第2-1話 勇者の素質(1)

 まるでファンタジー世界の住人のような真っ白い髪をした少女が、勇香を轢いたはずだった車を片手で停止させている。


「やっと、見つけた」


 少女はそう呟くと、勇香が道路の脇にいることを確認し車から手を放す。

 すると、車は何事もなかったように去って行った。

 相変わらず呆然と眺めている勇香に、少女はスキップで近づく。


「やっほー君が聖ヶ崎勇香ちゃんだよね?」

「え?は、はい」


 勇香は、見知らぬ少女の口から自分の名前が出てきたことに動揺する。

 しかし一連の流れが既に異常なので、特に深堀せずにやりすごした。

 少女はくるりと一回転すると、謎のポーズを決めながら自己紹介する。


「私はアリス・マキナ。よろしくおなしゃーす!」

「あの、何か用ですか?」

「むむっ?有栖ちゃんは迎えに来たんだよ?勇者養成学園の新入生さん!」

「勇者養成学園!?」


 その言葉に、わだかまりがさらに積まれていく。


 自分を異世界へと誘った元凶ともいえる言葉。

 そうなると、このアリスという少女は勇者養成学園の関係者なのだろうか。

 間違いないだろう。勇者養成学園という現実離れした名称も、素手で車を受け止めるというアリスの驚異的な身体能力も、そうだとすれば全て合致する。


 では、もしかしてがいなくなったのも、勇者養成学園が関係しているのだろうか。


「おーいどしたのーそんな仏頂面になっちゃって」


 勇香の顔が急に強張ったことを見兼ねて顔を近づけてくる。しかし、それは余計なお世話というものだ。


「なんで私は勇者なんとか学園に入るなんて事態になったんですか?」

「それは!君が!選ばれたから!だよ!」


 選ばれた?私なんかが?

 別段、学力が特筆しているわけでもない。運動能力が人よりも長けているわけでもない。才能があるわけでもない自分が、なぜ選ばれたのだろうか。勇香の自虐はさらに深まっていく。


「その顔、なんで私が選ばれるのって顔だね?いいよ!アリスちゃんが特別に教えてしんぜよう!」

 

 アリスの独特な言い回しが勇香を更に不機嫌にさせる。


「まず勇者養成学園がどんな学校か教えてあげるよ!ですが、ラッキーなことに名前を見るだけで一目瞭然!勇者を育てる学校だよ!」

「勇者……?」


 何がラッキーなのか分からないが──いやそれよりも、勇者という単語について、勇香は色々な思考を巡らせた。そうして出てきた答えは……


「ドルクエとか、キヨヒコみたいな……ですか……?」

「正解!勇香ちゃん見かけによらず詳しいね!」


 アリスの煽りの混じった賞賛に勇香の顔は深刻になっていく。


「勇者、それは魔王と戦い、人々を守るヒーローのような存在!」

「でも……この世界に魔王なんて……」


 当たり前である。魔王どころか、この世界には魔法なんでものは存在しない。

 そんなの人間があらゆる想像を膨らませてた創作にすぎないのだ。

 勇香はファンタジー作品を好む少女だが、同時に現実主義でもある。


「おっとアリスちゃんのこと“なんか痛いヤツ”だと勘違いしてない?でも残念!実はね……いるんだよ!」


 そんな、いるんだよって言われても……


「はぁ」

「まだ信じてないって顔だねーまあ、正確にはこの世界の裏……だけどね?」

「裏?」

「この世界の外側にはね、瓜二つの姿形をした裏の世界が存在するんだよ!その名も裏日本!さあ繰り返して裏日本!」

「う、裏日本」


 突然の指図を受けた勇香は戸惑いながらも言葉を繰り返す。

 だんだんとアリスの弾丸列車のようなペースに追いつけなくなっていた。


「よくできました!さあ次行くよ!」

「は、はい」

「裏日本は表日本こちらと同じように人間が住んでいて、君たちと同じような生命活動を営む。しかしその実態は全く異なる!」

「そ、それは……?」

「裏日本ではね、魔法が使えるんだよ!」

「魔法!?」


 アリスから放たれた言葉に、限界に達していた疲労がわずかに緩和される。

 魔法が使える世界。そんな世界が本当にあるのかは分からないが、あるのなら少し行ってみたい気がする。

 勇香は夢と希望を抱いたキラキラした目でアリスを眺めた。


「魔法については、勇香ちゃんも知ってるよね?そして裏日本には、あの恐ろしい魔王がいる!さあまた繰り返す!魔王!」

「魔王……」

「魔王は裏日本を支配しようと企んでいる。そして魔獣という恐ろしい怪物を操って人々を襲うんだ!そしてここからが重要!」

「はぁ……」

「裏日本で人が魔獣に襲われると、どういうわけかこちらにも被害が出る」


 アリスの顔が急に重たくなったと思えば、低トーンでそんな言葉が告げられた。


「え?」

「勇香ちゃんも不思議に思ったことないかな?この世界で起きる原因の分からない不可解な事件の真相」


 思わないわけがない。それどころか、心当たりがありすぎる。  

 今朝のニュースで見たあの原因不明の崩落事故。

 そして、最近身の回りで起こり続ける謎の出来事。


 それが全て、裏日本で人が魔獣に襲われたからなのだったら──


 勇香は背筋が凍りついて身震いする。


「そんな魔王から魔法を駆使して人々を守るのが勇者の役目!」


 アリスはハイテンションで続ける。


「その勇者を育てる学校こそ!勇者養成学園の正体だよ!」


「わ、私魔法なんか使ったことないし……魔王と戦うなんて……」

「大丈夫大丈夫!はじめはそうだから!」


 みんな?どういうこと?

 勇香はアリスの言葉を理解できず小首を傾ける。


「み、みんな……?」

「勇者はこの世界から来た人たちがほとんどだからね!しかも、才能のある女の子にしかなれない特権だよ!」


 この男女平等を謳う現代社会でそれはどうなのかと突っ込みたくなるが、それよりも才能という言葉に勇香は引っかかった。


「才能って……?」

「つまり君には、凄まじい魔法の才能があるということだよ」

「は?え?」


 驚いた。自分には何も才能がないと思っていたのに、まさか魔法の才能があったなんて……などと納得できるはずがないのは当然だろう。

 大方、勇者養成学園へ入れさせたいだけの売り文句なのか。

 アリスの一言で完全に興ざめしてしまった勇香は一言。


「あの、私そろそろ帰ってもいいですか?」

「待って待って!まだ話は終わってないよ?」


 帰ろうとする勇香を、引き留めようとするアリス。

 しかし、勇香の顔は完全に汚物を見るような表情をしていた。


「あの、おだてるのは止めてください。流石の私でも怒ります」

「おぉー怖ーい。せっかくの可愛い顔が台無しだよ」


 ピリッ。その一言で、勇香に一筋の雷が落ちる。

 勇香は両親や親せきからよく童顔や子供っぽいなどと言われていた。

 はじめは身内の言う事だと気にしなかったのだが、中学、高校と年齢を積み重ねて、いつしかそれがコンプレックスに変わった。

 成長しない自分の見た目。それを指摘されることが、勇香にとって最大にして最悪の侮辱だったのだ。

 そんな禁句を、あまつさえ初めて会った知らない少女に言われてしまった。

 

 その後の勇香は、それはもう凄まじかった。


「ちょっと!無言で立ち去ろうとしないでよー!」

「どれだけ私を弄べば気が済むんですか?もう聞きたくありません!」


 無言でその場を立ち去る勇香を、アリスがちょっと待ってと制止させようとする。

 しかし、勇香はそんな声など聴く耳を持たず家路を急ぐ。


「弄ぶ?アリスちゃんはのことしか言ってないよ?」

「それが嫌なんですよ!もう帰りますから!」


 そうして、勇香は懇願するアリスの声も聞かず、ズンズンと帰宅していった。


「あーあ、行っちゃった。まあいいや、言いたいことは伝えられたし!あとは、勇香ちゃん次第だよね」


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