第6-1話 私立勇者養成学園(1)

 バスターミナルを抜け、エレベーターを乗り継いだ先にあったのは文字通り中世の城の内装を思わせる大廊下だった。白を基調とし、両脇の壁にはステンドグラスの窓が張り巡らされている。また、天井には豪勢なシャンデリアと共にそこかしこに絵画が描かれており、それだけで勇香をヨーロッパを旅行しているような気分にさせる。


 しかし勇香はふと自分の服装を見てみると、豪華絢爛な雰囲気にあまりにも不釣り合いな格好に頬が赤くなってくるのを感じる。謎の動物がプリントされたTシャツにシンプルな薄灰色のジップアップパーカー、そして赤チェック柄のミニスカート姿の勇香は今更着てきたことを後悔し、恥ずかしさでアリスの陰に隠れてしまった。


 人がまばらな廊下を、カツカツと音を立てながらアリスと勇香は歩みを進める。

 途中、人とすれ違うたびに勇香はアリスの陰に身を潜めるが、それを面白がったアリスはるんるんと歩調を早め、慌てて勇香がそれについていく。

 しばらくそんな調子で追いかけっこをしていると、勇香はおもむろにアリスに尋ねた。


「ここが勇者養成学園なんですか?」

「うーん、勇者養成学園はね、教室や生徒が使う施設のある学院棟とそれ以外の連絡棟に区画分けされてて、ここはその連絡棟に当たる場所だよ」

「そうなんですか」

「学院棟はもう少しでつくよ。瞳の穴かっぽじって廊下の先をよーく見ていたまえ!」

「耳では?」


 瞳の穴かっぽじったらもはや出血だけでは済まないんじゃないだろうかと思いつつ、勇香は無言で歩きながら廊下の先を凝視する。

 どうやら、この先には開けた空間があるようだ。そこがアリスが言っていた学院棟と呼ばれる場所なのだろうか。

 そもそも自分は一体、これからどこへ連れていかれるのか。もしかしたら、このまま自分が所属するクラスへ連れていかれ自己紹介をさせられるかもしれない。いや制服の採寸があるはずだし、流石にそれはないと信じたいが……いやいや、制服がなく私服登校の可能性もある。もしそうだとしたら、やはりこのまま教室に連れていかれて……そう次々にポジティブとネガティブな考えを交互に募らせ一気に顔を青ざめた勇香は、ぶるぶると身震いした。そんな気配を察知したのか、前を歩くアリスが振り向きざまに勇香に尋ねる。


「そんな青魚みたいな顔してどうしたの?気持ち悪い?吐く?」

「吐かないです……あの、私が転校する日って今日なんですか?」

「え?」

「いや、このまま教室に連れていかれるのかと思ってしまって」

「なーに言ってんの。勇香ちゃんはこれから学校見学もあるし、してもらわなきゃいけない事務作業もたくさんあるんだから、正式な転校は明日だよ」


 アリスにそう言われ、勇香はほっと安堵のため息を吐く。


「事務作業って何ですか?」

「制服の採寸とか、教科書の配布とか、まあ勇香ちゃんが高校に入学した時にしたことと変わりないよ」

「教科書……」


 どんなに異世界にある学校だったとしても、やはり学校は学校のようだ。


「やっぱり制服はあるんですね」

「もちろん!アリスちゃんが着てるこれが勇者養成学園の制服だよ」

「えぇ!?」


 立ち止まって勇香を振り向いたアリスが、自身の着用した服の裾を持ち上げながら言い放つ。その言葉に勇香は驚きを隠せず、思わず奇声を上げてしまった。


「ワンピースじゃないんですか?」

「失敬な!れっきとした制服だよ!」


 アリスはきっぱりとそう口にするが、勇香は未だに信じられないという目でアリスの着る制服とやらを見つめていた。それもそのはずである、


「派手過ぎませんか?」

「え、そう?アリスちゃんは普通に気に入ってるけどなあ」


 そう言いつつも、アリスの着る制服はどうみてもワンピースにしか見えない。しかも赤をベースとしたなんという派手さ。一応左胸のあたりに勇香養成学園の校章らしき刺繍がついてはいるが、見た目の派手さは勇香の着用している服とは比べ物にならない。

 全く、学校というのは学業が本分なのだから、もっと制服は厳かにするべきでは?などと愚痴を垂れていると、アリスは勇香の脳内を察したようで、


「あー制服のタイプは自分で選べるのが勇者養成学園の特徴だからね!勇香ちゃんが思ってるようなブレザータイプもあるよ。色は同じだけど」

「私服登校じゃダメですか?」

「だーめ!制服はちゃんと着ること!ここは学校だよ?」


 既に制服が学校の域を超えエンタメに走ってしまっているので、アリスの言葉には全く説得力がなかった。


「おっとしゃべってる間に着いたみたいだよ」

「ここが学院棟ですか?」

「ザッツライト!主に勇香ちゃんが学校生活に利用する場所だよ」


 そう勇香が視線を移した先。勇香が立っている連絡棟と学院棟の境界線の先には、Y字に分岐した広い廊下が続いており、双方の白い壁には今までのステンドグラスの窓とは違い、外界の景色がよく見渡せる大きな窓が建てつけられている。さらに、左手の廊下の壁には焦げ茶色の独特な装飾がなされた扉が列を成していた。

 内装はところどころ中世の装飾が施されつつも、さながら表日本の「学校」に近い。だが、世界観が忠実に守られていることに勇香は胸をなでおろす。


「今は授業中みたいだから静かにね」

「はい……アリスさんは授業抜け出していいんですか?」

「アリスちゃんは特別だからいいのー」

「特待生とかですか?」

「まま、おっとこの教室で授業を受けてるのは勇香ちゃんと同じ一年生みたいだね。試しに教室の中覗いてみてよ?」


 アリスに言われるがまま、勇香は魔術講義室と掲げられた教室の中を覗く。まず特出したのは教室の広さだ。どこかの洋館の社交ダンス会場くらいの大きさはある。内装もさっきの廊下よろしく豪華な装飾がなされており、席は大学の講堂のような階層構造になっている。その最下層で、女性講師がこれまた大きな黒板にチョークで何かを板書しているが、熱心に黒板を見ながらノートに何かを書き込んでいる生徒はざっと見たところ七人しかいない。別段、寝ているとか授業をさぼっている生徒がいるわけではない。このどでかい教室の中に生徒がわずか七人しかいないのだ。

 しかし、アリスから放たれた言葉に勇香は驚愕の目を向ける。


「お、この授業受けてる人多いねー。よっぽど人気なのかな?」

「え、この人数でですか?」

「うん。七人もいればいいほうだよ。この学校の全校生徒は三七人しかいないから」

「えぇ!?」

「それだけ、勇香ちゃんみたいな特別な才能を持った人は少ないってことだよ」


 アリスの言葉に、改めて自分は特別なんだと優越感に浸った勇香であった。


「さて、じゃあ時間も迫ってるし、次に行こうか~」

「はぁ……」


 その後もアリスに弾丸列車のような勢いで連れていかれ、魔術実験室や、屋内競技場、中庭の運動場、食堂などを見学した勇香。総じて言えることは、どの施設も従来の学校の倍以上の広さだという事だった。

 一通りの見学を終え、誰もいない食堂にやって来た二人。疲れ果ててだだっ広い食堂の一角のベンチに座り込んだ勇香は、テーブルをはさんで向かいの席に座ったアリスに感想を述べる。


「なんというか、私立大学みたいでした」

「でしょでしょ!ここは一流の勇者を育てる教育施設だからね!何もかもが充実してるんだよ!」

「これだけの充実さなら学費相当高そうですよね」

「と思うでしょー!なんと三年間使い放題でタダだよ!」


 と、携帯電話の広告かのように言い放ったアリスに、勇香は目を丸くする。


「え?」

「言ったでしょ?ここは一流の勇者を育てる学校だって。勇者はこの世界では貴重な存在だし、魔獣と戦うちょー危険な職業でもある。それで命を落とす人だっているんだから、勇者になろうと一生懸命勉強する人にお金を取ることなんてできないよ」


 アリスの言葉に、勇香はアリスと初めて出会った時の記憶を思い出す。

 勇者は、魔王から放たれた魔獣の手からこの世界の人々を守護する存在。必然的に、勇者は狂暴な魔獣との戦いを余儀なくされる。つまり、勇者は常に死と隣り合わせということだ。そう考えると、勇香は胸の奥が締め付けられるような感覚に陥る。


「私、そんなに運動神経があるわけじゃないし、勇者になってもすぐに魔獣に殺されちゃうかも」

「大丈夫!勇香ちゃんが魔獣と戦って死ぬことのないように教育するのがこの学校なんだから。心配しないで、ちゃんと勉強していればいいよ」


 よどんだ勇香の気持ちを汲み取るように、アリスは優しい声音でそっと言葉を漏らす。


「私、立派な勇者になれますかね?」

「なれるよ。きっと」

「お世辞じゃないですよね」

「大丈夫。アリスちゃんが保証する」


 思えば最初にアリスが言っていた魔法の才能も、結局売り文句などではなかった。自分には何もないと思っていた勇香に芽生えた、ただ一つの才能。


 それが、少しでもみんなの役に立てるなら──勇者を目指してもいいかな。

 

「さぁて、まだまだ学校見学は終わってないよ!次に行こうか!」

「次?どこにですか?」

「この学校で、一番偉い人がいる場所」


 そう言って立ち上がり食堂の天井を指さしたアリスに、勇香はきょとんと首を傾げた。

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