第6話


「……」

「……」


 “私”と“小さい頃の私にそっくりな少女”。


「……」

「……」


 私は驚きのあまり口が開けっ放しに、少女は顔を傾け不思議そうな顔をして互いに見つめ合っていた。

 ひとまずそこまで時間は立っていなかったと思う。10秒やそこら。その程度の時間しか経過していない。


「「……」」


 そして無言の見つめ合いからの、同時の頭下げ。私とその少女は同じタイミング頭をペコリと下げた。

 ……。

 ……。

 どうしよう感が凄い。いや本当にどうしよう。ひとまず初対面だし簡単に挨拶したけど……これもうちょっとなんか言ったほうが良かったか。

 ……てか多分この子アマツカエ家関連の人だよなぁ。私と顔のパーツ同じ過ぎるし。髪もアマツカエ家特有の黒色感もあるし。う~ん、だけど私に妹とかはいないはずだし、そうなると分家の人……。それにここはアマモト家が作り替えた街、アマノであるからなぁ。

 そう考えるとこの子はアマモト家の子かな?


「ウイ、ウイ」


 そこまで考えているとレオナが私の肩を叩いてきた。


「うん?」


 そう聞き返しながら振り向くと、レオナが自分の顔を私の耳元に近づけてきた。


「ウイって妹がいたの?」


 尋ねられた言葉は予想通りの言葉であった。


「妹はいないよ」

「じゃあこの子は」

「多分分家の子かな……」


 私はそう答えながら再び少女のほうを向いた。


「むぐぅむぐぅ」


 少女は私たちのことを気にしていないという様子で紙袋から出したどら焼きを頬張っていた。さっきまで舐めていた飴はどら焼きを持っていないほうの手で握っており、どら焼きを頬張る合間に舐めたりしている。


 どら焼きと飴の組み合わせって合うのか?


 私は思わずそんな風に思った。


「なぁに?」

「えっ、ああ……どら焼きと飴って合うの?」

「どっちも甘いから凄く合うよ」

「あ、あぁ……」


 えぇー。甘いから合うって……えぇ……いや、まぁ、確かに甘いけど、一緒に食べるものではないでしょう……。


「もじゃもじゃのおねぇさん」

「? あっ、私?」

「みたらしが垂れちゃってるよ」

「あ⁉」


 レオナは少女にそう指摘され、自分のみたらし団子のタレが地面に落ちてしまってることに気づいた。タレは今もどんどん地面のほうへと落ちかけており、レオナは急いで団子を持ち上げ、自分の口の下へ持っていった。


「黒とピンクのおねぇさんも落ちちゃうよ」

「あ、ホントだ⁉」

「えっ、あっ、あっ、あ」


 私やティミッドの食べてたモノも餡子の所が少しずつ脇へとズレており、危うく落ちる所であった。


「おじちゃん。みたらし三つ」

「あいよ~」


 私たちに団子の危機を知らせると、少女は団子屋のおじいさんに向かってそう注文をした。その手にはさっきまであったはずのどら焼きは跡形もなくなっていた。そして飴のほうも棒とゴリゴリというかみ砕かれる音しか残っていない。


「あの~ちょっと良いかな?」

「? 良いよ」

「あなたはもしかしてアマモト家?」

「そうだよ。……もしかして黒のおねぇちゃんはアマツカエ家だったりするの?」

「うん、まぁそうだよ……」


 一応アマツカエ家とアマモト家の中は凄く悪い。私個人としては特に思うことはなし、どうでも良いことではある。ただ私がそう思っているからと言ってもこの少女がアマツカエ家に関して別にどうでも良いとは限らない。

 むしろ凄く毛嫌い。この世からの根絶を願うほど嫌いというパターンもあり得――いや流石にこれは盛りすぎた。まぁこんなにではないにしてもアマツカエ家が嫌いな可能性はある。

そうなってくるとここから厄介ごとに繋がる可能性だってあるかもしれない。

 折角の観光なのにそうなってしまえば、普通にめんどくさ過ぎる。


 なので彼女の放つ次の言葉を聞き逃さないように私は耳を澄ました。

 もし面倒そうなことに繋がりそうであれば、急いでこの場を離れる。


 そんな風に思いながら言葉を待っていた私の耳に入ってきた言葉は、


「そうなんだー。まぁ別に良いけど」


 至極どうでも良いという感じのものであった。


 私はそれを聞いて一気に気を抜いて座り込んだ。


「そうなんだ。でもなんで?」

「なんでって?」

「だってアマモト家って、昔アマツカエ家から追放されちゃったでしょ。だからそういうので恨んだりとか憎んだりとか」

「うーん、私はそういうの良く分かんない。お兄ちゃんとかはよくそんなこと言ってたかもだけど、私はどうでも良いかなぁ」


 こういうパターンは予想していなかったわけではないが、結構意外である。まぁ私ぐらいの年齢の子ならば過去の色々とかは別に自身が経験したことでないためどうでも良い感が強いのだろう。


「おねぇちゃんは、私の家が嫌いなの?」

「いや~別に。好き嫌いとかより、家同士のアレコレなんてめんどくさいって感じ」

「じゃあ私と同じだねー」


 少女はそう言いながらにっぱりと笑った。私はその顔を見てるとふと疑問がよぎった。


「てかさっきから何でおねぇちゃん呼び? 多分私と同じ年齢だと思うけど」


 目の前の少女はアマノ学園の制服を着ている。つまりは学校に通う年齢であるということだ。

 確かに身長はモーリェ並みに小さいが、モーリェという前例がある以上、このぐらいの身長で15歳以上というのは別に不思議ではない。


 私の質問に少女は顎に手をやりながらこう言った。


「うーん、だっておねぇちゃんは私よりデカいから。デカい人はみんなおねぇちゃんだよ」

「ふ~ん、そうなんだ」


 身長で『おねぇちゃん』か。

 もし私ならレオナやティミッドも『おねぇちゃん』呼びになるということか。……姉様の前でそんなことしたら多分色々と複雑な表情を浮かべたりしそうだ。


「じゃあ、あなたより小さい人とかはどう呼ぶの?」


 レオナが思いついたかのようにそう尋ねた。


「うーんと、誰々ちゃんか誰々君かな」

「ちなみにそう呼んだ人の人数を聞いても?」

「1人は居たんじゃないかなぁー」


 なんともお察しの通りというような返答であった。私とレオナは思わず苦笑してしまった。


「ねぇ、私いっぱい話したから次は私の質問に答えてよ」

「良いよ、良いよ」

「3人は三校祭を見に来たの? それとも出場しに来たの?」


 初っ端から中々な質問を飛ばしてきた。

 私は口を悪戯っ子のようにニヤリとさせながら言った。


「どっちだと思う?」

「うーん……もじゃもじゃのおねぇちゃんは観戦。ピンクのおねぇちゃんは……どっちかな。いっぱい避けるのは得意そうだけど、攻めるのは苦手そうだし……観戦かなぁ」

「⁉」


 その答えにティミッドがビクッと驚いた反応をした。


 これは当てずっぽうという感じではないだろう。ティミッドは傍から見ると気弱な感じでとても戦えるようには見えない。だがそれでもちょっとした小細工アリとはいえ、ティミッドは合宿に選ばれた。つまり戦えるということであり、そしてこの少女はしっかりと見抜いている。


「――」

「おっ、正解よ」

「やったー」


 レオナの言葉に少女はそう言いながら無邪気な様子で喜んだ。


「ほい。お待ちどう」


 そのときおじいさんが団子を乗せた皿を持って私たちの前にやってきた。

 それを見て少女は大喜び。足をバタバタとさせながら団子が乗った皿を受け取った。


「やったー、来た来た、お月様ぁー」


 少女は目を輝かせて団子をじっくりと見ながら一本一本美味しそうに口の中へ入れていく。そして時折紙袋の中から金平糖や饅頭、煎餅を取り出したかと思うと団子と一緒に口の中へ放り込む。

 柔らかいものに、硬いもの。甘さの方向性も違うし、しょっぱさを持つものだってある。さっきも言ったし、思ったのだが、その組み合わせってどう考えても合わないだろう。


「……それで私はどっちかな?」

「うん? 黒髪のおねぇちゃんは勿論出場者でしょー。私とおんなじぃ~」

「ふ~ん、やっぱり」


 私はそう言葉を漏らした。


 まぁ大方予想通りである。

 アマツカエ家の分家の人間であるし、それにレオナの実力もしっかりと見抜いている。つまり実力はしっかりと持っている。ならば三校祭に出場するというのは当然と言えば当然なのだろう。


「じゃあここで会ったのは偶然? それともワザとだったり?」

「あははははー。流石に偶然だよ。私馬鹿だから、そんなに複雑なことは考えられないし」


 少女は笑いながらそう言葉を返した。

 そして最後の一本に刺さっていた団子を口に入れた。


「それより、それより私の質問はまだまだあるよ」

「何かな?」

「おねぇちゃんたち、3人は今日何するの?」

「今日は……?」

「そりゃ食べ歩きよ、食べ歩き。何せこの街には普段は食べないようなものが沢山あるもの」

「そうなんだ。じゃあこれから会場周りの屋台に行くの?」

「うん。その予定」


 私がそう答えると少女は満面の笑みを浮かべた。私たちはそれを見て不審に思って首を傾けた。

 すると少女は突然席の上に立ち上がった。

 身長が低いとはいえ、私たちは席に座り、少女は席の上に立っているので、私たちの目線は自然と上のほうに向いた。


「ふふふ! だったら私が案内してみせよう!」


 少女は胸を張るようにしてそう叫んだ。その姿は自分よりも年齢の低い子が、久しぶりに会った親戚にとっておきのおもちゃを見せびらかそうとしている様であった。


「「「……」」」


 そしてその言葉に対しての私たちの反応は硬直であった。

 数秒の硬直。


「?」


 少女は私たちの反応を見て不思議そうな顔をした。

 しかし私たちはそんな反応をよそに、一斉に顔を寄せあった。


「どうする?

 私としてはこの街を良く知っている人が案内してくれるというのは凄く良いなぁと思った」

「う~ん、私的には別にどっちでも良いわよ。どうせ私は何が何だかわかんないって感じだし」

「わ、私も、どっちでも良いかなぁ……っていう感じです。……あっ、だけど、ウイさんとベッタリしたいから……いなくても良いかなぁ~、だったり……」

「うん? ティミッド、後半がちょっと聞き取り」

「あ! な、なんでもないです! ちょっと、口が滑っただけです!」

「そう?」


 う~ん、ひとまず私たちの中での答えとしては「どちらでも良い」という感じだ。居るなら便利。居なくても別に困るわけではない。

 そうなると折角の申し出だし、ここは厚意に甘えて案内してもらうか?


 だけどなぁ、折角のレオナとティミッドの仲を深める機会でもあるしなぁ。知らない人が入るとなると、視線だけでもあんだけ固くなっちゃってたティミッドが、固くなってしまわないとは限らない……。


「ティミッドは大丈夫なの?」

「えっ、えっと、はい……た、多分……大丈夫です」


 少々の固さを感じさせる返答である。


「私はどっちでも良いわよ」

「私も、ウイさんが決めたなら……なんでも良いです」

「う~ん。じゃあ……」


 そうするか。


 私は答えを決めるとクルリと少女のほうを向いた。少女は紙袋から出した金平糖を手の上で積んだりしながら待ちぼうけているようであった。


「決まった?」

「はい。

 折角の申し出ですけど、ちょっと今回は遠慮しておきます」

「えーそうなんだー」


 今回はレオナとティミッドに親睦を深める。そっちを優先だ。


「……ふぅーん、そっか。じゃあしょうがないかぁ」


 少女はちょっとだけ寂しそうにしながらそう呟くと、手の上に乗せた金平糖を口の中へ流し込んだ。

 金平糖がかみ砕かれる音が静かに響いた。


 少女は紙袋を抱えて立ち上がる。私たちもそれに釣られて立ち上がっていく。そして4人そろって団子屋の店先に出て行った。


「あ、そう言えばおねぇちゃんの名前は?」

「私の名前? ああそう言えば名乗ってなかったか。てか聞いてもいなかったか……」


 なんだか私って名前を聞かずに話をすることが多すぎるなぁ。おかげでクラスメイトの名前も覚えていなかったするし。


「私の名前はウイ。アマツカエ・ウイです」

「私はレオナ・ビンチよ」

「あ、えっと、えっと、私はティミッド・アーディー……です」

「なるほど、なるほど。えっと、私は「ツキノ‼」あれ? 迎えが来ちゃった」


 叫びが聞こえてきたほうを見ると少女と似た髪色の若い男性がこっちへ駆けてきていた。


「じゃあ手短に。私の名前はアマモト・ツキノ。『月明りの下で刀を振るいたい』、ごく普通の幼女だよぉー‼」

「⁉」


 少女――改めアマツカエ・ツキノはそう叫びながら若い男性のほうへ走っていった。その姿はあっという間に男性を追い越し、先の先まで行って、そのまま見えなくなっていった。


「最後にウイみたいなことを言っていったわね~」

「ウイさんみたいなこと?」

「うん。確かウイの夢って『雨の中でカッコよく刀を振るう』だったわよね」

「え、へぇ~そうなんですか…………知らなかった」


 ツキノが去って、レオナとティミッドが何かを話しているのが聞こえる。ただそれらは私の脳内で正しく処理されず、流れてゆく。


「あれ? ウイどうしたの?」

「う、ウイさん⁉ 大丈夫ですか⁉」


 ……。

 ……。

 『月明りの下で刀を振るう』。

 なるほど。

 なるほど。

 それは良い趣味をお持ちである。


 だが――


「刀が合うのは雨の中だッ‼」

「わっ、びっくりした」

「⁉」

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