転機

 二年となり、クラスと実習の専攻が良輔と同じになった。専攻した金属工芸の実習では、脂台やにだいとよばれる台に盛られた松脂まつやにをバーナーであぶって溶かし、銅板をそこに貼り付けてから棒状のたがねを打ち付けて彫金を施したり、型を作ってすず鋳造ちゅうぞうし、できあがった錫の塊の表面をなめらかになるまでひたすらサンドペーパーで磨いたりしていた。ただ、良輔の作品はどこか歪でどれも不格好だった。彼は石工職人の息子だったが、その手の才を受け継いでいないように見えた。


 物作りは不器用でも、彼は人付き合いを苦手とする私とは対照的な器用さを持ち合わせていた。弁の立つ良輔は、引っ込み思案で口下手になりがちな私を庇うことができるように、大人であろうとしていたような気がする。

 良輔との付き合いが深くなるにつれ、彼ほど愛してくれる人は他にいないように感じた。彼と家庭を築くことができたらきっとしあわせだろうなと、ぼんやり思い描くようになっていた。


 もともと私は卒業後の進路を「寮や社宅付きの所に就職する」と決めていたが、求人票を見比べたうえで条件のいい大阪で就職することにした。就職先を大阪に決めたのを良輔に伝えると、迷いなく「俺も、大阪行くから」といった。驚いたけれど、彼の決断がうれしくもあった。

 ただ、彼は両親の説得に骨折りを強いられることになる。一人暮らしの費用が負担になるので無理だと突っぱねられたらしい。とはいえ、最終的に彼は両親の説得に成功した。家賃や学費は両親にたよるが、それ以外の生活費は自分で賄うという条件を提示して。



 ――転機は二年の冬、修学旅行中に訪れた。

 旅行先の北海道は一面真っ白の、雪、雪、雪。わりに温暖な香川では雪が積もることがほぼないから、クラスの誰もがぶ厚く積もった雪にはしゃいで喜んでいた。それでもバス移動が長くなってくると、延々続く白い景色に私は飽きていた。

「ねえ、肩かしてよ」

「ええよ」

 遥月は抱きしめられることには拒否的でも、それ以外は寛容だ。寄りかかることも、腕を組むことも、髪を撫でるのにも特に抵抗しない。遥月の右肩を借りて、頭を横たえた。抱き付くことはあっても遥月の肩を枕にするのは初めてだと気が付く。良輔にしてもらうのとはまた別物の、柔らかな肉の反発とゆるやかな肩の丸みに身をゆだねた。

 彼女は隣で文庫本を読み始めた――私は瞼を閉じてみる。

「おやすみ。また起こして」

「うん」

 沈黙が続いたのち、遥月は頭をこちらのほうへ傾ける。寄り添われたせいで、垂れてきた遥月の後れ毛が頭や頬にかかってこそばゆくなる。落ち着こうと目を閉じたはずなのに、心臓はうるさく脈打ち始め、やたらに体に響いてきた。


 ――ずっと、こうしていたい……。


 そんな欲が湧いたことに、微かな焦りを覚えた。このしあわせな感触を独り占めしたままでいたい。それだけのことだけど、ふだんよりも一歩踏み込んだ欲求だった。

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