学校見学編
第5話 表と裏の狭間
辺り一面が空色の水面に囲まれた一本道を、景色になんとも不釣り合いな黒塗りのリムジンが走行している。電気自動車なのか大して音も立てず、周囲からぷくぷくと水が沸き上がる音が聞こえてくるだけ。
よく見ると、水面にはそこかしこから泡が噴き出しているのが見える。湧き水だろうか。しかし、周りには山どころか、建物一つ存在しない。ただ溜まりに溜まった水が、湖かのように広がっている。
遠くには水平線があり、それだけでなんとも神秘的で、美しい景色なのだろうかと魅入ってしまう。
だが、それだけではない。
雲が流れる。その背後には、まるでターコイズの純粋なスカイブルーを投影したかのような空が広がっている。
そんな空に、何かがぽつりぽつりと浮いているのが見える。目を凝らしてみると、それが何かが一目で分かった──島だ。
浮島というのだろうか。表日本、元居た世界にもそのような言葉があったが、実際に浮いている島が存在しているわけではなかった。
そんなもの、地球という大きな球から流れるありとあらゆる物理法則によって、不可能と化してしまうのだから。
でも、この世界なら。物理法則すら捻じ曲げてしまう強大な力が存在するこの世界なら。
ここは裏日本。現実とは似て非なる別世界。
さながら、異世界ファンタジー物の物語に登場する世界。
ここまでたどり着くまでにはいくつかの過程を踏んだが、概ね気づいたらこんな景色になっていたと表現した方が正しい。勇香の家を去った後、中央自動車道、圏央道、東名高速道路、東海環状自動車道という四つの高速道路を経由して、岐阜県郡上市までやって来た。その後、一般道をゆらりと走って険しい山道に入り、気が付いたら辺りにこんな光景が広がっていた。勇香自身、いつ裏日本に入ったのか皆目見当もつかない。岐阜の山奥に裏日本につながるゲートのようなものがあることは分かったが、それでもそのゲートとやらをくぐった感覚が全く感じられなかった。いや、そういう風にできているのか。
そう移りゆく景色を車窓から眺めながら、勇香はオパールの瞳を瞬かせる。
でも、自分も裏世界の住民になってしまったと思うと、胸の内にぐっとくるものがある。魔法を使えるようになる、それだけでは終わらずに。
自分はもう、両親や真琴のような表日本の人間とは違う。魔法を授かった時点で、それは自覚していた。しなければならなかった。
一言で表すなら、ファンタジー作品の登場人物のよう。
勇香はふと、肩にかかる自分の髪を小さな手で触る。つやつやと透き通ったその髪は、色鮮やかな淡い金色。所謂ブロンドというやつだ。
表日本にいるときは、日本人らしい黒髪だったのに。いつの間に、こんなおしゃれになってしまったのかと思うと勇香は苦笑する。
(まあ、好きでこうなったんじゃないけど)
なぜこんな姿になってしまったのか、アリスによると自分の体内にある魔力というものが目覚めたかららしい。
魔力という単語は、勇香もよく知っている。
端的に説明すれば、魔法を発動させるための原動力の事。車のエンジンをかけるときに必要なガソリンのようなものだ。
勇香のような才能がある者は、もともと体内に魔力が眠っているのだとか。
アリスはそんな少女たちを摘み取り、勇者養成学園へ招待する。悪く言えば連れ去っているのだという。
そんなわけで、どうやら才能というものは本物らしかった。
勇香が思っていたような売り文句などではなかったらしい。
それを聞かされた時、勇香はほんのちょっぴり喜んでしまった。自分にも才能というものがあったのだと。
ふぅとため息をつくと、勇香は隣で騒ぎ疲れてすやすやと熟睡している少女を一瞥する。
粉雪のように純白で艶やかな髪。そして、横目から覗いても美という一文字で簡潔できるほど容姿端麗な顔立ち。
この少女がさっきまで酔っ払いかのように騒いでいたと思うとぞっとする。
それと同時に、黙ってれば美少女とはこういう時に使うんだと謎の納得をしてしまう勇香。
再び外の景色に目をやると、さっきまで周囲が水面に囲まれていたというのに、今では家々が並び立つ住宅街に景色が変貌している。
それも表日本のような、
例えるなら、中世ヨーロッパ。まるでファンタジー世界のセットのような建物たちが、勇香の視界にどっと押し寄せてくる。
勇香はそれを物珍しそうに、瞳をぱちくりと輝かせながら見つめていると、
「やはり
リムジンを運転しているタキシードを着た老人が語りかけて来た。勇香は老人の柔らかく、それでいて低く引き締まった声に、頬を赤く染めながら応じる。
「珍しいというか……アニメの中の世界に入ったみたいでちょっと興奮しています」
「アニメ……確か、勇者様の世界で流行っているという動く絵画だとお聞きしておりますが」
「だ、大体あってます……」
「あなた様もアニメなる物がお好きなら、裏日本を大変気に入ると思いますなあ。なんてったって、そこにいる生命も景色も、この世界にはアニメの舞台をそのまま映し出したような光景が広がっている、と私の知り合いの勇者様が仰られておりましたから」
「そうですか……てっことは……」
「どうしましたかな?」
勇香が急に黙り込んだことに首をかしげる老人を他所に、勇香はあることを考える。
この世界がもし、アニメの景色を投影したような世界だったら、そのアニメの世界も
もしかして、有名なアニメや漫画の作者は、裏日本出身だったりして……と、根も葉もないことを呟きながら、はっと何かを思いついたかのように狭い車内でガバッと身を起こすと、
「……?」
「巨神っているんですか!?」
「きょ、巨神……?」
巨神とは、勇香が好んで読んでいる人気少年漫画の敵キャラクターだ。だが、そんなこと裏世界の老人には分かるはずなく……未だにぽかんとしている老人に、勇香はぎこちないジェスチャー付きでなんとか説き伏せようとする。
「こんな感じで動いて、人間を見つけたら追いかけてガブって丸呑みしちゃうんです!」
上半身と手を不器用に動かした動作で巨神の全容を伝えようとする勇香に、老人は理解する以前に、何とかして伝えんとする勇香の執念さに面喰ってしまう。
「そのような悍ましい生物の存在は、私の知る限り存じ上げませんが……」
「そ、そうですか……」
老人の直接的な言い方を忌避した心遣いをそっぽに向けるように、勇香はしょぼんと下を向いてしまう。それを見かねた老人は、焦りまみれに言葉を付け足す。
「で、ですがこの広い世界のどこかにはその巨神とやらもいるかもしれません!あなた様も勇者となった暁には裏日本中を探訪に出てはいかがですかな?」
「は、はい!」
老人の言葉で一気に明るさを取り戻した勇香を見て、老人はこの子単純だなあと心の中で呟いた。
「さて、勇者養成学園はそろそろですぞ」
「……っ!」
老人がそう口にすると、勇香はぐっと肩に力を入れ気を引き締める。
すると、フロントガラスの前方から見慣れない巨塔が姿を現した。しかしその姿形から、勇香はその建物の正体を簡単に言い当てることができた。
「城だ……!!」
岩山の岩壁に、中世の城を思わせるような美しい建造物がそびえたっている。前方をよく注視すると、その周囲には堀のようなものが周りを囲み、そこから跳ね橋が架かっている。
中世のような城でなぜ堀がとツッコミそうになったが、すぐさまここは仮にも日本なのだと思い返す。
もしかしたら、この世界には日本の戦乱の世とヨーロッパの中世が交錯した建物が軒を連ねる新たな文明が生まれているのかもしれない。いや、混合文明と呼ぶべきか。
ともかく、わくわくするような世界なことには変わりないだろう。と、その堀の奥に小高い城壁があることも確認できた。
もうわけがわからないと景色を眺めることを諦めた勇香は、隣で相も変わらず鼻提灯を垂らしてるアリスの姿を一瞥する。
(そ、そろそろ起こした方がいいかな……)
勇香は思いつきでアリスをゆさゆさと揺らしてみるが、その瞬間にアリスがバチッと目を開き覚醒したため、奇声を上げて反射的にその手を引っ込める。
「アリスちゃん起床!!」
「ひゃあ……!」
「ねえどうしたの?そんな可愛い声上げて?」
「い、いや」
開口一番、勇香の至近距離にまで自らの左右非対称の色をした瞳を寄せてくるアリス。
そんなアリスの挙動にたじろいでしまった勇香は、再び視線をフロントガラスの先に向ける。
と、さっきまで片手で包み込めてしまうほど遠くに位置していた城が、今ではフロントガラスには入りきらないような近さにまで迫ってきている様子が伺えた。
「どう、ここが三年間、勇香ちゃんが立派な勇者になるための教育を施される場、勇者養成学園の全景だよ!」
「ど、独特な世界観ですね……」
「ん?何が?」
「え?いや、堀と城壁が混在してるし、なんというか日本と海外の文化が絡まり合ってるような感じで……」
「のんのん!堀を造る文化は日本だけだと思った?残念、中世ヨーロッパにも存在するのだ!」
「あっ!そうなんだ!」
学校の歴史の授業と漫画だけで中世の知識を得ていた勇香は、アリスの言葉に素直に納得し、ぽんっと手を叩いてしまう。
そもそも、勇香は歴史の授業が大の苦手だ。暗記単語の多さだけには留まらず、あまりにも淡々と話す教師に、毎度のことながら浅い眠りを余儀なくされる。
「まあ勇香ちゃんの指摘もあながち間違いじゃないよ。確かにこの世界は中世ヨーロッパのような文明が多いけど、勘違いしちゃあいけないのはここが他でもない日本だってこと。あそこ見てごらん!」
「え?」
そうアリスは、狭い車内から勇香側の窓ガラスの先のある一点を指さす。
勇香も、それになんだろうと刺された方角を覗くと、そこには一軒の西洋風の家が建っていた。
「英国調のような家の軒先に掛かっている物、何かわかるかな?」
アリスの問いかけに、勇香は瞳を細めて家を注視してみる。
よく見ると、二階にある白縁の窓の外側に、葦でできた茶色いカーテンのようなものが掛かっている。それは、勇香にも見覚えのあるもので、
「え……えーと、
「その通り!この世界にはね、ちょくちょく日本の文化のような物が隠れニッギーの如く混じってる。まあ簾は中国発祥だと考えられてるけどね!」
「博識なんですね」
「つまり、何が言いたいかって言うと……この世界は日本と海外の文化が入り混じっているのだ!」
「私の想像通り……」
「だからね、この世界は二つの文化が融合した新しい文化が生まれているの。アリスちゃんがさっきから、のようなを連呼してるのはそれが理由だよ」
「はぁ……」
アリスから語られたこの世界の豆知識が至極期待通りのものであったためか、勇香は特に驚くこともせずに場を流す。
それと同時に、思ったより現代の表日本となんら変わらないんだなあと、落胆のため息を吐いた。
(車が侵入できてる時点で変わらないか……)
「ま、今の知識は勇香ちゃんが本来学ばなければいけない知識とはなーんの関係もないから覚えなくていいよ!」
「もうすでに頭が痛いです……」
兎にも角にも情報が入りすぎて脳が沸騰してしまった勇香は、とりあえずいろんな文化が混じったよくわからない世界にしておこうと心にしまった。
やがて勇香を乗せたリムジンは、岩山にくりぬかれたようにできた入り口に続く跳ね橋の寸前で停車する。
跳ね橋は引き上げられており、車が停車した直後にガコンと音を立てて降下していく。
対面する崖と城の入り口は、橋げたを通して一つに繋がり、そこをエンジンをかけたリムジンがゆったりとしたスピードで通り抜けていく。
勇香は一連の様子をぼうっと眺めつつ、岩山の前にずらりと並んだ煉瓦の城壁を凝視する。
「壁に弓矢を放つような穴はないんですね」
「まあここは表日本側の入り口だし、それに教育施設としてはそういうの印象悪いじゃん?」
「印象で片づけちゃっていいんですね……」
アリスの発言で、勇香の眼にはこの世界が中世の世界観を粗雑に再現しただけのテーマパークにしか見えなくなってしまった。
城内に入ると、山肌を抉り取ったような二車線のトンネルを抜ける。
そこは、左右の壁に松明で明かりが灯されているだけでかなり薄暗い。
さながら、ファンタジー小説によくあるダンジョンの内部のようだ。
地面がコンクリートで舗装され、白色の中央線が引かれていなければの話だが、
(世界観が……世界観が音を立てて崩壊していく……)
思えばここに至るまでは小石や雑草が露出するあぜ道で、街中に入っても長方形の石がきれいに並べられた石畳の道だったのに、何故ここだけ世界観をぶち壊すような真似をしたのか。
トンネルの中だから見えないし別にいいや!というノリなのだろうか。
アリスに直接追求しようとしてみるも、どうも予想通りの応えしか返ってきそうにないのでそっと心の中に留めておく。
と考えてるうちに、トンネルの先に眩しい光が見えてきた。
もうすぐ出口のようだ。
意外と早いんだなあと感心していると、その光が一層眩しく輝き窓ガラス
が白に染まる。
勇香も瞼を細めてその先の景色を注視すると、
「勇者養成学園にとうちゃーく!」
隣に座るアリスの声と共に広がっていたのは、一面が白一色で装飾された、現代的なバスターミナル。
(うん、この世界は中世じゃない。日本だ)
どうやら、立派にそびえたっていた中世の城はただのハリボテに過ぎなかったようだ。
ファンタジー世界を微塵も感じさせない無機質な空間に、もう新宿にでもいるのだろうかと白い目で辺りを見回していると、アリスがきょとんとしたオッドアイで勇香を見つめる。
「ねえどうしたの?そんな全てを諦めたような目をして?」
「なんでもないです!ただ、ここは腐っても現実なんだなって思ってしまって」
「本当にどうしたの!?ねえ正気に戻ってよ!戻ってきてェェェ!!!」
菩薩のような笑みを浮かべ固まってしまった勇香を、動揺した表情のアリスが勇香の両肩を掴み凄まじい速度で揺さぶる。
だが、勢いが強烈すぎて開始一秒で目の光を取り戻した勇香は、ワナワナと口先に指を添えながら震えているアリスに本音を伝えると、
「大丈夫大丈夫!ここは表日本の人たちを迎える場所だから現代風なだけ。学校の中や学園都市街は勇香ちゃんの想像通りだから!」
「学園都市街?」
アリスの口から聞きなれない単語が漏れ、勇香は首をかしげる。
「それはまだ内緒!でも勇香ちゃんがぱぁっと目を潤ませる場所では間違いないかな!」
「そうなんですか」
アリスにそう言われたので、素直にこれ以上詮索することをやめた勇香。いや、これ以上裏日本の知識を脳内に詰め込むとパンクしそうなので思考放棄しただけだった。
「そろそろ、降りていただけますかな……?」
気付いたらリムジンは路肩に停車しており、老人が冷えた笑みで二人に催促した。どうやら停車してから数分経っても車内で繰り広げていた二人の雑談に、痺れを切らしてしまったらしい。
「怖ーい。ねえねえ目が笑ってないことにお気付きでない?これ以上そんな硬い表情してると残り少ない寿命がさらに縮ま……」
「降りましょうか」
空気の読めないアリスの口からほいほいと流れ出てくる煽り文句を止めるべく、勇香は無言でアリスの口を塞ぎ老人に一礼する。
アリスはなおも言葉を吐こうとするが勇香に口を塞がれたことでうまく聞き取れず、それを見た老人からグットサインが出されバタっと自動で勇香側のドアが開く。
アリスは口を塞がれたことに憤慨して車内でじたばたと暴れ、そんなアリスを勇香がバツが悪そうにロータリーへと引きずり下ろした。
再びドアが閉まり、走り去っていくリムジンに手を振りながら見送ると、コンクリートの上にへたり込んでいるアリスに視点を移して一言。
「あの、子供ですか……?」
「勇香ちゃんにそれ言われちゃうなんて、アリスちゃんサイアク!」
「無駄なことしてないでそろそろ案内を……」
「そんなゴミを見るような目でアリスちゃんを見つめないでよ~アリスちゃんはそこらへんのゴミ屑じゃなくて光輝くダイヤモンドだよぉ?」
(ウザい……)
「あっまって!勇香ちゃんどこ行くのー!」
もはや息をするように煽ってくるアリスにうんざりした勇香は、キラキラとオッドアイを輝かせて自分をダイヤモンドアピールするアリスを他所にスタスタと歩き去る。
だが、ここがどこかも分からずに立ち尽くしてしまった勇香は、仕方なく元居た場所まで戻り、アリスを引っ張り上げた。
「さーて、じゃあこれからダイヤモンドのように眉目秀麗なアリスちゃんが勇者養成学園を案内しちゃうよ!」
「眉目秀麗は男の人に対して使う言葉ですよ」
「細かいことは気にしない!さあ行こう!未知なる大海原へ!」
「はぁ……」
海はおろか水すら流れてなさそうにない現代的な空間を指さすアリスに、勇香はこの先の未来が心配でしかたなかった。
*
「勇者養成学園」は三つの組織から成り立っている。
一つ目は「生徒会」、生徒会長率いる、生徒主導による学園の維持を担う組織。
二つ目は「教師会」。こちらは学園の教師陣から成り立っている組織で、トップは学園長。
そして三つ目は「学園統括委員会」と呼ばれる学園の営業組織。
わずか一年前に創設されたにも関わらず、三つの組織の中では一番権力が強く所属する者はすべて学園のOBやその関係者だ。
トップは学園長の下で、学園の様々な運営を行っている。悪く言えば、学園を牛耳っている。
学園統括委員会のトップである委員長は、若干の白髪を交えた初老の女だ。
しかし年齢に似合わぬきりっとした体格と、ややしわが残りつつも端正とした顔立ち。
仕事着として常日頃から着用する藍色のブラウスに乳白色のタイトスカートを着こなしたその姿は、老年の女に関係なく美しいの一言で形容できる。
容姿だけではない。
彼女は学園にいくつもの改革を巻き起こし、その全てが生徒や教師から高い評価を得ている。
特に、学園長からの信頼は絶大だ。そんな彼女を同じ委員会に所属する婦人からは、学園をよりよくさせようとする努力家だと、尊敬のまなざしを向けられている。
学園統括委員会の拠点、経営企画室の大窓からは、学園の周囲に広がる学園都市街を一目で見渡すことができる。
彼女は毎朝エスプレッソを片手に、その美しい景色を眺めることが日課だ。
ふと窓を覗くと、ミニチュアのような英国風の住宅街から小さな点がせわしなく移動している姿が伺える。人だ。
このような高層からは、人はゴマ粒ほどのサイズでしか視認できず、誰かを見分けることは非常に困難だ。
それは、全校生徒が三七名しか在籍しないこの学園でも同様に。
ただ、そのゴマ粒が勇者養成学園の生徒という事だけは確認できる。そんな景色に見惚れながら、彼女はエスプレッソを一口啜った。
「失礼します」
コンコンと扉がノックされると、扉の外からふくよかな老婆が入ってくる。
その老婆は、額ににじみ出た汗をハンカチで拭きながら、女のいる焦げ茶色のデスクの前に重たい足取りでやってきた。
「要件を」
景色を見納め、空色のマグカップをデスクに置いた女は、余計な言葉は加えず、ただ一言だけで老婆に尋ねた。
「三年のアリス・マキナから連絡が。明朝に入学する新入生が裏日本に無事到着したとのことです」
「そうですか」
老婆の言葉に、女は表情を一切変えずに簡潔した一言を呟くのみ。
「その……アリス・マキナによると、その新入生が、紗知無様が探していた者とほぼ同格の魔力を秘めていたと、申しておりました」
「そうですか」
続けざまに放たれた老婆の言葉に、女は全く表情を変えないものの、ぴくりと眉をひそめた。
「では、いよいよですね」
「いよいよ、とおっしゃいますと……?」
女の発言に老婆は首を傾げて問いかける。
しかし女は老婆の質問に一切応えることなく再び大窓を振り向き、外の景色を見渡す。
「次こそは、必ず……」
流れゆく雲を見つめる女の鋭き双眼は、どこか女の奥底に秘めた深く冷たい決意を表していた。
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