第4話


 アマノで一晩過ごして2日目。

 爽やかというにはほど遠い、蒸し暑さを感じながら私は目を覚ました。

 それから私は自分の寝ていた布団を畳み、寝巻きから私服に着替えた。この服はもちろんこの前の姉様が買ってくれたものだ。

 姉様が買ってくれた服はどれも上下ワンセットの物であったので、どういう組み合わせで着ればいいのかというのに悩まなくていいというのが大変便利である。


「ふぁぁぁぁ~」

「うぅぅ……」

「おっ?」


 私が着替え終えた頃。ちょうどそのタイミングでレオナとティミッドも眠りから覚め、まだ重い瞼を擦り出した。


「おはよう」

「……おはよう……ございます……」

「うぅ……暑い」

「そりゃ頭から布団被って寝てたんだから」


 私は呆れながら汗を垂らしているレオナのほうを見ながらそう言った。


「そんな被んないほうが良いって言ったのに~」

「だって気持ちよかったからぁ……」


 レオナはそう言いながら自身の被っていた布団の上に転がった。

 まぁ確かにここの布団はかなりの良いものである。厚さに関しては厚すぎず薄すぎずという感じで、夏の夜のちょっとした涼しさで風邪を引いてしまうということはないだろう。

 触り心地に関してもかなりの物であり、ここの上で寝転がるだけで疲れが取れてしまうと思ってしまうほどだ。


 レオナはその布団が相当気に入ってしまい、昨晩はそれを頭から被って寝ていた。流石に夏用の布団だとしてもそんな風に寝れば暑くなってしまうというものである。


「水でも飲む?」

「うん、飲む~」

「了解。ティミッドも飲む?」

「は、はい。頂きます」


 ティミッドはレオナとは違い汗はあまりかいていなかった。かいている汗も布団が暑かったというわけではなく、朝の蒸し暑さによるものだ。


 私は冷凍箱から出した水をコップに注いで二人の元へ持っていった。


「ほい。どうぞ」

「ありがとうございます」

「あぁ~染みるぅ~」


 レオナは水を一気に一飲み。そして気持ち良さそうにしながらそう言葉を漏らした。


「それで午前中はどうする?」


 私は自分の水を少しだけ飲んでからそう言った。


 三校祭の前夜祭は夕方過ぎからであり、それまでの時間潰しみたいなものなので、一応午前中とは言っているが実際使える時間としては午前中過ぎても問題はない。なのでそこそこの時間ある


「ひとまずアマノを観光しようかなぁ~って感じだけど……ノープランで行く? それともどこか行きたいところとかある?」


 ずっと目的もなく歩き回るというのも良いが、それでは折角の観光がちょっともったいない。


「う~ん、私は特にはないかなぁ~。……あっ、画材屋があったらちょっと見てみたいかも」


 レオナの言葉は何となく予想通りという感じであった。


「なるほど~」


 私はそういう風に言って頷きながらティミッドのほうを見た。


「ティミッドは?」

「えっ、あっ、えぇ~と…………」


 ティミッドは少し考える素振をすると、思いついたように顔を明るくさせた。


「あ、甘いモノを!」

「甘いモノかぁ……。確かこの街の食べ物って珍しいのが多いわよね。うん私も食べてみたいかも」


 「うんうん」としながらティミッドの言葉に同意を示した。


「うん。そうだね」


 アマノは街並みだけが和風なのではなく、料理なども和風な感じだ。

 米みたいなやつはもちろん出るし、刺身とかも出てくる。洋風な感じの食事が大半であるセオスという国の中では中々に珍しい。

 こういう料理は一般的にはあまり出てこないし、出るとしてもアマツカエ家やその分家の食事だったりなどでだ。


 昨日も刺身や大きな焼き魚、ご飯、漬物、みそ汁などの料理が出てきてレオナとティミッドが珍しさに目を輝かせていたのが記憶に新しい。


「あぁ、だけど甘いモノ以外も食べてみたいわよね」

「確かに……ですね。昨日のみたいなの、あんまり食べたことありませんし……」

「ふむふむ。じゃあ色々食べてみたいって方向性で良いかな?」

「は、はい」「うん」


 そうなってくると食堂とかに入って食べるとかよりは簡単なものを食べ歩きみたいな感じのほうが良いかもしれない。

 どうせここに泊まっている間にちゃんとした料理とかは食べれるし。むしろここでは出ないような簡単なもの、いわゆる屋台料理みたいなのとか。


「ひとまず食べ歩きって感じで行くか」

「うん、それで良いわ」

「私も。それで良いです」


 そんな感じで午前中の予定を定め、それから私たちはそれぞれ水を飲んだり、着替えたり、布団を脇に退かしたりした。

 そしてそれらが終わった頃、仲居の人が部屋にやって来て料理を運んできた。

 まさに見計らったかのようなベストタイミングである。


「ふわぁ~」

「おぉ~」


 運ばれてきた料理にレオナとティミッドは二人して声を上げる。その姿に料理を持ってきた仲居さんは微笑みながら静かに退室していった。


 朝食のメニューはだし巻き卵、ご飯、湯豆腐、漬物数種類、みそ汁、焼き魚。どれもサイズとしては小さく、朝からでも結構食べやすい量だ。私的には若干物足りなさを感じたが、どうせこの後街を歩き回って色々食べるんだし、これくらいでも別に問題ないかと思っていた。



 *  *  *



「あ」

「「「あ」」」

 私と正面から歩いてきた3人がほぼ同時にそんな声を漏らした。


 朝食を終え、食休みを済ませた後、私たちが旅館を出ようとしたときバッタリとアロガンスたちと出会った。


 まさかアロガンスたちもここに泊まっているとは。いやだけど王族が泊まるとなると、中途半端な所に泊まってしまえばその者の品格みたいなものが下がってしまう。そう考えるとアロガンスたちがここに泊まっているのはむしろ自然であるか。


「黒髪もここに泊まっていたのか」

「はい。まぁ一応お金はあるので」

「ふん、そうか」


 アロガンスたちは三人とも浴衣を着ており、ここに泊まっていたということがわかる。……なお衿の部分――本来なら右の衿が下でその上に左の衿上となるのだが、それが見事に逆になっていた。


「プっ」


 私はそれを見て思わず噴いてしまった。


「? どうした?」

「いえ。なんでも。ただ……衿の所が」

「衿?」

「はい。それ、逆ですよ」

「「「⁉」」」


 私の言葉にアロガンスたちは慌てて自分の衿を無理やり正しい形へ戻した。そのせいで若干着崩れているが、まぁ浴衣の下が全て丸見えにさせているわけでもなく、胸が少々見えてる程度なので問題はないのだろう。

 まぁ近くにいた仲居の人が頬を赤く染めてガン見しているので早急に直したほうが良いと思うけど。


 まっ、私にとっては別にどうでも良いことだけど。


「それじゃあ失礼しますね」


 私たちは別に話すこともないのでそのまま行こうとしたが、


「あ、黒髪。ちょっと待て」


 その途中でアロガンスに呼び止められた。


「なんですか?」

「ちょっと一言、いや二言……」

「あ~ちょっと待ってください」


 私は何だか微妙に長くなりそうな気配を感じ、一旦止めさせた。


「レオナ、ティミッド。2人は先に行ってて。ちょっとだけ長くなるかもだから」

「りょうかぁ~い。じゃあ先行ってよう」

「は、はい」


 レオナはそう言ってティミッドを連れて入口のほうへ向かっていった。


「それで何ですか?」

「三校祭のことだ」

「三校祭がどうしたんですか?」

「三校祭に俺たちは出られないが、観客席からお前の戦いを見させて貰うぞ。絶対に無様な姿は見せないでくれよ」


 アロガンスは力強い声でそう話した。

 私はそれに対して口をニヤリとさせた。。


「どうぞ、どうぞ~。むしろしっかり見て、ちゃんと私に勝てるようになってくださいよ~。今のままじゃ一生私に勝てませんよ~」

「あ、当たり前だ!」


 アロガンスは若干口調を荒ぶれさせながらそう返した。


「俺の観察眼があればお前の全てが丸見えだ」

「そうだ! アロガンス様の観察眼は凄いんだぞ! なぁビエンフー」

「そうですね~」


 観察眼? まぁ王族だし、上に立つ人間になるんだからそれなりの目は持ってるだろうけど……。あんまそれが役に立っている所とか見たことないし、本当にあるのかなぁ~という感じである。


「そうなんだ?」

「なぜ疑問符を付けるんだぁ!」


 アロガンスは心外だと言わんばかりにそう叫んだ。


「いやー何でだろうー」


 う~んまぁ実際に見たモノではないし。

 ちょっと半信半疑である。


「アロガンス様。落ち着いて、落ち着いてください」

「そうですよ~。こんなところで叫んでは」

「そ、そうだったな。すまない。……ふぅ~黒髪、お前が俺のことをどうでも良いと思っていることをつい忘れてしまっていたな」


 アロガンスはフェルゼンやビエンフーに宥められながらそう呟いた。


「だがそれももう間もなくで終わりだ! 俺は必ずお前に追い付くぞ!」

「まっ、頑張ってください」


 私はアロガンスの元気な声に対して素っ気ない感じで返した。

 それにアロガンスたちは気が抜けてしまったようにガクッとなった。


「本当にやりづらいなぁ」

「まぁ、そうしたのはアロガンス様たちですけどね」


 私は笑いながらそう言った。


 私のアロガンスたちへの好感度は普通に平均以下。いわゆる知り合いだけど別に適当に相手して良い人間の分類だ。そうなった理由はもちろん入学当初のアロガンスたちの面倒草のせい。なので自業自得である。


「うぐぅッ。それを指摘されると痛いな」

「ひとまずはちゃんと強くなってくださいよ」

「当然だ。強くならなければアマツカエを不要にすることなど出来ん!」


 胸を張りながらそう言ったアロガンスの姿はちょっとだけ大きくなったように見えた。

 本当によく考えてみると入学当初からだいぶ変わったものだ。あの頃の私がこの光景を見たとしたらあまりの変わり具合に笑い死ぬか気味の悪さで身震いしたものだろう。


「じゃあそろそろ私は行きますので」

「ん。ああ、引き留めてしまってすまない」

「いえ。ちょっと貴重な時間を無駄にしただけですので」


 私はそう言い残すと一度も後ろを振り向かずレオナやティミッドの所へ向かった。

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