八つ当たり

 ある日。私は遥月が寝入ったあとに廊下に出て、良輔に電話を掛けた。私の事情をよく知っている人間はごく限られていたし、好き勝手感情のままに話しても許される人間となるともっと限られていたから。


 寂しさを誤魔化すように、彼に電話で合宿でのことを話した。遥月の態度に対する愚痴や苛立ち、やるせなさなど惜しげもなく吐き出していく。思うまま話すうちに、我慢していた涙が溢れて止まらなくなった。

「泣くなよ、俺がいるから。そばにいたら抱きしめに行くのにな」

 彼は電話の向こうで苦笑いする。

 愛しさと憎しみは紙一重というが、想いが強かったぶん私はたちまち遥月のことが嫌いになっていった。



 ――三月。卒業式のため、私たちは香川に一時帰郷した。式の日は、遥月もいつもどおりに戻っていた。でも遥月を眺めても胸がはずむあの感触は消えていた。


 式が終わると、なんとなく実家へ向かった。といってもそこは高校一年から誰も住んでおらず、自分の部屋だった離れは酷く散乱したままになっていた。

 片付けていると、電話が鳴る。画面を見ると良輔からで、部活の歓送迎会が終わったし、お菓子でも持ってそっち行くわとのことだった。私は断らず、応じることにした。誰かと卒業の余韻に浸りたくなったのかもしれないし、たんに寂しいだけだったのかもしれない。


 彼が部屋にやってきてからは、結局遥月への愚痴ばかりになる。口に出せば出したぶんだけ、顔や体が熱くなった。同時に涙腺がゆるみ、顔はみるみるうちに濡れていく。

「こんなに好きやのに……、そっちが嫌いなんなら、もう私も嫌いになってやる。あほらしい。良輔も私と同じや、私のことなんか嫌いになればいいのに」

 彼も私も、実らない恋にすがり続けているという点において同類だった。不毛な恋など、さっさと諦めてしまうほうが自分にとっても相手にとっても合理的なはずなのに、なぜかそれができない。


「もう泣くなよ……」

 ベッドに並んで腰かけていた彼が耐えきれない面持ちでいう。途端、抱きすくめられていた。呆気に取られる私の虚をつき、彼は頬につたう涙のすじを舐める。思考がままならない私は、ぽかんとして彼を見た。

「俺はいつでもOKやからさ」

 やわらかな瞳をしていた。

「ずっと抱きしめたかった……嫌やったらごめんな」

 大胆な振る舞いが一変して、双眸そうぼうに不安の色がのぞく。その弱腰な姿勢になぜか愛しくなる。反応を恐れる彼の気持ちが、私にも痛いほどわかる気がした。それとともに制服越しに感じるがっしりした腕の感触を懐かしく思った。


 不思議だった。あれほど拒絶していた良輔との接触を受け入れ、心地よく感じていることに。乾ききった心に良輔の体温が染み入ってきて、また涙がすべり落ちた。

「私も、誰かにずっとぎゅっとして欲しかった……。寂しかった――」

 嗚咽をこらえながら、彼にしがみついて自分から唇を合わせる。


 乾ききっていたのは彼も同じでキスは深く、深く、惜しむように続いた。キスが頬へと点々と降り、涙がくまなくぬぐわれていった。おりてきた舌が、首や鎖骨をかすめていく。そうしながらじりじりと肩を押され、彼が覆いかぶさってくる。ぼうっとした意識のなかで、こうして久しぶりに体をゆだねるもの悪くないかもしれない。そう考えた。

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