デザイン技術室

 前々から遥月は「小豆島しょうどしまにある家の修繕をできるようになりたい。いつか家具職人になりたい」と夢を話していた。実際、遥月には手工の資質があり、工芸展に出品していた作品は自然と目を惹くものだった。それはなめらかな円形をした木製の照明で、木と木のすき間から漏れる光が周囲を淡く照らし、眺めていると心を溶かされるような温かさがあった。


 家具職人を目指す彼女は、進路を秋田県の短大に見定める。なぜ秋田と問うと、秋田には木材のもとになる杉が沢山生えていて木工が盛んなのだという。家具作りが学べる国立の短大は秋田しかないからそこにしたと。国立を目指すと聞いて私は一驚した。工芸科のなかで国立を目指す生徒は遥月の他にいなかったから。

 そうして遥月は、秋の推薦入試に向けてデッサンの練習を始めた。デッサンの練習用に開放されたデザイン技術室にいるのは、いつも遥月だけ。始めはたまに覗きに行く程度だったけれど、気付き暇さえあれば遥月のデッサンを見に足が向くようになっていた。


 ――私は遥月のそばにいるのが一番楽だった。


 日が傾き、窓際に置いたモチーフの影の形が伸びて変わってもなお、遥月は作品と向き合っていた。視界の隅に遥月がいて、紙を鉛筆が走る音がして、絵が浮かびあがっていく様子を眺めていると心が落ち着く。良輔といるときとは別の心地よさを、遥月には感じた。


 次々とスケッチブックを埋め、積み上げていく遥月を見続けているうちにあの気持ちが再燃していた。遥月への好意を忘れると意気込んでいたわりに、自らの行動に対して甘かったんだと思う。無意識のうちに遥月の顔や声がしきりに浮かんで、息が詰まった。でも感情の煮沸を感じるたび、また抑圧し、沈静化を願う。

 しかし気持ちはしつこくぶり返してきた。見えない種火が奥底でくすぶり続けているみたいに、じりじりと肺を焦がされる。しだいに私は、自分がよくわからなくなっていった。誰が大事で、誰が好きなのか。本当は、どうしたいのか。混沌とした迷いのなかでも、遥月の存在だけが膨れあがっていった。

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