第5話


「あ、来ました……」


 旅館の入り口のところに行くとティミッドは私に気が付きそんな声を上げた。


「意外と早かったわね~」


 そしてそれに続くようにレオナも声を上げた。


「うん。思ったより長くならなかった」


 私は二人の元に近寄りながらそう言った。


「何の話だったの?」

「う~ん……何の話かぁ~」


 雑談?

 激励?

 自己自慢?

 たわいのない話?


「まぁ~別にどうでも良い感じの話。いつも通り」

「そう?」


 うん。いつも通りのどうでも良い感じの話だ。

 今はまだその程度の認識で良い。アロガンスの認識を上げるにはもうちょっと――いやもうかなり後になるかなぁ。


「それじゃあ早速行こう、行こう~!」

「は、はい」

「まずはどっち行く? 右の道? それとも左の道?」


 レオナはそう言いながら私たちの前に立って左右を指さした。


「う~ん」


 規則正しく脇への道があるが、基本的にどちらの道も真っすぐ一本道。

 その道の間には様々な店が立ち並んでいたり、のぼりが風でなびいたりしている。

 小さな煙を出している店があったり、商品を店先に出している人がいたり、荷車に物を積み込んでいる人がいたりなど、様々なものが見て取れる。


 この街は五目状に建物が建てられているので直線角々であり、旅館の前に立って左右を見るだけでも結構な情報が入り込んでくる。


 今回の目的は食べ歩き。

 だからなるべく屋台系な食べ物が多い方面のほうが良い。まぁ都合よくそんな場所があるかはわからない。


「ねぇティミッド、三校祭の会場って左の道だよね」

「はい。そうです。えっと、あのちょっとだけ飛び出ているところです」

「了解了解。

 じゃあ、ひとまずはあそこ目指して歩いていかない?」


 ただ今この時期に関していえば、恐らくある。というか多分屋台とかが立ち並んでいたりしているはずだ。

 なにせ三校祭――つまり祭りである。

 祭りということで財布のひもが緩んでいる学生を狙い、屋台を出したりする人は多いはずだ。


 現にさっき荷車に物を詰め込んでいた人が私たちの隣を通り過ぎて三校祭会場方面へと進んでいった。そのとき見えた詰め込まれた荷物の中には店の名前や値段を示す看板とかがあった。

 十中八九あっちのほうで出店みたいなことをするということだろう。


 そしてそうなると出ている店は一つとかというわけではないはずだ。確実にいくつもの屋台が出ていたりしている。


「なるほどね。確かにあっちのほうなら屋台は多そうね」


 レオナは通り過ぎた荷車を引く男を眺めながらそう答えた。

 ティミッドも私の意見には賛成のようで顔を縦に振って肯定していた。


「それじゃあ食べ歩き、行きますか」

「「お~!」」



 建ち並んでいる建物は店ばかりではなく住居も立ち並ぶ、いわゆる商店街という感じではない。ただし、どの建物も周りの雰囲気と統一されているので、どれもこれもお店のように見えてくる。


「うおぉ~。おぉ~」

「ちょっ、レオナ。そんな回んない」


 そしてそんな統一された景色に目を奪われてしまったのか、レオナはさっきからグルグル回りながら歩いていた。一応目を回している様子であったり、どこか見当違いの方向へ進んでしまうということはないのだが、若干周りの視線が気になる。

 アマノに住んでいる人や三校祭を観るために来た人などがちょくちょくグルグル回るレオナを見ていた。

 そしてその視線が私たちにも向かったりするのはごく自然なことだ。中には子供連れの母親が『見ちゃダメ』と言い聞かせていたりもする。


「えっと、えっと、あわわわ……」


 そのせいでさっきからティミッドは緊張してしまい変な感じになっている。

 ……まぁ直接的なものでないので「えっ」しか発せない状態になっていないのが幸いであるか。


「ほ~い。そろそろ止まってね~」


 私はそう言いながらレオナの首根っこを掴んだ。


「うぎゃ⁉」


 レオナは低い悲鳴を上げて、ようやくグルグル回るのを停止。私に引きずられながらズルズルと地面に軽く跡を描いた。


「ここは~パラダイス~」

「はいはい。そう思うのは良いけど、奇行は晒さないでよ~。ティミッドが貰い視線してるから~」

「えっ、えっ、えぇぇ~、あ、あわわ……」


 レオナは首を捻って私の隣を歩くティミッドへ視線を向けた。そしてその後軽く周りを見渡した。


「う~ん、それは私のせいだけじゃなくて、ティミッドが可愛いのもあるわよ。それにウイも凄く可愛いから」

「そう?」

「そうでしょ」

「ふぅ~ん……そうなんだ」


 私はそう呟きながらもう一度周りを見た。

 確かにさっきのレオナの奇行が止まったのに、私たちに注がれる視線の量はあまり変わっていない。まぁ引きずられるレオナに視線を持っていかれているだけかもしれないけど。


「別にティミッドのことを変に思ってるわけじゃないから、ティミッドもそろそろ戻ってきてぇ~」

「えっ、えっと……」

「みんなティミッドが可愛くて見てるだけだから」

「うえぇぇ~――⁉」


 ありゃ?


 なんか赤くなって湯気吹き始めちゃった。


「ウイ~。それアウト~」


 コレ、ミスったか?


「視線で緊張してるのにそんなこと言ったら余計緊張するでしょう~」


 あ、そっか。深く考える必要もなく当たり前。

 さっきの発言は普通に視線が集まってるよという発言だ。そんなんじゃ余計緊張しちゃうか。


「いや可愛いから見てるって言ったのレオナでしょ」

「そういえばそうだったわね~」


 レオナは呑気な顔をしながらそう答えた。


「う~んと……じゃあ、みんな私を見てるだけだから」


 私は少し考えるとそう言った。


「~~?」


 ティミッドは顔を真っ赤にし、湯気を吹き出しながら私のほうを見た。


「私が可愛くて見てるだけ。ティミッドのことはバッチリ見てないから、そんなに緊張しなくて良いよ」

「……本当?」

「……本当、本当。……多分、本当」


 するとティミッドの顔の赤さは若干引いた。発生していた湯気も消えた。


「そ、それなら……大丈夫、です。……うん、はい。ウイさんが可愛いだけ。ウイさんが可愛いだけ。ふふふ……それなら緊張しないです」


 なんかむず痒い。自分で言うならなんともないが人に言われると何とも言えぬ感覚で、むずむずする。


「えっと、どうしました?」

「ぅん? あ、えっと、なんでもないよ」


 ティミッドに可愛いと言われてむず痒かったというのは言わなかった。流石に恥ずかしい。


「てかウイ~。そろそろ放してよ~」

「う~ん、グルグル回んない?」

「回んない、回んない」

「じゃあ良いよ」


 私はそしてレオナを隣に立ち上がらせてから放した。


「ふぅ~。ひどい目に遭った」

「いや自業自得。ティミッド~レオナの頭小突いても良いよ~」

「えっ、えっと………………じゃあ失礼します」


 少し考えたティミッドはそう言いながらレオナに近寄って軽く拳を振り上げた。

 それを見てレオナは驚きの言葉を上げた。


「そこは断るながッ、ぎゃっ⁉」


 だがその言葉の途中で軽く頭を小突かれ、わざとめいた悲鳴を上げた。

 私はその一連の光景を眺めながら可笑しそうに笑った。


「あ、すみません。ちょっとやり過ぎました……?」

「大丈夫、大丈夫。むしろそのくらいなら良い薬だから」

「うぅぅ……なんて日よ……」


 私たちの言葉を聞いてレオナは小突かれたところを撫でながらそう言った。だけどその姿には本当に嘆いているような感じはない。むしろちょっと面白そうに口角が上がっている。

 それを見て私は再び笑った。そしてそろそろ何かしら食べ物を売ってる店がないかと視線を先のほうにやった。


「お! 団子屋さんだ」


 ちょっとだけ進んだ先に団子屋と描かれたのぼりが見えた。そののぼりの真横にはこぢんまりとした建物が立っている。


「団子屋さん? 団子って確か丸いやつよね」

「そうそう。それを串にさして、餡子をとかを乗せたやつ」

「た、食べてみたいです」


 屋台ではないけど、別に屋台じゃなければいけないとかルールを決めたわけではないし。それに団子なら食べながら歩いたりもできるだろう。


「じゃあまずは団子と行きますか」


 私たちはちょっと駆け足になって団子屋のほうへ歩いていった。



 その団子屋は店先で注文を受け、店内で団子を作り、それを渡す。一応中に座れるところは何個かあったが数は少なく、基本的にお持ち帰りとかがメインなんだろう。


 私とティミッドは餡子、レオナはみたらしを注文。すこし待つとたっぷりと餡子やみたらしが付けられた団子を店員が持ってきた。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」


 私たちはそれぞれ代金を手渡しながら団子を受け取った。

 そして貰った団子を見て何も言うことなく息ピッタリに店の中へ入っていった。


 流石にあの量の餡子を乗せられた団子を持ちながら歩くとなると、餡子を零さずに食べきる自信がない。確実にボトッと餡子を落としてしまう。そんなことになればちょっと悲しくなる。



 3人横一列に座った私たちはそれぞれ自分の手にした団子に目を向けた。


「おぉ~」


 レオナはみたらし団子をスケッチしたそうに団子を持っていないほうの手で虚空に向かって手を動かしている。あんまりその状態を維持しているとみたらしが地面に垂れてしまいそうだ。


「……」


 一方ティミッドは恐る恐るという感じで団子を口に持っていってる。


「あ、美味しい!」


 そして団子を口に入れたティミッドは思わずそう口にした。


「それは良かった」


 私はティミッドに向かってそう言いながら自分の団子を口に入れた。

 甘過ぎない、丁度良い感じの甘さ加減。団子のほうは出来立てなのか若干温かく、モチモチである。これなら何個でも食べてしまえる、そう思わされる。


「レオナも早く食べたら。あんまやってるとタレが地面に落ちちゃうよ」

「うん……ちょっと待って……。このタレをもう少し見てから……」


 レオナはそう言いながらみたらし団子を陽の光に当てるようにして上に上げた。


「きれい……」

「まぁ確かに綺麗だね。丸い団子に薄い黄色だから、お月様みたいにも見えるし」

「おお、嬉しいことを言ってくれるな!」


 私とレオナの言葉に反応したのか、団子屋を作っているおじいさんが顔を出しながらそう言った。


「それにお月様とは。あの子みたいなことを言う」

「あの子?」

「ああ。確かお前さん位の身長で、黒の濃い灰色の髪をして……」


 そのとき店の中に一人の少女が入って来た。


「えっと、もしかして幼い感じの顔ですか?」

「ああ、そうだそうだ。それと」

「アマノ学園の制服を着た?」

「そうだ、そうだ。うん? そう言えばなんか似ているな。なんだ知り合いか?」

「いえ、知り合いではないですね。たた、ちょうど今目の前にはいますね」


 私は先ほど店に入って来た紙袋を片手に飴を舐めている少女を見ながらそう言った。


「お嬢ちゃん来てたのか」

「お外暑い。ちょっと休ませて」

「「⁉」」


 その顔を見てレオナとティミッドは驚きのあまり目を見開いている。


 ポタっとレオナの持つみたらし団子のたれが地面に垂れ落ちた。


「?」


 少女はコテッと顔を傾けながら私たちを見た。

 その顔は思わず「私⁉」と思ってしまうほど小さい頃の私そっくりであった。

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