第11話
「目ぼしそうな奴はいたか?」
「やっぱり前年優勝のデュアリ・ジューディチェだろう。あれの強さは別格だ」
「……まぁうちの副長ほどではないけどな」
「それは誰にでも言えるだろ」
「確かに。そりゃそうか」
「この魔道具とか如何ですか! 現在主流の冷凍箱を改造した一品で!」
「う~ん……確かに良さそうではあるが……ちと重すぎないか? もう少し軽くしなければ」
「うぐぅッ」
「これからも御贔屓お願いします」
「無論ですよ」
「何やってんすか、このアホ筋肉!」
「なっ、何をするのです!」
「毎年毎年喧嘩吹っ掛けなければ気が済まないんですか貴方は!」
試合順の発表後、前夜祭――その会場では再び談笑の声が満ちていた。
良さそうな人材を探す者。
自分を売り込む学生。
今回の準備のおかげで生まれたパイプを太くしようとする者。
いつものようにやらかした仲間に声を荒げる者。
皆それぞれという感じである。
そんな会場にいる者たちの中には、三校祭というイベント事態に対して興味がなく、ただただ集まって談笑するためだけにここに来ている貴族たちもいた。
彼らはワイン片手に窓側のほうでそんな風に談笑を続けていた。
「そう言えばあの成金野郎、暗殺されそうになったんだってよ」
「あらまぁ。そんなことが」
「残念なことに騎士団の副長が近くにいたから死ななかったみたいだけど」
「なんだ、そいつは残念だ。あれがいなければ、俺の事業はもうもっと拡大できるのに」
「最近物騒ですわねぇ。ついこの間も、一家全員殺害なんてこともあったみたいですからね」
「それは怖い、怖い」
「怖いと言えばこの街もそうですよね」
「確かに。……何をどうすればここまでのことができるのやら」
「はははは。本当酔狂なことですな」
「あんなに高齢なのだ、もしかしたらボケているのかもしれないな」
「わっはっは。もし本当にそうなら俺が優しく手助けでもしてやろうかね」
「そりゃ良い!」
話はだんだんヒートアップしており、どう考えてもこの場で話して良いような内容ではなくなっていた。
話が聞こえる位置にいた者は彼らの話す内容に思わず怪訝そうにしながら離れていく。だが彼らはそんなことはお構いなし。自由勝手に談笑を続けていく。
「第一、アマツカエだかアマモトだとかが何だっていうんだ。祖先がちょっと凄いことをやったからって良い気になってよ~」
「全くもってその通りだよなぁ」
ワインは加速度的にその体の中へ注がれていき、顔は赤く染まっている。
主役でもない、たまたま呼ばれただけの者たちがここまでの状態になっているのは流石に羽目を外し過ぎにも見える。まだ声がそこまで大きいわけではないのだけが幸いであった。
そのときだ。
「おや。楽しそうですな」
酒に酔い、談笑に耽る彼らの元に一つの声が響いた。
「儂も混ぜてもらっても良いかね?」
「「「⁉︎」」」
「ソ、ソウカンさん⁉︎」
その貴族たちは突然自分たちの所にやって来たソウカンに思わず驚きの声を上げた。
ワインを零したりしなかったのは、日ごろの分厚い面構えのおかげだろう。
「どうした? 儂の顔に何か付いておるのか?」
「い、いえ! なにも付いてません!」
先ほどまでの高揚に高揚していた様子は何処へやら。すっかり酔いは吹っ飛んでしまっていた。
「そうかぁ? それなら良いが」
ソウカンはにこやかに笑いながらそう言った。
そして思い出したように手を打つと腰に巻いた革製の箱ケースのようなものを開け、中から棒を引き抜いた。その棒にはカエルが突き刺さっていた。
「ほれ。これを食べてみないか?」
「え、えっと、これは……」
「ははは。最近の趣味でな。娘に飴細工をつくっているのだ」
ソウカンは人数ピッタリのカエルの飴をその手に持ちながら言葉を続けていく。
「楽しそうに談笑していたお主らにはこの蛙の飴が丁度良い」
「えっ、えっと……」
「どうした食わんのか? 儂の飴を食えないのか?」
「あ……」
「えっ、えっと、頂きます!」
「も、もらいますッ」
「そうか。そうか。それは良かった」
優しそうな声色が響く。
だがそれを聞く彼らにとってそれは全く優しそうには聞こえなかった。
「それでは儂はこれで失礼させてもらおう。この後も是非楽しんでくれよ」
そしてソウカンはそう言い残してこことは別の人の集まりへと向かっていった。
「……」
「……」
「「「……」」」
残された貴族たちはその手に持つカエルの飴を不気味そうに見つめた。それを食べるという気分には到底なれなかった。
一方その頃。
ウイはと言うと――
「いやお月様でしょッ‼︎」
「いぃ~や! 断然雨の中‼︎」
会場の外でツキノとそんな風に言い争っていた。
* * *
「月ッ‼︎」
「雨ッ‼︎」
「月月月月月月月月月月月月月月―‼︎」
「雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨―‼︎」
「月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月‼︎」
「雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨‼︎」
私とツキノの叫び声。
その両方が連続して、絶え間なく響いていく。
私はツキノの声に負けじと何度も何度も連呼する。するとツキノもそれに対抗して連呼していく。するとまた私が皿に連呼。そしてさらにツキノが連呼。さらにさらにの倍々算となって私たちの声が響いていた。
「月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月ー‼︎」
「雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨ー‼︎」
辺りはすでに陽が沈み暗くなってしまっているが、道の脇に立てられた灯篭のおかげで真っ暗闇とはなっていない。むしろちょうど良い塩梅の光によって、趣ある風景となっている。
「月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月月ィィィィー‼︎」
「雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨雨ェェェェー‼︎」
しかしそん風景をぶち壊すように私たちは語彙力ゼロの状態で言い合っていた。
まさに場違いである。
なぜこんなことになったのか。それを語るにはほんの数分ほど時間を遡る必要がある。
『雨で冷えた体。なのに体の奥底は戦いの熱で熱く熱く。いくつも降り注いだ雨によって生まれた水たまりの上を蹴って、踏んで飛び散る水。その中に落ちて混ざる血。環境の悪さによるミスを犯さないように回る頭‼︎ 知力、体力、技、そのすべてが雨という悪環境の中での戦いのために研ぎ澄まされ、そのすべてを出していく‼︎
すっごい興奮しませんか‼︎』
私はツキノに思い思いに『雨の中で刀をカッコよく振るう』といことの魅力を叫んだ。一応いきなりノンストップで語ってしまえば魅力をしっかりと理解できないと思ったので、ちゃんとそこら辺はセーブした。
そして語った。
語った後にツキノが言ったのは――
『えぇ~それじゃあ勿体ないよ』
そんな言葉であった。
『えっ?』
私は思わずそうやって聞き返してしまった。
『だって刀の良いところはあの刀身の輝きなのに。雨じゃそれが見えないじゃん』
『いやいや~何言っちゃってるんですか。確かに刀の刀身は美しいですけど、それを超える魅力的な熱いぶつかり合い。それを栄えさせる雨。この組み合わせが最強ですよ』
『はぁ? おねぇちゃんこそ何言ってるの。そんな抽象的なものより、刀身というはっきりしたモノが主役なんだから、それが一番の魅力。そしてそれを一番栄えさせる月明りが一番!』
『えぇ? この組み合わせのどこが抽象的なんですか! 魂揺さぶる熱い光景ですよ!』
『はぁ?』
『えぇ?』
ガン飛ばして睨み合った。
『……』
『……』
そして不思議と会話もなく通じ合った。「この場では止めよう。場所を移そう」と。そうして私たちは互いに頷き合うと会場の外へと移動し、
『雨で濡れる横顔!』
『月明りで姿を現す!』
『雨と共に散る血‼︎』
『戦いの場に注がれる一筋の月明かり‼︎』
そんな感じに言い合い始めて現在に至るというわけだ。
「はぁ、はぁ……」
「はぁ……はぁ……」
「なかなか……やる、ね……」
「おねぇちゃんこそ……さすが、刀好きというほど……だね……」
「ふへへ……それほどでも、あるけど……」
流石に絶え間なく叫び過ぎた。おかげで喉が痛い。凄く疲れた。
私とツキノはその場でしゃがみ込んで互いの顔を睨み合った。
そして私は息を整えるとさっきとは打って変わって静かに口を開いた。
「まだ……やる?」
「私は、まだまだ……いけるよ」
「私だって、全然問題なし……むしろ、この程度……準備運動にもならないよ」
「言うじゃん……」
「そっちこそ……」
しかしツキノの口から続く言葉はなかった。無論私の口からも。
何せこれだけ言い合って、叫んで、連呼しまくったのだ。互いにそれぞれの抱く夢にどれだけ夢中なのか丸わかり。というかその魅力と思っている部分を理解できるからこそ、さっきまでの言い合いでは決して相手を下げるような言葉は出なかった。
「はぁ、はぁ……はぁ……」
「はぁ……はぁ……」
肩で息をしながら互いの目線がピッタリとあう。
すると私の腹のほうから不思議な感覚が湧き出てきた。
「はぁはっ……あはははは」
そしてその感覚のままに私は笑い出した。
「急に、どうしたの?」
ツキノは怪訝そうにしながらそう言った。
「いやっ、だって……こんなに言い合ったのは多分初めてだから。なんだか楽しくなって」
「ふふっ。なんだそれー」
「そういうツキノのほうこそ、楽しそうな顔してるじゃん」
「あははははー。そうだねー。うん、まぁ確かに。私も楽しかった」
私の笑い声に続くように笑いながらそう言った。
笑い声が響く。
掠れたような笑い声が静かに響く。
会場の中の楽しさに隠されながら響いた。
「ふぅ~疲れたぁ~」
私はそう言いながら立ち上がった。会場のほうを覗いてみると、どうやらそろそろお開きの時間であるようだ。
明日は早速試合がある。しかも前年度を優勝したデュアリ・ジューディチェが相手だ。
凄く強い相手だ。
私よりも魔法の腕は当たり前のようにあるだろう。
だが負ける気はない。全くない。
絶対に勝つ。
カッコよく戦って、カッコよく勝つ。
「よっこいしょ。じゃあ私はそろそろ行くから」
「? ああ。おねぇちゃんの試合明日だったね」
「うん。そうだよ~。だから明日に備えて休んでおかないとだからぁ~」
「そっか。もうちょっと色々言いたかったけど……しょうがないか」
ツキノは残念そうにそう言った。
そのとき――
「おーい。ツキノ~! どこ行ったの〜!」
「あ、パパが呼んでる」
「パパ?」
「うん。美味しい飴をつくってくれるんだよ。パパ~こっちだよ~」
「おお! ツキノ。こんな所にいたのか!」
そう言いながら現れたのはツキノと同じく黒濃い目の灰色の髪を生やしたおじいさんであった。その体はかなりふくよかである。
ツキノのパパ――お父さんということはアマモト家の当主……。このアマノをつくった人か。
「うん? 君は……」
「セオス王立学校のアマツカエ・ウイと言います」
「ふむ。君がアマツカエのか。
儂は、まぁ知っているとは思うがアマモト・ソウカン。ここの学校の校長だ」
そう言うとその人は私のことをじっと見つめながら腰から何か棒を取り出した。
その棒には小さなトンボが突き刺さっていた。
「ほれ。これをやろう」
「えっと……これは?」
「パパお手製の飴細工だよー。すっごく甘くて美味しいんだよ」
あっ。これ飴なの⁉︎
「うわ~凄いですね~」
「ただの老いぼれの息抜きだよ」
う~ん……だけど……飴かぁ~。
「どうした? 儂の飴が食えんのか?」
「あっ、ちょっと飴には良い思い出がなくてですね……。ちょっと薬入りの飴を舐めて誘拐されたことがあって……」
別にトラウマとかそういうわけではないが、飴を見るとちょっと警戒してしまう。
「パパの飴に薬なんて入ってないよ! すっごく甘くて美味しいんだから!」
私の言葉にツキノは口をプゥ~と膨らませながらそう言った。
するとソウカンは優しそうな笑みを浮かべながら手に持っていた飴をツキノのほうに差し出した。
「まぁまぁ。ツキノちゃんは落ち着いて。ほら飴をやるから、ちょっと会場のほうに戻ってなさい」
「うん? わかったー」
トンボの飴を貰ったツキノは子供のように走りながら会場のほうへ戻って行く。その姿は少々危なく見えるが、しかしその足運びはとても安定していた。
そしてその場には私とソウカンが残った。
「……」
「……えっと、私に何か?」
なんだろう。もしかしてなんかネチネチ言われたりするのだろうか。それともいちゃもんつけられたり……。もしくは昔の恨み言をアマツカエ家である私に言ってきたりとか?
私がそう考えながら身構えているとソウカンは何も言わずに踵を返した。
「えっと……?」
「別に何でもない。ただあいつの忘れ――」
「忘れ?」
「……いや、何でもない。ただの失言だ。気にするな……」
その声は何か鼻が詰まっているようであった。
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