エピローグ
「はぁ……」
合宿を終え、学校に戻ってきた私は自分の机にダラリとしながら休み時間を過ごしていた。
周りではクラスの人たちがわいわい騒いだりしているが、何十にも重なって聞こえてくるため、何を話しているのかはいまいち聞き取りづらい。
そんな風に思いながら目を半開きにしていると、クラスの女子がやって来た。
「ウイさん、ウイさん」
「うぅ……? なに?」
「三校祭出場することになったんだよね」
「う~ん……多分? 今はまだ承認待ちだから未確定だけど……」
「へぇ! 凄いね!」
「本当。まさか1年生から、しかも私たちのクラスから出るなんてね」
「ねぇねぇ。アロガンス様とも話したりしたんでしょう。あの方どんなのが好みなの?」
「それよりもあの生徒会長が猫って聞いたんだけど。それって本当なの?」
「あわわわぁ~~」
私は連続で飛んでくる質問に思わず目を回した。はっきり言ってこうも絶え間なく飛んで来たりするのは刃とかだけであって欲しい。こんなに言葉を飛ばされて、それを全部を捌くなんて本当にめんどくさ過ぎるんだから。てかそう言えばこの子たちの名前って何だっけ? あんま名前で呼んだりすることがないから記憶に全然ない……。
「レ、レオナ……」
私は目を回しながら、このクラスで唯一名前を憶えていると言えるレオナに助けを求めようとした。だが教室にレオナの姿は見当たらず、私の言葉に返事が返ってくることはなかった。
「ねぇねぇ聞いてる?」
「先輩ってカッコいい人いた?」
「筋肉がムッキムキな人とか」
「それより猫、猫。生徒会長が猫って?」
質問はどんどんヒートアップ。
合宿が終わってからというもの、いつもこんな感じであった。
休み時間には女子を筆頭としたクラスの人たち、そこに混じる他クラスの人たちがこぞってやってくる。そして怒涛の勢いで質問を投げまくる。
休み時間なのに休む暇もないレベルであった。
それに加え、私の頭の中はずっとティミッドのことを心配する気持ちで占められていたため、まともに質問を処理することができずにいた。
そうティミッド。
ティミッドは合宿を終え、1週間が経った今でも学校には戻ってきていなかった。
私は心配になり、モーリェにティミッドがどうなったのかを聞きに行ったが、その聞きに入った相手であるモーリェも学校にいないということで八方ふさがり状態であった。
ティミッドは大丈夫なのか。
捕まったりしていないか。
戦うことはできるのか。
私の頭の中は不安で一杯であった。
「ねぇ、ウイさん!」
「ねぇねぇ」
「猫~」
「イケメン」
「ムキムキー!」
周りから飛んでくる質問とティミッドのことでとうとう頭がパンクしそうになったそのとき――
「にゃにゃ~。ウイちゃんはいるかにゃぁ~?」
取って付けたような「にゃ」を語尾に付けた、元気な声が教室に響いた。
「⁉」
私はその声に思わず、体をバッと上げた。そして顔を教室の入口のほうに向けると、その子には私よりも小さな体で、橙色の髪とそこから生えるような感じで固められた猫耳。そして制服に青い校章を付けた人が立っていた。
「生徒会長‼」
「おっ、ウイちゃんいたにゃ」
モーリェは人にほぼ埋まり状態であった私に気が付くと、人の間を素早く通り抜けながら私の目の前にやって来た。
「会長。ティミッドは?」
「うん、うん。それを含めて話があるからちょっと来て欲しいにゃ」
「あ、はい。わかりました」
「じゃあちょっとウイちゃんを借りるにゃよ~」
モーリェはそう言うと私の手を引っ張って、するりと人の山を抜けだした。そのあまりの早業に、全員の視線がモーリェに注目した。
「にゃっはは~。じゃあ失礼したにゃ~」
そしてそう言いながら私を引っ張って教室から出ていった。
「やっぱり猫よ!」
「いや語尾だけでしょう……」
「いえきっと本当に猫なのよ!」
教室のほうから聞こえてくるそんな話し声をバックに私はモーリェに生徒会室へと連れていかれた。
生徒会室は私たちの教室の半分くらいの広さで、そこまで広くはないが、4人で使ったりする分には十分すぎるほど広い部屋であった。
机が四つ並べられ、来客用の小さめの机が一つ備えられている。
脇のほうにはいくつか棚が並べられ、そこには分厚い書類や薄い書類などがしまわれていたり、食器用や資料なんかも並べられていた。
「はい、どうぞにゃ」
来客用の席に座りながら部屋を見渡していると、モーリェが紅茶をいれたカップを差し出した。
「疲れが取れて、リラックスできるにゃよ」
「ありがとうございます」
私はそれを一口飲んだ。
「どうかにゃ?」
「あ、おいしいです」
なんだかここしばらくの疲れみたいなのが和らいだような気もする。
「にゃははは。それは良かったにゃ」
私の言葉を聞いてモーリェは笑いながらそう言った。
「それで会長。ティミッドはどうなったんですか。もしかして捕まったとか、そんなことはないですよね」
「落ち着くにゃ。落ち着くにゃ。そんな焦んなくても話すにゃから。ほら紅茶飲んで、落ち着くにゃよ」
「えっ、あ――」
食い入るように私の口へモーリェはカップを持っていき、紅茶を流し込んだ。それにより私の言葉は強制停止させられた。
「話には順序があるにゃ。まずは三校祭のことにゃ」
「……」
私はカップを机に置きつつ言葉に耳を傾けた。
「おめでとうにゃ。無事学校からの承認が下りたにゃ。これでウイちゃんの三校祭出場は確定にゃ」
「……それでティミッドは?」
「うにゃ?」
「ティミッドはどうなったんですか?」
「やった~!」
とはすぐに喜ぶことはできなかった。その気持ちは確かにあった。三校祭に出れるのが確定したのは嬉しい。だけどやっぱり、それ以上にティミッドのことが心配であった。
「にゃにゃ~。本当にティミちゃんのことが心配なんだにゃね」
「そりゃ心配ですよ。まだ約束を果たしてもらってませんし」
それにこんなにお預け状態にされているんだ。戦わずに逃がしてしまうなんてことは絶対にさせない。絶対に捕まらせるなんてことはしない。もしものときは、ガチで姉様に力を借りるレベルだ。
「だってよ、ティミちゃん」
モーリェは生徒会室の一番奥に置かれた机に向かってそう言った。
「えっ?」
私はその言葉にそんな声を漏らした。
「あ」
そして机の後ろ。私からは死角になっていた位置から現れた人物――しかし以前のようにピンクの髪で顔を隠していないその人物を見て、再び声を漏らした。
「えっ、えっと……その……」
ティミッドは恥ずかしそうに手をすり合わせながらそう呟いた。
「あ、はい……あの……心配を、おかけしてすみません……」
「ティミッド‼」
私はそう声を上げて立ち上がった。
それを見上げながらモーリェは言った。
「頑張ったにゃよ~。色々頑張って、お咎めなしにしたにゃ」
いや、もう、本当。会長。生徒会長。本当にありがとう! もうそれしかないよ。本当に良かった。凄い。本当に良かった。
「本当だったらもう少し早くなるはずだったにゃけど、ちょっとゴニァゴニャしちゃったにゃ」
「ゴニァゴニャ?」
「うん。ゴニァゴニャにゃ」
私は言葉の意味がわからず首を傾けた。
「あれ?」
そのときティミッドの両腕に何か腕輪のようなものが付いているのに気が付いた。確か前まではそんなものは付けていなかったはずだ。
「ティミッド、その腕輪は?」
「えっと……魔法を……封じる……。思考誘導を封じる、ための……魔力封印の腕輪……です」
魔力封印。はぁ、そんなモノも存在するのか。
ん? ていうことはこれでティミッドは垂れ流し状態だった思考誘導がなくなったということになるということか。
「ウイちゃん、ウイちゃん」
「何ですか会長」
「さっきのもう一度言ってあげてにゃ」
「さっきの?」
「ほらティミちゃんのことが?」
「心配でしたよ」
「⁉」
私の言葉にティミッドは恥ずかしそうにしながら顔を真っ赤に染め上げた。
これってもしや……。
「私はティミッドのことが凄く心配でしたし、てか四六時中考えてましたよ~。私にはティミッドがいて欲しいし、約束も果たしてもらってませんし~」
「~~⁉」
ティミッドはどんどん恥ずかしさで悶えるようにして体を縮めていく。モーリェはそれをニヤニヤしながら眺めていた。
「ほら~ティミちゃん。言った通りだにゃ。ウイちゃんは魔法関係なく、ティミちゃんのことを考えたり、思ったりしていたにゃよ~」
私はモーリェの言ったことを聞いて、なんとなくさっき予想したことが真実であると確信した。
こりゃ多分ティミッドは思考誘導が封じられたことで、私が抱いていたティミッドへの好意みたいなものが消え去ってるかもと怖くて、隠れていたなぁ。てかさっきモーリェが言ってたゴニァゴニャってのはもしかして、ティミッドが出てきたくなくてごねてたとか、まさかそんな感じではないだろうなぁ。
そんな風に考えながら私は再び机の影に隠れてしまったティミッドの目の前にやって来た。
「えっと……あの……その……」
ティミッドは何を言おうか迷っている様子であった。
そんな姿を見て私はティミッドに手を差し出しながらこう言った。
「ひとまずお帰り。かな?」
「あ……えっと……ただいま?」
そう言ってティミッドは私の手を握った。
「よいしょっと」
「あ、あわぁぁ……」
私がティミッドの腕を引いて立ち上がらせると、ティミッドはバランスを崩してしまって私のほうへ倒れてきた。
「ふぅ~。危ない危ない」
しかし私はティミッドの体をしっかりキャッチ。2人して床に転がってしまうということはなかった。
「す、すいません……」
「良いよ良いよ。気にしなくて」
私はティミッドの髪を撫でながらそう言った。
「髪退かしたんだ」
「は、はい…………えっと……」
「似合ってるね」
「あ……」
「凄い良い感じだよ」
「ありがとう」
ティミッドは嬉しそうに微笑みながらそう答えた。その言葉は今まで聞いた中で一番嬉しそうな気持が乗った、そんな返事であった。
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