絵描きさんは義理堅い③


 レオナは私が合宿に行っている間、お面の件をどうにかできないかと、クラスメイトに相談したり、先生に質問したりしたそうだ。

 そしてその結果、メフェケー・メダンーーさっき私たちが個人研究室の前であった先輩に頼るのが良いとなった。だが詳しく説明したりしなくてもわかる通り、メフィケーは合宿に行っていたため学校にはいない。戻ってくるのは合宿終了後。つまり、私が帰ってきた後になる。

 何とかなるかもしれないにしてもそれでは、私にお面は任せて言った手前、なんだか申し訳ない。

 そういうわけで若干の気まずさなどがあったため、レオナは無意識&意識的に私を避けてしまっていたらしい。

 ちなみにさっきレオナが運んでいたのは、メフィケーに頼まれた資料らしい。お面のことを何とかする代わりに、研究を手伝って欲しいとのことであったようだ。


「はぁ。別に無理しなくても良かったのに……」


 私は全ての事情を聞いて、思わずそう言葉を漏らした。


 お面のことはまぁそこまで重要……まぁカッコよさ的には重要ではあるけど、なりよりも優先的な重要さではない。わざわざレオナのやりたいことを後回しにしてまで、やらなくても良かったのに。


「てかそれならそれで、私に話してくれても良かったじゃん」

「あぁ……うん……そうだねぇー」


 私の言葉にレオナはそっぽを向きながらそう答えた。私はなぜそっぽ向いてしまうのかがわからず首を傾けた。


「うん。うん。青春しているねぇ~」


 そこへ窓際に座る私とレオナの間に挟まれるようにして立っていたメフィケーが頷きながらそう言った。なんだかその姿は後方に立っている、母親みたいな感じの印象に見える。


「青春……? ですか?」

「うん。うん。青春だよ~ティミッドちゃん」

「?」


 私はその言葉の意味がわからず、首を捻る。するとメフィケーは可笑しそうに笑いながら言葉を続けた。


「レオナちゃんは、君への恩返しとしてお面のことをしっかりやり遂げたかったのさ。だけどやり遂げようとしたのに、期限までにできなかった。納期を外れてしまったのは自分が不甲斐ないからだということで、内緒にしてたのよ」

「はぁ……? 恩返し?」


 恩返しされるほどのことをレオナにしたっけ?

 う~ん……さっぱり覚えがない。……まぁ、その恩返しって所以外は納得できる。


「ねぇ、レオナ。私、何か――「メフィケー先輩!」」


 私がレオナに恩返しのことについて詳しく聞こうと思ったら、それを遮るように突然レオナが大声でメフィケーの名前を呼んだ。


「なぁに?」

「早く作業の方をお願いします! もう少しで終わるんですよね!」


 レオナは早口でそう言いながら、持っていたお面をメフィケーへ手渡した。


「ふふ。はい、は~い。分かりましたよ」


 お面を受け取ると、メフィケーは部屋の奥の方にそれを持っていった。部屋の奥は、若干片付けられており、床にはいくつもの魔法陣が描かれている。

 メフィケーがそこの真ん中に立つと、魔法陣へ魔力が流され、淡い光を出し始めた。


「――……――――…………――~~……」


 そしてブツブツと何かを唱え始めた。その言葉は小さく、聞き取りづらく、何を言っているのかはわからなかったが、なんとなく何かに干渉する魔法だということはわかった。


 私はその姿を見ながら、横目でレオナのほうを見た。

 レオナは相変わらず、そっぽを向いたように私とは顔を合わせない。ただそこ顔から見える頬は若干赤く染まっていた。


 そのとき突然背後から突かれた。

 視線を後ろに回して見てみると、ティミッドが人差し指で私の背中を突いていた。


「どうしたのティミッド?」


 私がそう尋ねるとティミッドは体を少し屈めて、顔を私の耳に寄せてきた。息が耳に当たって、ちょっと気持ちよかった。


「えっ、えっと……多分、レオナさんは……恥ずかしいんですよ」

「恥ずかしい?」


 私はティミッドの言葉を復唱した。


「は、はい……。私の勝手な想像ですけど……レオナさんは、ウイさんを驚かせたかったんです。だけど、それを途中でバレて、全部バレて、それでどうしよう……恥ずかしいって、なってるんだと思います……」

「あぁ……なるほど」

「だから今は……そっとしといたほうが」

「うん。だね」


 私はチラリとレオナのほうを見ると、そのまま視線をメフィケーのほうへ戻した。

 さっきまで淡かった魔法陣の光は、すでに光源として使えるぐらいの光になっており、結構眩しい。だがそれも長くは続かず、数十秒と経たないうちに光は弱まっていき、そして消えていった。


「ふぅ~。これで完了」


 メフィケーは片腕で額を拭いながら一息ついた。


「結構術式が複雑だったから解析に時間がかかったけど、これで模様と魔法の関係性は分割できたよ」


 そしてそう言いながら私たちのほうに戻ってきた。

 メフィケーの持つお面はぱっと見、以前と変わりない感じであるが、実際は目に見えないところで色々な変化が起きているのだろう。


「それにしても、これをつくった人は凄いねぇ~」

「そうなんですか?」

「うん。だって雨を狙った場所に、好きなタイミングで降らせる。それも魔力を流すだけでほぼ起動。はっきり言ってこんなお面一枚に収まって良い結果じゃないよ。ねぇ、ウイちゃん。これを造ったのって」

「私の兄です」

「へぇ~お兄さん。その人に会えたりしない?」

「……ちょっと厳しいですね」

「ふ~ん。そっか、それは残念」


 メフィケーは残念そうな様子で言葉を漏らした。

 私はメフィケーの話を聞いていて、悲しいというより嬉しかった。何せ兄様が造ったものがモノが褒められたのだ。それは本当に嬉しい。


(今度兄様に報告しなくちゃだな)

「それじゃあ、はい」


 そんな風に考えていたらメフィケーがお面を私に差し出してきた。


「これで後は問題なく、絵は変えられるよ」

「……」

「ん? どうしたの?」

「……えっと、私じゃなくてレオナに」


 私は未だそっぽ向いていたレオナのほうを見ながらそう言った。


「最後の仕上げが終わってないので、私はまだ」

「そう。じゃあ、はい。レオナちゃん」

「……」


 レオナは無言でお面を受け取った。

 その姿を見て私は親指を上げながら、こう言った。


「頼んだよ、絵描きさん。兄様の最高のお面を、さらに最高にしてね」

「あっ、あったり前よ‼ 私を誰だと思っているの‼」

「そりゃもちろん、レオナだよ~。

若干暴走しまくったりして美術室は出禁になったりするし、私をストーキングしたりしたし、偶にヤバい奴って思う所があるけど……すっごく良い絵を描く最高の絵描き」

「~~⁉」


 私の言葉にレオナは顔を真っ赤に染めながら震えていた。

 これはちょっとほめ過ぎたのだろうか? まぁだけどこのくらい言っても別に損でないし、むしろ当たり前というぐらいだ。


「前半はなんか余計だったけど、最後のは凄い良かったわよ」

「いやいや前半も必要だよ~。てか結局、恩返しって何の恩返しなの?」

「そ、それは……」


 レオナは恥ずかしそうにして口を尖がらせた。


「――――――くれたことよ」

「なんて?」

「だーかーらー! 私の画題になってくれたことよ‼ もしんだから。ウイが私と出会ってくれた。それだけで、私としては一生もんの恩なのよ‼ だから恩返し‼」

「えへへぇ~」


 うん。何だか照れくさくなってくる。


「レオナ、レオナ。もう一回言って貰っても?」

「2回目は言わないわよ‼ 恥ずかしから‼」


 レオナは思いっきりそう叫ぶとそのまま部屋から出ていってしまった。

 一方の私はと言うと、至近距離から放たれた突然の大声に耳を抑えながら、呆気に取られていた。


「青春ねぇ~」

「これも……青春……?」


 ティミッドとメフィケーがそんなことを言っていたが、私は良くわからなかった。ひとまずお面がどんな風になるのかが楽しみであった。



 *  *  *



 次の日、レオナは目の下に隈をつくりながら私の目の前に現れた。

 そして息をかなり荒げながらお面を渡してきた。


「へへへぇ……へ、へぇ~。どんなものよ~」


 それに描かれた絵は、元々あったへのへのもへじの顔を骨格として、肉付けしたような感じであった。その出来栄えは文句なし。まさか元の痕跡を残しつつ、こうも見事に仕上げてくれるとは思ってもいなかった。


「ありがとう! レオナ!」

「えへへ……これくらいどうって、ことよ……」


 レオナはそう言い切ると疲れたように目を閉じてしまった。私はレオナが床に倒れてしまわないように上手くキャッチ。その体がずっしりと私に圧し掛かってきた。


「ホント、レオナは凄いんだから」


 私と出会い。

 画題を見つけれた。

 たったそれだけのことでここまでしてくれた。

 いや今までだって色々描いてくれた。

 それらはレオナにとっては自分のためなのであるけど、それでも私にとっては凄く嬉しいモノばかりだ。


 変なところはあるけど、やっぱり根は真面目というか義理堅いというか。


 私はそんな風に考えながら思わず苦笑してしまった。


「私のほうこそ、ありがとうだよ」


 そうして私はスヤスヤと寝息を立てるレオナを抱え、健室へと向かっていった。

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