第9話


 皆さまこんにちは。アマツカエ・ウイ15歳だよ~。


 今日は三校祭前日の前夜祭。会場には私と同じく三校祭に出場する人や各学校の生徒会や上層部、その他にも騎士団の人たちなども来ており、それぞれが思い思いに談笑している。

 出場する人の中には来ている人に自分を売り込んだりしている人がいたりもする。いやもしかしたら彼らにとってはそっちがメインなのかもしれない。

 まぁ私には全く関係ないことなので、どうでも良いことだけど。


 ……。

 ……。

 いや~それにしてもこの台詞を言うのも結構久しぶりな気がするなぁ。てか皆さまって誰に言ってんだか。

 ……。

 ……。

 ……そう言えばツキノはいないのかなぁ。ちょっと宣戦布告みたいなことをしておきたいな~とかそんな感じのことを思ってたりしたんだけど……。

 ……。

 ……。

 ……えっと、なんだろう……あ、そういえば料理美味しかったな~。量もたくさんあるし、思う存分腹に詰め込むぞー……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ……。

 ヤバイ……そろそろ現実逃避のネタがなくなってきた。……う~ん、仕方がない。そろそろ現実に向き合わなくては……か……。


 そう考えて私は意識を脳内から現実へ。

 自分の正面に存在する圧迫感満載な存在へ意識を移した。


 筋肉ムキムキ、身長大のとても圧迫感のある女性。彼女の名前はデュアリ・ジューディチェ。聖カーヌーン学校で生徒会長を務めている3年生らしい。我が校の生徒会長とは違ってかなり真面目&堅物というイメージである。

 そしてそんな彼女であるのだが突然私に「貴方は悪ですか? それとも善ですか?」と言葉を放ってきたのだ。

 単刀直入言うとは前置きしていたが、だからと言って単刀直入過ぎる。全部吹っ飛ばし過ぎて、質問の意味が全然分からない。ホントに「突然どゆこと?」感しかない。


 おかげで私の思考回路が一時停止。ひとまずなんか時間経過でやり過ごしたりできないかなぁ~という感じで固まってしまっていた。

 だが一向に喋らない私に対してデュアリは特に反応なし。

 ただただ優しく微笑んでいるだけ。ニコニコスマイルである。だがしかし、瞳は全く笑ってないし、微笑んでもいない。むしろ何だか獲物を見定めるかのような獰猛な瞳であった。


「えっと……質問の意図がよく、わからないのですが……」


 私は意を決してそう尋ね返した。

 するとデュアリは申し訳なさそうにしながら自分の手を叩いた。


「失礼しました。私ったらつい答えを焦りすぎてしまいました」

「はぁ……」


 答えを焦り過ぎというレベルではないと思うが……。


 私はそんな風なことを思っていたが、相変わらずの瞳によって若干気落とされたことで、口には出さなかった。


「私、この世の全ての人間は悪と善に分けられると思うのですよ」

「?」

「悪人と善人。その二つがこの世の全てであり、絶対不変のルール。神がお創りしたこの世界はそのようになっているのです」

「? それで、そのことがさっきの質問とどう繋がるのですか?」

「それはですね――」


 デュアリは微笑みながら言葉を続けた。


「――そんな物、私要らないと思うのですよ。

 悪人なんていう物は存在する価値はありません。この世からすべて消え去って欲しいぐらいです。なぜそんな不要な物。不必要な物。邪魔な物。悪辣な物。不快な物。そんな物を神がお創りになったのかはわかりません。ですが、私は若輩ながらも考え、考え、考えて。その果てにそれをすべて排除し、駆除し、破壊し、殺害し、封殺し、抹殺し、消し去ることこそが、私たちがこの世に生まれた理由と考え付いたのです」

「……」

「ですので、将来それができるようになったときの為に、悪人を事前に把握しておこうとしているのですよ」

「……じゃあ、さっきの質問は」

「はい。貴方を消し去るべきか、否かを知っておくためです」


 そう話したデュアリの表情。それはとても素晴らしいと言いたくなるほど、素敵な笑顔であった。


 ……。

 ……。

 ……てか笑顔であった、じゃないよ‼ 

 ヤバイ。

 この人ヤバい。

 完全にヤバいタイプの人だ‼ 

 最近「私ってもしかして若干ヤバい人間?」って思ったりすることはあったけど、全然そんなことないや‼ 

 この人のほうがヤバイ‼ ヤバすぎる‼

 なんだよ消し去るべきかを知っておくって‼ 

 別に私は悪人ではないけど、こんな堂々とした将来殺してあげますよ宣言は始めて聞いたよ‼


「それでお返事は?」

「えっ、あぁ……もちろん善ですよ。私、悪いことなんてやったことないですし、それに悪事を働こうなんて考えてませんし」

「そうですか」


 私の言葉を聞いたデュアリはそう呟いた。


「はい。そうです」


 私はそれに続くようにして復唱した。


「そう、ですか……」


 するとデュアリは目を瞑りながらまた呟いた。その口調は何だか残念そうな感じであった。


「あのどうしたんですか? 具合でも悪いんですか?」

「いえ、大丈夫です……。ただ悲しんでいるだけですので」

「悲しんでいる?」


 そう尋ねるとデュアリは目を見開いて私の顔を覗き込むようにしきた。顔面がすぐ近くまで急接近したことで思わず後ろに下がろうとしてしまったが、私のバックにはテーブルがあったためあまり下がることもできなかった。


「あの~凄く近いですよ」

「……」

「あの、聞いて」

「貴方はアマツカエ・ウイさんですよね」

「……そうですよ。さっきも確認しましたよ」

「アマツカエ。のウイさんですよね」

「そうですよ。それが何か?」


 そう言った瞬間会場中の明かりが消えた。しかし、会場の前のほう。そこだけは淡く明かりが残っていた。人々の意識がそちらに集まっていく。


「……」

「……」


 しかし私とデュアリだけはその場で見つめ合ったままであった。……まぁ、私は正面をデュアリに覆われているせいで逃げ道もなく、仕方がなくこうなっているという感じであったのだが。


『談笑中の所失礼します。只今より、三校祭の対戦順を発表させていただきます‼』


「あの私、対戦順のほうを見たいんですけど」

「……」


 私の言葉にデュアリは一切反応がない。

 ただその獰猛な瞳で私のことを見定めているだけであった。


「アマツカエという悪の巣窟にいながらそんなことを言うとは……」

「はぁ? 悪の巣窟? 言ってる意味がわからないんですけど」


 私はデュアリの言葉に反射的にそう返していた。


「言葉のままです。この国を守るという役割を持ち、神に仕える身でありながら、血族同士で争う。そしてこの街のようなモノまでもつくってしまう」

「ああ、なるほど。まぁ確かにそうですね。ですけど、全員が全員悪というわけじゃあないですよ」

「ほう。悪の巣窟なのにも関わらず、そこにいるのは悪でないと」

「えぇ、まぁ……面倒な奴等ばっかりですし、アウトなことをしている人もいると思いますよ。だけど、全員悪とか言うなら否定しますよ。

 私や姉様、そして兄様。それに多分他にも真っ当な人はいるんですから」


 私は語尾に力を込めながら、荒々しい口調でそう言った。


 確かにアマツカエ家ははっきり言って糞ったれみたいな家ではある。家ではあるが、それでも全員を悪と定義されるのはムカつく。凄くムカつく。


『ではまず1日目――』


「なるほど。己の住む場所を正しく理解はしているのですね。……ですがどちらにしても、それを変えようとしない者は悪」

「変える? はぁ、私まだ学生なんですけど。てか悪いところにいる人は全部悪って、大雑把にまとめすぎでしょう。もう少し分けて考えてください」

「分ける? 悪にそんなものは不要です。必要なのは徹底排除のみ」


 なんだそりゃ。これ話通じてねぇよ……。というか順番の発表も見たいのに。


「何をしてるのかにゃ?」

「あっ、会長」


 そのとき私たちのことに気づいたモーリェがそう呼びかけながらやって来た。


「あら、モーリェさんですか。お久しぶりですね」

「にゃはは~。そうにゃね。……それでうちの可愛い後輩に何をしてるんだにゃ?」

「いつも通りですよ。いつも通り悪か善かを尋ねたのですよ。それだけですよ」

「いつも通り? いつも通り、勝手に悪と決めつけているのかにゃ?」

「勝手にではありません。公平な判断の元です」


 モーリェとデュアリ。

 両者が静かに睨み合った。

 視線の間でバチバチと火花が散っていそうな雰囲気だ。


 ちょうどそのとき。発表者の声が響いた。


『続いては二回戦‼ 学校内では笑鬼と呼ばれたりしている1年生。その強さは姉譲り。その魔法が未熟な身でどこまで戦えるか。アマツカエ・ウイ!

 そしてそんな彼女と相対するは、聖カーヌーン学校の最強! あらゆる攻撃を正面から押しつぶす、不沈要塞。そして――』


『デュアリ・ジューディチェ!』


 その言葉と共にデュアリの瞳は再び私を向いた。

 私もそれに張り合うようにデュアリを力強く見つめる。


「どうやら初戦で当たるようですね」

「みたいですね」


 まさか最初っから前年度の優勝者と当たれるとは。普通にラッキー&最高である。


 思わず口角が上がってしまう。


 だけどそれはひとまず置いといてだ。


「良い勝負をと言いたいところですけど……その前にさっき言った事撤回してくれます?」

「撤回とは?」

「だから、私の家を悪って言った事ですよ」

「撤回する気は御座いませんよ。私は私の天秤に従い、善悪を正しく定義しております。それは常に正しく、間違えない天秤です。ならばこの天秤に従いだした答えを撤回する必要などありません」

「はぁ~。そうですか。そうですか」


 私は大きく息を吐きながら首を回した。


 なんだか今はさっきまで感じてた圧迫感の類を一切感じない。

 むしろ体が軽い感じだ。


「わかりました。わかりました。じゃあ2回戦でボコして、前言撤回させますよ」

「なるほど。肉体言語ということですか。それは大変わかりやすい。まぁ元々そのつもりではありましたけど」


 デュアリは歯をむき出しにして笑顔を浮かべながら言葉を続けていった。


「私の裁定。善悪の判断。天秤の示す答え。

 覆せるとは思いませんけど、頑張ってください」


 そう言い切るとデュアリは「では」と頭を下げて、その場を離れていった。

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