第7話
私たちは団子屋を後にしてから三校祭、その会場となる場所へ向かって歩いていった。
そして少し歩いていくと周囲の建物と比べて少し高さのある建物が見えてきた。ぱっと見だけでも闘技場というイメージを抱く、石と木材を使って造られた会場の周囲には簡単に建てられた屋台であったり、地面に商品を広げている人たちなどが沢山いた。
ここに来るまでの道で通り過ぎた以上の人たちが行き交っており、まるで別世界のようであった。恐らく三校祭のために、今の時期は商売の中心をここに集めているのだろう。
あまりにも人が多くて、ティミッドは私の背中に隠れるという可愛いシチュエーションが発生しながら、私たち三人は人の渦へ入っていった。
様々な香り。
騒がし音。
楽しそうな声。
行き交う人々。
四方八方、どこを見ても何かしらの情報が入ってく。
思わず目を回してしまいそうであった。いやティミッドはそのときすでに目をグルグル回しており、私の服を掴んで着いていくだけで精一杯であった。
「大丈夫?」
「だ、だいじょうぶ……です」
「あんま無理しないでよ」
私はそんなティミッドを見て苦笑しながら周りを見渡した。
本当に人が多く、肩がぶつかるなんてことはよくあること。そのぐらい人が多い。
中には学校で見たことがあるような人もおり、恐らくここに来ている人の多くは私たちみたいに三校祭のためにここを訪れた人たちだということがわかる。
そんな人の渦の隙間を見ながら私は「かき氷」という文字を見つけるとその方向を指さしながら言った。
「暑いし、アレ食べよう!」
* * *
時間過ぎるのは本当にあっという間である。特に楽しい時間というものほどすぐに過ぎ去ってしまう。
陽が沈み始め、空は橙色へと変わり始めている。
道行く人の数も少しずつ減ってきており、皆自分の家、もしくは泊っているところへ帰っていく。
そして私たちもそんな周りの人たちの例に漏れず、旅館へと戻ろうとしていた。
「ふぅ~美味しかったぁ~」
「ですね。……あのかき氷、出来立ての氷ですごく冷たかったですし」
「うんうん。それに焼き鳥とかもなかなかに美味しかったわね。あのタレ? 最初に食べたみたらし団子のやつとちょっと似てるけど、味は全然違って」
「そうなんですか?」
「うん。何て言うのかな……甘しょっぱいのには変わらないけど、甘みがかなり控え目で」
「……私も、みたらし食べてみればよかった……」
「ま。まだこの街にはいるんだし、明日とかでも良いんじゃない。それこそウイの戦いを観ながらとか」
「うぅん……ウイさんの試合は余さず観たいので、食べながらってのは……」
レオナとティミッドは結構仲が良くなり、さっきからすごい話しまくっている。
ちょっと前までだったらこうも長く会話が連続して続くというのはなかった。どこかしらで途切れてしまったりしていた。
多分前までは、どこまで相手に踏み込んでいいのか、どこまでが許容範囲なのか、どんなことが好きなのか、そういった事が全然わからなかったからだろう。
だけど今日半日以上一緒にいて互いに何となく相手のことがわかって、そう言うものを把握できたことで話しやすくなったということだ。
人の多さでティミッドが固くなりまくっていたときはどうしようかと思ったが、そこはレオナが優しく話しかけたりしていたの功を奏した。
「ねぇ、ウイ。聞いてる?」
「えっ? あ、聞いてなかった」
「もうやっぱり。
ウイの試合がわかるのって、この後よね」
「うん、そうだよ。前夜祭の終盤ぐらいに発表だって」
誰が相手でも負ける気はない。やれるなら強い人。例えば前年度優勝者とか。そのぐらいのレベルとぶつかってみたい。そのほうが絶対に面白いし、カッコ良い絵になる。
ああ、それと朝会ったツキノ。アマモト・ツキノ。彼女とは絶対に戦いたい。
「朝の子とも当たるかも、ですよね……」
「う~ん、どうだろう。私的には凄く当たりたいけど」
まぁ誰と当たるかというのは完全に運だし。雨が降ることも含めて、「天神様、頼んます」って願うしかできないんだけど。……魔道具の使用がアリだったら良かったのに。いや、まぁ、それだと武芸とか魔芸を競えないからしょうがないっていうのはわかるけど……。なんかあのお面、折角雨を降らせられるのに使うタイミングというのがなかなか来ないなぁ……。
「当たって、刀と合うのは雨だって示してやる」
「……あのときも叫んでましたけど、なんでそんなに?」
私の言葉にティミッドは不思議そうな顔をしてそう尋ねた。
「いわゆる価値観の相違……?」
なんか微妙に違う気がする。
う~ん……何というのだろう。
わからせ?
……。
……。
「?」
「う~ん、説明がむずいなぁ~。レオナ説明よろしく」
「えっ? 急に説明って……う~ん、例えばティミッドがウイを大好きとするわ」
「うえぇっ⁉︎ えっ、えっ、えっ」
「例えば。例えばよ」
「そ、そうですか……例えば、例えば……」
「そう、例えば。そして私もウイが大好きと仮定。このとき……そうねぇ~、あなたはウイの首筋が好き、私はウイのうなじが好きとして」
「は、はいッ」
「ティミッドは私のうなじ好きを納得はしているけど、一番魅力的なのは首筋だと思ってる」
そこまで言い切るとレオナはティミッドの目の前に立ち止まった。
「あなたの目の前には自分の知っている魅力を知らない人がいる。見当違いではないけど、若干ズレている。もう少し視野を動かしたりすれば真の魅力に気づけるそんな人が。さてあなたはどうする?」
「えっ、えっと……教えて、上げる……?」
「そう。そしてそれがウイの気持ちってことかな。折角自分と同じような趣味で、同じような感性。そんな人が正しく魅力を理解できていないのは可哀そうだから、教えたい。理解させたい。……そんな所かしら?」
「おお~そうそう。そんな感じ、そんな感じ」
説明に私を使ったのは謎だが、凄く納得な説明だ。
こう、なんか喉から出かかっていたモノがポロリと出たときみたいな、スッキリ感を味わったみたいな気分である。
そんな風な会話をしている内に私たちは旅館のほうへ到着。泊っている部屋へと戻って行った。
すると部屋の中には朝には置かれていなかった包みが置いてあった。
私はそれを急いで開くと中身を確認した。それは上下揃一式が揃った服であった。
この後の前夜祭の参加者は各学校の三校祭出場者や校長、出資者などの偉い人たちだ。流石に国王までは来ないが、騎士団の偉い人だったりも来る。あと他に来る人となると……もしかしたらお母様も来たりするかもしれない。
ひとまずそんな感じなので、私服で行くというのは若干TPOに反してしまう。
学校の代表としてその場に行くのだから、そこを疎かにしてしまうのはアウトだ。まぁ、それ以前に身分の高い人間なんだし、しっかりした服装で行かなければならない。
これはそのために実家から送って貰ったドレスだ。
この間姉様に買ってもらった服で行くというのも良いかなぁと一瞬思ったりもしたが、流石にアレはPTOという観点から見ると、外れているので没となった。
「綺麗な服ね」
「ですね」
「あはは~。褒めても何も出ないからねぇ~」
私の持つ服を見てレオナとティミッドはそう言った。
「……ちょっと描いても良い?」
「う~ん、着替えたらすぐに行くけど、それでも良いなら別に良いよ」
私はそう言いながら今着ている服を脱いで着替え始めた。
ちょっとギリギリまで食べ歩きしていたため、時間が押していた。前夜祭が行われるアマノ学園までは迎えの馬車が来る。そして送って貰ったドレスは一人でも着れるモノという注文をしてたので、ちょっと余裕ぶっこ抜いて食べ歩きし過ぎた。
「う~ん……まぁそれでも良いか。ティミッド、そこのスケッチブック取って~」
「これですか?」
「そう、それぇ~」
「はい、どうぞ」
「ありがとう~」
スケッチブックを受け取ったレオナは手早く鉛筆を走らせていく。サラサラと紙に線が描かれていく音を聞きながら私も急いで着替えを進めていく。
「よし。完了」
私はそう言って自分の着ている服を見た。
白と赤を基本にした巫女服のようなドレスだ。スカートの裾は長すぎず、短すぎずであり結構動きやすい。……この服を着て三校祭には出ようかなぁという考えが頭を過ったが、パーティー用の服を血や土やらで染めるのはダメだよなぁと思って、その考えは脳裏の奥に押しこんだ。
「じゃあ私は行くから。2人ともゆっくりしててね」
「ちょっ、待って。あと少しだけ待ってぇ~」
「あ、ま、待たなくて大丈夫です。お気をつけて行ってください」
「うぎゃ⁉︎」
レオナは未練たらしく私の足を掴んで足止めしようとしていたが、ティミッドによって止められて畳に倒れた。私はその姿を見て思わず笑い声を漏らしながら部屋を出ていった。
旅館を出ると迎えの馬車がすでに到着していた。
若干予定時間をオーバーしてしまっていたようだ。
私は御者の人に一言謝罪してから、前夜祭会場へと向かっていった。
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