第8話


 馬車が10分ちょっとほど走っていくと、この街のど真ん中に立つ大きな建物――アマノ学園の敷地内に到着した。


「ホント、でっかいなぁ~」


 私は馬車の中から校舎を見上げて、思わずそう呟いた。


 木造4階建ての校舎、そこに繋がる少し小さな建物。中には見張り台のように見える塔のようなモノも見られる。その姿はまるで一つの城のようでもあった。

 昨日今日で見ていた建造物は皆低めの物であったため、それらとのギャップもそんな風に思わせる一因であった。


「てかコレいくら位かかったんだろう……? いくら元アマツカエの分家って言ったって……ここまでのことできるのか」


 アマモト家は分家。それに加えアマツカエ家から追放された者たちという過去もある。一応分家なので国からのお金がアマツカエ家を介して分配されてはいるとは思うが……それでもやっぱりここまでというのは……。


「学生さんもそう思いますよね」


 御者さんがそう声をかけてきた。


「ここだけの話なんすけど、実は結構ヤバいことをやったりしてたって噂ですよ」

「そうなんですか?」

「えぇ。この街が『アマノ』になったときも強引な名前変更や区画整備に反対していた人とかは人知れず消えてたとか何とか」

「うわぁ~。それはきな臭いですねぇ」


 ていうかそれってほぼなんかやってたという感じだよなぁ……。


「そういうのって騎士団とかが対処したりするはずですよね」

「まぁ、そのはずではあるんすけど、隠すのが上手いのか証拠が何も出ないらしいですよ」

「それは何とも……」


 疑わしい。ほぼ確実に何らかのことはやらかしている。だがしかし、証拠はない。証拠がないならば、どれだけ怪しくても捕まえるとかはできないということか。


「そんな風に感じているのってこの街全体なんですか? それとも一部だったり?」

「う~ん、どうでしょうねぇ……。多分ガキ以外はみんな思ってんじゃないすか」

「……そんななのによく不満とか爆発したりしないですね」

「うん? ああそれはですね、結局金払いが良いんですよ。どこから湧き出るのかは知りませんすけど、給料なんかはかなり良いし、それに建物の補修とかは全部やってくれるんすよ」


 私は御者の言った『全部』というニュアンスに違和感を覚えた。その言い方はまるで公共のモノ以外も含めているように感じたからだ。


「えっ……それってもしかして普通の人たちの家もだったり?」

「その通りです。だからまぁ、怪しいし、不満もあったりするけどなんやかんや受け入れているんすよ」

「はぁ~……」


 思わず感嘆の声が漏れた。


 飴と鞭。


 しかも鞭を使ったのはほぼ最初だけ。それ以降は飴ばかり。なるほど~。それなら不満とか爆発させないようにできるのも納得だ。


「学生さん、着きましたよ」

「ありがとうございました」


 私はここまで送って貰った&アマノに関する興味深い話を聞かせて貰った礼を言いながら馬車を下りた。



 アマノ学園の敷地内は基本的に石造りの道、砂利で覆われた所、木々や花壇の花という感じだ。

石で舗装された道の左右に生えている木は綺麗な緑色に染まっており、そしてそれらは沈みかけの夕日に照らされて、なんとも幻想的に見える。

 そしてそんな道の真ん中を今日の前夜祭に呼ばれたであろう人々が歩いていく。皆その服装はきちんとしたモノである。

 私はその中に知っている顔――具体的にはセオス王立学校の人がいないかと視線を走らせたが、見当たらなかった。まだ来ていないか、もうすでに会場に入っているのだろう。……私がここに到着したのは遅めであったので、多分前者である。


 そんなことを考えたり、周りの景色に目を奪われたりしながら前夜祭の会場へと足を進めていくと、だんだんと賑やかな声が聞こえてきた。それを聞いて私はちょっとだけ駆け足になった。


「――」

「――――――」

「――――」

「――――――――」

「「「―――――」」」


 そして会場となる場所に到着すると話し声が何十と聞こえてきた。

 豪華な食事がテーブルにいくつも並べられ、明かりは外の薄暗さに反して逆に眩しいぐらい。会場の中にいる人たちは皆グラスや皿などを片手に談笑していたりしている。その中にはモーリェやピストリィ等生徒会や他の参加者たちの姿もあった。

 ちなみに私の学校から三校祭へ出場するのは私とピストリィ、それとメフェケー、そして留学生の2年の先輩である。


「お、ウイちゃんようやく到着だにゃ」


 会場に入って来た私の気づいたモーリェがそんな声を上げた。すると会場中にいた人たちの視線が一瞬私のほうに集まった。

 それを無視しながら私はモーリェの所へ行った。


「遅れてすいません」

「いえ大丈夫です。まだ前夜祭は始まっていないですので」


 私の言葉にピストリィはそう返しながらその手に持っていた書類にチェックを付けていた。自分の所の学校の前夜祭参加者がちゃんと来ているのかをチェックしているのだろう。


「それにしても多いですね」

「まぁそれだけ三校祭というものが注目されているということですよ」

「そうにゃそうにゃ。その学校の実力を示すだけのお祭りじゃないにゃ。例えば騎士団の人たちなんかは良い人材がいるかどうかを観たりするために来るにゃ。ウイちゃんのお姉さんは三校祭でブッチギリの大暴れをして騎士団に入ったんだしにゃ」

「あっ、そうだったんですか?」

「あれ? 知らなかったにゃか」

「はい。騎士団に入ったよ~としか」


 確かあのときは凄い大喜びな感じで抱き着いて叫びまくってたなぁ。思わず姉様の胸で押しつぶされるかと思った。……もしかしてあのときそのことも言ってたのか?


「う~ん……?」


 私がそうやって顎に手をやりながら考え込んでいると突然モーリェが笑い出した。


「そんな考え込んでないで、ひとまず今は一杯食べたりして楽しむにゃよ。どうせ明日からは忙しくなるんだからにゃ」

「まぁ、そうですね」


 顎から手を放し食事が並べられたテーブルのほうを見た。

 並べられる料理は和食みたいなものだけではなく、この国でよくみられる類の料理もたくさん並べられていた。結構な量があり、また奥のほうから追加で持ってこられているため、なくなることはないだろう。


 午前中はそこそこ食べたが、私の腹はそこそこ程度では完全に膨れることはない。むしろまだまだ入るという感じだ。

 とびっきり美味しい料理というのも良いが、こういう物量で腹を満たすというのは結構好きだ。


「じゃあ早速行ってきますね」

「大丈夫かとは思いますが、学校の代表だという自覚を持って行動してくださいね」

「了解ですよ~」


 私はピストリィにそう言葉を返しながらテーブルのほう向かった。


「おぉ~美味そう~。これは肉団子? いや魚か?」


 肉や魚。サラダや果物。蒸し焼き、炭火焼き、照り焼き。赤や茶色。白や緑。色々なものが並んでおり、あっという間に私の皿は料理で山盛りとなってしまっていた。

 もう少し乗せたいという気持ちはあったが、これ以上乗せると崩れてしまいそうだったので、ひとまず乗せるのはここまでにして一回これらを平らげることにした。


「むぐぅ、うぐ……うぅ~ん! 美味い!」


 私はそんな声を小さく漏らしながらフォークを動かして料理を次々に口の中へ入れていく。


「少々良いでしょうか?」

「?」


 そのとき背後からそんな声が聞こえてきた。私がその声に反応して振り返るとそこには筋肉があった。

 私の倍以上もの体、そしてそれらを覆う筋肉が目の前にあった。


「うわっ⁉」


 思わずそんな声が出たのはしょうがないだろう。私じゃなかったとしてもそんな声を出していたと思う。そこにいたのはそれほどの存在であった。


「失礼。驚かせてしまいましたね」

「あ、いえ。大丈夫です……。えっと、あなたは?」

「私は聖カーヌーン学校3年のデュアリ・ジューディチェと申します。若輩者ながらも生徒会長を務めています」

「は、はぁ……」


 デュアリの話し方は凄く硬く、私の気は無理やり引き締められていた。なぜか彼女の前ではいつも以上に気を張らなければ、そう言う風に思ったほどだ。


「そんな硬くならなくてもよろしいですよ」

「あ、はい。えっと、ちょっと失礼します」

「えぇ、どうぞ」

「…………ふぅ~」


 私は大きく息を吐き緊張を解こうとした。

 するとさっきよりは体が楽になった気がした。だが相変わらずなんだか体が硬く感じる。多分目の前に巨大な存在がいるという圧迫感のせいだろう。


 まぁひとまずは問題ないのでこれで良いだろう。


「はい、大丈夫です」


 私がそう言うとデュアリは優しく微笑むようにしながら言った。


「まず貴方の名前はアマツカエ・ウイさんで合っていますよね? もし人違いでしたら、大変失礼ですので」

「はい、そうですよ。アマツカエ・ウイ本人です」

「そうですか。それは良かった」


 デュアリが何を話そうとしているのかに耳を傾けながらも私の意識はどちらかと言うとデュアリの筋肉に向いていた。その足や腕はかなり太く、魔力なしでもリンゴとかを潰せそうである。


 人が話しているのに何で体に意識を向けてんだとか言われるかもしれないが、そうでもしないと何だか体の硬さが取れそうになかったのだからしょうがない。

 多分デュアリの顔をしっかりと見つめていたら、圧迫感のせいで余計硬くなってしまう。


 そしてそんな風にしながら待っていた私にデュアリの口から飛び出したのは、


「単刀直入に言いましょう。貴方は悪ですか? それとも善ですか?」


 そんな台詞であった。


「ふぇ?」


 私は思わずそんな声を漏らした。


(突然どゆこと?)

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