第1話
「じゃあ、よろしくお願いしますね」
「はい。了解です」
私の言葉にそんな返事が返って来たかと思うと、私たちが乗る馬車がゆっくりと動き始めた。
今回私が乗っている馬車は学校所有の物ではなく、私の家で所有している馬車だ。この時期はみんな三校祭を見に行ったりするために、多くの生徒たちが馬車を使おうとする。
そのため、学校所有の馬車だけでは到底足り訳がないということで、自宅で所有している人はその馬車を使うようにと学校側から通達があったからだ。
セオス王立学校に通う生徒のうち、半分ぐらいは貴族、もう半分は平民なので、馬車利用の分散は問題なく行えているらしい。
「ふへへへ……」
「わぁ~」
ところで私はさっき私たちと言ったのを覚えているだろうか?
そう現在この馬車に乗っているのは私の他にあと二人。レオナとティミッドの二人が乗っていた。
レオナは一応自宅に馬車を持っているのだが、家族との仲の悪さのせいか、今回使わせてもらえなかったらしい。
ティミッドのほうはそもそも馬車を所有していないとのこと。
そんな感じの理由があり、2人とも学校の馬車を使おうかなと思っていたところを私が見つけ、この馬車に乗せたというわけだ。
「すごい、フカフカ……ですね」
「うん。凄いでしょ~」
ティミッドは座り心地に相当驚いたのか、さっきから指で座席の所を何度も押したりしていた。何だかその様子を見ていると母性みたいなものが芽生えてきそうな気がする。
「うへへ……うへへっへぇ~」
そしてティミッドが座っている隣には大変不気味な笑みを漏らしているレオナがいた。
レオナはさっきからずっと一心不乱な様子でスケッチブックにペンを走らせていた。
「えへえへへ」
「……レオナ、あんま集中しすぎて酔ったりしないでよ」
「大丈夫、大丈夫! 全然問題ないわ‼ 何せ私、これまでの人生で一度もよったことがないもの‼」
「あぁ……そう」
フラグにしか聞こえねぇー。絶対酔いそう。
一応念のため、レオナの対面からはズレて、射線上に入らないようにしよう……。
「てかそんなに描いてて良いの?」
「ん? なにが?」
「いやだってレオナが今使っている画材って、この前買った奴だよね。量はあったと思うけど、買った結構使ってたじゃん。だから今もそんな勢いで使っちゃってたら、画材がなくなっちゃわないのかぁ~って」
「ああ。そういうこと。それなら問題なし! 何と私、美術室の出禁が解除されました―‼」
「おおっ。そりゃおめでとう」
ついに出禁が解除されたのか。思ったよりも短かったな。私の予想的には、半年ぐらいは出禁になっちゃうかなと思ってたのだが。まぁ流石にそれは長すぎか。
「えへへ。それで、その記念にいっぱい貰って来たの」
「え? いっぱい?」
「うん、いっぱい」
「それってつまりたくさん?」
「うん。たくさん」
「……」
私は何だか嫌な予感を――レオナが美術室を出禁になったと教えてくれた時に感じた予感と似た感覚を感じながら、黙ってしまった。
多分私の予想通りの返答が来る。
ほぼ間違いなくだ。
……。
……。
これは聞かないほうが良いのでは……。聞かないでおいてシュレディンガーの猫状態にしておくほうが良いかもしれない。
うん。そうだ。そのほうが――
「えっと……たくさんって、どれくらいなんですか?」
そこまで考えてたところで、具体的な数字を尋ねる言葉がティミッドの口から紡がれた。
(ティミッドっ‼)
私は思わず心の中でそう叫んでしまった。
「う~と……だいたいキャンバス100の絵具は100で、スケッチブックは20……あと消しゴムはつかみ取りかな」
あぁ……。これはオワタだ。
私はそう思った。
だって……だってさぁ……。その量は流石にアウトだろ……。いやまぁ、時間をかけてその量を使うとかならまだしも、一気にその量を持っていくのは普通にアウトだろ……。
レオナは加減というものを知らないのか?
「へぇ~、えっと、それは凄いですね……」
「凄くないわよ~。普通よ普通~」
「そうなんですか」
いえ普通じゃないです。
どう考えても普通じゃないです。
レオナさん。レオナさん。どうかティミッドに変な普通を教えないでください。
「……」
「どうしたのウイ?」
黙り込んでいた私を不思議に思ったのか、レオナがそう尋ねてきた。
その表情には自分の行いを変に思っている様子なんて一切なく、むしろこのぐらい普通であると考えているようであった。いや訂正しよう。考えているようであるではなく、恐らくというか、十中八九考えているのだろう。
だって今のレオナ凄く楽しそうだし。
いっぱい描くぞ~と楽しそうなんだもん。
だから私は優しく笑みを浮かべた。
とびっきりの笑顔でレオナに返答をした。
「?」
レオナは良くわからないという感じで首を傾けた。だがその手は相変わらずペンを走らせている。
多分学校に戻ったとき、レオナはまた美術室を出禁になるだろう。だけどそれまでの間、残された時間は思う存分絵を描かせよう。
学校に戻ったら、また節約して絵を描かないといけなくなるのだから。
そんな一幕もありつつ、私たちの乗る馬車は問題なく道を進んでいった。途中化け物や盗賊に襲われるなんていうイベント特になしだ。……ほんのちょっとだけ、本当にほんのちょっとだけ期待していたので残念だ。
てかこれまで生きていてそういうイベントが起きたことなんて一度もない。
うちの家周り結構ドロドロなんだからもう少しそういうのを仕掛けてきてくれても良いのに。まっ、胡麻擦りはノーセンキューだけど。あれは本当にめんどくさい。めんどくさい以上の感想が出てこない。
まぁ何はともあれ私たちは無事三校祭の開催される街――アマノへとたどり着いた。
街並みは如何にも和という感じである。建ち並ぶ建物はどれも木造建築で、二階建て以上の建物は全くと言っていいほどない。全体的に低い建築物が多い。
そんな街の中で目立つ物と言えばもちろんデカい建物。
街の真ん中に位置する辺りにドカンと立つ一際大きい建物。
それがこの街の名前の元になっている学校。アマノ学園だ。
この街は元からこのような和という感じの街ではなかった。そもそもこの国は和ではなく、西洋という感じだ。
なのにここだけこんな風なのは、ちょっとした理由がある。
アマノ学園になる前、旧名エテルノ学園だった頃は普通に西洋な街並みだったらしい。
だが前にも話した通り、十年ちょっと前に現学園長兼アマモト家の当主が前学園長を失墜させて、学園長の席に就任し、校名を今のアマノ学園に変えた。このとき変えたのは実は学校だけではなく、学校周り――すなわち街並みや街の名前さえも変えてしまったのだ。
おかげでここはエテルノという名前からアマノという名前へ。
町並みは西洋から和へと変わったというわけだ。
まぁだけどこの件に関して我がアマツカエ家は全くと言っていいほど無干渉だ。やったのは全てアマモト家の当主兼現学園長であるアマモト・ソウカン。
むしろアマツカエ家としては「分家の癖に何やってんじゃ!」という感じで、元々仲が悪かったのに、さらに仲が悪くなってしまったらしい。
アマモト家の人間は屋敷の中では一切見かけなかったので、それだけでも仲の悪さというものは察せられる。
ちなみにだがこのアマモト家、昔はアマツカエ家の者であったのだが、当時の当主争いで敗れ、当主になった者が腹いせか何だかは知らないが、もう一方をアマツカエ家から追放。そして分家に落とし、アマモト家と名乗らせるようにした。
なので一応血の繋がりとしては、他の分家に比べてかなり強い。
アマツカエ家の当主になるには就任の儀を終えた現当主の血族であることが一番大事であるが、そういう者がいない場合はその者がアマツカエ家との血の繋がりの強さや役目を果たせるかなどと言うようにだんだんと条件が緩くなっていく。
そのため、もし私や姉様が死んでしまったりなどして当主の座に付けるものが消えた場合、アマモト家は当主の座に舞い上がれるという可能性を持っていたりする。
まっ、今更どうでも良い話ではあるけどね。
だって私は次期当主じゃないし。私が死んだところで次期当主が姉様だっていうのは変わらない。もし当主になりたいならまずは姉様という最難関の壁を突破しなくてはだ、である。
突破する。すなわち姉様を排除――殺害する。
姉様を殺す?
いやいやナイナイ。
無理無理。
普通にあり得ない。
そんなことできるわけがない。
はっきり言って無理ゲーである。
だから私には関係ない話である。
まぁそもそも段階を吹っ飛ばして、まず私を殺そうとしてきたとしても絶対死なんけどねぇ。正面から返り討ちだよ~。
そう言えば一気に話は変わるのだが案の定レオナは酔いました。
なんとか馬車の中では吐かなかったのだが、泊る場所に到着して早々、大量の画材を置きっぱなしにしてトイレへ猛ダッシュ。そのままトイレに引きこもってしまった。
なんだか似たような光景をこの前見たような気がするが、気にしないことにした。こういうことは弄らず、そっとしておくのが良い。
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