第24話
「どうしたんですか、会長」
「うにゃ? どうしたって?」
「いや……こんなところにぶら下がってどうしたのかなぁ~って」
私はそう言いながら周りに人の気配を感じないか探した。だが私がわかる範囲には人の気配はここにいる二人以外は感じなかった。
そしてだからこそここにモーリェがいる理由がわからなかった。
私は狼煙を上げたりなどはしていない。
それに周囲にも狼煙を上げ、助けを求めるような人の気配はない。もしかしたら気配を殺して隠れているのかもしれないが、そうなると私とティミッドがここに来てからずっと隠れているということになる。それは流石にモーリェが到着するまでに時間がかかりすぎだし、ここでモーリェが立ち止まっている余裕もないはずだ。
「……」
私は無言でモーリェを見上げた。
自分よりも上、それも真上にいるせいか、妙な圧迫感を感じてしまう。何か圧力をかけられているような、そんな圧迫感だ。そしてそんな風に感じているせいか、モーリェの表情が不思議と不気味に見えた。
いつもと変わらないはずの表情なのに不気味に見えた。
「そう言えばあっちの。あの小さな草原のほう。あそこにいっぱい化け物の死体が転がってたにゃよ~。……あれはウイちゃんかにゃ?」
「そうですね……私がやったやつですよ」
私の口調は圧迫感のせいで自然と固くなってしまっていた。
「やっぱりにゃ~」
そして私の返答にモーリェは楽しそうにそう答えた。
その後、木の枝から手を放し、回転しながら地面へと着地した。見事な着地であり、どこか痛めたりしている様子などない、完璧な着地であった。
「いや~ウイちゃんとティミちゃん。2人の姿が捉えられなかったから、私が直接見に来たんだにゃ~」
「あぁ……そうだったんですか……」
なるほど。それでここにいると……。
「私の予想通りな感じで本当良かったにゃ」
「はぁ……? 予想通りとは?」
「そりゃもちろん、二人がキチンと殺し合ったってことにゃよ」
「「⁉」」
その言葉に私は思わず息を飲んだ。さっきから沈黙状態であったティミッドも私と同じように驚愕している。
一方のモーリェとは言うと、楽しげな様子で笑っていた。
「殺し合い? えぇ~と何を言っているんですか。私はただティミッドと一緒にちょっと休憩してただけですよ。ねぇ、ティミッド」
「えっ、あっ、は、はい! そ、そう……です……はい」
私の言葉にティミッドはかなりテンパった様子でそう言った。普通に怪しすぎるかもしれないけど、まぁティミッドならこれも平常運転。大して変とは思われないはず。
てか殺し合いって、なんでその言葉が出るの⁉
ある意味拡大解釈に拡大解釈を重ねれば、さっきのはそういう風に捉えることができるかもしれないが、それでもだ。そもそも何でそんな言葉が出るんだ。だってさっきモーリェ自身が言ってたじゃないか。
私たちの姿が捉えられなかったから直接見に来たんだと。
それはつまり、さっきティミッドが私を殺そうとしたことは全く見てないはずなのだ。なのにどうしてその言葉が出る……。
モーリェは何を知っているんだ……。
というかこのままだとヤバいかも……。仮にモーリェがさっき起きたこと全てを把握していると仮定した場合、それって要はティミッドの殺人未遂を知っているということ。つまり、ティミッドが捕まってしまうかもということだ。
「あぁそうだったにゃね。殺し合いなんてしていなかったにゃね」
「そんなことするわけないじゃないですか」
「そうにゃね。そうにゃね。殺し合いじゃなくて、殺人未遂にゃね~」
「え⁉」「⁉」
私の言葉止まった。
そして脳裏に浮かんだ言葉は一つであった。
(これ絶対全部把握している)
額から冷や汗が垂れてくる。
横にいるティミッドは私に「ありがとう」とでも言うかのように、頭を下げていた。そして顔を上げたとき、ティミッドは雨の水で髪が退かされ、はっきりと表情が見えていた。そこに浮かんでいたのはすでに捕まる覚悟を完了しているティミッドであった。
いやいや。
いや、いや、いや、いや。
ティミッドが捕まる?
それは困る。
大変、非常に、凄く、困る。
そんなことなってしまえば、ティミッドと戦うなんてことができなくなってしまう。できたとしても、それがいつになるのかがわからなくなる。それはアウトだ。それはダメだ。それは非常によろしくない。
……。
……。
なんとかしてここは誤魔化さないと……。
私は焦る脳内を無理やりフル稼働。何とか誤魔化し切るために、頭脳の全てを総動員させて回した。
モーリェは多分全部把握してる。
それを誤魔化すには…………じゃれ合いみたいなものだったと言う? それともモーリェの勘違いだと言う? えっと……あとは……モーリェの頭をぶっ叩いて記憶を飛ばす……? いやいや。これはダメだろ。てか無理だろう。流石に無理がある。
えっとじゃあ……どうすれば……。どうすれば誤魔化せる。隠し通せる……。
「えっ、えっと……」
私はショート寸前になる脳をフル回転させた。そのせいで現実に出力させる言葉が、困惑状態のティミッドのようになってしまっていた。
「えぇ~と……えっと……えぇ……」
何も策が出てこん。
出てくるのは無理そうな策ばかりである。こうなればガチで後頭部打撃を一か八か実行して、それによる記憶の吹っ飛ばしで忘れさせ――
「にゃははは~。冗談にゃ。ジョーク。ジョークにゃよ」
「えっ?」
「にゃははは。そんな焦んなくても良いにゃ」
「あっ、あはははは……焦ってなんていませんよ」
ふぅ~ジョークかよ。本当に驚いた。まぁそりゃそうだ。そもそもが精神魔法を使った計画なのだ。そんな目に見えない計画が把握されているようなわけがないよ。
ホントビビった……。あと数秒で頭を思いっきり殴るなんて馬鹿なことをするところだった……。
「にゃはははは」
「あははははは」
「「ははははは」」
「えっ、えっ……えっ?」
私とモーリェの笑い声が響く。そしてその様子を見てティミッドは戸惑ってしまっていた。
「まぁ嘘だけどにゃ」
「え?」
「普通に全部知ってるにゃよ。ティミちゃんが精神魔法を使って、学校での成績を良くすることで、合宿メンバーになれるようにしたのも。そしてウイちゃんを殺そうとしてたのも。魔法の効き目を強くするために、ウイちゃんに近づいたのも。そしてさっきウイちゃんを殺そうと、化け物を差し向けたことも。全部知ってるにゃよ」
「え?」
モーリェの言葉に私の脳内は完全にフリーズしていた。
そして私は完全に停止。
周りの話なんかも耳に入らず、止まってしまった。
逆にティミッドのほうはなぜか納得したようなそんな感じであった。
「やっ、やっぱり……聞いてたんですね……」
「うん。普通に聞いてたにゃよ。ていうかその為に近づいたにゃから」
「ど、どうして……止めなかったんですか?」
「そりゃあそこで止めたって意味がないからにゃよ」
「?」
「だってあそこで止めったって、解決するのはウイちゃんを殺そうとしたことだけ。ティミちゃんの心とか、内面とかは何も解決しないにゃよ」
「こ、ころ?」
「そうにゃ。
今、ティミちゃんはどんな風な気持ちにゃか?」
「えっ、えっと……」
「いきなり自分に自信持ってとまでは言わないにゃ。ただちょっと何か変わったことはないかにゃ?」
「……すこし、少しだけ……肩が軽くなりました……」
「うんうん。それは良かったにゃ」
もう駄目だ。
お終いだぁ~。
うぅ……ティミッドとの戦いは……いつか……へ……消え去った……。
私がモーリェとティミッドが話しているのをそっちのけでそんな風に考えていると、
パチンッ!
「うぎゃ⁉」
突然目の前で手が叩かれた。
目の前には背伸びをしたモーリェの両手が合わせられていた。
「戻って来たかにゃ?」
「えっ、あ、はい」
モーリェの言葉と共に私の頭は通常運転に戻った。
「あの会長。ティミッドは別に私を殺したわけじゃないですし、それに好きでやったわけじゃないですし……捕まえるのは」
「ウ、ウイさん……。別に庇ったり、しなくても……」
「だけど‼」
だけどティミッドが捕まったら戦える機会がいつになるか‼
「にゃははははは~‼」
そのときモーリェの楽しそうな笑い声が響いた。
「安心するにゃよ。別に何か捕まえるなんてことはしないにゃよ」
「そうなんですか⁉」
私は思わずそんな言葉を上げてしまった。
「うにゃ、うにゃ。しないにゃよ。そもそも今回の件は当事者同士でほぼ解決してるし、明確な被害が出たというわけでもないにゃ」
「あ、えっと……じゃあ……」
「今回のことはそもそもなかった。始めっから起きてないこと。それで終わりにゃよ」
「あ、ありがとう……ございます……」
「気にしなくていいにゃよ。それにそもそも私が事前に止めようとすれば止めれたんだからにゃ。むしろここまできれいに終わって驚いてるにゃ」
私はモーリェの言葉に肩をなで下ろしながら息を吐いた。
ふぅ~。良かった。本当に良かった。
危うくティミッドと戦うっていうことがどこかへ消えてしまう所だった。
「あれ? そう言えば、事前に止めれたって……生徒会長はいつから気づいていたんですか?」
「えっ、えっと昨日……あれ? だけど聞くために近づいたって……」
「あぁそれは本当に最初の最初。合宿メンバーが確定した日にゃよ」
「そんなに早く……」
どんだけだよ。流石にそれは早すぎだろってレベルだ。
「にゃははは~。だからこそ私も悪いっちゃ悪いにゃ。いや~ピストちゃんにバレたら絶対に怒られるにゃね」
私とティミッドはモーリェの言葉に乾いた笑いを返した。
まぁ何はともあれ、ティミッドが捕まらないということで本当に良かった。
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