第2話
私が三校祭のために泊まる所は日本にあるような旅館みたいなところである。
もちろんここは日本ではないので、全く一緒ではなく微妙に雰囲気が違う。畳の感じだったり、柱の立て方であったり、よく見てみると若干違和感を覚える、そんな感じの違いだ。
もし私が詳しい知識を持っていたり、前世のことをはっきりと覚えていたら、何が違うのかはすぐにわかるかもしれないが、まぁ残念なことに私の持つ記憶は薄っすらとしたものだ。
……まぁもし覚えていたからと言って、何かあるというわけではないけど。強いて言うなら、ここが違うんだなぁ~的なことを思ったりする程度だろう。いわゆる暇つぶしだな。
この話はここまでにしておこう。
兎も角、私が泊まるのはアマノの旅館『フルノヤ』という所だ。ここは結構人気な旅館らしく、予約を取るのが難しかったり、一泊の宿泊費がお高かったりする。耳に入って来た話によると、この街に存在する宿泊できる場所では1,2を争うほどの所のことらしい。
そんなところに私は8日ほど宿泊である。
いや~実家がお金持っているとこういう時に便利だなぁ~。
私はあんまお金を使う人間ではなく、むしろ全然使わないタイプの人間なので、こういうときでないと自分の家の力というものがあまりわからない。てか最近ではただ面倒なしがらみが大量にある家と思ったりすることもあった。
だけど実際こういう金にモノを言わせる的な機会が来るとスゲェ~実感してくる。
ちなみにレオナとティミッドの分も私が取りました。
もちろん自費(実家の金)です。
だってこんな良い感じの所で一人はちょっと寂しいし、泊まるなら泊まるで複数人のほうが楽しいし。
そういう感じの理由でレオナとティミッドはここに泊まることになったからか、さっきからずっとカチコチな状態になっている。
「……」
レオナはついさっきトイレから出てきたばっかりだが、さっきから部屋に飾られた絵を見ながら固まっている。その絵はどうやらこの旅館を描いたものであった。かなり精巧に描かれており、ぱっと見ふぁと写真かと思うほどだ。
「えっ、えっと、えっ……えっ、えっ……」
ティミッドのほうは部屋中を見渡しながら「えっ」とだけ発するbotと化している。
私はそんな二人の姿を笑みを浮かべながら見ていた。
う~ん、なんでだろうかねぇ~。こういう人が慌てて感じの姿って見ているだけで面白いのは。別に私は人が驚くのが好きってわけではないけど、こういうのは本当に面白い。ちょとだけ口がにやけてしまう。
そんなことを考えたりしながら私は自分の荷物を畳に置きながら口を開いた。
「ほらほらお二人さん。突っ立ってないで、荷物置いて、置いて」
というかよく考えて見ればレオナもティミッドも貴族ではあるんだから、こういう立派な所に泊まったことぐらいあるんじゃないかな。それにもしないとしても家のほうが立派だったりはするだろうに……。あっ、だけどティミッドのほうは家が訳アリみたいだしなぁ……。うん。もしかしたらそんな風ではないのかも……。
それじゃあもしかしてレオナも……?
そう思いながら私はレオナを見た。
レオナはさっきと変わらず絵をじっと見ている。その様子と似たようなものを私は見た覚えがあった。
「もしかして……フランミレ?」
私は記憶を掘り起こしながらその名前を口にした。
するとレオナは目を輝かせながら私のほうを向いた。
「そうよ。そうよ! よく覚えてたわね!」
「う、うん……」
私は若干レオナの勢いに飲まれながらそう答えた。
「まさかこんな所でお目にかかれるとは~。本当にいつ見ても良い絵~。ふへっ、ふへへへへぇ~」
「あぁ~ごゆっくり~」
レオナはすっかり絵に夢中であった。当分はこのまんまだろうと思い、私はそう言葉をかけながらレオナから離れていった。
そして少々のどの渇きを感じた私は手洗い場のほうに行き、コップを一つ取った。
「あっ、ティミッド~。ティミッドも水飲む?」
「あっ、えっと、はい……飲みます」
「りょうかぁ~い」
私はコップをもう一つ取り、2つのコップを自分の前に並べた。それからちょっとこじんまりした感じで私の足元で佇んでいた四角い箱。名前を冷凍箱――モノを冷やす魔道具、いわゆる冷蔵庫――を開けて、中に入っていた水を出した。
その冷凍箱はかなり性能が良いのか、入っていた水はキンキンに冷えていた。
私はそれをコップに注ぐと、ティミッドのほうに持っていった。
「はい」
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして~。……んぐぅん。ふぅ~冷えてる~」
私は水を一気に飲み干すとそのまま畳の上に座り込んだ。そして近くにあった座布団を自分のほうに引き寄せ、その上に乗っかった。
これからの予定としては、今日はこのままのんびりと。明日の午前中はアマノを観光して、午後は三校祭の前夜祭に参加。そしてその次の日から三校祭が始まるという感じだ。
一応お風呂に関しては部屋に備え付けの風呂があり、それに加え食事はここまで運んできてくれるので、今日はもうずっとこの部屋に居続けるということができる。
そんな風に考えていたら途端に力が抜けてきた。
「ぷふぅ~」
そしてそのまま全身の力を抜いて畳に体を倒した。
よく考えてみるとここずっと忙しくて、こういう感じに気を抜くというのがなかったような気がする。
入学当初はアロガンスたちの面倒絡み。続いての学校襲撃。その次はアロガンスとの決闘。次は合宿。次はテスト。
入院したり、ケセムを歩き回ったりなど気を抜くことはあったが、ここまで気を抜いたというのはなかった。
……。
……。
てか私1年も経たないうちに殺されそうになりすぎじゃないか?
屋敷のほうで2回。
学校で1回。
合宿で1回。
う~ん……なんかそう考えるとよく生きてるなぁ~と思ってくるなぁ。まぁ私的には不謹慎ではあるけど楽しかったけど。
「あ、水あるの? 私にもちょうだい」
そのときようやくレオナが現実に帰還。私たちが飲んでいた水に気が付き、そう声を上げた。
私は寝そべる体を少しだけ起こし、指で洗面所のほうを指しながら言った。
「あっちにある冷凍箱の中に入ってるよ~」
「は~い」
レオナはそう言うと真っすぐ冷凍箱の所へ行った。
「……」
「あ、あの……ウイさん……」
「ん? どうしたの?」
私が目を瞑りながら脱力しているとティミッドが話しかけてきた。
「えっと、あの、その……ええぇっと……」
だけど何か言いにくいのか言葉にはなっていなかった。
「うん? あっ、もしかして膝枕? 良いよ良いよ~全然遠慮しなくていいよ~」
「あっ、ありがとう……じゃなくて、えっと、そうじゃなくて」
「うん?」
う~ん、じゃあなんだろう。
私は天井を見上げながら首を捻った。
「あっ。じゃあもしかして私と戦って」
「それは……まだ……」
「……う~ん。じゃあなんだろう?」
「えっと……その……えっと、あのとき――」
ティミッドがそこまで言いかけた瞬間、
「ウイー‼」
元気な声が洗面所の奥のほうから聞こえてきた。
「あ、えっと……」
「レオナー。ちょっと待っててー!」
「わかった~‼」
私は洗面所のほうを一瞬向いて、すぐにティミッドのほうに戻した。
「それでティミッド。話の続きは?」
「……」
「ティミッド?」
「……あっ、えっと……やっぱり何でもないです」
「そう?」
「は、はい。何でもないです。だからレオナさんの方に行ってあげてください」
「ふぅ~ん。うん、まぁわかった」
私は何となく何でもなくはなさそうに感じたが、無理に聞き出したりするのはなんか違うなぁと感じ、そう言葉を返した。
「それでどうしたのレオナ?」
「これ‼ これっ‼」
そう言いながらレオナが指さしていたのは部屋備え付けの風呂――露天風呂であった。
「うん。露天風呂だね。これがどうしたの?」
「ここっ‼ ここっ‼ ここで刀構えて‼」
「うん……?」
「だからここで刀構えるっ‼ 全部脱いで、刀構えてッ‼」
「う、うん……?」
「絶景‼ 夕日‼ 風呂‼ 暗殺‼」
レオナはだんだんと頭を赤くさせ、大興奮しながらそう言葉を発していった。
私は始めレオナの言葉の意味が良くわからず、首を傾けていた。だがだんだんとレオナが言っているのは絵の構図のことであることに気が付いた。
そしてそのことを踏まえて頭で整理しだした。
まずは風呂で刀を構える。
この段階では特段良い絵ではない。
全部脱ぐ。つまりは裸でしょう……。う~ん脱いで刀を構えたところで、別に良い絵ではない。むしろ状況が不自然すぎてなんか変だ……。
絶景だというのは確かにだ。露天風呂のバックに生える林に夕日が見事に沈んでいる。中々にいい景色だ。
そして最後に暗殺。
暗殺……暗殺……暗殺?
あっ、もしかして⁉
「風呂に入っていたら暗殺者が来たっていう状況?」
「うん‼ うん‼」
「それで林に向かって刀を構えているみたいな?」
「うん‼ うん‼」
あぁ。なるほど、なるほど。なぁ~るほど。その構図は結構良いなぁ。状況的に面白いし……。風呂という完全に無防備になる状況で暗殺者が来た。さっきまでの緩みに緩んでいた気持ちを一気に引き締め、刀を構える。
温かな空間。
穏やかな世界なはずなのに、そこに存在するギャップ。
冷静に、冷酷に、冷たい異物。
へぇ、へえ、へえ、へえ‼
それは中々に――
「――良い絵‼」
「でしょ、でしょ‼」
雨の中で刀を振るうのには負けるけど、中々に面白く、良い構図だ。ちょっとだけニヤッてなった。現実だと一瞬過ぎるけど、絵というその一瞬を切り取ったものならばこそっていう感じだ。
「よっしゃあ! 了解。了解‼ じゃあ早速‼」
私はそう言うが否や、無駄に素早く、無駄に無駄のない動きで自分の荷物の所へ向かい刀を取り出した。
「えっ、どうしたんですかっ」
そして続いて着ていた服をバサッとまとめて脱いだ。
「⁉」
突然のことにティミッドは驚き声も出せていないが、それに私は気づかなかった。
今は刻一刻と沈む夕日。それが完全に沈み切る前にひとまずあの構図を行なわければだ。完全に陽が沈んだ後のも良い感じではあるが、夕日が沈みそうで沈まない。そのギリギリの瞬間もまた良しだ。
「準備完了‼」
「私もよっ‼」
私が素っ裸になって風呂に入ったのと、レオナが絵を描く準備を整えたのは同時であった。もちろんこのとき刀を湯船に入れるなんて言うことはしていません。刃毀れや折れたりなどしない神剣は錆びたりすることもないが、湯船に刀を沈めるとかはなんか違う。解釈違いだ。
「じゃあ行くよ」
私は湯船に一分ほど浸かり、体を温め、良い感じに顔を染めるとそうレオナに伝えた。
「いつでも良いわよ‼」
筆を構えて臨戦態勢に入っているレオナからは楽しげな様子で返事が返ってきた。
「はぁ‼」
そして私はそう掛け声を上げて、風呂の脇に置いておいた刀を手に取り、一瞬で抜こうとして――止めた。
「あははは。良いよ~良いよ~。うへへへ、うへへへへぇ~」
それを見てレオナは大喜びで筆を走らせた。
私もそれに釣られて自然と脳内妄想が加速。思わずにやけてしまいそうになるのを堪えながら、体勢を維持した。
「えっと……なにこれ?」
冷静なツッコミがティミッドから飛んできた気がするけど、多分気のせいだ。
私とティミッドはそんな感じで夕食が運ばれてくるまでの時間を過ごした。
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