりました」

「あとさっきも言ったけど、明日は魔法実習をするから、小運動場に集合してね」

「魔法……」


 遂に、念願の魔法が使えるのだ。

 期待に胸を膨らませ、講義室を出ていく教師ににこやかに手を振る。


「じゃあ、私はこれでー」

「あ、ありがとうございました」


 ふうと一息つく。後は、残り授業を受けるだけ。

 残り……残り……


 だが、勇香の胸の膨らみも、心の高鳴りも、一瞬で現実に塗り替えられてしまった。


 そうだった、自分はもう、真っ当な学園生活を送れないのだった。

 生徒会に入ったせいで、自分の才能のせいで。


 教師から才能についてはたっぷりと教えられた。

 だけど、納得はできなかった。

 こんな惨めな目に遭うのだから。


(やっぱり、生徒会は辞めよう)


 生徒会室には愛華がいると思う。そこで、はっきりと自分の意志を伝えよう。

 そう決意し講義室を出た瞬間、誰かに腕を掴まれた。


(……っ!!)


 咄嗟に背後を振り返ると、派手な格好をしたレモンイエローの髪の少女が勇香の腕をガシッと掴み、その後ろで黒髪の少女が此方を睨んでいた。

 まるで、勇香を待ち構えていたように。


「なぁ、お前」

「ひぃ……!!」


 レモンイエロー髪の少女に高圧的な口調で話しかけられ、勇香は思わず言葉にならない声を吐いてしまう。

 少女の表情も、口調も、勇香を敵視しているようだ。

 理由は分かり切る。生徒会のことだろう。

 きっとこの少女も、生徒会に入った自分を糾弾するために待ち構えていたのだ。

 勇香にはそれが直感的に悟ってしまった。やはり経験は物を言うのだ。


「連れから聞いた。さっそくお前への抗議文を出した奴が、生徒会に却下されたんだってな」

「え?」


 初耳。勇香は抵抗する気も失せ、立ち尽くして少女を凝視する。


「お前、転入した時から生徒会の奴らといい感じにつるんでたよな」

「そ、それは……」


「アリス先輩とも異常に仲いいしさ」


 黒髪の少女が、レモンイエローの髪の少女に冷淡な声で言葉を付け加える。


「なんでお前、霧谷から二人だけで色々教わってんの?」

「それは……」


 そんなの、自分に言われても……学園統括委員会あちら側が勝手に決めたことだ。

 しかし、そんなこと言えるはずがない。

 真実を伝えたところで、信用してはもらえないだろう。

 彼女たちは、虚構の事実を信じてしまっているのだから。


「どういうツテ使ったんだよ」

「ツテなんて……だから私は何も使ってません!!」


 勇香はきっぱりと否定するも、少女は勃然ぼつぜんとしたまま。

 

「じゃあどう説明するんだよ!!!」

「え……?」


 遂に少女は激昂し、勇香の胸倉を掴みかかった。

 勇香はひぃと声を漏らすも、ぐっと息を呑み涙腺の膨張を堪える。


「なんで転入したばっかのお前がアタシらを差し置いて生徒会に選ばれるかって聞いてんだよ」

「私の、才能……」

「あぁ!?」


 少女は剣幕のままに怒鳴りつけ、勇香は恐怖心で目を瞑ってしまう。


「じゃあなんだ!?てめぇには才能があるから、生徒会はアタシらを無視してまでお前を選んだってことか!?」

「ち、違う……」

「何が違うんだよ!!!」


 段々と少女の声が悲憤ひふんに喉が掠れてくる。


「早く不正したって自供したらどう?変な言い訳使ってないで」


 勇香の言動に呆れたように、髪をくしゃくしゃと掻きまわした黒髪の少女も口を突いた。


「言い訳なんて……してません……」

「てめぇ、殺されてぇのか?」


 レモンイエローの髪の少女は鬼の形相でぐっと勇香を掴む力を強める。


「わ、私は……何も……」


 もう恐怖心気力が失せ、途切れ途切れの言葉しか発せなくなってしまった勇香。

 そんな勇香を見た少女は、バッと勇香を突き放す。

 

「ひぁ!!」


 少女に押され床に倒れ込む勇香を、少女は威圧的な視線を送り静かに宣言する。


「追い詰めてやる」

「……ぇ?」


「これからお前が不正を吐くか、学校を辞めたいですって嘆くまで追い詰めて追い詰めて、地獄のような学園生活を、お送りさせてやる」


 そう言って、少女は勇香に背を向ける。


「最悪、死ぬまで」


 少女はへたり込む勇香を尻目に、重い足取りで立ち去っていく。

 黒髪の少女もそれに追随して、吐き捨てて跡を追っていった。


「それほどあたしたちにとって、生徒会は希望なんだよ」


 少女たちの姿が消えたことを見て、よろよろと壁に手をかけ立ち上がる勇香。

 その瞳には、もう涙が漏れ出していた。

 

「もう……何も、できないの?」


 少女の発言で露呈した。

 自分がいくら生徒会に駆けこもうとも、生徒会を抜けることは許されない。

 もう、何もできない。


「うぅ、やだ……やだぁ……」


 勇香には、もう明日を見つめることさえままならなかった。

 

「……っ!」


 咄嗟に背後を振り向く。

 誰かが自分を見ている気がした。

 しかし、そこには誰もいない。


 怖い。早く立ち去ろう。

 早く、こんな恐怖から逃げ去りたい。

 早く、に帰りたい。

 勇香は溢れ出る涙を制服の袖で拭きとり、よろよろとその場を立ち去った。

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