第10話
「……」
私はジッと離れていくその巨体の後ろ姿を見つめていた。
本当にめんどくさい。
私はただ『雨の中でカッコよく刀を振るいたい』だけだ。その夢のために強い人と戦ったりした。できるだけ多く戦いたい。
そして戦うならばそこ戦い以外の感情は要らないと思う。
純粋な闘争。
死闘。
激闘。
泥臭く。
足掻いて足搔いて。
力の限り。
技の限り。
知力の限り。
己の持つそのすべてのぶつけ合い。
そんな戦いならばきっと物凄く昂り、興奮し、気持ちがよく、そして何より“カッコいい”ものになる。
だからこそ戦いにおいて余計なものはいらない。
自分が殺されるかもなんて思いも。
殺されようと狙われている者も。
自分に対する複雑な感情も。
殺されたかけたという事実も。
そんなものは要らない。
純粋なぶつかり合い。それが一番気持ち良い。
だからだろうか。
私は今、物凄くめんどくさい気分になっていた。私の初戦の相手が前年度優勝者だというのに。とびっきり強い人だというのに。気分は上がってる。鼓動も若干早い。だけど、頭の中で冷静になって、冷めているような感覚があった。
それもこれもさっきのデュアリとの会話のせいだ。
勝手にアマツカエ家を悪と定義し、そこにいる者は全て悪と定める。はっきり言って不快だ。不愉快だ。だってそんなことをされたら、兄様も悪ということだろう。それだけは認めない。そんなことを認められるわけがない。
「はぁ……めんど……」
私は思わずそう口にしていた。
「ウイちゃん」
「? なんですゥッ⁉」
私がモーリェの言葉に反応すると、その瞬間を狙ってたかのように口の中へ何かが突っ込まれた。
「うぐぅむぐぅうぅうぐ」
それらはテーブルに並べられた料理たちであった。
器用にフォークへいくつも突き刺されており、それらが一気に私の中へ入れられていたのであった。
私はそれらをゆっくり噛んでいく。口パンパンに詰められてしまったため、発声する音はすべて変なモノになっている。それにちょっと口の容量一杯一杯なため、飲み込むのが大変だ。
「にゃははは~。ほいほい。いっぱい食べるにゃよ。明日に備えてしっかり英気を養うにゃ!」
「むぐぅうぐぐ……ッぐん。突然なんですか⁉ 思わず喉に詰まれせると思いましたよ⁉」
ようやく食べ物を飲み込みまともな言葉を話せるようになった私はその勢いのままモーリェに向かってそう叫んだ。
会場中には発表者の声が響いていたため私の叫びはそれに隠れ、周りの人たちはあまり気にしていない様子だった。
「だってウイちゃん、凄い楽しくなさそうな顔してたからにゃよ」
「えっ……」
「これでも生徒会長にゃ。後輩たちのことはそこそこ分かっているつもりにゃ」
モーリェはそう話しながら新しい皿を取ってそこに料理を並べていく。
「ウイちゃんは戦うのが好きにゃよね」
「そうですけど……」
「だったら楽しまなきゃにゃ」
「……」
「楽しんで楽しんで、デュアリちゃんをぶっ飛ばして否定する。そうすれば一石二鳥にゃ」
「そう、ですね……確かにそうです」
そうだ。
そうだよな。
楽しまなくちゃ。
あんな面倒そうな奴の言葉なんてどうでも良い。定義したことなんてどうでも良い。私は私の夢のために走るだけだ。
「にゃはは~。良い顔に戻ったにゃね」
「えっ、あ。ありがとうございます」
「なぁ~に、別に大したことがないにゃ。それに私が何もしなくても多分大丈夫だったにゃよ。私はちょっと落ち着かせただけ。後はウイちゃんが自分でやったことにゃ」
モーリェは笑いながらそう言った。そして料理を盛りつけた皿を渡してきた。私はそれを受け取り一口食べた。
「それでも会長のおかげです」
「そう言われると照れるにゃよ~」
まるでその頭にある固められた猫耳が本物であればピクピクと動いていたと感じるぐらいモーリェは自分の体を悶えさせた。何だかそんな姿を見ているとさっきまでの気持ちとかが和らいできたような気がした。
「そういえばさっきのデュアリって人。あの人が前年度優勝者なんですね」
「そうにゃよ。いや~私やピストちゃんは見事に負けてしまったにゃよ」
「あれは……あの人は、何だかその……」
「凄い性格にゃね。何でもかんでも悪か善かで識別したがるめんどくさい子にゃ。まぁあんな性格にゃけど、いや性格だからこそすっごい堅真面目。というか脳筋にゃ」
「ああ……」
まぁ見た目通りの感じということなのか。
「脳筋だから一度決めるとそう簡単には曲げないし、変えない。そうさせたかったら肉体言語。そもそも大抵の最終判断が肉体言語って子なんだにゃ」
「詳しいですね」
「まぁ2年前前の三校祭のとき。私が初めて出場したときに絡んできたにゃからねぇ」
「そうなんですか?」
「そうにゃ。あのときもウイちゃんみたいに料理食べてたら突然やって来て、なんか貴方は悪だとか言ってきて、本当に大変だったにゃ」
「はぁ……」
私は思わず呆れ声を漏らしていた。
それを聞いてモーリェは可笑しそうに軽く笑った。
「あれ? だけどその割にはあんま仲が割るという感じではなかったですよね」
さっきは確かにバチバチした感じで睨み合っていた。だがどちらからも相手に対する悪感情みたいな、嫌悪的なものは感じなかった。どちらかと言うと警戒しているという感じだった。
「ああそれはにゃね。デュアリちゃんとしこたま殴り合ったからにゃよ」
「えっ?」
「さっきも言った通りデュアリちゃんは脳筋にゃ。大抵のことの最終判断は拳で殴り合って決めるにゃ。それでボコスカと戦っている内に貴方は善だって喜びながら叫んでたにゃね」
えぇ……。
なんかさっきまでは会話が通じないタイプのヤバイ人間と思っていたけど、いやそれ自体は間違ってはいないと思うけど、微妙にそのニュアンスが違った。もしかして文字通り肉体言語。ぶつかり合いによって会話、それ以外はあまり通じないというタイプなのでは?
「だからそもそも彼女の言葉は深く考えなくて良いにゃよ。戦っていないときのデュアリちゃんの初対面の人との言葉って、凄くカッチカッチにゃから」
私は呆れて、呆れて、呆れ返してしまい、開いた口が閉じなかった。
もうさっきまでの感情は全部吹っ飛んでしまっていた。
そのとき会場の明かりが元の明るさに戻った。
「ありゃ対戦順の発表が終わっちゃったにゃ」
「そうですね。……ん?」
「うにゃ? どうしたにゃ」
「あっ、ちょっと話をしておきたい人がいたので」
「そうにゃか。じゃあ行ってらっしゃいにゃ。私もちょっとピストちゃんの所に戻るにゃから」
「じゃあ失礼しますね」
私はモーリェにそう言い残すと見つけた人物。
黒濃いめの灰色の髪に小さな体。緑を基調にしたドレスを身に包んだ少女。アマモト・ツキノのところへ向かっていった。
「あのお話良いですか?」
「うん? あっ。朝のおねぇちゃん」
「どうも。朝ぶりですね」
ツキノはデザートをたらふく乗せたお皿と格闘しており、その頬にはちょっとだけ食べかすが付いていた。
「ツキノは何回戦?」
「う~んとね……五回戦だよ」
「あぁ……それじゃあ私と当たるとしても決勝かぁ」
「そうだね。おねぇちゃんの相手って確か優勝した人だよね」
「そうだよ。まぁ勝つつもりだけど」
「そうなんだ! 頑張ってね!」
ツキノは無邪気に笑いながらそう言った。
「頑張りますよ。いろんな意味でね」
「?」
さっきの私とデュアリのやり取りを知らないツキノはちょっとだけ不思議そうに首を傾けた。
「あっ、それよりもちょっと私には言いたいことがあるんですよ」
「言いたいこと? なんだろう?」
「朝、ツキノは『月明りの下で刀を振るう』のが夢って言いましたよね」
私がそう言ったかと思うとツキノは目を見開き、満面の笑みを浮かべた。
「うん。そうだよ!
お月様の眩しそうで眩しくない。そんな不思議な光に照らせれながら刀を振るう。それが夢なんだ! あっ。もしかしておねぇちゃん、この魅力を知りたいのかな! じゃじゃあ教えてあげるよ! やっぱり一番良い所は刀が光を淡く反射するところ。刀がきれいなのはもちろんだけど、月明りが当たって闇で輝く。それが一番きれいなんだよ‼ あとは時折お月様が雲で隠される。それもじらしてくるって感じでとっても良いんだよね‼ えっと、あとはあとは――」
「そこまで! そこまでで良いですよ。ツキノが凄い魅力に取りつかれているのはわかりましたか」
私はちょっとだけ大きな声でそう言いってツキノが話すのを止めた。もし止めていなかったら多分永遠と話し続けていただろう。
一方のツキノはまだまだ話したりないという様子で若干残念そうであった。
「実はですね私にも夢があるんですよ」
「どんな夢?」
「『雨の中でカッコよく刀を振るう』っていう夢です」
「雨の中? えぇ~それじゃあ刀が光らないし、雨で見えないじゃん」
「ふっふっふ。確かに刀の輝きはないかもしれません。ですが、雨の中の戦い。そこでの臨場感? どのぐらいなものか想像できますか?」
「りんじょうかん?」
あまりわかっていなさそうな様子でツキノは私の言葉を復唱した。
「はいッ!
雨で冷えた体。なのに体の奥底は戦いの熱で熱く熱く。いくつも降り注いだ雨によって生まれた水たまりの上を蹴って、踏んで飛び散る水。その中に落ちて混ざる血。環境の悪さによるミスを犯さないように回る頭‼ 知力、体力、技、そのすべてが雨という悪環境の中での戦いのために研ぎ澄まされ、そのすべてを出していく‼」
そこまで話すと一旦口を止めた。流石にこんなに口早に呼吸無しで話したら息苦しくなってきた。
私は少し息を吸ってから言葉を続けた。
「すっごい興奮しませんか‼」
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