第8-1話 生徒会長・椿川愛華(1)

 そこにいたのは、女神のような風貌の美少女。

 オフィーリアに負けず劣らず、絹のように透き通った長いブロンドの髪。

 まるで西洋人形かのように整った顔立ちに、これまたキラキラと宝石のように輝く碧眼。近くに迫るとラベンダーの優しい香りが彼女から漂ってくる。

 アリスとは異なる緋色のブレザータイプの制服を、中のブラウスが伺えるくらいに着崩した格好。そして、黒色のプリーツスカートにはチェーンのようなベルトが巻き付けられ、両足には、色白い細長の素足がわずかに見え隠れする黒いタイツを履いている。

 床に敷かれているレッドカーペットと相まって、その少女の容貌はさながらファッションショーに出演しているモデルを彷彿とさせた。

 そんな少女に勇香は「この学校、容姿の優れている人多すぎでは?」っと心の中で呆然と呟いた。


「あっかいちょー!ここで遭遇エンカウントするだなんて奇遇だねー!」


 そんな金髪碧眼の美少女に向かって、またもや軽い口調かつ独特な言い回しで声をかけるアリス。しかし、少女もふふっと微笑してアリスに言葉を返す。 


「ちょうど、一任務を終えて帰還したところなの。あら、その子は?」


 少女がすっと視線を自分に移したことに、勇香は動揺して一歩後退る。そんな勇香の背中をアリスがやや強めにバシンと叩き、少女に紹介した。


「ひひゃっ!」

「紹介しよー!この子は聖ヶ崎勇香ちゃん!転入生だよ!」


「そうなの。私は三年の椿川つばきがわ愛華あいかよ。よろしくね」


 そう言って愛華はニコリと微笑んだ。その女神のような微笑みに、勇香は頬を赤く染めてアリスに耳打ちする。


「か、会長って、この人が?」

「そう、この方こそ、勇者養成学園の誇り高き生徒会長・椿川愛華会長だよ!」

「……!!」


 アリスがバッと手を掲げて勇香の注目を愛華に寄せる。

 当の本人は、頬に指を添えて恥じらい気に息を漏らした。


「あんまり注目されると恥ずかしいわ。私のことは二個上の先輩としてみてくれればいいのよ」

「あ、あはは……」


 そんなことできるはずないのは、オフィーリアで既に分かりきっている。

 愛華から放たれるオーラが違いすぎるのだ。同じ地面に立つことすら烏滸がましいほどに。有名女優、いや総理大臣レベルだ。

 もし勇香の背後に佇むオーラを子鼠とするならば、愛華やオフィーリアは気高き百獣の王、ライオンのよう。ちなみに、アリスのオーラは一貫性がなくうまく読み取れない。


 何が言いたいかというと、目の前で頬を赤くする少女は、勇香にとって格上の存在、もっと言えば天上の存在ということだ。そんな者に、ぱっと出の勇香がなんとなく後輩面して軽口を叩くことなど傍若無人にもほどがある。


 そもそも学長室でオフィーリアと会話を交わした時から、勇香は緊張の連続なのだ。

 格の違いすぎる存在といざ対面するときは、どうしても肩に力が入ってしまう。幸い、オフィーリアに促され一時はその力を抜き去ることに成功したが、彼女とほぼ同等の存在である愛華に出会ってしまった今では再び緊張感が発現し、変に体をピンと張ってしまった。心臓もドクドクと激しい音を立てている。


 だが、そんな緊張も学園都市街へ行けば幾らか解れると期待する。目が潤う、心臓が爆発四散するなどとアリスは大げさすぎる比喩で表現していたのだから、それ相応の場所なのだと信じたい。となると一刻も早く学園都市街へ移動し、この緊張からおさらばしたいところだが。しかし、勇香にはこの状況をどうにかすることなどできず、精々おじおじと動向を探っていることしかできなかった。

 しかし──


「じゃ、かいちょー。アリスちゃんたちは校内見学の真っ最中だからまた後で」


 アリスの何気ない一声に、勇香の表情はたちまち明るくなる。愛華に対し失礼ではあるが、緊張がエスカレートして激しい動悸が収まらなかった勇香に、他人への心遣いをする暇はないだろう。

 だが幸か不幸か、愛華は勇香の表情の変化には一ミリも気づかずにいたようで、今まさに立ち去らんとしていた二人に向かって小さく呟いた。


「ねぇ」

「どしたのかいちょー」


 きょとんとしたアリスに、愛華はどうかしらと提案する。


「よければ、生徒会室に来てみない?」

「え?」


 その瞬間、ぽつりと呟いた言葉、いや言葉にも満たぬ一文字を吐き出すとともに、勇香の全身は満を持して凍り付いた。


「歓迎も兼ねて、ね。丁度他のメンバーもいる頃だし」

「メンバーって、生徒会の……?」

「えぇそうよ。どうかしら?急いでるんだったら無理強いはしないけど」

「え、えぇと……」


 おそらく、その生徒会室には他にも愛華のようなオーラを放つ生徒会役員がいるのであろう。断りたい。首を横に振ってこの場から早く立ち去りたい。だが、思うように身体が動かない。自分の感情を、身体が拒絶しているのだ。何もできず一連の光景をただ眺めることしかできなかった勇香に、愛華の頼みを断るなど不可能だった。

 

(で、でも、さっきアリスさんが時間が押してるって……それなら断ってくれるはず……!!)


「よし!予定変更!生徒会室へれっつごー!」

「え、えぇ!?さっき予定が押してるって……というかお昼ご飯は!?」

「せっかくのかいちょー直々の誘いなんだからまた後で、もう夕方でいいよ」

「それはもう、夕ご飯では……?」


 ガタガタと震えた声で放たれた小さなツッコミもアリスの耳に届くことはなく、愛華はアリスとガチガチに固まる勇香を通り抜け、振り向きざまに薄紅色の唇を開く。


「そんなに緊張しなくていいのよ?生徒会の役員はみんな優しい子たちばっかりなんだから」


 どうやら、緊張を感じ取られていたようだ。オフィーリアにも指摘されたことから察するに、自分は緊張すると顔に出やすいタイプなのか。いや、そんなことを考えている暇はないと、勇香は仏頂面で、ついてきてと呼びかける愛華を追った。


「せ、生徒会長!!」

「いつみても美人……!!」

「こんなところで出会えるなんて……」


「あの、会長」

「二年の工藤さんよね、どうしたの?」

「今度生徒会室に伺ってもよろしいですか?ちょっと相談させてもらいたいことが……」

「えぇいいわよ。いつでもいらっしゃいな」

「あ、ありがとうございます……!!」


 時刻は一五時、学校は休憩時間になったようで、廊下にはちらほらと生徒の姿が見受けられる。そこを通り抜ける度に、前を歩く愛華に黄色い歓声が鳴り響く。

 愛華に声を掛ける生徒もいた。

 だが大抵は、愛華がその生徒に軽快な口調で言葉を返すと、生徒は頬を紅潮させて顔を俯かせてしまう。

 まるで、恋に落ちた時にする仕草のようだ……と、恋愛沙汰には一切無縁な勇香は一連の光景をそう俯瞰した。


 だが、これが椿川愛華という少女の人望の厚さを示している。

 はたして現実世界にこんな道行く先でキラキラと尊敬のまなざしを向けられ、恥ずかし気に話しかけられる生徒会長なんていただろうか。いや、少なくとも勇香の知る限りはいないだろう。


 よく漫画やアニメでは、生徒会長は権威が高く崇高な存在と誇張して描かれることが多いが、目の前の愛華はまさしくそう。

 万人と平等に接することのできる優しさは兼ね備えているものの、後を歩く勇香でさえ、畏れ多さに歩調を弱めてしまう。

 何より、肩身が狭すぎるのだ。

 注目の的である愛華の後を通るとなると、その余波が自分にまで伝播し奇怪な目を向けられてしまう。

 現に、勇香を眺める生徒たちから「あの子誰?」とか「あんな子うちに居たっけ?」といった声が聞こえてくる。

 その声には慣れているとはいえ、自分の背筋がサーっと寒くなってくる。


 しかし、アリスはもっと酷いようで、


「あ、まずい、アリス先輩だ……」

「ヤバイ逃げなきゃ」

「いやだ……もうあれをされるのはいやだ……」


「あの、アリスさん、普段どんなことしたら周りからあんな悲痛な叫びが聞こえてくるんですか?」

「え?アリスちゃんはいつもただ可愛い後輩を遠目から眺めてるだけだよ。それで、ちょーっといい感じの子がいたら話しかけるくらい。アリスちゃんの趣味の一環で、ね」


 やべーやつ。その発言で生徒たちから見たアリスの印象がなんとなく想像できる。恐らく、いたい気な後輩にお構えなしに絡んでは煽り散らかしてるのか。

 その瞬間、勇香は入学したらなるべく関わらないようにしよっと失礼極まりない決意を固めた。

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