第17話 勇者道

 勇香はアリスに腕を引っ張られるがまま生徒会室を後にし、アリスと共に学院棟の廊下を行く。結局、生徒会を辞退するとも告げられずに。

 道中、廊下で鉢合わせした一学年の生徒から嫌悪を孕んだ目で見られる様は、さながら見世物なったような気分になる。

 そのまま着いた先は、学院棟の一角にある小講義室。

 授業があるというアリスと別れ、勇香は恐る恐る講義室の扉を開け中に入った。


「し、失礼します」


 学園にいくつかある講義室と同じ、大学の講堂のような造りの小講義室。

 だが、他よりも一回り小さくこじんまりとしている。

 そして、中には乳白色のスーツを纏う見慣れた女性教師の姿が、

 教師は勇香を一瞥するなり、軽快に手を振って出迎えた。


「あ、いらっしゃい」


 講義室に入るなり、聞き慣れた始業のチャイムが部屋中に鳴り響いた。

 しかし、中には何故か勇香と教師の二人だけ。

 剣呑に顔を歪ませた勇香は、黒板を綺麗に掃除?している教師に尋ねてみる。

 黒板消しを使わず人差し指で黒板を右から左になぞっているだけの女性教師。

 その動作だけで黒板がピカピカになっているのを見るに、何かの魔法を使っているのだろうか。


「えっと……」

霧谷きりたに耀孤ようこよ、忘れちゃったの?」

「すすすすいません!!!あの、他の皆さんは……私、魔力基礎学の授業なんですけど」

「そのはずだったんだけど、今朝急に学園統括委員会から通達が降りてきてね、せっかく時間割を立ててくれたところ申し訳ないんだけど、これから勇者と魔法に関連した講義は全て私と二人で行うわ」

「そ、そうなんですか」


 学園統括委員会。現役最高峰の勇者に育て上げるという目的のため、勇香を強制的に生徒会へと配属させた組織。

 恐らく勇香に眠る才能を早々に開花させるため、わざわざ教師とマンツーマンで重点的に魔法の基礎を叩きこもうとしているのだろう。


 全ては勇香を、“魔王を倒す”勇者とするために。

 

 そんな簡単な思惑、勇香にすら分かり切った。

 だが、それによって生徒会だけではなく、己の才能を巡って教師にまで迷惑をかけてしまっている。

 その事実に、胸がズキズキと痛んでしまう。


「ごめんなさい。生徒と二人だけで講義を進めるなんて経験、補講以外では私も初めてで。あなたも戸惑っているだろうけど、ちゃんと教えられるように私も頑張るからよろしくね」

 学園統括委員会が伝えていないのか。教師の反応を見る限り、勇香の“才能”は知らないらしい。

 となると“才能”を知られた日には、教師に気を遣わせてしまうかもしれない。それだけは避けないと……

 謙遜する教師に、勇香は悲壮感を押し殺してぺこっと頭を下げた。


「い、いえいえ!よろしくお願いします!」


 ──そもそも、此処まで自分を連れて来たアリスは何を思っていたのだろうか。


 頭を下げた途端、そんな思考が勇香の脳内を通り過ぎる。


 突如生徒会への所属を告げられ、

 憤怒したクラスメイトにはこっぴどく糾弾され、

 生徒会を辞めようと駆け込んだ生徒会室では、普段は絶対に見せることのない憔悴しきった顔の愛華に生徒会の真実を話される。

 最早、どうしていいか分からなかった。生徒会を辞めることすらも、このまま存続することも、懊悩おうのうして足を竦めてしまう。


 アリスはそれを分かっているはず。なのに平然と此処まで連れてくる様。

 勇香は段々と、アリスに対し一つの猜疑心が生まれてくる。


 ──もしかしてアリスは、自分のことを“才能”としか捉えていないのか、


 今までのアリスの言動を踏まえても、そう断定できなくはない。


「どうしたの?」


 きょとんとした教師が勇香を凝視している。

 どうやらアリスについて考えているうちに扉の前で立ち尽くしてしまったようだ。

 

「あ、いえ!なんでもないです!!」


 一先ず、この悩みは置いておこう。授業中にあんまり考え更けていると、返って教師に不審がられてしまう。

 勇香は一旦気分を落ち着かせると、最前列の教師がいる教卓目の前の席に座った。

 

 否、混沌とした心を無理やり落ち着かせたただの見せかけにすぎない。

 またいつ蓋を破り外界へ飛び出してもおかしくない心情を封じ込め、勇香は教卓に両手を浸けた教師をじっと見つめる。


「……それじゃあ、さっそく講義を始めていくわね。まずはこの世界と勇者について、勇者養成学園ここに来る前、アリスにざっくりと概要を聞いたとは思うけど覚えてる?復唱してもらえるかしら」

「は、はい。この世界には魔王がいて、魔王は魔獣を放って人々を襲う。そして魔獣から、この世界の人を守ることが勇者の使命」

「そう、ばっちりね。じゃあここからが勇者養成学園に来て最初に学ぶ知識よ。この世界で人間を襲うのは、魔獣だけじゃないの」

「え?」


 疑問を交え目を見開いた勇香に、教師は黒板に白チョークで板書をしながら淡々と説明を加える。


「まず魔獣について。魔獣を端的に説明すると、たった一つの目的を遂行するためだけに魔王軍によって駆動された生物兵器のこと。その目的って言うのは、なんでしょう、言ってみて?」

「この世界の人間を殺すってこと、ですか?」

「そういうこと。今分かっている情報だと、量産性が高く無条件に人間を襲う性質がある。っていっても魔獣を見たことのない聖ヶ崎さんには何のことだかさっぱりよね」


 板書を終えた教師は教卓から離れ、パチンと指を鳴らす。

 すると教卓に青白いシルエットが浮かびあがった。

 それは徐々に実態を帯び、完成したのは狼のような獣。

 ふさふさとした藍の毛並みにギロリと鋭い眼刺し。

 そして口元にある、空へと伸びた二本の大きな牙。


「これが魔獣よ」

「魔獣……」

「魔獣は獣型と異形型に大別され、それぞれに色々な種の個体が存在するの。現在確認されている魔獣は296種いると言われているわ」

「そ、そんなにいるんですね」

「この魔獣はもっとも典型的な獣型魔獣ね」


 教師は再び指を鳴らすと、魔獣が再び混濁としたシルエットとなり、やがて跡形もなく消滅した。


「そして、人間を襲うのは魔獣だけではない」


 そして、指アクションで現れたのは同じような狼の獣だ。


 一見すると、魔獣と同じようだが──


「さっきの魔獣と違うところは?」

「大きさ、ですか?」

「そう、体格が違うのね。魔獣の方が大きくて獰猛そうでしょ?これは魔物。もともと裏日本の自然由来の生物なの」

「へぇー」

「一説によると、この魔物が元となって魔獣が創られているのだとか」


 つまり、魔物は自然界でもともと生息する種。魔獣は人工的──魔王軍に造られた魔物を模した?兵器ということ。


「ちょっと難しかったかしら。あくまでも今の説明で覚えて欲しいのは、魔物も魔獣も人間を襲うから、勇者の討伐対象だよってことよ」


 簡素な結論でまとめた教師は、黒板の脇に立てかけてあった銀色の指示棒を手に取り次のステップへと上がる。


「そして次は、勇者について」

「はい」

「ご存じの通り、勇者は魔物や魔獣を討伐して裏日本の人たちを守るのが役目なんだけど。そんな勇者には守るべき掟があるの」

「掟……?」


「その名も──


「勇者道……」

「勇者道って言うのは、遥か昔に初代勇者と呼ばれた人物が制定したとされる、四つのルールことよ」


 要するに、勇者の中でいう法律、いや戒めのようなものなのか。

 と、教師は黒板に勇者道なる四つのルールを書き始める。

 魔法があるんだからいちいち板書という手間な作業なんて省けばいいのに、とのツッコミを必死に堪えながら、教師の声に耳を傾ける勇香。


「一つ目、人民を助けることに理由は要らず」


「二つ目、己の力に己惚れてはならず」


「三つ目、同胞を見捨てるべからず」


「四つ目、敵は魔王軍以外非ず」


 教師の言葉も入り混じった勇者道の四つの文を、勇香は必死でノートにメモ書きする。


「勇者養成学園では、勇者道がそのまま校則になっているから、このルールはきちんと覚えておいてね」

「はい」


 話題を区切った教師は魔法で黒板の文字をすらすらと消していく。


「さて、勇者は勇者道という戒律の元で魔王軍と魔獣と戦うわけだけど、一人では到底倒しきれない難敵も存在するから、戦闘ではチーム戦が重要なの」

「チーム戦……」


 ソシャゲでもよくある、所謂マルチプレイのことだろう。

 協調性皆無な勇香には一際苦手な分野だ。

 そもそも、よくプレイするソシャゲでも己のプレイスキルを他人に露呈されることが嫌でついついソロを選んでしまう。

 それをこの世界では無理矢理強いられるのかと嘆いていると、

 

「よほどの熟練者や例外……例えば驚異的な魔法やを扱える勇者だったら個人討伐も可能だと思うけど、並大抵の勇者にはチーム戦をおすすめするわ」

「す、スキル……?」


 聞き慣れない単語に勇香は疑問を投げるように呟いた。


「スキルって言うのは、端的に言うと魔力消費なしに特定の効果を一定期間、又は発動時に発揮できる固有技のようなもの。でも一年生の聖ヶ崎さんにはまだあんまり関係ないことだから、詳しい説明は省くね」

「……?分かりました」

「確か、聖ヶ崎さんの職業は魔術師よね。魔術師は、職業図録の系統には魔法職に分類されていたけれど、実践では遠距離攻撃職という扱いになるの。魔術師は詠唱とか魔法を放つときのアクションも相まってあんまりちらほらと動けないからね。だから前衛が攻撃している後ろで魔法を放ったり、時には前衛職の支援サポートをする後方支援職のような立ち回りをすることが魔術師の仕事なわけ」

「そうなんですね」

「そこで、今から魔術師の基本的な立ち回りを教えるから、しっかり覚えて明日からの実践授業に生かしましょうね」


(じ、実践……?)


 そこから、女性教師による魔術師の立ち回り講座が幕を開けた。


 *


 大体三十分をかけ、魔術師の立ち回りを板書と動作付きで丁寧に説明した教師。

 勇香もノートに板書や教師の言葉を移し、視線を交互に集中させ、教師の言葉一つ一つにふむふむと首を動かしていた。


「これで全部よ」

「はい」

「まあ今の説明を一言で要約すると、読み合いかしら」

「読み合い……?」

「生死がかかってる戦闘ではいちいち指示なんてしてられない時もある。だから前衛の動きをよく読んで魔法を放つタイミングを自分で考えるの。前衛も前衛でタイミングを作ってくれるから、ね」

「分かりました」


 勇香が頷くも束の間、顔を上げると教師がぼうっと勇香を眺めていた。


「あ、あの……?」

「あなたの魔力って、なんというか、その、凄いのよね」

「……!!」

「ごめんなさい。急にこんな話して……なんのことか分からないよね」


 まずい!!!

 バレてしまったのか、勇香はおずおずと教師の顔色を伺う。

 だが、教師は頬に手を添えはにかみながら言葉を突いた。


「でも、その、ちょっとビビちゃって……もしかしたら例外に入るのかなぁって、余計なこと教えちゃったかな」

「え……」

「あーもう!語彙力が切れちゃった!生徒の前でぇ!……教師失格だわ!しっかりしろ私!!」

「い、いえ!」

「ま、まあでも、覚えておいて損はないから……一応ね」

「あの」

「なに?」


 魔力、確かめなくともそれは勇香の才能の件だろう。

 しかし実感がない分、勇香には何がどう才能があるのかが全く分からない。

 それが原因で生徒会に所属し、理不尽な扱いまで受けたのだ。

 理由を聞かなければ納得がいかない。


「あの、私の魔力ってそんなに凄いんですか?」


 わだかまりが限界に達した勇香は、“才能”をと気付かれないように気を付けつつ、口を開いた。

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