好きしか、いいようがない
そのままの勢いで「今から告白していい? 女やけど付き合ってくれませんか」と口走った。遥月は唸って、しばらく言葉に悩む。
「返事、明日まで待ってもらっていい?」
戸惑うような声だった。
翌日、いつものデザイン技術室でやんわり振られた。
――冬。小豆島の海はしんと静まり返り、冷えた空気に包まれていた。高松の港から小豆島まで、フェリーで一時間ほどで着く。私は教会で開かれるクリスマス会に呼ばれ、遥月の家に泊まることになったが、彼女はめずらしく体調を崩していた。ぎりぎり会には参加していたものの、ろくに料理も食べれず風呂にも入らないままに、布団で眠った。
そんなふうに深く寝入った遥月の頬を指でつついて起きないかどうか確かめる。唸り声をあげることもなく、穏やかな寝息を繰り返している彼女の頬に、そっと唇を押し付けた。
翌朝、体調が落ち着いてきたのを見計らって、私は布団のなかの遥月の手を掴んだ。肉厚で、私よりいくらか小ぶりの右手を、両手で握りしめる。
「見てのとおり好きなんやわ。一週間でも、一日でもいいから付き合って……」
相槌をしていた遥月が沈黙する。反応を待っていると、返事なぁ……。とつぶやくのが聞こえた。
一拍置いてもぞ、と彼女の腕が覆いかぶさってくる。頭上へまわされた腕にやさしく引き寄せらる。自然な形で、顔面は豊満な胸のふくらみへと押し付けられていた。
「多分な、宏奈ちゃんとは恋人になれん」
起き抜けの声がした。
柔らかな腕と胸にくるまれて、頭が甘美なしびれで考えがままならなくなる。わかった、としか答えられずあとの言葉は続かなかった。
「トイレとお風呂行ってくる」遥月は手をほどいて、布団から抜け出ていった。
取り残された布団のなかで、振られた直後にもかかわらず充足感と高揚感に包まれていた。ずっと触れてみたかった彼女の胸の、やんわりとした感触がまだ顔面を覆っていて夢みたいだった。これをしあわせと呼ばずしてなんと呼ぼうか。私は何度でも彼女の返事と、彼女で頭がくるまれるあの瞬間を頭のなかで反芻した。
すっかり振られて付き合えないのがわかっていても、誘ってみた岡山県の自動車免許合宿に一緒に行けることになったのはうれしかった。合宿中、寝ても覚めても遥月がいるというのはしあわせな時間だった。
ただ二週間もの共同生活は、彼女にとってかなりのストレスだったようだ。「好き」という言葉は我慢していたものの、好意そのものはだだ漏れで、スキンシップが執拗になり過ぎていた自覚がある。私は毎夜、嫌がられるのもかまわず遥月のシングルベッドに潜りこみ、気がすむまで髪を撫でていた。ついで寝ぼけながら頬ずりして、悲鳴をあげられることもあった。
合宿の終盤、遥月の態度は一変する。あからさまに苛立ちが見え、話かけてもろくに返事をされなくなった。いつも一緒に取っていた食事も、私を避けるようにして一人で食べるようになった。遥月のこうした態度が続くのは初めてで、ただ心を痛めてうろたえるしかない。しだいに私は、途方もない寂しさや胸苦しさに蝕まれていった。
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