ちょっと歪だけれど――
少女は部屋に明かりを灯すと、そのまま真っすぐベッドのほうへ向かっていった。つい先ほどまで着ていた制服は、床へ無造作に脱ぎ捨てられている。そしてベッドへと到達するとその勢いのままベッドへ倒れようとして――寸前で止まった。
少女はベッドに倒れることなく、静かに座り込んだ。
それは少女にとってはまだ慣れていないことであった。
非日常。
つい数日前からの変化した習慣。
今までであれば死んだようにベッドに倒れていたはずなのに、今ではそんなことする必要はない。少女――ティミッド・アーディーの体は以前では考えられないほど、疲れていなかった。
それはウイを殺さなくてはならないという心労から解放されただけではなく、これまでだは常に自分の意志とは関係なく、使用されてしまっていた思考誘導の精神魔法が使われなくなったからであった。
ただそれでも長年の習慣というものはそう簡単に治るものではない。
そのせいでティミッドは相変わらず自分の部屋に行くと、着てる物を脱いでベッドに倒れるという感じなのであった。
「……」
ベッドに座るティミッドは自分の両腕、そこに付けた腕輪を見た。
その腕輪はゴツゴツした、いかにも何かの魔道具ですよという見た目ではなく、むしろ特に変哲の無い腕輪であった。仮にこれを見た人に、「これは何でしょうと」尋ねた場合、10人中10人がただのファッションだと答えるだろう。
そのぐらい見た感じでは何の変哲もない腕輪なのであった。
「えへへ……」
ティミッドはそう笑みを漏らすと、背中からベッドへ手を広げながらバタンッと倒れた。実際はドサッと軽く音を鳴らした程度であったが、ティミッドにとってはバタンッと大きな音を鳴らしたような感覚であった。
そして天井を見上げている彼女の頬は若干赤く、口角は上がっている。なおこの口角の上がり様は、ウイが戦闘中の高揚で上げてしまう感じとは違い、大変可愛らしいものであった。
「うふふふ……」
ティミッドは堪えきれないように笑みを漏らしながら自分の頭を撫でた。そうやりながらティミッドの脳裏では記憶のフラッシュバックが行われていた。
『ティミッドは優しんだね』
『ティミッドがいなくなると私が困るんだから‼』
『私はティミッドのことが凄く心配でしたし、てか四六時中考えてましたよ~。私にはティミッドがいて欲しいし、約束も果たしてもらってませんし~』
『髪退かしたんだ』
『似合ってるね』
『凄い良い感じだよ』
それらの言葉はティミッドには本当に嬉しいものであった。
始めは自分の魔法によって歪められたものだと思った。だけ彼女は――ウイはそれでもいいじゃないかと言った。
そしてそんなモノはあまり関係ないとも実際に行動で証明した。
これまで魔法のせいで自分への好意な言葉はほとんど信用できず、むしろ申し訳なさで一杯であった。それに加え、父親であるエヴィルに見せられた苦痛の数々。与えられた言葉と痛みの数々。
そのせいである種の鬱状態とも言えるような感じであったティミッドにとって、ウイの言葉はオアシスと言っても過言ではなかった。
認められた。
肯定された。
必要としてくれた。
救ってくれた。
助けてくれた。
自分の人生の中で一番嬉しかった。
その結果ティミッドの心は見事に陥落してしまっていた。
「うへへ……ウイ……さん……えへへ、ウイさん」
そうベッドの上で言葉を漏らしているティミッドの表情は崩れに崩れ、恋する乙女とも言うべき状態である。
なおウイの本心としてはティミッドと戦いたい、ということをティミッドはあまり良くわかっていない。ひとまず、自分の肩の荷を下ろしてくれた、その感謝が先行に先行しすぎていた。
要はウイとの約束自体は覚えているが、そのことはティミッドの中ではあまり重要ではないという感じだ。
なのでもしウイがティミッドと戦いたいなら、ティミッドからOKの言葉を待つのでは一生無理である。
なにせティミッドはウイの指摘した通り、根は非常に優しいので、戦うという行為自体が元々苦手である。つまりティミッドが戦っても良いという気持ちになるのは「何時来るのだろうか。1000年後かな?」レベルである。
本当にやりたいのなら、自分から「やろう! やろう!」という風に行かないと一生無理だ。
……まぁウイのほうから積極的に誘いまくるというのは、ウイ自身が変なところで気を遣ってしまうせいでやらないのであるが。
ティミッドは時間を忘れ、ベッドの上で寝そべっている。その間何度ウイの名を呼んだのだろうか。回数を数える人なんて誰もいないので、不明であるが、ひとまず両手で数えきれないほど呼んでいた。
「……ずっと、ずっと、一緒……一緒です……」
ティミッドは体をギュ~っと丸めながらそう言った。
どこを突っ走っている⁉
あまりにもゴールまで早すぎる⁉
というツッコミが飛んできそうなティミッドの言葉であったが、これは今まで彼女が心の中で欲し続けていた愛情というものが暴走状態になってるためだ。
そもそもティミッドの思考誘導。これの自動で発動している際の誘導の方向性はティミッドが心の中で望んでいた『愛情』を与えてくれるように、となっていた。しかし、そこまで強制力が強いわけではないので、それは『愛情』ではなく、『好意』という形へとなってティミッドの周りでは出力されていた。
「一緒。一緒。ずっと、ずっと……」
なのでティミッドがここまで猛スピード直行な言葉を漏らすのはある意味で言うと、必然、当たり前なのであった。
「頭なでなで……うふふ……お母さんみたい……えへへ……」
また補足するとウイはティミッドの頭を撫でるという行為を何度も行っていたため、ティミッドの中での愛情を与えてくれる人枠にビッタリとヒットしていたのもここまでの状態になったというか、なってしまったというか……まぁ原因であった。
「ずっと独り占め、したいけど……それはダメ……。それじゃあダメ。お父さん、みたいになっちゃう……。それだけは絶対にダメ……」
ティミッドポツポツと言葉を続けていく。
「私は、一緒にいる……ずっと、一緒にいる、だけ……」
脳裏に移る父の姿。
それは全てしっかりと脳裏に刻まれている。
自分に言った言葉は今でも思い出せる。
今でも恐ろしい。
だけど覚えているからこそそうはならない。そうはなりたくないと、強く思っていた。
「ずっと一緒で……それで……」
言葉は続かず、そこで途切れた。
「……」
先ほどまで幸せそうな表情で自分の頭を撫でていたティミッドであったが、そのとき突然撫でる手は止まっている。
「……」
そしてティミッドは黙って立ち上がった。
すると正面の壁に姿見にティミッドの全身が写り込んだ。そこに写る眼差しは力強いモノとなっていた。それは以前のティミッドを知る者が見たら到底同一人物とは思えないほどだ。
「助けられたんだから……今度は、私の番……」
決意の言葉が口から漏れる。
その言葉は小さなモノだったが、確かに宣言であった。
誰が聞いているわけではない。
自分ごときがやり切れるかもわからない。
だけど。
それでも。
ティミッドはそう宣言した。
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