第14-2話 拠り所(2)

 見慣れた純白の廊下を抜け、生徒会室前の豪華な木製の扉を押す聖奈。

 まだ午前も初頭だからか、中にはブロンドの少女──椿川つばきがわ愛華あいか一人だけが目の前の生徒会長と銘打ったデスクで書き物をしていた。

 愛華は生徒会室にやってきた二人に気付くと、作業を中断し二人を視界に留める。


「会長、いらしたんですね」

「えぇ、後ろにいるのは勇香ね。いらっしゃい」


 愛華は聖奈越しからしどろもどろと身を隠す勇香に声をかける。

 勇香はその声にはっと怯えながらも、渋々と挨拶を交わした。


「えっと、お邪魔します」

「さぁ、座って座って」


 愛華に促され、勇香は中央にある山吹色の応接ソファに座る。

 愛華は席を立つと、寄ってきた聖奈に確認お願い、と紙束を手渡しデスクを離れ、

 そうすると、今度はデスクの席に聖奈が腰かけ、黙読に没頭し始めた。

 代わりに、愛華は勇香の対面のソファに腰を下ろす。


「どう、学園には馴染めそう?」

「そ、そうですね。大丈夫そうです」

「そう、ならよかった。入学したての子は心の整理がつかなくて、他の子とうまく馴染めない子もいるから」

「ですよね」


 愛華の心配は最もだ。勇香でさえ、昨夜はホームシックで号哭ごうこくに伏してしまった。

 数時間立った今となっては、前向きに運命を捉えてはいるものの、胸の内に引っかかるものがないわけでもない。

 それを憂慮し、愛華は怪訝な表情で勇香に尋ねたのだ。

 昨日の役員紹介時に「相談」という言葉をしきりに放っていたのも配慮の内だろう。

 やはり、生徒会室は生徒たちの心の拠り所のようだ。

 勇香の応えに煩いが晴れたようで、胸をなでおろした愛華は溌剌とした声で話題を移す。


「そうだ、職業は決めたの?」

「え、えぇ。まぁ」

「何にしたの?」


 愛華の問いかけに、勇香は軽快に選択肢を伝える。


「魔術師です」


「魔術師、いいわね。勇香にお似合いよ」

「あ、ありがとうございます」


 予想通り愛華に賞賛され、勇香は頬を紅潮させ目を伏せてしまう。

 魔術師は、その名の通り後方から魔法を駆使して戦うという職業だ。

 魔法を放つだけの単純な戦闘スタイルなので、入学時に魔術師を選ぶ生徒も多い。

 ただ、記憶に入れる魔法の量は、他の職業に比べて桁違いだ。

 それが手間で他の職業に変更する──転職してしまう生徒も年に数人いるのだとか。

 だが幸い、勇香は覚えるという作業は得意な方だ。興味のあるものに限られるが。

 お似合いかどうかはやってみないと分からないが、勇香にとっては選び易い職業ではあった。

 

 愛華は勇香から告げられた選択理由に納得の笑みを浮かべる。

 が、すぐに顔を俯かせてしまった愛華。

 その動作に猜疑心に駆られてしまう勇香だが、愛華はそっと勇香に呼びかけた。 


「その」

「なんでしょう」


「あなたに少し話があるの」

「話ですか?」


 少し間をおいて、目の色を暗くした愛華が口を切る。

 勇香はぽかんと、愛華の話に耳をそばだてた。


「えぇ、昨日あなたに提案したこと」

「……っ!?」


 十中八九。愛華の提案とは生徒会に入るか否かということだろう。

 丁度いい。自分で話を切り出そうと備えていたが、向うから始めてくれるのならすんなりと断れる。そう安堵し、昨日の答えを返そうとするが、


「えっと、私は……」


 ただ五文字を口にすればいいのに、言葉の先が出てこない。

 それよか、ブルブルと口が震える。

 それを漏らすのを、身体が拒絶しているのだ。


(無理っ……無理!!!)


 結局、その言葉が出てくることはなかった。

 

「それについてなんだけど」

「い、いいで……」

「ごめんなさい、私が間違っていたわ」

「へ?」


 数舜の戸惑いで、勇香は愛華の容貌を呆然と見つめる。


「あの後、みんなから話を聞いたの。やっぱり転入したばかりのあなたを生徒会役員に抜擢するのは私達にも負担が多すぎる……いやなにより、この世界にも学園にも慣れてないあなたにとって生徒会という称号は重すぎるわ」

「い、良いんですよ……私もそんな器じゃないので」

「私から提案した手前本当に申し訳ないけど、この話は取り消させて」


 そう言って深々と頭を下げる愛華。

 そんな愛華に、勇香はほっと息を漏らし、安らかな笑みで応じた。 


「分かりました」

「その代わり、何か困ったことがあったら、いつでも生徒会を頼ってちょうだい!」


 はきはきと勇香に言葉を紡ぐ愛華。

 

『いつでも私たちを頼ってくれると嬉しいな』


 生徒会は本当に心の拠り所らしい。


「分かりました、さっそくなんですけど、あの」

「科目選択ね。私でよかったら一緒に決めましょうか?」

「あ、ありがとうございます!!!」


 *


 経営企画室の壁を越えた会議室の大テーブルの周囲には、余すことなく委員会の役員たちで埋め尽くされていた。

 厳粛且つ誰一人私語を漏らさずに、粛々と進んでいく会議。

 チャイムの音と共に、大テーブルを囲んだ席の中央に座った女が、静かな声で宣言した。


「以上で、午前の定例会議を終了します」


 それと同時に、静寂は一気に喧騒に様変わりし、

 女性たちが談笑に浸りながら、会議室の扉に吸い込まれるように出ていった。

 一人残った女は一息つくと紙束を抱えて立ち上がり、奥に広がる大窓から学園都市街の全景に目をやった。


「相変わらず綺麗ですね~さすがのアリスちゃんもこの景色には見惚れちゃいます~」


 いつの間にか、誰もいなくなったはずの会議室の扉の前に白髪の少女が鎮座していた。

 左右非対称の瞳をしたその少女は、両手を背中で握りながら哀愁漂った面様で女を見つめている。

 女はその少女を一瞥するなり、溜息を漏らしその重々しい口を開く。


「此処へ入る時はノックをしろと、何度も注意したはずですが」

「すみませ~ん。委員長と出会ってからもう一年くらい経つので~そろそろ次のステップを踏んでもいいかなって!」

「私は貴方と友人になったつもりはありませんよ。アリス」

「ちぇ~」


 冷淡な女の応えに、白髪の少女──アリスは物惜し気に両足をくねらせる。


「それで?今日のお話は?」

「経過観察です」

「ケイカカンサツ?」


 アリスは振り向いた女から放たれた言葉に目を点にした。


「聖ヶ崎勇香は学園に順応しましたか?」

「もちのろん!多少は嫌な顔してましたけど、最終的には自らの運命を受け入れて無事入学できましたよ~アリスちゃんからばっちりと忠告も入れておきましたし!」

「そうですか」

「はいそうですよ~」


 快活なアリスの応えを他所に、女は大窓に振り返り書類に記された文章のような言葉を粛々と述べ始める。


以降、各地で魔獣の動きが活発化し、既に表日本の各地でが起きているとの報告があります」

「アリスちゃんも魔王軍の動向とか探っちゃってますけど、未だに理由は掴めず。まりあん──生徒会の交流ちゃんも潜入調査に手こずってるようですね~」

「えぇ、ですが理由ワケなど探っているいとまはありません」

「ほうほう」


 女の言葉に、アリスは頬に手を添えながら頷いた。


「活発化の影響で勇者の数がしています。いずれ現在の情勢が長引けば、学園在籍中の生徒も戦地へ赴かせるようになるでしょう」

「そうですね~でも、成長半ばの勇者を派遣するのは勇者減少を助長させちゃいますよ?」

「えぇ、ですから。早急に彼女らの戦力、そして自制心を現役の勇者同格までに鍛えねばなりません。最早、表日本あちらと同じような学校制度を採用していては、裏日本の情勢に到底追い付かないかもしれませんね」

「でもでも~連れ去られたという事実で精神的負荷を負ってしまった女の子が、短期間でそう易々と魔獣と互角に戦えるほどの勇者に成長することはありえないとおもいま~す」

「承知の上です。ですから、生徒たちの士気を高めるためには、彼女らの拠り所である生徒会を盤石なものにしなければいけません」


 すると女は再びアリスにその鋭い視線を向ける。


「確か、生徒会メンバーの一人がで脱退し、今は欠員状態と聞きましたが」

「はーい。だからアリスちゃんの方でー器に足る人物を厳正中立に精査してまーす」

「その必要はありません」

「と、いうと?」


 わざとらしい疑問気な表情を浮かべ、アリスは女を凝視する。


「もうこちらで選任は済んでいます」


 新メンバーを探せと命じたのはあなたなのに、

 アリスは多少の愚痴を胸中で吐きつつ声を放つ女を待ち望む。

 だが、そんな余裕も、女の一声に掻き消されてしまった。





「一年の聖ヶ崎勇香を、生徒会の新メンバーに抜擢します」


「はひ?」


 その発言後、アリスは固まってしまった。


 

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