第23話
さてさて、さてさて。さぁ~てさて、と。
いや~メチャクチャ楽しかった~。
最初化け物の大群が現れたり、それに追いかけられたりしたときはどうしたモノかと思ったけど、まぁなんとかやれるものだ。
それに結構良いタイミングで雨も降ってきてくれたし。
……。
……。
うん。やっぱり雨が降ってるのと、降っていないのとでは全然違う。テンションの上がり具合とかもう全然だ。
今なんか体が興奮しすぎて、こんなにも雨が降ってずぶ濡れになっているのに体は全然冷たくない。いや、むしろ温かいとか暑いとかそんな風に感じるぐらいだ。ちなみにだが、もちろん体温調整の魔法なんて使ってはいなよ。
「……」
私はそんな風に考えながら戦いの余韻を感じつつ、その場に佇んでいた。
今でもこの手にはあの大物の突進を受けきった感触は残っている。
何匹もの化け物の同時攻撃を捌ききった感覚も残っている。
死角からの無音の攻撃に対処した感覚も残っている。
全集中を駆け巡らせ、化け物たちの動きを捉えた瞬間の感覚も覚えている。
私のカウンターが見事に決まった瞬間は目に焼き付いている。
そして最後の1体――熊の化け物に正面から打ち勝った瞬間。その瞬間全身に走った快感なんかは今でも残っている。
「ふ、ふぅ……」
ちょっとでも笑い声を漏らしてしまえば、もう止まらずに笑い続けてしまう。楽しさのあまり笑って、笑って、この森中を走り回ってしまうなんていう予感があったため、なんとか笑い声は漏らしていなかった。
その代わりとして、ゆっくりと息を吸ったり吐いたりして呼吸を落ち着かせていた。
「ふぅ……はぁ……」
しかし、呼吸は一向に落ち着いてこない。
鼓動はむしろ加速しており、胸がさっきから苦しい。頭のほうは熱く感じ、そして血管が脳をドンドンと締め付けるような感覚がさっきから続いている。
……。
……。
……あぁ……だがそれらは全然苦ではない。
むしろさっきまでの出来事が夢ではなく、現実だということ私に示してくれるスパイスである。
「ふぅ~……はぁ~……ふぅ~……はぁ~……」
そしてそうやってさっきまでの現実を堪能し、体を落ちつけていくうちに私の頭の中は澄んだように冷静になっていく。いわゆる賢者タイムみたいなものだ。
「よしっ……」
そしてようやく現実復帰。
興奮を頭の中に抑え込み、まともに行動できるような状態に戻った。今ならばさっきまでの楽しさを発散させたとしても、変な行為は行ったりしないだろう。
「……」
それにまだ化け物狩りの時間はある。
この興奮を胸に、さらなる昂りを求めて刀を振るいに行くのも良いが――
「……その前にだな」
その前にやることがある。
私は後ろを振り向いた。
そこには私の背中から私の腹部を刺し、そして本人曰くこの化け物の大群を仕向けた、ティミッド・アーディーが地面に座り込んでいた。
その表情は雨で濡れた髪が顔に張り付いているせいでわかりにくい。
なんで私を刺したのか。
なんで化け物を仕向けたのか。
なんで私を殺そうとしたのか。
わからないことだらけである。
「……」
私は無言のままティミッドと元に歩み寄っていく。
ティミッドは近づく私に気が付くと顔を上げ、またすぐに顔を下ろしてしまった。
私はその心境はわからず、そしてわからないままティミッドの目の前にたどり着いた。
「……」
「?」
ティミッドは相変わらず頭を落としている。私をそれを不思議に思いつつジッとそこに立った。立ちながらこれまでのことを頭の中で整理していた。
ひとまずティミッドは私を殺そうとしていた。
ティミッドは思考誘導ができる精神魔法を扱える。
ティミッドは私を殺して、自分も死ぬ的なことを言っていた。
ティミッドは相変わらずかわいい。
……。
……。
そのときティミッドが顔を上げた。
そこへ雨がいくつも降り注ぎ、顔に張り付いていた髪を横へと流していく。そして露になったその顔は瞳が閉じられ穏やかな表情をしていた。
「????」
増々訳がわからなくなってきた。
これはどうゆう反応をすればいいんだ。
私がそんな感じで困惑していると、そう時間も経たないうちにティミッドは目を開けた。その表情は私同様困惑しているようであった。
う~ん……まぁひとまずはだ。こんな化け物の死体だらけの場所で話すのも何だし、移動するか。そう考えた私は、ティミッドに手を差し出しながらこう言った。
「目なんか瞑ってどうしたの?」
* * *
「よっこいしょ」
「……」
私はティミッドの腕を引きながら小さな草原を離れ、森の中へ入った。そして葉っぱが密集しているところを見つけると、周りに化け物たちがいないことを確認してから、腰を下ろした。
「ん~さて……どうしましょっか……」
私はそう呟きながらさっきからずっと黙ったままであるティミッドを見た。
ティミッドの制服は雨で濡れ、私と同じく体にピッタリ張り付いている。まぁ私の場合は雨だけでなく血も混ざってるけど。
「あっ、てか一応止血しとかないとか……」
私は思い出したかのようにそう言うと自分の制服をまくった。
するとさっきまではなんともなかったのに、傷のことを思い出したせいか急に痛みがぶり返してきた。
「~~⁉」
それに思わず顔をしかめながら、私は首を回して背中のほうを見た。
まぁ深いっちゃ深いが、このぐらいなら死にはしないな。もうちょっと背中のど真ん中とかみたいな心臓の辺りだったり、腸とかが集まってる辺りだったらちょっとヤバかったかもなぁ。
私はそう考えながら回復魔法をゆっくりかけていく。
ジワリと淡い光が傷周りに現れ、広がっていく。だがすぐに傷がなくなるなんてことはなく、今はまだ若干痛みが和らいだくらいだ。傷を治すとなると結構の時間がかかる。
そんな風に私の回復魔法はまだまだ未熟なものなので、戦闘中にかけたりするなんてできないし、無理にそんなことをやれば、ただ痛みが和らぐということの代償に更なる傷をおいかけない。
「……あの」
そのときさっきまで黙っていたティミッドが声を出した。
「ん? どうしたの?」
「……んで」
「?」
「なんで……私を殺さないんですか?」
「えっ?」
「だって私はウイさんを、殺そうとしたん……ですよ。だったらその報復……で……私を殺したりしないと……おかしいじゃないですか……」
うん?
……。
……。
あぁ! なるほど! って、えぇ~⁉。
「別に殺したりなんかしないよ。てか私、別に殺すのが好きなわけじゃないからね。戦うのが好きなだけだから」
まぁ命をかけた戦いが好きだってのは否定できないけど。
「……そう、ですか……」
「てかティミッドは死にたいの?」
「えっ」
「いやだってわざわざそんなことを確認するってことは、そういうことなのかなぁ~って」
「……死にたくは……ないです……」
「じゃあ何で?」
「…………だって……だって私は、死んでいくのを見捨てたりしたから……」
「ふぇ?」
ティミッドの言葉に私は思わずそんな声を漏らしてしまった。
だがティミッドはそんな声は気にしない、というか聞こえていなかったという風に言葉を続けていく。
「お父さんが殺すの……見てて……何もしなかった。ただ立っていた……。何も、してなかった……。その上……ウイを、今回……殺そうとした、傷つけた」
「……」
「そんな……私は、死んだ方が……世のためじゃないですか……。そうじゃないと、私が見ていた人たちに……もうしわけ、ないじゃないです……かぁ……」
ティミッドは鼻声になりながらそう話した。
……。
……。
はっきり言ってティミッドの背景に何があったのか、そんなことは良くわからない。それにティミッドがどんな風に思ったりしていたのかもわからない。私にはティミッドの詳しいことは相変わらずさっぱりだ。
だけど。
その話を聞いて。
そしてこの5日間一緒にいてわかったことぐらいはある。
「ティミッドは優しんだね」
「えっ?
やさしくなんか……やさしかったら、おとうさんに……」
「いや優しいよ。だってティミッドは私を殺そうとしたんでしょ」
「そ、それの……どこが」
「私を自分の手で殺そうとしたんでしょ。化け物じゃなくて、
「え……」
その瞬間ティミッドの表情が固まった。
ティミッドが使ったという思考誘導。その力がどの程度なのかはわからないが、それでもあんだけの化け物を私に差し向けることができたということはつまり、別に私を刺す必要なんてなかったはずだ。
それに刺した後、動きを拘束したりするわけでもなく、ただただ一緒に死ぬなんていう必要も。
ただ私から見えないところから一方的に化け物たちを差し向けるだけで私をどんどん追い詰め、その上逃げるや助けを呼ぶなんて発想ができないようにできたんだから、最終的には消耗の末、化け物たちに蹂躙させることができたはずだ。
できたはずなのだ。
なのにやらなかった。
「それはティミッドが優しいからじゃないの」
「ち、ちがっ」
「じゃあ別の理由にしよう。
ティミッドが見てたという人たち。ティミッドはその人たちに申し訳ないって言ったよね」
「だ、だって……私が……なにかしてれば、しんでなかった……かもしれ」
「その考えができる時点で普通に優しいでしょう」
人が傷つくのを良しとはしない。
助けたいと思う。
反抗しようとする意志がある。
例えそれが罪悪感だったとしても、その根底は他者への優しさである
「思い出してみるとティミッドはずっと苦しんでたんだね」
私はそう言いながら合宿期間中のティミッドの姿を思い出した。
いつも何か表情が暗かったり、「ごめんなさい」と言ったり。
私を殺す。
そのことが嫌だったんだろう。やりたくなかったんだろう。それで苦しんだりしてたんだろう。
だけどそんな思いもねじ伏せる何か、その何かがティミッドの後ろにあった。
だから今日私を殺そうとした。
その何かはきっとティミッドがさっきから言っている自分のお父さんなのだろう。
子供にとってお父さんってのは本当に大きな存在だ。特にこの世界だと、学校に通える歳になるまではずっと家の中だけで暮らすなんていうのも普通にある。私なんかもそうであった。
そしてもしそんな状況だとしたら、常に一緒にいる父という存在は大きく、そして恐ろしい。そんな存在に立ち向かうことなどできるだろうか。いや、できない。
だからティミッドが何もできなかったのはしょうがなくもある。だがティミッドがそこで止まらず、後悔を抱いている。それはティミッド自身の優しを何より証明しているのではないだろうか。
「ちが、ちがう! ちがう! ちがう!」
「どうして違うの?」
「そんなふうにいわないはずですよ! わたしはういをころそうと……。ど、どうせ……わたしの、しこうゆうどうで……」
「思考誘導で?」
「し、しこうゆうどうで……わたしにやさしい、ことばを……かけてるだけです!」
「……ティミッドは今も魔法を使ってるの?」
「……かってにつかってるんです……。わたしのいしじゃないです……。
だけど、そうじゃなきゃ、そんなふうにいうりゆうが……わかりません!」
ふぅ~ん、なるほど。
常に魔法を使ってしまう。……そういう特異体質ってことか。まぁそこら辺の知識はあまりないから知らないど、ひとまずはそういうことなのか。
常に思考誘導をしてしまう体質。
そりゃまぁ大変だ。
なんせ相手が自分を思っている気持ち、そういうやつが魔法によって引き起こされたものと疑いたくなってしまう。
それに多分私はそれにまんまと嵌りまくってたと思うし。だからこそ私の言葉は、私の言葉ではなく魔法によって引き起こされる言葉。つまりはティミッドにとって都合のいい言葉。
だから否定したい。
歪まされた言葉を否定した。
歪まされた『優しい』を否定したい。
それはその人の意志じゃないから。
それってさ。ティミッドがそんな風に考えるのは、やっぱり――
そこまで考えて、
「はぁ~」
私はその単語を再び発さず、代わりに大きなため息を漏らした。
「はぁ~~~~‼」
そしてもう一度、今度はさっきより大きなため息を漏らした。
「本当にめんどくさい」
「えっ……」
「もう面倒くさいから言うけど、それのどこがダメなの?」
「だっ、だって……」
「思考が誘導された? だから? 思考が誘導された程度で人の意志自体はそう簡単に変わらないでしょ。例えば私がいくら思考誘導されたとしても、刀が好きなのは変わらない。戦うのが好きなのは変わらない。『雨の中でカッコよく刀を振るう』っていう夢は変わらない。
結局はAを考えるのではなくBを考えよう。AよりBを優先しよう。Aを後回しにしてBを先にやろう。その程度のことでしょう」
「だっ、だけど……ゆがめて……」
「意識に干渉できるからって、難しく考えすぎなんだよ。てかこの感じからして今までの自己肯定感の低さも、そういう周りへの不安からでしょ」
「⁉」
ティミッドは図星を突かれたとでも言うように肩をビクッとさせた。
「そんな風に思う必要なんてないし、考えなくていいでしょう。別に思考そのものを歪めるんじゃなくて、誘導する。その果てに出た言葉が本音ではない?」
私は若干言葉を強くしながら語っていく。
「それこそ違うってものでしょう。結局誘導されたとしても、そうするかどうか、それを決めるのは本人。思考を行う本人なんだから」
こういう語りは得意ではないし、慣れてもいないせいか少々荒い理論であったりするかもしれないが、私はひたすらに思いに思いを語っていった。
「……まぁなんか色々語ったけど、全部まとめるとティミッドは優しい。そして思考誘導をしちゃうなんてことは気にしなくても良い。――以上‼」
「……」
語り終わった私をティミッドは目を点にさせながら見ていた。
「これ以上反論ある?」
「な、ない………………です」
「よろしい」
私はそう言いながら葉っぱの隙間から見える空を見た。そこから見えたのは青く青く、きれいに澄み切った空であった。
どうやらさっきまで降っていた雨は止んでしまったようである。
「はぁ~なんかやる気削げてきた……まぁあんだけ倒したし、大丈夫だろうし」
私はそう言いながら傷のほうを見た。
傷口はさっきより小さくなっており、出血も止まっている。
「あっ、ティミッド」
「はっ、はい」
「さっきのこと、私を殺そうとしたのは絶対に秘密だから。間違っても誰かに言っちゃダメだよ」
「え?」
「『え?』じゃないよ。だってそんなことバレたらティミッドが捕まるでしょう」
そんなことなったら戦うことなんてできないでしょうが。
せっかく約束して、その上今回ティミッドがそんな凄い魔法を持ってることがわかったんだから。こりゃ絶対戦わずに逃がすなんてことをするわけにはいかないからなぁ。
「ティミッドがいなくなると私が困るんだから‼」
私は念押しするようにそう言った。
「えっ⁉」
「わかった?」
「あっ……えっ、あ、だけど……」
「返事は?」
「は、はい!」
「よろしい」
それにしてもティミッドのお父さんはなんで私を殺させようなんてしたのだか。
う~ん、いわゆるアマツカエ家嫌いとかかな。まぁだけどそれ以前に、なんかきな臭い感じだし、このままにしてたらティミッドがヤバくなるかもだし、ここはいっちょ我が家の権力を発揮と行こうかな。……まぁ何ができるかも知らんし、私には何もできないから、姉様とかにお願いする形ではあるけど。
「よっこいしょ。さて、そろそろ私は行くから」
私はなぜか頬を赤くしているティミッドにそう言いながら足を踏み出そうとした。
そのとき――
「にゃにゃにゃ~」
私の頭上。ちょうど真上の辺りからそんな鳴き声が聞こえた。
「⁉」
私は反射的に上を向いた。
するとそこには、
「どうもにゃ~」
セオス王立学校生徒会会長。モーリェ・アイルーロスが木の枝にぶら下がっていた。
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